「パーティをしましょう」
 そうシーズン最後の試合のミーティング時に言い出したのはマドンナだった。いきなりの発言に彼女の意図が分からず、小次郎は彼女に問いかける。
「マドンナ…どういう事だ?」
 小次郎の問いにマドンナは説明する様に答える。
「わたくし達が優勝まで手が届くところまで行ってもスターズの様に優勝できないのは、あちらの様にプライベートでも良く交流する様なチームの結束力が今一つ足りないからだと思いますの」
「結束力…」
 確かに、自分達はスターズの面々の様にメンバーそれぞれがプライベートでも仲良くしているのはごく一部ではある。…が、むしろ小次郎としてはスターズの仲間状況の方が特出しているのであって、自分達はむしろ普通の領域に入るのではないかと思っていた。考え込む小次郎にマドンナは彼が同意したと勘違いしたのか、更に楽しげに言葉を重ねる。
「ですから、チームメイトの懇親の意味も含めて私の家でパーティをしたらいいと思いますの。丁度秋季キャンプまで多少間がありますし、どうでしょうか?」
「ふむ…」
 考え込む小次郎に対して、アイアンドッグスのチームメイト達は楽しげに言葉を重ねていく。
「パーティって事は、うまい物が一杯出るんだな?」
 これは武蔵。
「懇親会って確かに必要だと思う。そういえば全員揃ってはやった事ないし、いいんじゃない?」
 これは知三郎。
「パーティか、久しくしていないな。…面白そうだ」
 これは影丸。
「わては銭になる集まりなら何でもええで」
 これは三吉。
「華やかな事は苦手だが…交流を図るという意味では意義がありそうだな」
「俺も同感です」
 これは土門と不知火。
「自分ももっと皆さんと交流を図りたいので大歓迎です」
「俺もです」
「自分も同感です」
 これは左貫と丸亀と播磨矢。
「交流もそうですけど、楽しい事はいくらでもあっていいでしょう。踊る阿呆に見る阿呆ですよ」
 これは阿波。チームメイトの口々の言葉に、小次郎は考え込んだ末、同意した。
「…分かった。その話、乗ってみよう」
「ありがとうございますわ!では日程を決めて頂けたら、こちらで趣向や料理などは全てご用意致します」
「そうか…なら頼む」
 小次郎はマドンナが全て仕切ってくれる事で、監督業との兼ね合いが減ってありがたいと思いつつ、日程などを調整して全てをマドンナに託した。後にそれが大後悔の元となるとその時は思いもよらずに――

