真理と想いを確かめ合ったその後、俺は真理に、そして俺をここまでにしてくれて真理という存在を贈ってくれた今は亡き誠さんに日本一というプレゼントを贈るため、クライマックスシリーズを勝ち残る事に専念した。監督には先発ピッチャーの自分だけれど今回は使いたければいつでもリリーフとして、場合によっては代打だろうが守備固めだろうが代走だろうが使って欲しいと願い出て、監督はそんな俺に怪訝そうな表情を見せていたけれど、俺の必死な表情に何かを感じ取ったのか『…まあ、お前がオールマイティーなのは良く分かってる。お前がそう言ってくれるなら短期戦だから使わなきゃならない所では使うが、まずは何だか知らねぇが何かやたらに入ってる肩の力を抜いて、出番を待て。それにもしこのまま五戦目までなだれ込んだら先発はお前が切り札なんだから、まずはそこで確実に勝てる様にコンディションをもってけ』と俺の心意気を買った上で、俺のある意味よこしまな勝ち意識を無意識だろうが諌める様に俺の頭と身体をクールダウンさせてくれた。そうして俺は必死に戦ったが、最後の最後によりによって先発として出た第五戦で負けてしまった。そしてその勝利を決定的にしたのはドッグスリードで迎えた最終回にランナーを出しつつもツーアウトフルカウントまで追い込んだ俺が『後一球』コールに圧されてふと無意識に緩んだ球を投げたその球を待っていたかの様に叩きつけた、土井垣さんの逆転スリーランホームランだった。そのスリーランを噛みしめる様に塁を走っていく土井垣さんを見て、俺は執念で土井垣さんに負けていたんだと実感した。確かに俺自身の真理に対する禁じられた思いを貫き通そうとする執念は誰にだって負けないものだと自負はしている。しかし自分の生命を賭けて新しい生命を生み出そうとしている宮田さんに向き合おうとする土井垣さんの執念は俺の執念以上に強く、そして澄み切っていて、その後ろに確かにその土井垣さんを包む様に護っている宮田さんがいて――その分更に強さが増していた。その事に気付いた時、確かに自分は負けたけれど、俺に俺の進む道をそうして無意識に示してくれた土井垣さんに気付いて、負けた悔しさ以上に感謝していた。そしてそのまま里中がその点差を護り、スターズは日本シリーズ出場を決めた。全てが終わった後、それでも『その後』の事を話したくて俺はヒーローインタビューが終わって監督室に着替えに入ろうとした土井垣さんを呼び止めた。
「土井垣さん」
「ああ…守か。どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと話したいと思って…まずは日本シリーズ出場おめでとうございます」
「ああ、ありがとう…と言いたいが…お前は残念だったというか、その…これが勝負の世界なんだが…その、すまん」
「いえ、いいんです。正直土井垣さんの精神力にはほんの少しですが…負けていたんだって分かりましたから。でもただ負けた訳じゃないです。負けたおかげで俺の進む道が…あのスリーラン打った土井垣さんを通して…見えました。宮田さんに向き合うために、真逆みたいですけど無心で…勝つ事に全力を傾けてる土井垣さんに…俺のあるべき姿が…見えました」
「…そうか」
「…はい。ですからこのまま日本シリーズ、おまけでアジアシリーズももぎ取って下さいよ?同じ様な状況で勝たなきゃならなかった俺を負かしたんですから。そうして勝ち進む土井垣さんの姿勢が…宮田さんの戦う力だけじゃない、勝手ですが…俺の想いを貫き通す力と目標になるんですからね。宮田さんにだけじゃない…俺にも土井垣さんの背中を見せて下さい」
「ああ。ありがとう…守」
「それじゃ長話になりましたね。とりあえずはゆっくり休んで下さい」
