今年もキャンプの最中、バレンタインの季節がやって来る。土井垣は例年になくご機嫌でこの季節を迎えていた。去年、絶対に自分へバレンタインのチョコを贈らなかった葉月の本当の想いを知り、その解決策ができたことにより彼女は自分に対してバレンタインのプレゼントを贈ってくれる様になったのだ。今年もその流れでキャンプ入り直前に会って彼女にプレゼントの希望を出しておいた次第である。
『今年も…ちゃんとプレゼントはくれるな』
『うん…また、ちょっとだけ特別扱いしてくれるなら』
『もちろんだ。お前のものはファンとは別格だからな。…そうだ、去年のハーブティは結構うまかった。今年もあれがいいな。色々俺もハーブティを知りたいから…また別の種類で』
『分かったわ。また将さんにいいハーブティを厳選するから』
そう言って約束した今年のバレンタイン。リクエストしても彼女らしい一ひねりを必ずしてくれる葉月。今年はどんな趣向で来るだろうと心が弾む。そんな思いで選手達に指導しながら土井垣が軽い鼻歌交じりで、ご機嫌な表情で他のファンからのバレンタインのプレゼントももらっているのを選手達は呆れた様に見詰めながら囁きあっている。
「…土井垣さん、今年はすっかりご機嫌だな」
「…例年はいっつもこの季節不機嫌だったのにさ」
「…宮田さんがプレゼント用意するってなってからああだもんな~監督も普通の男って訳か」
「…でもいいじゃないか、監督が上機嫌だと不思議と皆士気が上がるのを俺は感じているぞ」
「…義経、お前土井垣さんに点が甘すぎ…っていうかそれはお前自身だろ?義経~」
「…そうだな~今年はゆきさんからどうせプレゼントが届くんだろ~?」
「…お幸せだよな~?彼女持ちは~」
「…!…すまん…」
「…い~よい~よ謝んなくって、謝られると侘びしさが増すだけだから」
「…今年も例年通りヒナさん達は俺達全員にも激励に手作りのお菓子贈ってくれるって約束してくれたから、俺達はそれがあれば幸せだし。何より今年のお菓子はお姫さんも一緒に作ってくれるらしいしな」
「…彼氏だけじゃなくって友情も忘れないヒナさんや宮田さん、おゆきさんの気持ちは友情でも嬉しいんだし、俺達。そういう義理堅さの上でお前らや土井垣さんがいるって事、忘れんなよ。三太郎、義経も」
「オッケー、分かった」
「ああ、心に留めておく」
そんな囁きあいにも気付かず、土井垣は幸せそうに選手達に指導していた――
そうしてホテルへ帰るとここにも球団経由でファンからのバレンタインのプレゼントや、里中には毎年ながら誕生日プレゼントも贈られてきている。里中は毎年の事ながらファンの気持ちに嬉しさ半分のぼやきを零していた。
「う~ん、嬉しいには嬉しいんだけど…プレゼントとか食い物よりは本音言うと手紙とかの方がいいな。かさばらないし、悪くなる事考えなくていいし、途中でお腹一杯になってまずくなる事もないし」
「それもそうだな。気持ちはどっちも籠ってるものな」
「山田もそう思うか?」
「ああ、気持ちを伝えてくれるのは嬉しいんだろ?だからその気持ちを大事にしている事を考えている事を伝えたら、きっとファンだって分かってくれるさ。今年はもう遅いから来年に向けて今から言ってみたらどうだ?『皆の気持ちをしっかり受け取りたいので、チョコやお菓子よりも綺麗なカードを下さい』って」
「それいいな。山田はやっぱり俺の事良く分かってくれるぜ!」
「今年も相変わらずだな…あの二人」
「いいんじゃない?あの二人はあれがデフォルトなんだし…っと、土井垣さ~ん、弥生さん達からプレゼント届いてませんか?」
「あ、ああ…ちょっと待て」
三太郎の言葉に、土井垣は葉月のプレゼントしか考えてなかった事に思わず後ろめたさを感じながら、自分のプレゼントの山を捜す。と、中に三人連名のプレゼントが入っているのを見つけた。土井垣はそれを取り出すと三太郎に渡しながら言葉を紡ぐ。
「あったぞ。今年は三人からだ」
「やったね!ヒナさん達やっぱり義理堅い!」
「嬉しいな。こういう心遣いは…土井垣さんも今年こそは一緒に食べましょうよ」
「しかし、俺は葉月から個人的にもらう事になっているし、お前らの取り分を減らすのは本意ではない」
土井垣はチームメイトを気遣って言葉を重ねる。その言葉に里中が悪戯っぽい口調で返す。
