葉月が様々な騒動によって入院し、その騒動も解決して退院してきた日、土井垣は退院日を自分のオフに合わせたこともあり彼女と一日を共に過ごしていた。夕食も食べ終わり、お茶も飲み、二人の時間を楽しんでいたが、もう数日休養のために休みにしてある彼女とは違い、自分は翌日からまた試合が始まる。なるべく彼女と一緒にいたかったので試合のための準備はもうして自分のマンションに置いてあり、遠征のための移動もないので帰らなくても大丈夫ではあるが、彼女が入院し、ここまで長引いてしまった理由を考えると自分は一旦帰った方がいい様な気がした。離れがたい気持ちはあるが、彼はそれとなく帰る意思を告げる。
「…じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
「…そうですか」
「お前も、入院で気疲れしただろう?今夜はやっと自分の部屋に帰って来たんだし、気兼ねなく休むといい…俺がいると気を遣ってしまうかもしれんしな」
「…」
「…じゃあな。…またすぐ会いに来るから」
そう言って立ち上がり、彼女の部屋を出ようとした時、不意に葉月が後ろから抱き締め囁きかけた。
「…帰らなくちゃ…駄目?」
「葉月…」
「帰らなくていいなら…帰らないで。お願い…」
「…」
葉月の言葉に隠された本当の心を感じ取り、土井垣は問い掛けた。
「…いいのか?」
土井垣の問いに、葉月は小さな声で、しかしはっきりと呟いた。
「…ん…あたし…今、あの事を完全に断ち切りたい…ううん、違う…今までの記憶に縛られてたあたしじゃない、本当のあたしを、今ちゃんと将さんに…抱いてもらいたいの」
「…」
二人の間に沈黙が訪れる。土井垣は葉月に抱き締められたまましばらくそうして動かないでいたが、やがて向き直ると、今度は自分から彼女を抱き締め、口を開く。
「お前がそう思っていても…また記憶が襲い掛かってくるかもしれんぞ」
「それでも…いい。それを乗り越えなきゃ…あたしは本当のあたしになれない。それに…あたしはそういうあたしも含めて、将さんに本当のあたしを見せたい。だから…お願い…」
土井垣は葉月を見詰める。彼女の瞳には、決意と共にほんの少しの恐れもあった。しかし彼女の決意に満ちた表情に、彼は彼女の想いを受け取ると共に、彼女を守りながら彼女を縛っている記憶の傷を断ち切る決意を固める。
「分かった。もしも記憶が襲い掛かってきたら…俺が守って…断ち切ってやる」
「…ありがとう」
「いや…俺こそありがとう…そんな風に俺の事を想ってくれて」
「…ん…」
二人は見つめあうと、どちらからともなく唇を合わせた。
寝室にしている部屋に敷いた布団の上で、二人は深く唇を合わせると、土井垣は彼女の身に纏っている物を一枚、一枚脱がせ、自分も脱いでいく。一糸纏わぬ姿になり彼は彼女を布団に押し倒すと、二人はお互いに言葉を交わす。
「…大丈夫か」
「…ん…ここにいるのは…将さん…よね」
「そうだ。ここにいるのは…俺だ」
「ん…お願い」
「…ああ」
土井垣は今までになく慎重に葉月に触れていく。彼女の記憶を呼び起こさない様に、たとえ彼女にその記憶が襲い掛かってきてもすぐに守れる様に――耳朶から首筋へ、首筋から鎖骨、そして胸へとそっと唇を滑らせ、所々に赤い花弁を散らしていく彼の唇が滑る度、彼女からは小さく切ない溜息が漏れた。溜息を漏らしながら、彼女は呟く様に口を開く。
「大丈夫…だから…いつもの将さんみたいに…抱いて」
「しかし…」
「いいの…あたしも…本当のあたしで…将さんを感じたいの…」
「…分かった」
土井垣は頷くと、少しだけ激しく葉月に触れていく。唇を首筋に這わせながら、胸の膨らみを手で包み強弱をつけて揉みしだき、同時に指先を使って頂に刺激を与えると、彼女は切なく、甘い声をあげた。
「ん…ふぅっ…」
やがて胸の頂が主張し始めると、土井垣はそれを口に含み、味わいながらもう片方の膨らみに手を掛ける。葉月は与えられる快楽に今までになく素直に反応し、小さいながらも甘い声をあげていく。
「あ…やぁ…」
「葉月、大丈夫か…怖くないか…?」
彼女の反応にむしろ土井垣の方が戸惑い、不安げに問い掛ける。葉月は、彼に向かってにっこり微笑むと、小さな声で答えた。
