2011年2月14日。箱根の富士山スタジアムで春季キャンプを行っている東京スーパースターズの面々は、表向きは例年より比較的静かな、しかしその分ファンの熱意が凝縮されたバレンタインデーを送っていた。例年は高知市野球場だったため交通の便が良く、割合ライトな層のファンも気軽に足を運んでいたのだが、ここ箱根は選手にとっては逗留先のホテルに温泉もあり実戦に向けた最終調整にはもってこいの場所だが、ファンにとっては道路は開けているとはいえかつては天下の嶮と呼ばれた名残がある入り組んだ山道を登らねばならず、富士山スタジアムはその山道を登った更に奥に位置し、場合によっては雪でチェーンが必要になる様な場所。結果ここに来るファンの面々はそれだけ熱心だという事。スターズの面々は一部の選手を除き、そんな熱心なファン達の想いの籠ったチョコやプレゼントの手渡し攻勢を喜んで受け取っていた。
「見ろよこのチョコ!有名メーカーの特注品だぜ!?」
「俺はこんなでかい手作り、しかもチョコ自体にメッセージ付きだよ」
「僕は『お子さんと一緒にどうぞ』ってキャラクターものとか形がかわいい物を結構もらいました。持って帰ったらまた子供が大喜びしそうです」
「俺は嬉しいんですが、チョコより酒が多いっすねぇ…何でだろ」
「そりゃお前が日頃公言してるキャラのせいだろ、酒丸」
「私も色々もらえて嬉しいです」
「光の場合は女からのも多いせいか、女同士でイベント楽しみたいって感じで贈ってきてるみたいだな。俺ら以上にチョコ以外のバリエーション多いし」
「そういや光、お前自身は例の『彼氏』に贈ったのかよ。ただでさえあっちは去年初登板でいきなり故障した後の二年目だろ。今頃鍛え直しで大変だろうに」
「…」
「あ~、よ~く分かったよ。その様子だとバッチリっぽいな」
「里中は前にやったアピールが効いたのか、ほとんどのファンがカードになったな」
「ああ。ありがたいなぁ、これならかさばんないし何度も楽しめるし」
「よかったな里中。お前のファンに対する誠意が分かってもらえて」
「ああ、山田の言う通りにしてよかったぜ!」
「…」
 通常運転の山田と里中の様子をチームメイトは苦笑しながらしばらく見つめた後、その視線をそのまま丁度困惑した笑顔でファンから何かを受け取っているこの日の弄られメインディッシュ――義経に向ける。彼は満面の笑顔と媚態を振りまきながらアプローチするファン達に一応好意に対する感謝はあるのでそつなく対応し、彼女達から解放されると一気に不機嫌な表情に変わり、小さくため息をつきながらチームメイト達に近づいてきた。そんな彼の様子に星王がからかう様な口調で問い掛ける。
「何だよ義経、そんな苦い顔して」
「俺達の絶妙なアシストでお前もチョコやらプレゼント攻撃からは解放されて、里中とおんなじ様に、受け取っても横流ししなくていいカードがメインになっただろ」
「一体今度は何が不満なんだよ」
 星王に続けて緒方やわびすけも言葉を重ねる。そう、元々義経は甘い物が余り好きではない上、スターズに入団後も道場での暮らしを『ある例外』を除きほぼそのまま遵守し続けているため、こうしたイベントには無関心かつ辟易している事もあり極力関わらず、例年こうしたチョコやプレゼントはその『例外』の分以外はカードだけ受け取って他はそっくりそのままチームメイトに渡していたのだ。そしてそれを見ていて面白がっていたチームメイトがある時取材でその事をネタにして周知されてからは、彼にプレゼントを贈ろうとする女性ファンはならば、と確実に受け取ってもらえるのだからとそれぞれ彼の目に留まって印象に残る様に様々な趣向を凝らしたカードを贈っているのだ。それを知っているからこその彼らの問いに、義経は困り果てた表情と苦い口調で答える。
「…ああ、確かに今年も皆カードを渡してくれているんだが。…今年はキャンプの場所が場所のせいか、ほとんどの送り主が『追加の品』を添えてきてな」
「何だよその『追加の品』って」
「まあ…見てくれ」
 そう言うと義経は『追加の品々』をチームメイトに見せる。それを見た面々は義経が困り果てている理由が分かり、同情の言葉を彼に掛けた。
「あ~…」
「確かにこりゃ義経にとっちゃ『対応に困る品』だな」
「もしかして皆それ見越して『これ』つけてきたんじゃね?」
「さすがの義経も『これ』だけは簡単に横流しできないもんなぁ…」
 『それ』はここからそう遠くない場所にある箱根神社のお守りだった。厄除けや勝守を添えたファンならまだいいが、神社の御利益を狙ってか、九頭龍神社の縁結び守も相当数ある。山伏である義経がチョコや普通のプレゼントはともかく、宗派がどうであれこうした神社仏閣関係の品を無下に扱えない事を分かっていて添えているのは明白だ。チームメイトは義経への同情半分、女性ファン達の強かさに感服半分の口調で更に言葉を彼に掛けていく。
「…なんつうか…あんだけ『彼女』にベタ惚れ発言連呼してるってのに皆、まだ望み捨ててないんだな」
「そういやここって最近縁結びのパワースポットで有名になってるっけ。皆ここに来る前にばっちりお参りして買ってきたの丸分かりじゃん」
「それだけならいいけどさ、確かここ昨日は特別なお参りができる日だったよな?念には念いれてそれも参加してきた子もいるんじゃね?」