 そうして俺はロッカールームで着替えると、電源を入れた携帯にメッセージが入っている事に気づいた。俺は留守電履歴に出ている名前に胸が高まっていく。そのままその留守電を聞くと――

――こんばんは、真理子です。クライマックスシリーズ残念でした。でも、お疲れ様。それで…急にで悪いんだけど…もし近いうちに会えるなら…会ってもらえないかなって。…親達もそうだけど、ある意味もっと大切な人がいて…会って私達の事…話して欲しい人がいるの。もし予定が空けられそうなら…連絡下さい――

 俺は時間が時間なので宿泊先に帰ってからの電話では遅くなりすぎるし、かと言って今掛けるのは決定事項だとしても、この場で掛けて何か言われるのも嫌なので、チームメイトにばれない様に慌ててロッカールームから出ると人がいない事を確かめトイレの一室に籠って電話をかける。すぐに電話はつながって、俺は堰が切れた様に話し出す。
「真理、留守電聞いた。俺達の事を話さなきゃならないって…おじさん達の他に反対する様な人が…まあ俺達の仲なら仕方がないが…いるのか?」
 多分熱がこもっているだろう俺の言葉の勢いに真理は圧されつつも、静かな、しかし真剣な口調で言葉を返してくる。
『反対されるか、応援してくれるかは…正直どっちかはあたしにも分からない。でも…あたしがこの仕事をしていくためには…絶対に話さなきゃならない人がいるの』
「それは…?」
『まずは会って欲しいの、その人に。でも守さんの予定がまず第一よ。あたしの方が予定合わせやすいから』
「そうか…じゃあ、早い内がいいなら急だけど、明日診察に朝霞さんの所に行くから…その後にその人の予定が取れればその後なら明日一日はいつでも」
『うん、その方が『その人』も予定組みやすいから…診察は午前中?』
「ああ」
『じゃあ診察が終わったら、弥生先生に頼んであたしの職場に連絡入れてもらって。そこで話をしてもらうから』
「ああ、かまわないけど…その人ってもしかして職場の人なのか?」
『うん…そうなの』
「分かった。明日の診察の時に朝霞さんに頼むよ…じゃあとりあえず明日。今日はもう遅いから身体を壊さない様に寝ないと」
『うん、守さんも…おやすみなさい』
 そうして俺は電話を切るとため息をつく。真理が両親以外でここまで真剣に会って欲しいという『職場の人』だとすると、朝霞さんと同等、あるいはそれ以上に相当彼女と関わりが深く、影響力のある人間だとは容易に想像がついた。『その人』に俺は認めてもらえるだろうか――

 そして翌日、チームメイトは四国へ帰るが、俺は診察の事もあるのでもう一日猶予をもらって帰る事になっていた。皆を送り出した後、俺は何とか今回の『相手』に認めてもらうためにも移動用のスーツでも着ていこうかと考えたが、朝霞さんから『スーツとかボタンの多いシャツだと内科、特に呼吸器や消化器の場合は特に診察の時お互い苦労するから、なるべく脱ぎ着しやすいものを着てくれると助かるわ』と言われていたのでスーツやボタン類が多い服は諦めて、それでも礼は尽くしている事を示す為に一番真新しい――つまり真理に選んでもらって買った――服を着て病院へ行き、診察と改めて胸部レントゲンとCT撮影をする。その結果は一応完治。診察も今日をめどに終了でかまわないとなった。診察を終了させる時に、朝霞さんはあの日から態度を柔らかくしてくれているからか、本来の性格が分かる柔らかな笑顔で、少しおどけた様に言葉を紡ぐ。
「まさかこんな短期間でここまで良くなるとはね。…プロ野球選手だから基礎体力があるって事もあるのかもしれないけど…早く治して試合がしたいって気持ちが勝ったのね」
「そうですか?」
「きっとね。『病は気から』っていうことわざ、それだけじゃ病気の説明つかないけど、あながちでたらめでもないのよ」
「そうですか」
「じゃあ診察終了。ただ出した薬は最後まで飲みきってね」
