キャンプも中盤になり、今日はバレンタイン。心なしか皆気もそぞろになっている。家庭持ちの飯島や本領ですら、ファンからのチョコやプレゼントがいくつだろうと気になっている様だ。そんな中、三太郎はいつもの読めない笑顔でファンからプレゼントをもらい、そのキャラクターの親しみやすさから既婚者でもあまり人気には関係が無い里中と、恋人がいる事を暴露されても(表向きは)クール路線を保ち、諦めないファンが多く不動のプレゼント総数同列一位を保っている義経に継いで三位、そして表向き『シングル選手第一位』の地位を築いていた。それを見た他のチームメイトが恨めしげな表情と口調で三太郎に言葉を紡ぐ。
「お前いいよな~ヒナさんがいる事隠して、ちゃっかりファンの人気さらってさ~」
「俺、別にファンの人気さらうつもりで弥生さんの事隠してるわけじゃないぜ?土井垣さんと宮田さんの『騒動』知ってるから、あんな思い弥生さんにさせたくなくて黙ってるだけ。でも、もうちょっとしたら話すぜ。大分煮詰まってきたから」
「『煮詰まってきた』って…まさかお前…」
「そう、その『まさか』」
 そう言っていつもと表面上はあまり変わらないが、それでも良く見ると幸せが滲み出ている三太郎の笑顔に、チームメイト達はやっかみ半分、祝い半分で食って掛かる。
「ずるいぞ~!お前ばっかり幸せになりやがって!」
「それ言うなら義経とか土井垣さんにも言えばいいじゃないか。二人だって姫さんや宮田さんいるだろ?」
「それもそうだけどさ~」
「土井垣さんは…あの有様だし」
 そう言って山岡は土井垣の方を指す。そこにはいつも通り…ではなく、幸せに満ち溢れた表情で鼻歌交じりにノックをしている土井垣がいた。
「あの不気味な土井垣さんに突っ込む勇気は俺ないぜ」
 山岡の言葉に小岩鬼が同意する。
「俺もです~あんな監督に何か言う根性はありませ~ん」
「義経は…反応が絶対面白いからデザートみたいに後に取っときたいし。となると、お前しか今からかう素材はない訳だ」
「それも…そうだな」
 星王の言葉に、三太郎は納得した様に頷く。
「…と、いう訳で。幸せ一杯のお前は今年のヒナさん達からの激励お菓子は食べない事」
「え~!?そりゃないぜ。あれはあれ、こっちはこっちだろ?今回は姫さんも仲間に入ってるって聞いたのに、それ食えないのかよ!?」
「だ~め。幸せ独り占めなんて許せないからな」
「そんな…」
 落胆した様な表情を見せた三太郎を見て、星王は満足げに笑った後、悪戯っぽい口調で言葉を重ねる。
「…と、思ったが。ヒナさんから『仲間に入れてあげてね』って頼まれてるから特別に食べる事を許してあげよう。その代わりお前は少なめだぜ」
「いいよ。一口でも食べられたら俺は満足だから」
「それは謙虚でいいこった。じゃあ練習後を楽しみにしようぜ」
 そう言うとメンバーは練習に戻った――

