交流戦も終了しオールスターも近くなってきた7月初旬、東京スーパースターズの面々は、久しぶりに休みが重なった土井垣、三太郎、義経のそれぞれの恋人葉月、弥生、若菜を交えて食事を兼ねて飲んでいた。季節は梅雨も明け本格的な夏へ向かう時期である事もあり、もうすぐ始まる甲子園大会の予選の話から始まって、高校時代やそれ以前の思い出話へと盛り上がっていき、その話題の中で三太郎がこんな言葉を出した。

「そういやこの時期って暑いわじめじめしてるわで、野球部の活動以外だと授業のオアシスが体育の水泳だったよな」
「だな。暑さとか湿気でだるい感じも、プールの後はなんだかんだでリフレッシュできてさ」
「確かに」
 スターズの面々の言葉に、その話を聞いていた女性三人が不意に羨ましそうに返した。
「いいな~皆さん、高校でも水泳あったなんて」
「だね」
「そうね」
「え?」
 三人の唐突で不可解な言葉に、スターズの面々は口々に彼女達に問い返していく。
「それって、前話してた君らの学校は女子と男子で体育の授業が違ってたってやつの一環?」
「柔道とか剣道みたいに学校で水着貸す訳でもないんだから、女子だって普通に水泳できるでしょう?」
「それとも女子の家庭科の時間が男子の体育に当てられてたってやつ?」
「聞いた限りだと何か色々フリーダムな校風みたいだけどさ、さすがに公立なんだからカリキュラムに決まりはあっただろ」
 スターズの面々の訳が分からないという口調の問いに、女性達は苦笑しながら答えを返していく。
「ところが…本当になかったんですよね、これが」
「しかも女子だけじゃなくて、男子も含めた生徒全員」
「むしろ『体育に水泳っていう内容が存在しなかった』…が正しいかしら」
「いやしかし、何度か学校に行ったから覚えているがちゃんと学校にプールもあったし、使っていたじゃないか。だとするとあれはどういう事だ?」
 義経の更なる問いに、若菜がまず代表して答える。
「確かに、プールはありますし、使ってもいますけど…使っているのは授業としてじゃなくて、水泳部の活動用としてなんです」
「…まあ、はっきり言っちゃうと、水泳部がプールを年中占拠してるから授業じゃ使えないのよね~」
「とはいえちゃんと管理してくれてるから先生達も黙認状態だし、むしろ男子校時代に作ったプールで女子だと水深が深くて危ないって理由もあるからこそなんですけどね。実際プールの授業があった時代の生徒だったうちの母は、泳げない上に背が低かったせいで背が立たなくて溺れた事もあって安全上水泳免除されたらしいですし。その名残だと思います」
 葉月の言葉に彼女の母親を知っている里中が相鎚を打って同意し、それに飯島が続く。
「ああ、そういやおばさんって身長150あるかどうかだったもんな。そのおばさんが溺れる深さだと葉月ちゃん達で背が立つ位だろうから女子は確かに危ないか」
「それで女子だけ水泳なし、なんて言ったら女子からブーイング来そうだから平等に…って感じなんですかね」
「そうそう、そんな感じです」
「でもそれじゃ夏ってよっぽど行こうってならなきゃ泳ぐ事なんてそうなくてつまんなかったんじゃないっすか?」
 池田の言葉に弥生が少し考えた後あっさり答える。
「…でもなかったわね、泳ぎたくなったら市営プールがすごく安かったし、その隣の御幸ヶ浜の海水浴場は急に深くなる分少し危ないけどタダだからよく行ってたし」
「泳ぐ事がメインじゃない水遊び程度だったら早川や酒匂川とか川でも良かったですし、交通費をちょっと贅沢すれば遠浅の分小田原よりは危なくない湯河原の海にすぐ泳ぎに行けましたしね」
