「仮装大会!?」
 ファン感謝デー当日、北から関係者にも秘密だった『特別企画』を聞かされて、土井垣は驚いた声を上げる。驚く土井垣にも動じず、北は言葉を紡いでいく。
「はい、皆にくじを引いてもらってランダムに決めた仮装をしてもらって、ファンに楽しんでもらおうと言うのが主旨です。その場で慌てられちゃったら困りますからとりあえず監督にだけは事前に話してるんです」
「誰だ!そんな馬鹿げた企画を立てたのは!!」
 先日土井垣には三吉からアイアンドッグスの面々が行った『仮装パーティー』の写真が送り付けられて来て、自分がそんな目に合わないことを心から感謝していた所だったのだ。その矢先に自らも同じ目に合うとは…しかも、このファン感謝デーは親会社のラブ&ピースフォン社の新しいワンセグ機能のPRのために全国放送されるのである。個人レベルで晒されるのが止まった彼らとは違い、恥ずかしい姿が全国に晒される事になるのだ。土井垣はあまりの事に頭に血が上り、声を荒げる。声を荒げる土井垣も気にせず、北は更にさらりと言葉を紡いでいく。
「企業秘密です。…と、いう訳で今から企画変えるわけにもいきませんから、監督、頑張って皆と盛り上げてくださいね」
「…!」
 あまりの事に言葉を失う土井垣を尻目に北は報告だけ済ませると、さっさと監督室を出て行った。土井垣は頭を抑え椅子にドスンと座り込む。せめてまともな姿で済んで欲しい…土井垣は祈る様な気持ちでテーブルに置いてあったもう冷めているコーヒーに手を付けた――

 そして、ファン感謝デーが始まった。様々な企画とファンサービスに、ファンは目を輝かせている。選手もそれを見て楽しそうに時を過ごしていた。ただ一人土井垣のみはこれから起こる事柄を分かっているので苦虫を噛み潰した表情で立っており、ファンから遠巻きにされていたのだが。そうして時が過ぎていたところでいきなりドーム内の照明が消され、一つだけ残された照明の下にワイヤレスマイクを持ってお笑い芸人の様なタキシードと蝶ネクタイを着けた北が立っていた。北はノリノリの状態でシャウトする。
「レディース・アンド・ジェントルマン!これから東京スーパースターズファン感謝デー特別企画、選手による仮装大会を始めます!」
「『仮装大会』?」
「聞いてないよ俺達そんな話!」
「監督は知ってたんですか?」
「…ああ、俺もさっき知ったばかりだがな」
「どえがきも人が悪いのう、わいらに話さないなんざ」
「秘密にしろとの話だったしな。…それに俺も冗談だと思いたかったんだ…」
 更に苦虫を噛み潰した表情に変わる土井垣と予想通りの反応を示す他の選手達を尻目に、北はどんどん司会を進めていく。
「まずは皆にガラガラくじを引いてもらって、その番号のついた袋に入った衣装をそこに作った更衣室で着てもらいます。皆、いいな?」
「…もうここまでされたら『嫌だ』とは言えないだろ…」
「仕方ない、ファンのためだと思って諦めよう…」
 一同はげんなりした様子で北の言葉に同意すると、北は司会を更に進める。
「じゃあ、誰から行くか?監督にはトリを務めてもらうんで、それ以外だったら誰からでもいいぞ」
「…でもなぁ…」
「…なんっかためらうよなぁ…」
 ためらっている選手達の様子を破る様に、岩鬼が吼えた。
「もう決まった事なら男ならびしっとやらんかい!わいが先陣を切ったる!」
 そう言うと岩鬼はガラガラの方へ歩み寄り、くじを引いて、アシスタントのボールボーイから衣装の入った袋を受け取り、更衣室へ入って行った。しばらくして「どうや!」と言いながら出て来た岩鬼は『不思議の国のアリス』のアリスの格好になっていた。ご丁寧にもトレードマークの学帽の上から金髪のカツラも着けている。それを見たファン達は大爆笑の渦に包まれ、岩鬼は更に吼えた。
「じゃかましいわい!これが、男・岩鬼の覚悟ってもんや!」
 岩鬼の咆哮に他の選手達もヤケになって次々にガラガラへ歩み寄る。
「もう、ままよ!」
「どうせ笑われるんだったら早い方が良い!」
「さっさと着て、さっさと終わらせよう!」
 そうして選手達は次々と更衣室に入っていく。更衣室からは選手が入る度叫び声が聞こえ、出てくる度にファンからの爆笑が沸き起こる。リアルなゴムでできたウサギの被り物に大きなおもちゃの下げ時計を手にしたタキシード姿の山田(どうやらアリスの時計ウサギらしい)、ゼ○ジー北○の様なチャイナ服にドジョウ髭の殿馬、ナース姿の三太郎、セーラー服に三つ編みのカツラの緒方、ベル○イユのば○のオスカル姿の山岡、十二単に長い髪のカツラ姿のわびすけ、園児服に黄色い帽子のサル、ターザンの様な衣装の賀間、チマ・チョゴリ姿の星王、アフロのカツラに全身タイツのフォアマン、フラメンコの衣装に赤いバラのオプション付きの義経…爆笑に包まれる内に皆何かが切れたのか、選手達の間には何か良く分からない連帯感が湧いてきて、笑って手を振ったりポーズを取る選手まで出てきた。土井垣はそれを見て頭を抱える。こんな恥晒しをしていてこいつらは恥ずかしくないんだろうか…そんな事を考えていると、一際高い叫び声が聞こえてきた。何があったのかと更衣室の方を選手達が凝視すると、しばらくして豪華なウェディングドレスに白いバラのブーケを持った里中が更衣室から出てきた。そのあまりの愛らしさに、選手達だけでなくファン達も一瞬沈黙する。
「山田…俺…俺…!…」
 そう言うと里中は山田に駆け寄る。山田はウサギの被り物の下からだが、静かに口を開いた。
「里中…綺麗だ…」
「山田…」
「この姿は本当なら誰にも見せたくないな…このまま連れ去りたい位だ」
「山田ぁ!」
 二人はしっかと抱き合った。一見ウェディングドレスとタキシード姿のウサギというシュールな光景だったが、二人の漂わせる甘い雰囲気をそれとは知らず感じ取ったのか、それを見たファンからは一際盛大な歓声と拍手が沸き起こった。土井垣はそれを見て更に頭を抱える。何もここで二人の仲をばらす様な行動を起こさなくてもいいだろうに…とはいえファンからしたらバッテリーの抱擁、しかも山田と里中は頻繁にやっていて見慣れているので二人の仲など知る由もなくそれは土井垣の杞憂だったのだが。頭を抱えている土井垣に、北がとどめを刺す。
「それでは、最後は監督に飾ってもらいましょう!監督、くじ引いて下さい」
「…俺も引くのか?」
「はい、全員がランダムになる様に何着か余分に用意してますから。で、監督は更衣室からは呼んだら出てきて下さい」
「そうか…分かった」
 土井垣は軽いめまいを覚えながらくじを引き、その番号の札がついた袋を持って更衣室へ入る。何だか異様に軽い気がしたが、とりあえず開けてみるかと袋を開けて中身を見た瞬間、土井垣は声にならない叫びを上げる。これを着なければならないのか…?いくらなんでも冗談が酷すぎる――土井垣は卒倒しそうになったが、全員が同じ思いをして着ていたのに監督である自分が逃げたら示しがつかない、と方向性はものすごく間違っている気がするが鉄の決心を固めると恥を忍んでその衣装に着替え、北の合図を待つ。しばらくすると北の声が聞こえてきた。
「それでは土井垣監督、どうぞ!」
 それと共に何故か会場に妖しげなBGMが流れ出し、更衣室の中からも見えるピンクのピンスポが当てられた。土井垣は恥ずかしさで自決したくなったが、意を決して更衣室を出てポーズを決める。それを見たファンからも選手達からも大爆笑の渦が沸き起こった。土井垣が着ていたのはバニーガールのネコバージョン。ネコ耳に尻尾に網タイツ、ご丁寧に土井垣の足のサイズに合ったピンヒールまで履いていたのだから無理はない。ちなみにこれを生放送で見ていた四国にいる某二人が鼻血を吹いて倒れたというのはここでは余談である。土井垣は『これはファンサービスだ、他の連中もやってるんだ、逃げるな闘将土井垣!』と心の中で唱え続けながら固まった笑顔でポーズを取り続けた。そうして地獄の様な発表タイムが終わり、その後はファンと一緒にその姿で写真を撮るという更に土井垣にとっては地獄の時間が設けられ、最後に全員で記念写真を撮って土井垣にとっては地獄の様なファン感謝デーが終わった――


