うららかな春の日差しが当たる、花も盛りの桜の森、ここは忍びの隠れ里。ブロッケンJr.は、ザ・ニンジャに招待されてこの隠れ里に花見のため来ていた。そもそも事の発端は、ブロッケンJr.が日本の花見の騒々しい雰囲気に慣れずに『こういう綺麗なもんは静かに見てぇ…』と常々ぼやいていたのをどこからかニンジャが聞いて、『自分を悪行超人の身から心を入れ替えさせて、再び待つ者のいるこの隠れ里へと帰るきっかけを作ってくれた礼に』とそっと彼のみに文を送って招待したからである。隠れ里故決して自分の居場所を教えなかったニンジャがとった心遣いが、ブロッケンJr.は良く分かる故に嬉しく思え彼はその招待を快く受け、数日逗留し日々の戦いの疲れを癒しつつ、こうして満開の桜を堪能していた。
「…うん、やっぱこういうもんはこういう風に静かにゆっくり見るのがいいな」
「同感だな」
「エルンスト達も連れてきてやれば良かったな。きっと喜んだと思う」
「すまんな、そこまで気が回らなかった。エルンスト殿達なら一緒に招待しても良かったが」
「まあいいさ。その内、ここじゃなくてもいいからもう少しゆっくり見られるとこを探して連れて行くから」
「…何なら、来年もまた来ればいい。その時に連れて来い」
「いいのか?」
「エルンスト殿達位なら、増えてもかまわん」
「ありがとよ」
 桜の下の草むらに各々寝転び、のどかな日差しと時折降る花吹雪を楽しみつつ二人は桜を見上げている。そうして桜を見上げながら、ニンジャは呟く様に言葉を続ける。
「…こんな風に、花を愛でる心が再び持てるとは思ってもいなかった」
「…そうか」
「憎しみや悪の心は、花を見る目も曇らせる。悪行超人だった頃の拙者には、桜も散る姿のみに心が騒いでいた…しかし、今の拙者には冬を耐え、咲き誇り、そして散っていくまでの姿すべてが花の命として愛おしく思う。…そして、そう思える様になった自分が嬉しく思う」
「…」
 ブロッケンJr.はニンジャの言葉を静かに聞いていたが、やがて静かに言葉を紡ぎ出す。
「…俺、お前が羨ましいな」
「羨ましい…?」
 怪訝そうに問い返すニンジャに、ブロッケンJr.は静かに言葉を続ける。
「…そんな風に自分を深いとこまで客観的に見られる目を持っててよ。俺なんか、このサクラがただきれいですごいってしか思えねぇからさ。そんな風にサクラの命まで考えられるお前が羨ましいと思うぜ?」
「…そうか」
「ああ」
 ニンジャはしばらく沈黙していたが、やがてこちらもゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「…拙者は、お主が羨ましいと思っているぞ」
「へ?何でだよ」
 問い返すブロッケンJr.に、ニンジャはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ただ純粋に花を愛でられるその心根、拙者にはないものだ。そして多くの者がなくしてしまっているものだ。…それを持ち続けられるお主が、拙者は羨ましい」
「…」
 ブロッケンJr.はしばらく絶句していたが、やがてぶすっとした口調で口を開く。
「…おい」
「何だ」
「…あんま恥ずかしい言動、するんじゃねぇよ」
 ブロッケンJr.の言葉に、ニンジャはふっと笑う。そうしてしばらくまた二人は無言で桜を見上げていたが、不意にニンジャが呟いた。
「…そういえば、こんな言葉がある。『桜の木の下には屍体が埋まっている』…ある文人の一文だ」
「何だよそれ、気色悪ぃな」
「確かにな。しかし、その文学の中では桜の美しさを直視できず、そこに死を重ね合わせて心の均衡を保つという考えを取っているらしいが、今の拙者は別の意味で、この言葉が正しきものと思える」
「どういう事だ?」
 訳が分からず問いかけるブロッケンJr.に、ニンジャは答えるともなしに呟く様な口調で続ける。
「桜がここまで美しいと人の心を打つのは、愛でる人々の心を桜が受け取り、桜の生きる糧としているからではないか、などとふと思ってな…死体ではないが、人を糧としているという点では、一概に間違いとも言えぬと思った…そういう事だ」
「そんなもんかな…」
「…まあ、これは拙者の個人的な見解だがな」
「…そうか」
 そうして二人はまた各々無言で桜を見上げる。そうしている内にブロッケンJr.はうららかな日差しの暖かさと桜の穏やかな美しさに飲まれる様に、段々と意識が遠のいていった――