「もっと贅沢すれば大磯ロングビーチもあるしね。そう考えると割合あたし達の地元って海でもプールでも泳ぐ事に関しては恵まれてたよね」
「それにうちらは授業で使う事考えずに済んだから可愛いのとか自分の好きな水着だけ買えば良かったし、そういう出費って意味でも恵まれてたよね」
「そうね」
 弥生の言葉に続けて答える形ながらも同時に親友同士の楽しい雑談をしている女性達の会話に興が乗った男達は、彼女達が不快にならない様に気を遣いながらその話題に沿って『聞きたい事』を聞いてみる。
「じゃあさ、こんなこと聞いていいか分かんないけど…皆それぞれ好みの水着ってどんな感じなの?」
「あ、俺もそれ聞いてみたい」
「三人とも選ぶものってきっと自分に似合う物なんだろうなって思うし」
 そう問いかけたチームメイトの言葉に対して女性達ではなく義経が真っ先に反応し、鋭い目で睨み付けると低い声で言葉を発した。
「…お前ら、他に思い残した事や言い残した言葉はあるか?武士の情けだ、聞いてやろう」
 チームメイト達は酔って多少タガが外れていたせいでこの手の質問に対する女性達の感情以上に厄介な『地雷原』の事をすっかり忘れていた事を後悔しながら、改めて言葉を重ねる。
「…あ、ああいや義経、言葉が足りなかった。すまん」
「そういう意味の答えが聞きたいんじゃないから。怒りは収めてくれよ」
「かわいい系とか、シンプルとか、エレガント系とかそういう色柄やデザインって意味だよ」
「こういうのって普段着る服とはまた違うじゃん。だからやっぱり普段のファッションとは好みが違うのかな、って単純に疑問に思っただけで深い意味はないからそう怒るなって」
「…そういう事なら…まあいい」
「…」
 何とか納得して怒りを収めた義経にチームメイト達は胸を撫で下ろしながらため息をつき、葉月と弥生は彼の態度に嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いている若菜を楽しそうに見詰めていた。そうしてしばらく間を置いた後、改めて星王が問い掛ける。
「…ってな訳で。その辺り皆どういう感じのが好みなの?」
 星王の問いに、まず弥生が笑顔でさらっと答える。
「そうね…あたしは基本的にエクササイズ用とかシンプルなのを選んでるわ。まあ、あんまりそっけないのもつまんないからちょっとは洒落っ気を入れるけどね」
「ああ、そういや弥生さん普段から仕事でストレス解消とか仕事柄の腰痛とか肩こりとか楽になるって区民プール通って水中ウォーキングやってるっけ。俺も何度か一緒にやったけどあれ楽しいよな」
「慢性化しない様に予防も兼ねて何か気軽にできる運動ないかリハの人に聞いて教えてもらったから試しにやってみたらはまっちゃったのよね。普通のウォーキングより膝の負担がかからないし、ストレス解消にはちょうどいい運動量になるし。その内見てたら楽しそうだったからアクアビクスとかもしてみたいな」
「へぇ…宮田さんとかお姫さんも神輿担いだりして活発なところあるけど、こう聞くと趣味とか含めてやっぱりヒナさんが一番スポーティなんだな」
 相槌を打つ三太郎とそれに応える弥生に一同は二人の仲の良さを羨みながらも、彼女らしい趣味やファッションの選択に感心する。それに続けて彼女の回答の間に義経から話す同意を得られたのか、若菜が控えめに自分の回答を話していく。
「私は…基本的に身体の線が出にくかったり肌の露出が少ない物を選びますね。少し前まではそうした水着はリゾート用の物がメインだったせいか少し色や柄が派手でその辺りがちょっと好みに合わなかったんですが、最近はパレオやワンピースタイプの水着も種類が増えたおかげで色柄がシンプルなものも出てきたから、本来の好みの物が買えて嬉しいです」