「はい、分かりました。…それで」
「何?」
「もしかしたら聞いているかもしれないですが…真理の職場の人と話があるので…連絡を取ってもらえますか」
「…」
 俺の言葉に朝霞さんはふっと真剣な表情を見せると、静かに言葉を紡ぐ。
「…会うのを拒否しないって事は…覚悟ちゃんと決めたって事ね」
「はい、俺達の事を理解してもらう必要があるなら俺はどんな事だってします。そのためには、誰にだって遠慮せず堂々と会わないといけません」
「…そうね」
 そう言うと朝霞さんは真剣な眼差しのままだったけれど、ふっと笑みを見せて言葉を重ねる。
「そう言う事なら…連絡を入れるわ。話し合いの場所はこっちじゃないから真理ちゃんに迎えに来てもらう。会計済ませたら受付で待ってなさい」
「…はい。ありがとうございます」
「とりあえずあたしができる事はここでひと段落。でも何かあったらいつでも教えた連絡先に連絡頂戴。何でも相談していいわよ」
「それも…ありがとうございます」
 そうして俺はお礼を言って診察室を出ると会計をして真理を待つ。しばらくして再会した時と同じ、ケーシー型の白衣を着た真理が俺の所へやって来た。俺は立ち上がると彼女に近づいて声をかける。
「…とりあえずは言う通りにするから…案内してくれ」
 俺の言葉に、真理は他の患者へのカムフラージュなのか、スタッフとしての口調で言葉を返す。
「はい。…ではこちらにいらして下さい」
「ああ」
 そう言うと俺は先導する真理について行き、隣の病院の建物に入り、エレベーターに乗る。指定された階で降りると、そこは1フロアが全て何らかのリハビリテーションルームになっていた。その素人目に見ても分かる設備の充実ぶりに俺が目を見張りながら歩いていると、その中の『スタッフルーム』と表示された部屋に俺は案内された。促されるままに中に入ると、中には中年だが年相応の老いなどが感じられない、溌剌とした雰囲気が一目で分かるショートヘアの女性が席に座っていた。俺が無意識に礼をすると女性は立ち上がりにっこりと笑って礼を返し、口を開く。
「よく来てくれたわね。まずは挨拶をしないと。私は山崎唯子。理学療法士でこのリハビリテーション科の責任者でもあるわ。よろしく」
「不知火守です。こちらこそよろしくお願いします。それに…今回はこちらというか隣ですけど…にはお世話になりました」
「そうね。でもそれがきっかけで今回の件に至った訳ね。まずは話を聞きたいから…ここだと何かと邪魔が入るかもしれないし、面接室に行きましょうか」
 そう言うと『山崎』と名乗った女性は近くにある面接室に行き鍵を閉め、俺と真理に対面して座る。そうして一息ついた後、女性は静かに問いかける。
「不知火君…だったわね。もうすぐに話題に入るけど、まず一つ私からあなたに質問するわ。大久保さんはね、あなたとの事を最後の最後まで頑なに私達に話そうとしなかった。それが何故かは…あなたは分かる?」
「それは、俺と彼女の関係が…本当なら二度と会っちゃいけない関係なのに…恋愛に落とし込んだから、言うに言えない状況になったんだと…俺は思っています」
 俺の答えに女性は静かに頷くと、更に言葉を重ねる。
「そうね。それが一つ。でもそれ以上…あなた以上に大久保さんにはこの恋に対して障害があるって事を…分かってないみたいね」
「それは…患者と病院スタッフだったからって事ですか?」
「いいえ。大久保さんが医療従事者だって事自体が一番の障害なの」
「それは…どういう…」
 何も分かっていない俺に女性は静かにその『答え』を口にしていく。