 そしてパーティ当日、小次郎は武蔵と知三郎と共にマドンナの屋敷へと足を運んだ。『平服で来てかまわない』との言葉に甘えていつものラフな格好で案内の通り屋敷の扉を開けると、目の前に広がるのは両側で『いらっしゃいませ』と言いながら頭を下げている使用人の列。あまりに浮世離れした光景に小次郎が言葉を失っていると、そのメイドと同じ姿をしたマドンナが三人を迎え入れた。
「いらっしゃいませ、監督、武蔵さん、知三郎さん。お三方が最後ですわ」
「マドンナ…その格好は一体…」
 小次郎の問いに、マドンナは楽しげに微笑みながら答える。
「本日のパーティの趣向の一環ですわ。まずはお三方とも控室に行って下さいませ」
「『控室』?」
 マドンナの言葉の意図が分からず、三人は使用人に案内されるままに屋敷内の一室へと連れられて行った。部屋に入ると、他のメンバーがげんなりした表情で部屋の中央にある箱を見詰めていた。三人がその様子を見詰めていると、案内してきた使用人が三人に言葉を掛ける。
「では、こちらの部屋にあるお好きな衣装に着替えて下さいませ。時間になりましたら大広間へ案内致します」
「『衣装』?どういう事だ…?」
 小次郎は訳が分からなくなる。話を良く聞こうと使用人に声を掛けたが、使用人は余計な事は何一つ言わず『とにかくお着替え下さい』と言うばかり。とりあえず部屋へ入り、メンバーに言葉を掛ける。
「おい、皆どうしたんだ」
 小次郎の言葉に、不知火が代表してげんなりした様子で言葉を返す。
「どうもこうもありませんよ。…見て下さい、着替えて下さいって言われたこの衣装」
 そう言って不知火は部屋の中央にある箱へと小次郎を連れて行く。小次郎が箱の中を覗くと、そこにあったのはフォーマルスーツではなく、どう見ても仮装用にしか見えない衣装ばかり。小次郎はメンバーの態度が理解できて頭を抱える。
「マドンナ、何を考えてんだ…」
 小次郎はマドンナの性格を加味していなかった事に後悔を覚えた。
「兄ちゃん、これ着なくちゃいけないのかよ?」
 武蔵もげんなりした口調で言葉を紡ぐ。
「これはこれで銭になる集まりかもしれへんけど…マドンナも冗談きっついなぁ」
 これは三吉。
「普通の懇親会だとばかり思っていたのに…」
 こう言って呆然としているのは土門と左貫。
「いく踊る阿呆に見る阿呆でも、ここまで阿呆にはなかなかなれませんよ、俺も」
 いつもはノリのいい阿波もげんなりしている口調で言葉を紡いだ。メンバーの様子に頭を抱えている小次郎に、知三郎がとどめを刺した。
「…ま、マドンナの思考と行動様式を念頭に入れなかった兄貴の負けだね。仕方ないよ皆、適当に着よう」
 知三郎の言葉に、小次郎は自分の浅慮が情けなくなり、メンバーに対して謝罪の言葉を発した。
「…すまん!皆、俺の考えが甘かったばかりに…!」
「いいんです監督!マドンナの性格を考えなかった俺達も同罪です!」
「こうなったら一蓮托生です!着ましょう!」
 こうして、マドンナの意思とはおそらく別方向で、男達の間には友情にも似た連帯感が生まれたのだった。