 若菜の言葉に葉月と弥生が楽しそうに相槌を重ねる。
「そういえば『そろそろ新しい水着が欲しいね』ってなってこないだ一緒に買いに行った水着、良かったよね。デザインも色合いも上品でお姫にすごく似合ってた」
「ああ、こないだ買ったあれか。うん、確かにおゆきにピッタリのやつだったね」
「へぇ…やっぱり姫さんは性格通りの大人しめでエレガント系が好みなんだ」
「でも今の宮田さんとヒナさんの言葉からすると…義経、お前もその買った水着、確実に現物見てるよな」
「もしかして着た所も見せてもらったりしたのか?」
「そりゃ、怒りたくもなるよなぁ?『自分だけの秘密』にしときたかったのにできなくなったんだから」
「…」
 口々にからかうチームメイト達の言葉に義経は顔を赤らめながらも苦々しげな表情を見せ、若菜も先刻以上に顔を真っ赤にして恥ずかしげに俯いて沈黙する。その二人の様子をニヤニヤ笑って楽しく鑑賞しつつ、国定が最後に残った葉月に軽い口調で問い掛けた。
「…って事は、今までの答えから推理すると…宮田さんはやっぱり体型が目立たなくて、可愛い系統の水着って事かな。…それで当たり?」
 国定の問いに、葉月もにっこり笑って悪戯っぽく軽い口調で答える。
「ほぼ当たりで…ほんの少し外れってところですね。いわゆる『ニアピン賞』?」
「ああ、はーちゃんの場合は確かにそうね」
「そうそう、おようの場合はある意味予想通りと言えばそうだけど、確かにちょっと違うわね」
 そう言ってウィンクした葉月の答えとそれに同意する形で楽しげに頷いている親友二人の様子にチームメイト達は少々不満げな声を上げた後、今までこの話題に一切関わらず苦々しげな表情で横目に見ながら黙ってずっと酒を口にしていた土井垣を巻き込む形で口々に話題を振って『正解』を聞き出そうと声を掛けていく。
「ずるいぜ、宮田さんだけうまく逃げて」
「詳しくなくていいからその『違い』位は教えてくれよ。なんなら答えるのは土井垣さんでもいいですから」
「監督なら絶対知ってるでしょう?監督の許容範囲の回答で我慢しますから教えて下さい!」
「そういう意味じゃないんすけど、答えが変にはっきりしないせいでモヤモヤしてその感じが何だか嫌なんすよ。お願いです監督、この通り!」
「…お前ら、女のその手の話で盛り上がるのは男の性としてまあ仕方ないとしてもだ。その手の話題をその女の許嫁当人に振るとはいい度胸だな…」
 土井垣は苦々しげな表情のまま、隣で裏腹に座って悪戯っぽく自分に微笑みかけているこの状態になった『元凶』を睨み付け、軽く舌打ちした後重い口調で言葉少なに『回答』を出す。
「…俺が知っていて答えてもいい範囲だけだからな。…こいつの普段の恰好から答えるなら、確かに系統としてはほぼ同じだが…こいつはこう見えて水遊びや泳ぐのが昔から大好きらしかったせいか、泳ぎやすさも考えていて普段より『元気さ』をより前面に出したデザインの物を買っているな。色に関してはそれもあってか普段はほとんど身につけない赤やオレンジ系統の物を好んでいる様だ」
 土井垣の答えに幼い頃の葉月を良く知っている里中と若菜が言葉を重ねる。
「ああ、確かにそうだった。葉月ちゃんってちっちゃい頃からその辺りおばさんよりおじさんに似たのか泳ぐの大好き、水大好きで保育園とか小学校のプールどころか勝手に一人で海とか川に行っちゃってはずぶ濡れで帰って来るとか何度もやらかしてたのもあって、近所の皆から『河童の生まれかわりなんじゃないか』とか言われてたっけ」