「大久保さんとあなたは、特殊な状況だったとはいえ、ドナー家族とレシピエントの関係なのよね。だから会っちゃいけない事はあなたも知っての通り。そして大久保さんは医療従事者になった時点で、その枷が更に強くなるの。作業療法士…いいえ、医療従事者の倫理規定って意味でね。だから絶対にこの鉄則は曲げられない。曲げた時点で病院側から懲戒を受けて、資格剥奪までは行かなくても…解雇失職になったって、それに加えてこの業界は広い様で狭いからこの話が風評で広がって、その後医療機関での仕事ができなくなっても…文句は言えないのよ」
「そんな、俺はそんな事になるなんて…!」
「でしょうね。だからあなたは大久保さんに再会してその優しさと想いに触れて、それが禁じられているとしても、恋をした心のままに突き進んだんでしょうから。…でもここまで話せば、そうしたあなたに対して大久保さんもそれを受けた事が何を意味するか、そしてどんな重みをもっているのか…もう分かるわよね」
「…はい」
 俺は自分の浅慮に後悔を覚える。そうだった、真理は作業療法士、つまり医療従事者だ。その真理にとっては普通のレシピエントとの関係以上に倫理が厳しくなる位少し考えれば分かった事だ。だからあれだけ俺に対して想いがあってもはねのけようと苦しんでいたんだ。そして迷った末に全てを失う事を覚悟で俺の想いを受けてくれたんだ――言葉を失っている俺に女性は更に言葉を重ねる。
「…でもね、誤解して欲しくないからくどくど続けるけど、大久保さんがあなたとの事を話さなかったのは、自分の保身のためじゃないのよ。この想いに対して正確に他の人に伝える言葉が分からなくて…何かを話してあなたに対する想いに傷を付けたくなかったからなの。それ位ただ純粋にあなたに恋をしていた。あなたに再会する以前から…ずっとね。…今回の事でやっと私も謎が解けたのよ。お兄さんの事はもちろん聞いていたけど、それを差し引いても大久保さんがこの道を選んだ理由とか、野球ファンでたまに試合を見に行ってるって話をしている時の眼が…いつもとっても寂しそうだった謎がね」
「山崎さん…」
 真理も女性の言葉に言葉を失う。女性は今度は真理に対して続ける。
「大久保さん。あなたはあたしにこの人との仲の話をして、管理に報告されて処分されてもかまわないって言ったわよね。その昨日のあなたの告白に対する答え、あたしは不知火君と話すまで待って頂戴って言った。それで今こうして話して、この不知火君の反応で不知火君がどういう人だかほんの少しかもしれないけど分かったから、昨日の『答え』を返すわ。あたしはあえてこの事を管理には報告しない。でもその代わり約束して。そうして結ばれるにしろ…別れるにしろ…最後までこの恋とちゃんと向き合いなさい。でないとあなたは人間としても…作業療法士としても成長できないから」
「山崎さん」
 女性の言葉に驚く真理に、女性は静かに言葉を重ねていく。
「あなたは確かに優秀な作業療法士よ。人間的にも年齢以上にできてる。でもあなたはまだリハビリ患者と向き合うためにこの面接室や…ここで自由に使えるお茶類は使った事がない。それだけリハビリと向き合うのに困難な人とまだ出会ってないからって言うのもあるけど…今のあなたは力任せにリハビリに患者を向き合わせる所があるの。…でもそれじゃ駄目。ただリハビリをするだけがあたし達の仕事じゃない…それは分かっているわよね」
「はい。『リハビリを通して患者さんが人生に向き合って、残された能力で生きていく手伝いをするのが使命』…です」
「そう。だから向き合えない時に何で向き合えないのか、どうしたらその人なりに向き合えるのか…そうして患者さんに寄りかかられるんじゃなく、寄り添えなければいい理学療法士にも…作業療法士にもなれない。あなたがそうした作業療法士になるためには、人間的に一皮むけるためにも…ずっと持ってきたこの恋を…苦さも甘さもちゃんと最後まで味わい尽くさないといけないわ。だから、精一杯…この恋に身を任せなさい」
「…山崎さん」