 そうして全員それぞれ衣装に着替え、使用人によって彼らは大広間に案内された。大広間に入ると、メイド姿のマドンナがメンバーを迎え入れる。
「トリック・オア・トリート!皆様、ハロウィン特別仮装パーティにご参加ありがとうございますわ!」
「ああ、そういう事か…」
「…むしろ意図を隠した強制参加だろう…?」
 げんなりする男衆一同の様子も気付いていないのか、マドンナは楽しげに言葉を続ける。
「皆様、衣装が良くお似合いですわ。後で使用人によるコンテストの企画もございますから、それまではどうぞお料理やお酒を召し上がってご歓談下さいませ」
「マドンナ…」
「コンテストまでやるのかよ…」
「…もう何が何だか分からんな…」
 男衆はげんなりしながらも半分ヤケになって料理や酒に手を付ける。さすが財閥の娘の家だけあって料理や酒は最高級のもので、それなりにうまいはずなのだが、酒を飲んでも酔えないし、料理も砂を噛んでいる様にしか思えなかった。大食漢の武蔵や雲竜でさえ料理の進み具合がいつもより格段に遅い。そうして時を過ごしていると、急に部屋の照明が消され、今度は魔女の格好に着替えたマドンナがスポットライトに照らされて浮かび上がる。マドンナは陽気に声を上げた。
「では、参ります!ハロウィンパーティ企画、仮装コンテスト!皆、投票よろしくお願いしますわ!」
 マドンナの声に、大広間にいた使用人達の拍手と歓声が続く。面々はげんなりしながら口を開く。
「本当にやるのかよ…」
「気分は動物園の珍獣だな…」
 げんなりしている男衆とは裏腹にマドンナは更に司会を勧めていく。
「では、お呼びした順番にあちらのスポットライトが当たった台に上がって下さいませ。…まずは監督からお願いしますわ!」
「ええ!?」
 いきなり指名された小次郎は狼狽する、『鳴門の牙』と呼ばれた自分がよもやこんな風に公衆の面前に晒される日が来るとは思っていなかった。しかし、それはここにいるチームメイト達全員が背負っている事。それを監督である自分が逃げてどうする!…と、方向性が相当間違っているとは思うが自分を奮い立たせ、メンバーに声を掛ける。
「言われた通り、俺が先陣を切る!皆、俺を信じて付いて来い!」
「おお!」
 小次郎はマドンナに促された台に上ってポーズを決める。その姿は自分が率先して恥ずかしい格好をしなければという考えから着た、ア○ナ・ミ○ーズの制服。ポーズを決める小次郎に使用人達からやんやの拍手が起こった。そして次々にメンバーは台に上ってポーズを取っていく。フランケンシュタインの格好をした武蔵、狼男の被り物を被った知三郎、左目が隠れる様にとワンレンのウェーブのかかったかつらに黒いロングドレスの不知火、しっとりした和服の土門、ピエロの格好をした三吉、シスター姿の影丸、巫女姿の左貫、チャイナドレスの阿波――それぞれが登場する度に使用人達から拍手と歓声が沸き起こる。しかし面々の内心は恥ずかしくて自決したいと言う一点で合致していた。ただ一人だけ別の事を考えていた人間がいるにはいたが…。そうして恥ずかしいステージ発表が終わり、また照明が付けられ、歓談の時間がしばらく続いた後、結果の発表が行われた。結果は僅差で小次郎が優勝という事になり、記念品としてこの姿を等身大パネルにした写真をプレゼントすると言われたが、小次郎は固辞し、代わりにマドンナの家にある日本酒の一種類を自由に選ばせてもらう事に何とか落ち着いた。そして最後にマドンナが『記念写真を撮りましょう』と言って来た。本当ならこんな記録は抹消してしまいたい気分で皆一致していたが、一応骨を折って準備をしてくれた(まあ、準備そのものは使用人任せであろうが)であろう今回の主催者であるマドンナにはどうしても逆らえず、全員の集合写真を撮って、仮装パーティは終了した――

「…いいよ!こりゃ傑作!」
「こら里中、あんまり笑っちゃ皆に悪いよ」
「でも笑えるよこの写真、あの犬飼監督がこの格好だぜ?」
「不知火もかなりぶっ飛んでるよな」
「づら」
「アホの集団かいな、アイアンドッグスは」
 後日、山田の家で東京スーパースターズの面々は三吉が撮った仮装パーティの写真を囲んで爆笑の渦に包まれていた。実は三吉がマドンナなら何かやるだろうと予測し、こっそりカメラを用意してパーティの写真を撮り、里中に売り付けたのである。里中も中身を見て爆笑し、喜んで買い取っていた。里中は腹痛を堪える様にお腹を押さえて大きく息をつきながら、口を開いた。
「まだこれ一部だし、三吉に言えば、焼き増しして売ってくれるから、欲しければ頼むといいぜ」
「俺買おうかな~こんな写真、滅多に見られるもんじゃないし」
「俺も買うかな」
 山田と殿馬を除くそこにいたスーパースターズの面々は、爆笑しながら三吉に写真を頼む算段を話し合っていた。それと同時刻の都内のとあるマンションの一室――

「…馬鹿だな、こいつら」
 恋人のいれてくれたお茶を飲みながら、土井垣は件の集合写真をその恋人と二人で見ながら呟いた。彼にも三吉から写真が流れていたのである。こうした馬鹿げた企画を立てる人間が自分のチームにはいない事に土井垣は心から感謝して、彼は小さく溜息をつきながら写真をアルバムに晒す様に貼り付けた。


――その後、図らずもその『馬鹿げた企画』が彼自身にも降りかかってきたというのはまた別の話――