「智君も思い出した?すごかったわよね、あの頃のおよう。熱さえ出さなければ小学校の時は夏休みの平日は毎日学校のプール三昧、日曜日は御幸ヶ浜か市営プール、それでも足りなくて早川に一人で遊びに行って落っこちて丁度鮎釣りしてた御館さんに発見と救出されて連れて帰られたりとか」
「あたしはその頃の事は話でしか知らないけど、実際演研の皆で夏に遊ぼうってなると水遊びか泳ぎに行きたいっていっつも言ってたのがはーちゃんだったしね。箱根の合宿の時も芦ノ湖の水遊びで一番夢中になって遊んでるし」
「へぇ…今の宮田さん見て何となくは分かるっちゃ分かる気もするけど、意外っちゃ意外でもあるな」
「でもそこで近所の人達が女の子なのに『人魚』とかせめて『お魚』とかいう可愛い例えじゃなくて『河童』って言ってる辺りで、何か小さい時の宮田さんの感じが良く分かるよな」
「『お転婆』どころじゃなくて『やんちゃ』とか…酷く言えば『悪ガキ』のレベルに達してたんだろうな、その例えからすると…」
 改めて知った葉月の意外な一面に、チームメイト達は驚き半分、呆れ半分の表情で言葉を零し、それに対して葉月はコロコロと楽しそうに笑いながら言葉を返し、それに若菜が言葉を重ねる。
「まあ、うちの地元って昔から割と子供達皆男女関係なく遊んでたんでその辺も影響はあると思いますよ。女の子も魔女っ娘グッズ使ってオリジナルヒーローごっことか野球やサッカーを一緒にやるし、男の子も超合金持ってきて何だか良く分からない内容になったお人形遊びとかおままごとを一緒にやったりとか、誰かがゲーム買ったら誰が言い出さなくても皆が集まって交代でやるとか、ボードゲームならその日集まって遊べる家に皆で持って行って遊んだりとか」
「おようは昔から丈夫じゃなかったとはいえ今話した通り昔は今より活発でしたから、男の子達と遊ぶと男の子顔負けの元気さでしたし、逆方向から言えばその頃の智君は昔から器用だったせいか女の子達に合わせて遊ぶ時はあや取りや縄跳びとかゴムとびがものすごく上手くて、上手くいかなくて泣いてる年下の子が上手く楽しめる様に気遣ってくれる優しい所がありましたしね」
 若菜の口から里中の新たな過去の話を聞いて、今度は元明訓メンバーが意外だとばかりに言葉を発していく。
「へぇ…それもまた意外な話だな。里中って明訓時代からサッちゃんに対しては恋愛感情抜きにしても確かに面倒見がいいお兄ちゃんだったけど、普段はどっちかっていうと悪く言えば『駄々っ子』って感じだったけどな」
「いっつもや~まだや~まだ連呼して甘えとったしな」
「づんづら」
「いや皆、『駄々っ子』は言い過ぎだろ。あの態度や言動は里中の自分のピッチングに対する執念とかプライドの高さの裏返しじゃないか」
「…お前がそうやって無意識に甘やかすから俺は相当苦労したんだがな、山田」
「ですよね、俺も同感です監督。…よし、軽く引っ掻き回すのにいいネタだし、この話後でサッちゃんに教えてやろう」
「うるっさいな皆、何で俺の話にいつの間にかすり替わってるんだよ。元々は葉月ちゃんについての話だろ?……って事で話を戻すけどさ、葉月ちゃん」
「なぁに?智君」
 いつの間にか自分の過去の暴露話にすり替わってしまい、ふて腐れた表情を見せて言葉を発した里中は改めて葉月に話を振り直し、それに笑顔で応じた彼女に対して今の意趣返しのためか、彼女ににやりと笑いかけた後、悪戯っぽい口調で爆弾発言を落とした。
「…葉月ちゃんってさ、今の話とは別枠で確かビキニも持ってるんだよな。柊司さんから話聞いたんだけど」