 真理は泣きそうな微笑みを見せる。女性は優しく微笑みを返すと、今度は俺に向き直り言葉を紡ぐ。
「不知火君」
「はい」
「今言った通り、大久保さんは全てを投げ打ってあなたに飛び込んだ。それを中途半端に扱ったり…切り捨てる事は許さない。もしそんな事になったら…あなたに相応の報復はさせてもらうわ」
「覚悟しています。それに…俺は全て捨ててくれようとした真理をそんな風にしませんし…したくありません。…俺は絶対にこの恋を結ばれる方向に持っていくつもりですが…もし別れる結果になったとしても…必ず全力でこの恋を貫きます」
「そう」
「はい」
 女性は俺の眼差しをじっと見つめた後ふっと微笑むと悪戯っぽい口調で言葉を重ねる。
「大丈夫そうね…大久保さんが処分覚悟でこの恋を告白しただけの価値はありそうな人よ。その事は大久保さん自信持っていいわ」
「…山崎さん」
 真理は驚いた様に目を丸くする。女性はウィンクしながら言葉を重ねる。
「じゃあ、とりあえずの話はこれまでよ。大久保さんも不知火君も、何か相談があったら朝霞先生だけじゃなくてあたしも相談に乗るわね。一応夫と子ども持ち、朝霞先生みたいな若い考え方はできないけど、年の功って意味の知恵はあるつもりよ」
「ありがとうございます」
「…さて、ちょっと喉が渇いたかしら。スタッフルームに二人とも戻りましょう。お茶をいれるわ」
「はい」
 そうしてスタッフルームに戻ると、昼時だったからかスタッフが数人食事をとっていた。そうして入って来た俺の姿を見て驚き、矢野と以前名乗ったスタッフ含めて何故俺達が三人でいたかを問いかけてきた。山崎さんは問題になりそうな詳しい事は話さず『亡くなった大久保さんのお兄さんの後輩だって事で思い出話がてら、リハビリにはぜひうちをって営業してたのよ』と言葉を返した。そうして和やかな雰囲気で俺達を座らせ、山崎さんはスタッフルームの隅にあるIH調理器で何やら作っていく。ポットなどならまだ分かるが、簡単な調理器まである事が不思議で俺はその疑問を素直にスタッフにかける。
「スタッフルームに調理器まであるなんて、スタッフに対しても設備がとってもいいんですね」
 俺の言葉に矢野さんがにっこり笑って言葉を返す。
「いいえ、あれはスタッフのためじゃないの。患者さんのために山崎さんが勝ちとった品」
「患者さんのため…?」
 問い返す俺に真理含めたスタッフが口々に言葉を返していく。
「リハをやってるとね、ある意味病棟以上にいろんな患者さんに出会うんだ。そりゃリハビリってのは機能回復が主な役目だけど、中々機能が回復しないとか、今の医学じゃ回復絶望なんて事もない訳じゃないからね」
「それでも日進月歩の今の医療。残存機能で暮らしていくだけじゃない、回復できる可能性を信じてその時に向けた機能保持のための長期のリハが必要な人もいる。でもそうしたいろんな事が辛かったりう、まくいかなくって荒れたり泣いたりする患者さんって結構いるんだよ」
「だから訓練って意味でのリハにならない場合に、もちろんカウンセラーさんとかにも協力してもらうけど、これだって充分リハだって言って、気持を引きだして患者さんが症状と向き合える様に話とか愚痴を聞いたり、気持ちを落ち着ける一端にね、お茶とかハーブティ、普段のリハにもアロマなんかを取り入れたのが山崎さん。で、お茶いれるためにあの調理器ゲットしたって訳」
「でもたまに医局のドクターとかが残業の時の食事にって、インスタントラーメンとかレトルトのカレー作るのに使ってますよね」
「後管理栄養士さんが食事のメニュー考えるのに品づくりとかね」
「山崎さんが『お茶がまずくなるからうちの器具は使わないで』って怒るから鍋とかフライパン持参してね。それができるからゲットできたんだろうけど」
「そうなんですか」