「いえ、実言うとですね、その葉月ちゃんからメールで連絡が俺にあったんですよ。『土井垣さんには『特殊任務』を頼んだから一緒に食べてもらって欲しい』って」
「『特殊任務』?」
里中の言葉に土井垣が首を捻っていると、フロントから今年も『土井垣様』と声が掛かる。フロントへ寄って行くと、フロントは二種類の荷物を渡した。
「依頼されていたお荷物です。…二種類ありましたのでどちらも別にしておきました」
「…?…」
土井垣は訳が分からず首を捻りながら宛名書きを見る。片方は何の変哲もない、プレゼント風のラッピングだが、もう片方には『われもの注意』のシールが張ってあり、更に品名に『特殊任務用セット』と書いてある。何の事だろうと考え込んだが、とりあえず土井垣はチームメイト一同に声を掛ける。
「まあ…葉月が食べろと言っているなら今年は俺も仲間に入れてくれ…とりあえずは夕食後に…そうだな、俺の部屋へ来い。それまではこの菓子は預かっておくから」
「分かりました。お願いします」
そう言うと土井垣はプレゼントの入ったダンボールと、葉月の荷物二つを部屋へ持って行く。菓子とプレゼント二包みをテーブルの上に置き、葉月のプレゼントを開ける事にする。まず普通のラッピングの方を開けると、去年とは違い、今年は茶葉のパックのみ二袋とともに、カードではなく相変わらず子どもの様な愛らしい字で書かれた手紙が入っていた。
――将さんへ
今年は二種類プレゼントがあってびっくりしたと思います。今年は私だけ忙しくてスケジュールが調整できなかったので、皆さんへは私は買って済ませられるプレゼントを用意して、お姫とヒナがお菓子を作ってくれる事になりました。そこで私はプレゼントと一緒に将さんがチームメイトの皆さんと親睦を図れる様に、将さんに『特殊任務』をお願いしようと考えました。まずこちらは将さん個人のプレゼントです。今年はイライラに効くヒソップと良く眠れるというリンデンフラワーのお茶にしました。これは帰って来て開幕前の緊張をほぐせる様に用意したので、持って帰って来たら私がいれます。それまでのお楽しみにして下さい。もう一つの荷物が、皆さんと一緒の分で、将さんへ依頼する私からの『特殊任務』です。任務内容は包みを開けてのお楽しみです。どちらを先に開けるか分からないですが、こちらを先に開けてくれると信じています。それではキャンプの残りの日程も頑張って下さい。
葉月――
「葉月…」
葉月の自分の事をちゃんと特別に考えていてくれると信じている文面に土井垣は胸が一杯になりつつも、『特殊任務』の内容が気になったのでもう一つの包みを開けてみる。そこにはほのかに質の良さが分かる良い香りのする紅茶のパックとティーポットとともに、『任務内容』と書かれた封筒が入っていた。彼が封筒をあけてみると、そこには可愛らしいバレンタインカードとともに、やはり葉月の愛らしい字で『任務』が書かれていた。
――任務
皆さんに将さんのおいしい紅茶を入れて、ヒナ達のケーキと一緒にお茶会をしながら素面のまま本音で話しましょう。ちゃんとチームメイトの意見を聞き入れてこその名監督ですし、将さんはそうできると信じています。そうでなくても将さんが私のためにいれてくれるおいしい紅茶を皆さんにもいれて、飲んでもらってチームメイトの皆さんをねぎらってあげて下さい――
「…負けた。完敗だ」
土井垣はそう呟きながらも葉月の心遣いに感謝した。プレーイング監督であるが、監督である自分にはチームメイトも遠慮があるだろうと心配して、しかし酒の席では覚えていない事も沢山あると分かっての彼女のこの行動なのだろう。それにそうでなくても彼女は心から自分のお茶がおいしくてチームメイトに飲んで欲しいと思ってくれている事はこの文面からも良く分かった。彼女の優しく、可愛らしい心遣いに彼は心が和む気がした。彼は小さく溜息をつくと、チームメイト分となるとお湯は相当量がいるが部屋に備え付けのポットでは足りないと、フロントに電話をかけて、夕食後にお湯とポットとティーカップとはいかないが湯飲みを用意してもらう様に頼んだ。
――そうしてその夜土井垣自らのもてなしによるお茶会でリラックスしたチームメイトにより様々な本音が話されたのもそうだが、葉月並みの土井垣の紅茶のおいしさに感嘆したチームメイトにより、土井垣のお茶と人柄が人気急上昇して事ある毎にお茶会が開かれる様になったというのは余談である――