「だとしたら…そんだけ念が籠ってそうって事かよ」
「しかも渡して来たほとんどの人間が今日『彼女』が来ていない事をそれとなく確かめて『折角場所が近いのに『あの人』は来てないんですか?』と暗に今日ここに来ない『彼女』は不誠実だから自分達の方がいいといった感じで『彼女』の評価を下げようとしてな。…来ていたら来ていたで『彼女』の職業をやり玉に挙げて、勤務態度に難を付けるだろうに。…だったら『彼女』は今日どうすれば良かったと言うんだ」
 そう不機嫌な表情と口調で呟く義経の言葉で里中が何かに勘付いたのか、ふと若干呆れた様な口調で問い掛ける。
「…おい義経。今の言葉でちょっと聞きたくなったんだけど、お前ファンの子達やら女子アナの取材で『彼女』の事探られた時、『彼女』が今日どうしてるって答えたんだ?」
 里中の問いに義経はあっさり答える。
「いや、だから隠す事もないし『平日で彼女は公務があるし、特に今の時期は年度末と議会で立て込んでいるからここには来ていないし、来る予定もない』と言ったんだが…何かおかしかったか?」
「…」
 義経の正直過ぎる程正直だが、肝心なところが抜けている回答にチームメイトは内心頭を抱えた。こうして必要以上の余計な事は話さない口数の少なさが彼のいいところであると分かってはいるが、同時にその口数の少なさから本当に『必要最低限』の要点しか話さないせいで、確かに全体的には『必要以上の内容』かもしれないが、話の主旨としては大事でもあるポイントが抜けてしまい、結果自分自身で火種に燃料をくべている場合が多々あると未だに気付かない彼の様子に、呆れた口調で突っ込みを入れていく。
「…あのさ~、お前のその答えは確かにある意味じゃ間違ってないぜ?『ある意味』じゃな」
「でもお前ら今日はともかく、昨日の休養日何やってたっけ?」
「日曜だから『彼女』も休みで何の遠慮もないしって、ちゃっかり外出許可に外泊許可プラスして一昨日の練習後から小田原に降りて『彼女』の家に泊まるわ曽我の梅林で花見と流鏑馬見物した後ここまで『彼女』に送られて帰ってきたわ、しっかりデート満喫してきたのはどこのどいつだよ」
「で、その時一足先に『彼女』からプレゼントもらったって言ってたよな。『手紙がもっと欲しいしそれを書く時に使って欲しい』って意味だってすぐ分かったから即普段着の胸ポケットに収まった万年筆」
「それ話せばいいのに、何でそこがピンポイントでスコンと抜けるんだよお前」
「…ああ!」
 面々の突っ込みで今更ながら自身の言葉が足りなかった事に気付いた義経は、目が覚めた様な表情で手を打った。その様子に面々は呆れ半分、微笑ましさ半分で更に彼をからかっていく。
「お前ってプレーやら修行やらは冴えてんのに、普段の言動は時々どっか抜けるよな」
「まあお前の真面目で正直な性格でそうなるってのは分かってるから、悪い事じゃないけどさ」
「とはいえ『彼女』も自分に対してこいつのこういう言動が積み重なってるだろうに、良く愛想尽かさないよな」
「まあ、『彼女』もいい意味で仕事とか趣味の芝居の時以外は素直で天然だし、こいつのこういうとこが自分と同じペースに思えてほっとできる…って事じゃないかな」
「確かに二人とも日常生活はダブル天然ボケバカップルだもんな」
「似た者同士ピッタリな相手って事か」
「ああ、よく言う『破れ鍋に綴蓋』って奴ね」
「おい、その例えだとこいつはともかく『彼女』に失礼だろ。なんかもっといい用語ないのかよ」
「そうだなぁ…そうだ。そういやこの季節ならではの似た様なもっといい意味の言葉で『梅に鶯』ってのがそういやあったな。それどうだ?」
「おっ、それぴったりじゃん」
「じゃあ、住んでる場所とかイメージ考えて『あの人』が梅で義経さんが鶯って事ですか?」
「それもいいけど、鶯って『春告鳥』っても書くんだろ?だったら荒行してた冬の雪山から帰ってきたこいつに春を知らせる存在って意味で『彼女』が鶯ってのもありじゃね?」
「ああ、それもありか」
「お前ら…人を肴にしてどこまで盛り上がる」
 うかつにも自らの手で蒔いてしまった種とはいえ、その種を育て上げた挙句花を爛漫に咲かせて延々愛でまくるチームメイト達の様子に、義経は不機嫌さを露わにする。その様子を見て面々は更に笑う。そうして今年もバレンタインは賑々しく過ぎていくのだった。

~おまけ~

「なあ、ちょっと監督に用があるんだけど、ホテルのどこ探しても見当たんないんだ。どこにいるか知らないか?」
「ああ、監督なら練習終わってすぐ外出したぞ。帰りは多分軽く10時は過ぎるって言い残してった」
「土井垣さんどこに何しに外出…ああ、そういう事な」
「監督も自分の『鶯』に会いに行ったって事か」
「そういやすっかり忘れてたけど、土井垣さんの『鶯』もここが地元だったっけ」
「それに丁度日曜の出張があったからって代休明日にずらして丁度今日の夕方から実家に里帰りしてるんだっけか」
「でもスケジュールの調整で夜しか会えないって、こっちの鶯は鶯でも『夜泣き鶯』って事かよ」
「ああ、それいいな。実際『彼女』の場合二つの意味で『夜泣き鶯』だし」
「何だよそれ…ああ、そういう事ね」
「『彼女』リアルに職業が『ナイチンゲール』だもんな」
「もう一つの意味は…言わずもがなか」
「みんなお幸せな事で。早く俺も俺の鶯見つけたいよなぁ」