 そうして俺達が笑っていた時に山崎さんがにっこり微笑んで俺と真理の前にカップを置く。カップの中は確かにホットミルクだけれど、中からは牛乳特有の香りとは違う、花の様な柔らかな香りが零れていた。
「はい、ポピュラーだけど今まで作らなかった患者さんへの新メニュー、カモミールミルクティー。ちょっと試飲してみて。それとも牛乳とかヨモギやブタクサのアレルギーある?」
「ああ、アレルギーは無いですが…牛乳はともかくヨモギやブタクサ…?」
「ああ、普通は分からないわね。カモミールは効能柔らかいから万人向けではあるけど、それでもキク科…俗に言うヨモギやブタクサのアレルギー持ってる人には要注意なの。同じカテゴリーだから」
「ああ、そう言う事ですか」
「それから豆知識もう一つ。…カモミールの花言葉は『苦難に耐える』よ」
「山崎さん…」
「これがあたしからの応援。これから苦難続きだろうけど頑張って」
「…はい」
 俺はきっとこの花言葉からこのお茶を選んでくれただろう山崎さんの心遣いに感謝してミルクティーを一口飲む。その温かさが山崎さんの温かさを、そして牛乳の甘味に加えて爽やかでほのかな花の甘酸っぱい味と香りが俺や真理の心を表している様な気がして、その花言葉の意味を思い胸が痛み、詰まって――
「…え?不知火君どうしたの?」
「あ〜!な〜かした〜な〜かした〜山崎さんが〜な〜かした〜!」
「山崎さん、不知火さん泣かせちゃ駄目じゃないですか〜!」
「いえ…いいんです…ありがとうございます。俺は泣きたかったんです…だからありがとうございます、泣かせてくれて。こんな風に素直になれるなんてこれ…効果抜群です、俺が太鼓判押します」
 そうだ、俺は泣きたかったんだ。絶対的な障害を抱えたこの恋を貫き通そうとすると、真理の全てを奪ってしまうかもしれないのに、それでも止められないこの想いを貫いて、真理を守りながら苦難に耐えるための覚悟を決めるために、何より過去の全ての罪を洗い流して真っ直ぐに真理に向き合うために――泣いている俺を見て周りは慌てていたけれど、ふと目が合った真理だけは自分の涙を堪えて、泣きそうな眼差しではあったけれど優しく微笑んでいてくれた。その眼差しだけで充分だった。俺が絶対この想いを貫き通すと決意するには――

 …あい、という訳で一年ぶりに再開した『心の旅人シリーズ』です(誰も待ってないだろうけど・苦笑)。
 今回は『不知火、山崎さんに会うの巻』です。真理子ちゃんの両親とどっちから先に会わせようかなと迷って一年経ってしまったんですが、話自体はその当時ですでに大枠ができていました。しかし球場のトイレに籠って電話掛ける不知火…自分で書いてて笑ってました←おい
 そして二人の恋を仕事という面、真理子ちゃんの人間を高めるためという面、そして二人の想いを良く理解してからあえて応援に回った山崎さん。表と違って反対に回るかなと思ったんですが、不知火の一徹ぶり、認めてくれたみたいです。真理子ちゃんが何を話したのか書いてませんが、次回書けたら書きたいと思います。それ通り越して不知火が暴走して親に挨拶行っちゃいそうだけど(笑)。
 そしてタイトルの『カミルレ』という言葉は誤字ではなくて、カモミールのオランダ名。これがなまってカミツレと言う別名ができたそうです。んで丁度花言葉がいいなあと思ったので、そのままカモミールミルクティーが小道具に。カモミールミルクティーはこの話書いている時に何度か作りました。とは言っても鍋使ったのは二度くらいで、後は市販のカモミールのティーバッグに牛乳注いでレンジでチン。ちょっとカモミールの香りが気になる方は飲みづらいかもしれませんが、でも牛乳特有の香りが花の香りに代わっておいしいので牛乳苦手な人にはお勧めです、はい。

[2012年 05月 27日改稿]