ある日の松山。デーゲームが終わった後の不知火は恋人の真理子と待ち合わせて久しぶりに外食でもしようという事になっていた。待ち合わせ場所にはすでに真理子は来ていてすぐにどこに行こうかとあちこち店を探し、家庭的で落ち着いた雰囲気の洋食屋に腰を落ち着け注文をし、運ばれてきた水を飲んだところで真理子が言葉をかける。
「今日もお疲れ様」
「真理もお疲れ様」
「負けちゃったのはちょっと悔しいけどね」
「まあそんな日もあるさ。勝ちっぱなしとはいかないしな」
「そうね。…まあ守さんが登板してなかったからいいか」
「言うな、真理」
「うふふ」
 そうしてまた水を一口飲むと真理子はふと店を見回して口を開く。
「ここお店全部禁煙なのね。気付かなかったわ」
「みたいだな。俺も今気付いた。親子連れもいるし、よく来そうな店の雰囲気だから…子供が辛くない様にって事かな」
「かもね。まああたしも守さんも煙草吸わないから禁煙でも大丈夫だけどね」
「確かにな。…っていうか俺は禁煙の店の方が好きだな」
「そうなの?」
「ああ」
 不知火の意外な言葉に真理子は驚いた様子を見せ、更に問いかける。
「でも守さんだとチームメイトの人達煙草吸う人いるんじゃないの?むしろ吸いたいんじゃない?」
 真理子の問いかけに不知火は困った笑みを見せて答える。
「そう思われがちなんだけどな。俺の周りって、父さんも死んだ母さんもプロになって最初にバッテリー組んだ土井垣さんも煙草吸わない人だったから、どうもあの煙と匂いが苦手になってて…日ハム時代も今も確かに先輩とかチームメイトは吸う奴もいるけど…なるべくならそこから離れたいのが本音なんだ。だから端から禁煙の場所は煙草の煙も匂いもないし有難い」
「そうなんだ」
「それに煙草の煙吸いながら食う料理や酒って、たばこのうまさを味わってる分、料理とか酒本体のうまさを味わうのが半減するんだぞ?折角店から厳選した料理や酒で、そんな損な思いしたくないじゃないか」
「確かにそれはあるわよね」
 不知火の言葉に真理子も同意して頷く。頷く彼女に彼は逆に問いかける。
「じゃあ真理は煙草好きか?」
 真理子は少し考えると答える。
「う~ん…死んじゃったおじいちゃんが吸ってたパイプの匂いは嫌いじゃなかったけど…普通の煙草はあたしもあんまり好きじゃないのよね。それにあたし医療職でしょ?煙草を大手ふって勧める立場にはなれないし。だから守さんが煙草吸わないって分かってちょっと嬉しかった」
「そうか」
「うん」
 そう言うと二人は微笑みあい、悪戯っぽく語りあう。
「でも高校の頃って、煙草吸うのがかっこいいとか多少はあるわよね」
「ああ、それは分かる。くわえ煙草をちょっとニヒルにふかしてって…ドラマの俳優がかっこよくやってたせいかな」
「でも吸った?」
「いや、高野連にばれたらまずいと思ってそこまでは。でも禁煙パイプは吸ったな。あれは今も好きだろ、俺」
「そう言えばそうね。あれはあたしも好き。縁日の薄荷パイプ思い出すわよね~昔は種類なかったけど今はそこそこ種類あって楽しいし」
「眠い時に吸うと適度に目が覚めるからな。実を言うとブルペンに常備してるんだ」
「うそ守さん、ブルペンで眠くなる時あるの?」
「ああ、緊張が過ぎると逆に眠気が来る事があるんだ。何でかな」
「ストレスかもよ。あんまり続くようなら一応心療内科か精神科にかかってね」
「ああ、真理がそう言うなら」
 そうして話していると料理が運ばれてくる。ミニサラダとコンソメスープが添えられた不知火はビーフシチュー、真理子はオムライス。二人はにっこり笑って料理を口にすると互いに声をかける。
「あ、これおいしい。守さん、一口どう?」
「俺のシチューもうまいぞ、真理も一口食べてみろ」
 そうして松山の洋食屋は幸せに時が過ぎていくのであった。