「…今回はご協力ありがとうございました。ファンには大好評でしたよ」
『いいえ、私も楽しませて頂きましたし、智君を幸せにしてあげたかったんで。それにこれはアイアンドッグスさんの企画をそのまま流用しただけですしね。こちらこそお礼が言いたいです。こんな企画なのに賛成して下さって、ありがとうございました』
 後日、北はある女性にお礼の電話を掛けていた。彼女は土井垣の恋人で実は彼女こそが今回の『特別企画』の黒幕だった。北は感心した様に言葉を紡ぐ。
「でも、あなたの言った通り当日まで隠して正解でしたね。おかげで皆慌ててくじも余分な衣装もダミーだって気付かなかったですから」
『でしょう?ある程度精神を混乱させるのは本当の意図を隠すのに有効ですから。…でも、皆さんも相当混乱したんですかね。自分にぴったりのサイズの衣装だって事で一人位は気付く人間がいるかと思ったんですけど…それに、土井垣さんもあそこまで演出されても気が付かないんですもの。相当頭が混乱していたんでしょうね』
「はあ…」
 北は楽しげに語る女性にある種の恐ろしさを感じ、一瞬言葉を失う。それでも気を取り直して心配する様に言葉を掛ける。
「それにしても、本当に良かったんですか?あんな風に監督を犠牲にして。一応あなたの恋人なんですから…」
 心配そうな言葉を紡ぐ北に、彼女は電話口でくすくすと笑うと、更に楽しげな口調で話し始める。
『ええ、全くかまいませんよ。こういう事は上の人間が率先して引き受けるべき事ですし、何より楽しい事は皆で共有してこそもっと楽しくなるものでしょう?』
「…」
 北は女性の言葉に完全に言葉を失った。女性は更に言葉を続ける。
『…でも、私が絡んでいたって事は内緒にして下さいね。怒られるのは怖くないですけど、私は一応部外者ですから。部外者が関わっていたってばれたら、あなたにもご迷惑かける事になりかねませんし』
「…そうですね」
『では、そういう事で…記録のDVDができたらお約束通り送って下さいね。よろしくお願いします』
「はあ…では失礼します」
 そう言うと北は受話器を置いて溜息をついた。土井垣の恋人は基本的にはとても優しい性格だが、時に面白いと思う事があると悪ノリをする、と裏情報で聞いて今回の件を秘密裏に頼んだのだが、まさかここまでとは…北は彼女と付き合っている土井垣の気苦労を思い、更に大きな溜息をついた――


――そしてその後、このファン感謝デーの記録DVDをグッズとして発売したら土井垣の苦悩とは裏腹に飛ぶ様に売れ、スーパースターズの懐事情をかなり温めたというのは余談である――