――…まあ、これがヤーパンの『サクラ』という花なのね?――

――…あれ…?あの顔は…母さん…?…――

――きれいだわ、あの人にも見せてあげたい。あの人もこの花を見たら、美しさできっと辛い心が安らぐわ――


 そうして花吹雪で目の前が覆われて、次に目に入って来たのは――


――あれは…親父…?――

――…これが、お前の言っていた『サクラ』か…確かに美しいな。…お前と…一度でいいから見に来たかったが…叶わなかったな。…もし、天上で逢えたなら…二人…いや、クラウスとイザベルも連れて四人で…そして、遠い未来に愛する者達が皆揃ったら…全員で見たいものだな――

――親父…母さん…――


 ブロッケンJr.は涙が溢れてくる。桜に込められた父と母のそれぞれの想い。その想いが心に染み通ってきたのだ。そうして涙が溢れるままに桜を見上げていると、また桜吹雪に目の前を覆われて――

 次の瞬間目に入って来たのは、自分を覗き込むニンジャと、もう一人長い黒髪に絣の着物を着た女性の顔。自分は、今まで夢を見ていたのか――?ブロッケンJr.は自分の目から涙が流れているのに気づいて、ばつが悪そうに起き上がると軍服の袖口で涙を拭い、口を開く。
「…何だよ、起こしてくれれば良かったのに」
「…いや、起こす機会を失ってな。ついそのままにしてしまった」
「わたくしも起こそうと思ったのですが、起こせる雰囲気ではなかったものですから。…ああ、どうぞこの手拭いをお使い下さい」
 そう言って手拭いを出す女性に、ブロッケンJr.はばつが悪いのも含めて、軽く言葉を返す。
「いや、いいよ。…ところでチハヤは何しに来たんだ?」
 ブロッケンJr.の問いに、『チハヤ』と呼ばれた女性はにっこり笑って二人に風呂敷包みと竹筒の水筒を渡す。
「戻っていらっしゃらなかったので、ならばわたくしも共に花を見ようかと思い立ちまして、昼のお弁当を持ってきたのです。兄上も、ブロッケン様も、召し上がって下さい」
「すまんな、千早。わざわざ持って来るとは。探したろう?」
「いいえ、今一番桜が見事なところにいると分かっておりましたから、探していません」
 そう言ってにっこりわらって言葉を返す千早に、ブロッケンJr.も笑顔でお礼を言う。
「いつもありがとうな。チハヤの飯はうまいから、花見も倍楽しくなってるぜ」
「ありがとうございます」
 彼の言葉に千早はまたにっこり笑う。そうして喉が渇いていたので、ブロッケンJr.は水筒のふたを開け、中の清水を飲みこむ。と、その時ふと何か気配を感じその方向を見ると、この桜の森でも一際見事な桜の古木の下で、四人の男女が笑顔でその木を見上げているのが彼にはふと見えた気がした。その幻に彼はふっと笑うと呟く。
「『サクラは、人の想いを糧にする』…か。…確かにな」
「どうした?」
「何でもねぇよ。じゃあ飯にしようぜ」
 そう言うとブロッケンJr.は弁当の風呂敷包みに手を掛けた。