「ん…まだ大丈夫…ちゃんと、将さんが見えてるわ…」
「…そうか」
土井垣はそうして優しく慈しむ様に彼女を愛撫していったが、ふと『この先の行為』を思ってためらう。今までの行為は何とか乗り越えられたが、ここから先の行為は、更に彼女にとって忌まわしい記憶を呼び覚ますきっかけになりかねない。その不安を彼は素直に彼女に口にする。
「本当に大丈夫か…?ここから先は…お前にとって…かなり辛いんじゃないか…?」
土井垣の言葉に、葉月はふと不安げな表情を見せたが、すぐに決意に満ちた表情で口を開く。
「ううん…大丈夫。ちょっとだけ怖いけど…将さんが…守ってくれるでしょ?」
「…ああ」
「だから…大丈夫。もし、あたしが将さんを見失ったと思ったら…呼び戻して。そうしたら…戻ってこれる」
「…そうか」
土井垣は頷くと、彼女の聖域へと手を滑らせる。与えられた更に強い快楽に、彼女は身体を震わせると、更に甘い声をあげた。
「あ…はぁん…っ」
土井垣は花芯に刺激を与え、彼女の蜜が潤う様にする。同時に、彼女を愛しむ様に口付けた。彼女はそれに応えるが、彼の与える強い快楽が堪えられず、すぐに唇を離し、甘い溜息を漏らす。
「あふぅ…」
彼はその溜息で理性以上に欲望が掻き立てられ、今までの自制心を忘れて衝動のままに彼女の泉に顔を埋め、その蜜と花芯を淫靡な音を立てて味わった。更に強くなった快楽に彼女は意識が混濁したのか、彼の不安が的中したかの様に、不意にどこか不安定な様子を見せ始めた。
「やぁ…いや…」
「葉月?」
土井垣は彼女の様子に気付いて慌てて彼女の泉から顔を離すと、彼女を覗き込む。彼女はうつろな目で恐怖の表情を見せながら怯えて身をよじり、うわ言の様に言葉を紡いでいく。
「や…やめて…せんせ…いや…」
「葉月、俺だ!将だ…!あいつじゃない!」
土井垣は葉月を抱き起こすと、彼女の心を戻す様に、必死に呼びかけた。葉月はその呼びかけが届いたのか、ふっとうつろになっていた目にうっすらと光を取り戻し、彼を見詰め、問い掛ける。
「…しょ……う…さん…?」
葉月の問い掛けに、土井垣は彼女をしっかり抱き締めると囁く様に、しかしきっぱりと答える。
「ああ…俺だ…お前を抱いているのは『あいつ』じゃない。…お前の恋人の…将だ」
「しょう…さん…」
葉月は今度こそ目にしっかりとした光を取り戻し、幸せそうに微笑むと、小さな声で囁く。
「ありがとう…将さん…守ってくれて…あたし…ちゃんと戻ってこれた」
「葉月…すまん」
土井垣は自分の衝動のままに行動してしまった事を謝罪する。しかし、葉月は微笑んだまま首を振り、囁く様に言葉を零す。
「いいの…将さんの心のままに、あたしを抱いて…ちゃんと、あたしは戻ってこれるから…」
「葉月…」
「お願い…ちゃんと、将さんを感じたいの。それに…こういうあたしも…将さんにはちゃんと見て…感じて欲しいの」
「…分かった。また引きずられそうになったら…守って…戻してやる」
「…ん…」
葉月が頷いたのを確かめて、土井垣はもう一度彼女を押し倒すと、泉に顔を埋める。花芯を味わい、蜜を吸い、彼女に強い快楽を与えると、彼女は今度は快楽に溺れながらも、先刻のように忌まわしい記憶の代わりに、彼を探しているかの様に彼を呼び始める。
「…はぁん…はぁ…しょ…さん…」
葉月の自分を呼ぶ声に土井垣は刺激され、更に彼女に快楽を与え、彼女の蜜が充分に潤ったのを確かめると、とうに主張していた彼自身で彼女を貫いた。彼女は彼を滑らかに受け入れ、甘く、切ない表情で彼を見詰める。その表情に更に彼は刺激され、弾かれた様に律動を始めた。
「あ……はぁっ…ん…」
土井垣の動きに合わせて、葉月から甘く切ない声と溜息が漏れる。その姿が艶かしくて、愛しくて、彼は彼女を突き上げ続ける。快楽が更に強くなってきたと思われる頃、彼女はしがみつく様に彼を抱き締めながらも、また意識が混濁してきたのか、初めて彼に抱かれた時の様に、また彼の名を繰り返しうわ言の様に呼び始めた。
「しょう…さん…しょう…さん…おね…がい…あたしを…みつけて…」
その言葉を受けて、土井垣は彼女に囁く様に言葉を返した。
「葉月…お前は、ここにいる…俺が…ちゃんと…お前を見て、抱いている…」