「ちょ、ちょっと待って智君。何で智君が柊とそんな話してるの!?」
 里中の悪戯っぽい言葉に葉月は真っ赤になって慌てた様子を見せる。その様子に酔いが回ってとうとうタガが外れきったチームメイト達は新しい酒の肴に食いついて口々に囃し立てていく。
「何それ、聞き捨てならない話だぜ?それ」
「宮田さんってファッションに関しては控えめに見えて実は結構大胆な所もあったんだな」
「宮田さんのグラマーな体型だとビキニは似合うどころか絶対色っぽい…っていうかエロくなるよな。監督には悪いけど一回でいいから見てみたいぜ」
「って事はもちろん監督も見た事あるんですよ……ってえぇっ!?」
 囃し立てたノリと勢いのままに土井垣にも話を振ろうと顔を向けた緒方が途端に驚きと恐怖で硬直する。そこでは彼が明らかに怒りを露わにした様子で肩を震わせながら俯き、冷酒の入った枡を荒々しくテーブルに叩きつけた所だったからだ。その音で今までの酔いもある意味一瞬の内に冷めた一同は、土井垣の怒りがどう爆発してしまうのかと恐怖の面持ちで出方を待つ。土井垣は俯いてはいるが心底からの嫉妬と怒りをみなぎらせた様子を見せたまま、ドスの効いた低い声で葉月に問い掛けた。
「……今の話、俺は初耳なんだがな。…どういう事だ?葉月」
 土井垣の言葉に、葉月は発端は自分のせいだと分かっていても、そのみなぎった怒りの感情に怯えながら、おずおずと言葉を返していく。
「えっと、あのね…あたしがビキニ持ってるのはほんとだし…持ってる理由って、確かに実際使うからなんだけど、泳ぐためとかの理由で使う訳でも誰かに見せたいとかいう訳でもなかったから、言わなくていいかなって…」
「…それで、俺には言ってないのに、御館さんが知っているという事はだ…お前、御館さんのために買ったという事だろう!」
「違うってば、柊が知ってるのはそういう理由じゃなくて…」
「言い訳は聞かん!……お前の気持ちはそういう事なんだな。だったらその気持ちのままにそう行動すればいいだろう、俺と別れて御館さんの所へ行け!!お前の気持ちが分かった以上、俺は一切止めんからな!」
「だから将さん、ちゃんと話を…」
「知るか!」
 楽しい話題から一気に許嫁同士の修羅場へと転がり落ちていく様子に、チームメイト達はどうこの場を収めようかと慌てふためくが、酔いと嫉妬で怒りのボルテージが普段以上に激しくなっている土井垣の頭に冷静さを取り戻させる術など自分達にはないとも分かっている。葉月の方も土井垣の怒りに飲み込まれて普段の冷静さがなくなっている様で、パニックから半泣きの状態になっている。二人の喧嘩(というより土井垣が葉月を一方的に責め立てている状態)が続き、このままでは冗談抜きで本格的な別れ話に突き進んでしまうのではないかというレベルまで修羅場がピークに達したその時、この状態の元凶になった里中に加えて何故か弥生と若菜が一緒になって突然噴き出した後、大爆笑した。里中と弥生に至ってはおかしくてたまらないのかテーブルを拳や掌で力一杯叩いてすらいる。その唐突な爆笑に他のチームメイト達は呆気にとられ、土井垣と葉月も毒気を抜かれたのか言い争いを止めて三人の方に顔を向けた。それに気付いた三人はそれぞれおかしそうに二人…というより主に土井垣に向けて言葉を掛けていく。
「いや~、このネタと話し方で攻めれば土井垣さん必ず引っかかると思ったんだけど、予想以上の釣られっぷりだったぜ!」
「土井垣さん、はーちゃんの事に御館さんが絡むとすぐ頭に血が上るのは知ってますけど、そこまで怒り狂うくらい嫉妬するならきちんと捕まえてないとダメですよ?」
