あたしは草柳朱里。20の大学生。で、参考書とかを買うお金を稼ぐためにここ東京ドー○シ○ィにあるムー○ンカフェでバイトとして働いている。結構繁盛していて忙しいけど、その分時給はこういうバイトとしてはいい方だし、元々ムー○ン好きだから、この仕事は楽しくてたまらない。そんなあたしのある日の一コマ――

 今週は確かアイアンドッグスが遠征でドームに来る。という事は『あの人』も来るわね。さて、今回は何食べるのかしら?楽しみで仕方が無い。でも新しいバイトの子が入ったし、ちょっと内輪では一騒動ありそうだから注意しないと。そんな事を考えているとその当人が店に入って来た。
「いらっしゃいませ~」
「…おう」
 ラフな格好にサングラスをかけて、ちょっと強面な上、少し怖い雰囲気を漂わせている男の人。案の定新しく入ったバイトの亜由美ちゃんが、恐々あたしに声を掛けてくる。
「…どうしましょう、草柳さん、もしかしてあの人ヤの付く自営業の方とか…?」
 怖がる亜由美ちゃんを宥める様に、あたしは静かに応える。
「大丈夫。あの人はそんな人じゃないわ。気のいいここの常連さんよ…とはいえ、アイアンドッグス戦が無いと来ないんだけどね」
「それどういう事ですか~…?」
「そうね…あの人がお店出たら教えてあげる…まずは対応を見て覚えなさい」
 そう言うとあたしはその人に寄って行って声を掛ける。
「いつもの席が空いておりますから…そちらへ参りますか?」
「ああ、そうしてくれ」
 そう言うとその人をあたしは奥まった目立たない席へ案内する。
「…では、決まった頃に参りますので」
「ああ、よろしく頼む」
 平然と対応をしているあたしを、亜由美ちゃんは感心した様に見詰める。
「すごいですね~草柳さん。全然怖がらないなんて」
 感心する亜由美ちゃんに、あたしはウィンクして応える。
「大丈夫。亜由美ちゃんもあの人が食べてる姿見たらきっと大丈夫になるわ」
「そうですか?」
「ええ」
 そんな事をこそこそと言っていると、その人がそっと手をあげた。メニューが割合早く決まったんだろう。あたしはまたその人の所に行くと、注文を聞く。
「ご注文はいかがしますか?」
「今回は…『フ○ーレンのオムライス』と…デザートに『ニョ○ール』を」
「お飲み物はどうしますか?」
「そうだな…ハーブティーをホットで…デザートと一緒に頼む」
「承知致しました。繰り返します。『フ○ーレンのオムライス』一点『ニョ○ール』一点。ハーブティーをホットで一点。『ニョ○ール』とハーブティーは後ですね」
「ああ。よろしく頼む」
「ではお待ち下さい」
 そうしてその注文を厨房に頼むと、他のお客様の対応をしながらその人も観察する。その人は店のぬいぐるみなどを楽しそうに見詰めて、時折走り回ってぶつかったりする子どもにも丁寧に対応していた。その様子を見ていた亜由美ちゃんも、慣れた様に口を開く。
「あの人、怖そうに見えて、結構可愛いものが好きなんですね。それに礼儀正しいし。ちょっと見直しちゃいました」
「当たり前よ、あの人は…」
「あの人は?」
「ううん、もうちょっと内緒…その方が楽しいし。さあ、オーダーできたみたいだから今度は亜由美ちゃん運んでみなさい」
「あ…はい、頑張ります!」
 亜由美ちゃんはうん、と気合を入れてその人のオーダーを運んでいった。亜由美ちゃんはまだ慣れてないけど、対応は丁寧な子だから大丈夫でしょう。そうして見守っていると、亜由美ちゃんはちゃんとあの人にオーダーを出して対応し、その人もサングラスの下からだったけど笑顔を見せたらしく、ちょっとポワンとしながら帰って来た。
「何かかっこいいですね…あの人」
「そうね…でも見てみなさい。あの顔」
 見ると、その人は満面の笑顔を見せてケチャップでフ○ーレンが描かれたオムライスと、ニョ○ニョ○が模られたスプーンを見詰めて、どこから食べようかと迷う素振りも見せる。そこがまた可愛らしく(いい歳の男に『可愛い』は悪い気もするけど)あたしと亜由美ちゃんは微笑んで見詰めていた。