 そして練習後。ホテルに戻るとここにも球団経由でファンからのバレンタインのプレゼントや、里中には毎年ながら誕生日プレゼントも贈られてきている。里中は毎年の事ながらファンの気持ちに嬉しさ半分のぼやきを零していた。
「う~ん、嬉しいには嬉しいんだけど…食い物よりは本音言うと手紙とかの方がいいな。悪くなる事考えなくていいし、途中でお腹一杯になってまずくなる事もないし」
「それもそうだな。気持ちはどっちも籠ってるものな」
「山田もそう思うか?」
「ああ、気持ちを伝えてくれるのは嬉しいんだろ?だからその気持ちを大事にしている事を考えている事を伝えたら、きっとファンだって分かってくれるさ。今年はもう遅いから来年に向けて今から言ってみたらどうだ?『皆の気持ちをしっかり受け取りたいので、チョコやお菓子よりも綺麗なカードを下さい』って」
「それいいな。山田はやっぱり俺の事良く分かってくれるぜ!」
「今年も相変わらずだな…あの二人」
「いいんじゃない?あの二人はあれがデフォルトなんだし…っと、土井垣さ~ん、弥生さん達からプレゼント届いてませんか?」
 三太郎は皆に気を遣って弥生達からの激励プレゼントが来ているか自分から問い掛ける。土井垣は少し戸惑った様子を見せた後答える。
「あ、ああ…ちょっと待て」
 土井垣が自分のプレゼントの山を捜すと、中に三人連名のプレゼントが入っているのを見つけた様だ。土井垣はそれを取り出すと三太郎に渡しながら言葉を紡ぐ。
「あったぞ。今年は三人からだ」
「やったね!ヒナさん達やっぱり義理堅い!」
「嬉しいな。こういう心遣いは…土井垣さんも今年こそは一緒に食べましょうよ」
「しかし、俺は葉月から個人的にもらう事になっているし、お前らの取り分を減らすのは本意ではない」
 土井垣の言葉に、里中が楽しそうに言葉を返す。
「いえ、実言うとですね。その葉月ちゃんからメールで連絡が俺にあったんですよ。『土井垣さんには『特殊任務』を頼んだから一緒に食べてもらって欲しい』って」
「『特殊任務』?」
 訳の分からない言葉に土井垣が首を捻っていると、フロントから声が掛けられ、そこで二種類の荷物を受け取って首を捻りながらも『まあ…葉月が食べろと言っているなら今年は俺も仲間に入れてくれ。…とりあえずは夕食後に…そうだな、俺の部屋へ来い。それまではこの菓子は預かっておくから』と言ってプレゼントの入ったダンボールと、フロントからもらった荷物二つを部屋へ持って行った。それを見送った後、緒方が里中に問い掛ける。
「何なんだ?宮田さんが言った『特殊任務』って」
 緒方の問いに里中も首を傾げて答える。
「実言うと俺も良く分からないんだ。ただ、『プレゼントがもっとおいしくなるものだから』って書いてあったから、食い物関連ではあるだろうな」
「ふうん…ま、謎は夕食後に解けるから楽しみにしようか」
「そうだな」
 そう言うとチームメイト達はそれぞれのプレゼントを持って部屋へ戻る。三太郎も胸を弾ませて部屋へ戻った。クリスマスに弥生のために特別に作ってもらったアクセサリーでプロポーズして、正月に両親に挨拶をして、籍を入れるのは弥生の誕生日と決まり、そうして訪れたバレンタイン。彼女は自分に対して、どんな想いを贈ってくれるプレゼントに込めてくれるのだろうか――そんな思いでプレゼントの入ったダンボールを見ると、去年と同じ様に弥生のプレゼントだけ光っている様な気がしてすぐに見つけられた。これだけでも充分嬉しいが、ちょっと他のプレゼントより大きくてかなり軽い事で、お菓子などではない特別な何かを贈ってきてくれたのだと分かり、更に幸せが増してくる。その思いのままにラッピングを開けると、ほのかに花の香りがする何かの包みが三種類いくつかづつ入っていた。一緒に入っていたカードを読むと、流麗な字でこう書かれていた。

――三太郎君へ
 今年のプレゼントは、心身を癒せる様にとはーちゃんや心療内科の先生などにも色々教えてもらってハーブバスにしてみました。種類は疲れた時のリラックスのためのラベンダーとオレンジフラワーのブレンド、汗をかいた後にすっきりできるペパーミントとレモングラスのブレンド、筋肉痛に効くらしいマジョラムとローズマリーのブレンドです。気分に合わせて、お湯を張る時に一緒に入れて下さい。それから入りながら袋をもむと更にエキスが出ていいそうですので試してみて下さい。では残りのキャンプ日程も元気で頑張って下さい。私も三太郎君に負けない様に頑張ります。


 お互い結婚がマイナスになったなんて言われないようにしましょうね。
弥生――


「弥生さん…ありがとう」
 激励の言葉とともに、彼女の愛と思いやりが込められた事が充分伝わるカードの文面とプレゼントの内容に、三太郎は胸が一杯になる。そして彼女の想いが込められた香りに包まれたバスタイムを想像すると、何となく気恥ずかしい様な嬉しい様な気持ちが更に続く。
「俺は、ホントにお菓子は一口でいいや。…その代わり、これからしばらくは風呂が楽しみになりそうだな」
 三太郎はふっと笑いながらハーブバスの香りをそっと嗅いだ。