「それに、土井垣さんはおようの行動きちんと把握しているじゃないですか。そこから考えればこれってとっても単純な話なのに、御館さんの名前が出ただけで理性無くすなんて、どれだけ御館さんへのライバル意識とおように対しての独占欲が強いんですか?」
 その言葉でいち早く三人の『悪戯』が分かった葉月が半泣きから怒った口調で声を上げる。
「ひど~い!智君もそうだけどヒナとお姫も!!そこまで分かってるんだったらこうなる前にちゃんと将さんに説明してよ!」
「ごめんごめん、まさかここまで土井垣さんが怒るとは思ってなかったからさ」
「でもまあ、これであんたがどれだけ土井垣さんに愛されてるか良く分かったでしょ?」
「だから私達が説明してあげた後は、きちんと自分で土井垣さんにフォローしなさいね?」
「…」
「おい…どういう事だ?」
 三人の言葉に葉月は怒りから恥ずかしさからか顔を真っ赤にして黙り込んだ。そうした四人の会話と彼女の態度の理由が分からない土井垣が嫉妬と怒りで血が上っていた頭も少し冷えた様子で問い掛けてきたのを見て、里中と弥生と若菜がそれぞれおかしそうに『事の真相』を話していく。
「おようがビキニを持っているのも、それを御館さんが知っているのも本当です。…ただ、その理由は土井垣さんが考えているようなものじゃなくって、もっと現実的な理由なんですよ。…まあはっきり言えばおようは『お祭りのアンダー用』にビキニを持っているんです」
「はーちゃんが神輿会でお神輿を担ぎに行くお祭りの中に、湯河原の『湯かけ祭り』っていうのがありましてね。そのお祭りの作法って、沿道の人が担いでいるお神輿と担ぎ手に向かって温泉のお湯を掛けていくって変わったものなんです。お湯かけのクライマックスの所では放水車使って滝行かってレベルの量を掛けますし。そうじゃなくても神奈川のお祭りって海に近いせいか『お浜降り』…つまりお神輿担いだまま海に入ったりするものが多いんで、普通の下着だと水吸い過ぎて装束と足して濡れると着心地が悪いんですよ。かと言ってはーちゃんの神輿会の装束は法被を抜いたら白たぼですから、下に何か着ないと水に濡れたら肌が丸見えですし。だからはーちゃんはそういう時に下着と同じ感覚で着られて、濡れても水をそれ程吸わない分着けてても気にならないビキニを下着代わりに使ってて、そういう時のために持ってるって訳です。だから一緒に神輿会入って担いでる御館さんが知らない訳がないじゃないですか。それどころか神輿会の人達の間では女性がそういう時ビキニじゃなくても下に水着着るっていうのは、はーちゃんに限らず当たり前レベルの話ですよ」
「…で、そのお祭りに今年サチ子が友人から別枠で行かないかって誘われて行ったんですけど、そういうお祭りだから着る物とか持ち物をどうしたらいいか分からないって言ってたんで、葉月ちゃんと同じ神輿会入ってる柊司さんなら絶対知ってるだろうし、丁度会う用があったからその時のついでで俺が聞いてサチ子に教えてたんで、俺も知ってた…って訳です」
「…」
 三人の言葉に土井垣はうまく乗せられた事が腹立たしいものの、結局こうなったのは嫉妬で自分から判断力を放棄してしまった結果でもあると分かっているのでぐうの音も出なくなる。その代わりにここまで最大限の恐怖を味わっていたチームメイト達が口々に声を荒げた。
「里中~、お前それ最初に言えよ!」
「マジでこれがきっかけになって二人が別れちまったらどうするつもりだったんだよ!」
「これはさすがに全員寿命が縮んだぞ!?若菜さんも、朝霞さんも今回ばかりは悪戯が過ぎる!!」
 チームメイト達の言葉にも三人は楽しげに笑ったまま言葉を返していく。
