2010年東京スーパースターズと千葉ロッテマリーンズの開幕戦は、ルーキーで恋人同士のスターズ立花光とマリーンズ大友剣が壮絶な投げ合いの末剣が投げ勝ち、完投勝利を果たした。そして光はスターズの面々が『負けたけれど初登板が無事済んだ祝いに食事の席を用意しているから行こう』と誘ってくれたので快諾し、その会場に向かおうとした時不意に携帯が鳴る。このメロディーは――光は久しぶりの恋人からの電話に嬉しさと、今までの自分のしてきた事を思い返し軽い胸の痛みを感じながら電話に出る。
「…剣?」
『ああ…光。俺だ』
「今日はおめでとう。接戦で負けたけど…実際は完敗だったわ」
『それは…俺の言葉だな。試合には勝ったが…光…っていうか山田には完敗だ。急造投手のお前にあんな接戦されちまったら俺の立場がない。そこまでにしたのは何より…山田のリードだ』
「そうよ。山田さん、すごいでしょ。キャッチャーやってた私が認めた人なんですからね」
『ああ。悔しいが…認めなくちゃならないみたいだな。そこだけは』
 自分の実力に絶対的な自信を持ち、それだけに誇り高く、他の人間を褒める事は滅多にない彼の率直な他人を褒める言葉に、彼の言葉が心からのものだという事は十分過ぎる程分かった。その言葉を発する彼の心を思い、光はまたちくりと痛む胸を感じながらそれを零していく。
「でも…剣。ごめんなさい、私…すごく甘かった」
『光?』
「ずっと…お父さんと二人だったから分からなかったの。でも、今日一試合投げて…剣の投げる姿と…最後に力使い尽くして泣いた姿を見て…自分が…どれだけ甘い考えだったかって…思い知らされた。キャッチャーやってたのに、ピッチャーが…試合の流れを変えちゃう位どれだけ重要で…大変なのかって…プロのマウンドに上がってても気づいてなかった。ただ無名だった所から土井垣監督に認められてプロの選手になれて…しかもピッチャーなんて新しいポジションもらって舞い上がって、あんな簡単に『剣以上の投手になるかもよ』なんてメール打つなんて…なんて傲慢だったんだろう…ごめんね…」
 言葉と共に涙が零れてきた。そうして涙を零している事に気づいたのか、剣が不意に宥める様に光の言葉を遮って言葉を掛けてくる。
『おい…光、泣いてんのか?泣くなよ。いいんだよ、お前はそれ位で』
「剣?」
 剣の宥める言葉に涙を零していた光は、不意にその涙を止めて問い返す。電話口の剣は続ける。
『お前の素直さを利用されて、山田と土井垣にいい様に弄ばれてんのは気に入らないが…それでも山田のリードであれだけ投げ切れたんだ。光にはピッチャーの才能があるって俺にも分かったよ。…まあ俺や中西さん達根っからのピッチャーに比べたら確かにまだまだだ。でもな、お前はまだスタートラインに立ったばっかりなんだ。これからしっかり練習して、投げ込んで、経験積んで、早く俺の所まで上がってこい!確かに球速は俺には劣るかもしれないが、球速じゃない、お前にはお前なりのピッチャーの姿ってのがあるはずだ。そこに辿り着く迄の辛い事は、お前のその突き抜けた明るい性格を忘れないで乗り越えて、根っからの素直さで何でも吸収すりゃお前の才能ならすぐにそんな形で俺の所に来れるはずだ。それまでちゃんと俺は…待ってるから』
「剣…」
『バッテリー組むって夢はなくなっちまったが…今度はおんなじピッチャーって視点で野球の世界が見られるんだぜ?それも最高じゃないか』
「…うん」
 剣の自分を思いやった叱咤激励の言葉に光は心が温まり、涙の代わりに笑みが漏れる。そうして笑いあった後、光はいつもの調子を取り戻し、悪戯っぽい口調で口を開く。
「そうだ剣、私と山田さんが同棲してるってチャンピオンスポーツにチクったでしょ」
『知らないぜ?岩鬼…さん…もそれ言ってたが、そんな考えるだけでも腹が立つ事、触れ回るのも忌まわしいぜ』
「…よね。剣はそういう性格だもんね。じゃあ誰だったんだろう、すっぱ抜いたの」
『もう過ぎちまった事だ。どうでもいいだろ。一応俺も聞いとくが、光は同棲のつもりなかったんだろ?山田ん所にいても』
「うん、どっちかっていうとプロになるための基礎勉強的な『下宿』って感覚だった」
『…だろうな。俺もお前の何にも考えねぇ性格もうちょっと考えりゃ良かったぜ』
「ひど~い!…でもごめんね。私のはっきりしないメールのせいもあって、心配とやきもち妬かせちゃったんだよね」
『もういいさ。このやきもち肥やしにして次は投手としての対戦でお前と一緒になるの楽しみにするから』
「負けないわよ。絶対に剣以上のピッチャーになるんだから」
『俺だって負けないからな。女なんかに負けてたまるかよ』
「あ、それ男女差別」
『でも筋力とかスタミナっていう身体能力は正直プロレベル同士なら男の方が高いだろ。負けたら恥ずかしいぜ』
「さっき剣言ったじゃない、私は私なりの形で剣に勝つのよ。何せ私はキャッチャー経験者。どっちの心理も知ってるのよ?」
『そういう事か…じゃあ負けてられないな』
「ふふ」
『へへ…そうだ』
「何?」
『久しぶりに、これから飯でも行かないか?最近キャンプとか続いてただけじゃなくて、山田にお前取られて全然会えなかったじゃないか』
「ごめん、今日はこれからチーム全体で食事会なの」
『ちぇ~、スターズ宴会好き過ぎだぜ』
「でも…今度のオフは会おうよ。千葉と東京…近くて良かったね」
『…!…そうだな』
「じゃあね。…ありがとう、電話くれて…嬉しかった」
『ああ…じゃあな。とにかく、身体には気をつけろよ。病気と故障だけはしたら損だからな。俺もお前だから言うが、今日ちょっと肩やっちまった。大した事はないけどな。この俺でもこうだ。こう言っちゃ何だが女の方が壊れやすいんだ。一つのケガから選手生命に関わる事だってあるんだ。ケアは十分にしろよ』
「うん…剣、本当に大した事ないの?」
『大丈夫だ。休めば治るレベルさ』
「分かった…信じる。でも剣こそ無理しないでね。剣はプライド高いから嫌だろうけど、自分のためよ。トレーナーさんやコーチの言う事をちゃんと聞いてね」
『ああ、分かったよ…ほら光、早く行かないとお前の仲間が心配するだろ。切るぞ。オフの事は後でメールする』
 そう言うと剣は電話を切った。光は女の身でプロになれた嬉しさで舞い上がり今まで見失っていた剣の優しさを電話での会話だけなのに、ようやく全身で受け取れた気がして微笑を見せると夕空を見上げ、食事会場へ連れて行くために呼びに来たチームメイトに向かって心からの明るい笑顔で走って行った。