「あ~可愛いですね~あんな怖い感じがしたのに、あんなに可愛くなるなんて、不思議ですね~」
「そうね」
 そう言いながら他のお客様も対応しつつ、あたしと亜由美ちゃんはデザートまで満喫してご満悦になっているその人を見詰めていた――

 そうして会計も終わり、店を出る前に、あたしはお店がすいていたのでその人に挨拶する。
「今回もご利用ありがとうございました」
 あたしの言葉に、その人は照れ隠しの様な無愛想な態度で応える。
「まあな。ここ来ると嵐連れじゃなくても五割の確率で勝てるんだよ。だから験担ぎもあってな…まあ」
「まあ?」
「ここの店や店の甘いもんが好きだってのもあるんだが」
「そうですか。そういえば博多のお店とか横浜にはここと系列は違いますが、オーロラも見られる『ムー○ンオー○ラカフェ』もありますけど、交流戦の時とかいらっしゃいました?」
「ああ、行ったぜ。博多の店も行きつけだし、横浜はオーロラ、綺麗だったな。だが、ここの明るい雰囲気も捨てがたいな」
「ありがとうございます。ではまたいらして下さいね。出来れば『あの方』も連れて」
 あたしの更なるとどめに、一瞬その人は絶句したが、静かに頷いて応える。
「…!…ああ、まあな」
「ありがとうございました~」
 そう言って見送ると、遠巻きにやり取りを見ていた亜由美ちゃんが不思議そうに問い掛ける。
「草柳さ~ん、何か色々会話に不思議な所があったんですけど、結局あの人って何なんですか~?」
 亜由美ちゃんの問いに、あたしは悪戯っぽくウィンクして小さな声で耳元に囁く。
「あの人はね…四国アイアンドッグスの、犬飼小次郎監督」
「え~!?」
 思わず声をあげた亜由美ちゃんを抑えつつ、説明する様に続ける。
「こらこら大声出さない…あたしがバイト始める前からの常連さんでね。甘いものが大好きらしいの」
「そうなんですか~犬飼監督って『お酒』ってイメージ強いから意外ですね~」
「両刀みたいね。お酒も甘いものも好きって言う」
「詳しいですね~もしかして草柳さん、お付き合いしてるとか?」
 亜由美ちゃんの無邪気な言葉に少し胸が痛んだけれど、あたしは明るくそれに返す。
「残念でした。ファンではあるけど、犬飼監督には恋人がいるわよ。何度か連れて来てるし」
「そうなんですか~どんな方ですか?」
「そうね…キャリアウーマン風の上品な女性だったわね。でもグッズに大はしゃぎで可愛らしい所もあったわ。後もう一人見た目から可愛い感じの女性連れてきた事もあったけど、その人は友達みたい…っていうか、途中でスターズの土井垣監督がものすごい形相で連れ戻しに来てたから、多分その女性は土井垣監督の彼女なんでしょうね」
「ふうん…草柳さん、詳しいですね」
「ま…ね。顧客情報は頭に叩き込んどかないと」
 そう言って笑いながらも、あたしは胸の痛みが増していた。ここでバイトを始めた最初、強面の犬飼監督に始めて応対した時、怖くてうっかりドジってコーヒーを零してしまった。謝ってクリーニング代を出しますと言った私に、犬飼監督は『かまわねぇから。それよりコーヒーをもう一度もらえねぇかな』と優しく対応してくれた。その後、甘いものが好きだって知って、毎回『験担ぎ』と言いつつ食べに来る犬飼監督に段々惹かれて行って――でもある日、とっても美人で上品な女性を連れてきて、甘い雰囲気を出している事に気付いて、ああ、恋人がいるんだって落胆して――あたしのほのかな想いは終わった。でもこうして店に来ると軽口が叩ける今の関係も嫌じゃない。だから今の関係を大切にしよう――
「…草柳さん、どうしたんですか?」
 亜由美ちゃんの声で、あたしは我に返ると、にっこり笑って口を開く。
「何でもないわ…じゃあ交代まで後一踏ん張り、頑張りましょうか」
「そうですね」
 そう言うとあたし達は仕事に戻っていった。