「だって、実際は理性が飛ぶレベルで嫉妬深くなる位惚れ込んでるくせに、何年もずっと籍すら入れずに待たせ続けて普段も放置状態にしてる土井垣さん見てたら、ずっと待ち続けてるはーちゃんがいい加減可哀想になってきたんだもの」
「おようは人一倍愛情深くて優し過ぎるからいつも自分の事より相手の事を優先させちゃう子なのを良く分かっているはずなのに、そこをもっと楽にさせてあげる様に接するどころか自分の方がその優しさに甘えきっている土井垣さんを見ていたら、私も最近少々腹立たしくなっていましたし」
「こんな一番魅力的な年頃を無駄に潰す様な蛇の生殺し状態続ける土井垣さんを待ち続ける位ならいっそ綺麗さっぱり別れて、言いたい事は全部言えるし、言ったって絶対それ全部受け止めた上で大切にしてくれる柊司さんと一緒になった方が、むしろ必要以上に我慢強くて優しい葉月ちゃんが安心してゆったり幸せに生きられるって気もしてさ」
「でもさぁ…」
「……酷い」
「え?」
 面々の会話の中、不意に黙っていた葉月が呟く様に言葉を発した事に気付いた一同がふと会話を止めて彼女を見ると、彼女は今まで見せた事がない心底怒りを覚えている事が良く分かる表情と口調で声を荒げた。
「酷いよ…智君も、ヒナも、お姫も。確かにあたしの事を気遣ってくれてるかもだけど…あたしの本当の気持ちなんか全然分かってないじゃない。……そりゃ、将さんにいつもほっとかれて結婚もずっと待たされてるのは淋しいし、不安にもなるよ?……柊の事だって……恋愛感情がどうのこうのは置くけど、あたしにとってとっても大切で大好きな存在なのは確かよ?…でも、そんないろんな事を全部ひっくるめた上で今のこういう状態を選んでこうしてるのは、完全にあたしの意思で…そうしてでも待っていたい位…あたしが将さんを愛してるからなのよ?それなのに何であたしの気持ちを皆が勝手に決めるの!?皆無神経だし、最低よ!!」
「…」
 そう言うと彼女は本格的に泣き出してしまった。確かにからかいも半分入っていたとはいえ、本心から彼女の事を思ってしたつもりの言動が結果彼女を傷つけてしまった事に対して、三人は申し訳なさで、他のチームメイト達は彼女を慰める方法が分からず何も言えなくなってしまった。そうして気まずい沈黙の中彼女の泣き声だけがしばらく部屋に響いてどれくらい経っただろうか。土井垣がそっと彼女の肩を抱いて優しく言葉を掛けた。
「…すまん」
「…将さん?」
「…そうだな、確かに三人の言う通りだ。お前がそこまで俺の事を想って、待ってくれているのを分かっていながら…俺はいつもそんな優しいお前に甘えて、俺の気持ちや事情ばかりを優先させてしまっている。しかも、お前にいつも『甘えるのは俺だけにしろ』と言っておきながら結局そうしてお前に気を遣わせて、心底甘えられなくしてしまっているのは…確かに俺の方こそがそうしてお前に甘えきってしまっているからだと今更ながら痛感した。だから……すまん。三人は何も悪くない、だから三人を怒ったり責めたりするな。お前がこの事で責めるべき人間は…俺一人だけだ」
「……」
 土井垣の言葉に、葉月はふと泣き止んで顔を上げると彼を見詰める。彼は肩に彼女に回した手でそんな彼女の頭を優しく撫でながら微笑んでいた。そんな彼の様子に、彼女はまたほろほろと涙を零しながら、しかし先刻とは打って変わった心から幸せそうな表情で何も言わず彼に身を寄せ、彼はそんな彼女を本格的に抱き締めた。他の面々は今までの修羅場はなんだったのかという位の二人の甘い雰囲気に少々辟易しながらも、それ以上にこの場が丸く収まっただけではなく、結果的には二人の仲が今まで以上に深まった形で終わった事に安堵の溜め息をつくと、そのまま甘く楽しげな会話をし始めた二人を邪魔しない様自分達の輪からそっと外して、残りの面々で改めて楽しく飲み会の続きを始めた。