「しょ…さ…あたしは…しょう…さんの…ものよ…」
「そうだ…俺のものだ…あいつの…ものじゃ…ない…それに…おれも…おまえの…ものだ」
「しょう…さ…あり…がと…」
「はづ…き…」
ふたりは一瞬瞳を合わせる。その瞳に二人は誰でもないお互いを見つけ、果てていった――
土井垣はいつも行為が終わった後そうする様に、彼女を抱き締めて優しく髪をすく。葉月は初めて彼に抱かれた時の様に涙を零して身を擦り付けていたが、その表情はその時とは違い、幸せな微笑みに満ちていた。
「将さん…ありがとう。本当のあたしを見つけてくれて」
「俺も…ありがとう。俺を…見失わないでくれて」
「ん…ちょっとだけ…見失いそうになったけどね」
「でも、戻って来れたじゃないか」
「あれは…将さんが戻してくれたの。『お前を抱いているのはあいつじゃない』って言ってくれたでしょ?それで、将さんの声がちゃんと届いて…あの記憶に引きずり込まれないで、将さんを見つけられたの」
「そうか」
「うん」
土井垣は彼女を愛しむ様に額に軽くキスをする。彼女はにっこり微笑むと、彼の唇にキスを返した。彼もそれに応え、長いキスの後、彼は困った様に口を開く。
「さて…俺は何を着て寝ればいいんだ」
その言葉に、葉月は恥ずかしそうに応える。
「あのね、入院する前に…将さん用にいいなって思ったパジャマがあって…買っちゃたの。でね…替えの下着も…あるの。…それでいい?」
「そうなのか?…じゃあそれを使わせてもらうか」
「ん…じゃあちょっと待ってて」
葉月は寝室にある押入れ箪笥からパジャマと下着を取り出すと、土井垣に渡した。着てみるとサイズもぴったり合っていたので土井垣は満足そうに笑い、悪戯っぽい口調で口を開く。
「今まで…絶対に俺の物は持ち込ませなかったのにな」
「…」
土井垣の言葉に、葉月は顔を赤らめながらも拗ねた様に横を向く。彼はその顔を向き直らせてもう一度キスをすると、唇を離して、優しい声と口調で彼女に声を掛けた。
「お礼に俺も…お前のパジャマをうちに用意しなければな」
「…いいの?」
「ああ、お望みとあらば食器や洗面用具や…着替えもだな。ああ、その前に合鍵だ」
「食器とかはともかく、着替えまでなんて…」
「俺達の関係なんだぞ?遅過ぎる位だ…ただし」
「ただし?」
「お前もここに…同じ様に俺の物を用意する事」
「…ん」
「その内買いに行こう…二人で」
「そうね。一番素敵なものを用意したいもの」
二人は幸せそうに笑い合うと、もう一度深く唇を合わせた。
…はい、という訳で『二人の時間』のその後の話でした。本当はこれも書こうとは思ってなかったのですが、葉月ちゃんの方から『きっぱりさっぱりこの件に関して切り捨てたいんですけど…』というお言葉があり、急遽書いてみたものです。エロさは低い(多分)ですが、別の意味でいかがわしく仕上がってしまいました。ごめん、葉月ちゃん(笑)。
裏は繋がってる様で繋がってなかったりするのであれなんですが『時間の傷痕』で、葉月ちゃんが『あいつ』にされた事は相当酷いものの様ですな。まあ最後までは何とか行かなかったんですけど。記憶を無くす程の上、こうして切り捨てると決意した時にも襲い掛かるものだという事で察して下さい。でも土井垣さんは、ちゃんとその記憶から彼女を守れましたね。うん、偉い偉い。その代わりパラレルの『想いの迷路シリーズ』ではもっと酷い事になるんですけどね。それはそれ、これはこれと読んで下さい。
で、最後はやっぱりいちゃいちゃが基本ですので…表にちらりと書いてるんですが、葉月ちゃんは婚約してもお互いの境界は曖昧にしたくないからと、絶対に土井垣さんの物を部屋に置かせなかったし、土井垣さんの部屋には自分のものを置かなかった(泊まる時にはお泊りセット持参、その後仕事なら駅のコインロッカーにぶち込んで出勤)のですが、ここでやっと二人の境界を曖昧にしてもいいと思える様になった訳で…そうして二人で揃えた物を土井垣さんは遊びに来た小次郎兄さん等に見られてからかわれつつも、幸せ一杯なんでしょう。お幸せに〜
さて、またこうしたエロネタは書くのか書かないのか…やるなら単発801だと思ってますが…どうなるか…
[2012年 05月 27日改稿]