――おまけ――

「…でも、ちょっとだけ羨ましいな」
「何が?弥生さん」
 再び面々が楽しく盛り上がっている中、不意に弥生が軽い口調だが少し淋しげにぽつりと言葉を零した。それに気付いた三太郎が彼女に問い掛けると、彼女はやはり軽いが淋しげな口調で言葉を彼に返す。
「確かに本人からしたらちょっと困るのかもだけど…はーちゃんもおゆきも、あんな風に土井垣さんや義経君が嫉妬心露わにした態度見せてくれるっていうのがね。ああ、自分って愛されてるんだなぁ…っていう実感を誰にでも分かる形で見せてくれてる訳じゃない。もちろんあたし自身は三太郎君に思いっきり愛されてるのは良く分かってるけど、表面的にはいっつも飄々としてて他の人には何考えてるのかほとんど見せないじゃない。あの二人と違って三太郎君って」
「…とは言ってもなぁ、内科と小児科のドクターって弥生さんの職業考えたら嫉妬なんてそうそうできないし。あの二人みたいに他の男の話したってだけであそこまで嫉妬しちゃったら、逆に弥生さんの仕事に迷惑かかっちゃうだろ」
「でもたまにはそういう思いもしてみたいわ、あたしだって」
「え~…」
 わざとそうしているのだとは分かっているが、少々むくれた態度で発せられた弥生の『我儘』に三太郎は一見しては分からないが心底困った様子を見せる。そんな二人の様子をいつの間に見ていたのだろうか、星王が軽い口調で悪戯っぽく弥生に話し掛けた。
「あれ?ヒナさん知らないんだ。球界内では有名なこいつにまつわる『世にも恐ろしい話』」
「え?何それ星王君」
 不意に話しかけてきた星王の言葉に、弥生は訳が分からないという様子で問い掛ける。星王はそんな彼女に対して楽しげにその『世にも恐ろしい話』の『内容』を説明していく。
「こいつ、普段は『土井垣さんと宮田さんの『騒動』の事もあるし迷惑かけたくないから』ってヒナさんの事それ程表に出さないけど、何やかやでオフの時デートしてる所とかこうやって飲んでる所を他のチームの奴らに結構見られてるだろ?で、それ見た何も知らない奴らがヒナさんに惚れたり興味持ったりして『あの美人誰だ』とか『紹介してくれ』って、いつも一緒にいるこいつに頼む事が結構あるんだよ。…で、こいつはその手の話が来るといつもこのままの顔と態度で『じゃあまずは話聞いてやるから飲み行こうぜ』って返して毎度そいつらを飲みに連れてくんだわ。そうするとあら不思議、飲みに行った翌日そいつら全員揃いも揃ってヒナさんの事『諦めた』って言うんだよな。『俺…怖いもの知らずだったんだな』とか『あんな恐ろしい目に遭うなんて、一生の内あるかないかだ』ってな言葉がセットでついてくる形でね。…まぁ、その『飲み』で何が起きてたのかはここまで言えばヒナさんなら簡単に察し付くよな?……そういう事」
「三太郎君…」
「…」
 星王の言葉に弥生は心底驚いた表情で三太郎を見詰め、三太郎はばつが悪いのかそんな彼女の視線を避ける様に目を逸らしながら顔を掻いている。そんな彼の様子を見て彼女は幸せそうににっこり笑うと自分のサワーを持ったまま彼に身体を預ける形で寄りかかり、こういう場では珍しく甘えた声で囁く。
「…ありがとう」
「…」
 彼女の言葉と態度に彼も一見表情は変わらないものの珍しく周囲にも分かる位に顔を赤らめ、黙って自分の焼酎の水割りを飲みながらそんな彼女を静かに引き寄せた。