2月14日、今日はバレンタインデー。東京スーパースターズの面々も、多かれ少なかれ例に漏れずファンからのチョコやプレゼントの雨が降り注いでいた。その中でも里中と人気を二分し今年も不動の同数一位を果たした義経は、去年までの淡白な態度とは裏腹に、それどころか下手なチームメイトよりも幸せそうな笑顔でチョコやプレゼントを受け取っていた。その理由は公然なので、チームメイト達は呆れつつも楽しげに言葉を紡いでいる。
「あ~今年は義経もとうとうバレンタインっていう魔物に取り憑かれたか~」
「っていうか良く考えると去年からじゃないか?去年は心ここにあらずでさ、俺達の話に乗りそうにないのに乗ったり。今から思うときっとあの頃から意識してたんだぜ?」
「そうだな~…で、今年は完璧染まった…って事か」
「悔しいのは既婚者の里中共々彼女持ちだって分かってるのに一番人気って事だよな~」
「あれだけ派手にばらされたのに、それでも女性ファンには文字通り『光の君』なんですね~」
「きっとすぐに破局して、また自分達の『光の君』になってくれるって思われてんだぜ…ま、いいじゃないか。多分あいつの事だから例年通り…いや、例年と違うか…『彼女』のプレゼント以外は礼儀上カードだけ読んで、チョコや菓子プレゼントは俺達に全部くれるだろうし」
「そうだな~。でもあんな笑顔で受け取っといて、実際は毎年想いを込めたお菓子やチョコレートが義経の口にはどれ一つ入ってないわ、プレゼントは本人そのつもりなくても横流し状態だわって知ったら、どう女性ファン思うだろうな」
「今度それもばらしちゃいましょうか?」
「おっそりゃいいや。誰か取材が来た時バレンタインかホワイトデーネタが出たらばらしちまえよ」
「オッケ~イ」
 そう言って面々は笑いながら幸せを全面に出している義経を見詰めていた――

 義経は今年のキャンプイン前にやり取りした手紙を、練習しながら何度も思い出して心の中で噛み締める。今年は去年とは違い、それとなくではなくはっきりと『あなたの贈るバレンタインのチョコが欲しい』と書いた。その返信がキャンプ地に贈られてきたのは一週間ほど前。それによると『モモやおようと一緒にチームの方にも贈りますが、あなたにも個人的に贈ります』とはっきり書かれていた。嘘をつかない彼女の事だ。必ず贈ってきてくれる。だから、彼女の想いが込められたチョコを早く口にしたい――そんな事を思いながらはやる心を抑えつつ、しかし充実した思いと幸せを滲み出して彼は練習をこなした――

 そうしてホテルに帰ってもバレンタインのプレゼントや、里中に至っては誕生日プレゼントも球団経由で贈られてきている。それに対して『食べ物よりカードとかがいい』という贅沢な事を言っている里中に羨ましいながらも気持ちが分かる面々は、恒例の山田との仲睦まじい会話を耳にして相変わらずの二人の仲の良さに呆れつつ、土井垣に弥生達からのプレゼントが来ているか確かめる。土井垣はプレゼントを見つけて『夕食後まで預かる』と言って持って行った。それを見送ると一同は義経の方を向く。義経は自分に送られてきたプレゼントやチョコからすっと一つだけ包みを取り出すと、残りをチームメイトに差し出してこれも『恒例』となった言葉を発する。
「それでは例年の事だが、代わりに食べて贈り物も使ってくれ。カードだけ後で渡してくれればいいから」
「いいのか~?義経、ファンの想いを踏みにじる様な真似して」
 わびすけの言葉に、義経は淡々と答える。
「とは言っても俺はあまり甘いものは好まないし、贈り物も使う様な生活をしていないしな。無理して食べられたり、しまいこまれて肥やしになるより、本当においしく食べられたりちゃんと使われる方がチョコも贈り物も本望だろう。カードでファンの想いは分かる。だからかまわない」
「義経…」
「こんな奴だって知ったら、熱狂的なファンの女の子達、泣くだろうな~」
「泣かれても正直な意見だ。仕方あるまい」
「よくこんな冷血漢で『彼女』が愛想尽かさないよな~」
 星王の言葉に義経はふっと笑って答える。
「『彼女』にはその話をしたらしっかり注意された。『一口でも食べてあげないと想いを込めた皆さんが可哀想です』とな」
「…で?何て答えた」
「『俺があなたから以外のチョコを喜んで食べても嫉妬しないのか』と返したら、二の句が告げなくなっていた」
「あ~はいはい、ごちそうさま…ったく、土井垣さんにしても、三太郎にしても、お前にしても本当にお幸せだよな皆~」
「!」
 緒方の言葉に、義経は思わず余計な事まで口を滑らせた事に気付き赤面して絶句する。それを一同はにやにや笑いながら見ていた。いたたまれなくなった義経は、不意に大きな声を出して言葉を紡ぐ。
「…とにかく!俺は他のチョコはいらん。皆で山分けして食ってくれ。…じゃあな」
「お~、ファンの想いもついでに代行して食っとくからな~」
「…」
 義経はチームメイトのからかう言葉に赤面しながらも、先刻取り出した包みを持ってはやる心のままに部屋へ戻り、部屋の椅子に座るとプレゼントを置き、改めて見詰める。どうも持っている時からおかしいと思ったのだ。チョコにしては随分重い。それに何やら心なしかふわりとチョコや菓子の甘さとは違う、花の様な甘い香りがする。『彼女』は何を贈って来てくれたのだろう――心のままにラッピングを開けると、そこには紅の見事な匂い袋と、簡単な香のセットが入っていた。同封されたカードを見ると、彼女のおとなしい丁寧な文字でこう書かれていた。

――光さんへ
 光さんは甘いものが苦手と聞いたので、何がいいか考えた末、荷物になるとは思いましたが、食べ物ではなくお香のセットを贈ろうと思いました。香りは梅の香りです。今小田原は梅が盛りで、街中はもちろん、曽我の梅林の花も香り高く咲き誇っています。本物の香りには到底届きませんが、その香りのおすそ分けをしたいと思ってこの香りに決めました。どうかこのお香で小田原の梅の見事さをイメージして、心の安らぎにして下さい。
若菜――

――追伸
 匂い袋はこれも梅の香りで、私の想いです。私もおそろいで買って、光さんの事を想いながら身に付けています。勝手なお願いですが、どうかできる事なら光さんも身に付けて、この香りで私の事を時折でいいですから思い出して下さい――


「若菜さん…」
 義経は匂い袋の香りを胸一杯に吸い込む。そのほのかな香りに彼女がカードに書いた梅林が目の前に浮かぶ様な気がするとともに、これを選んだ彼女の想いが分かる気がした。生まれ育った小田原と言う土地を心から愛している彼女。その自然の美しさは何度か訪れて少しずつだが分かってきた。その小田原という土地の安らぎを感じ、その安らぎを自分とともに愛して欲しいという想いを込めて彼女はこのプレゼントを選んだのだろう。彼女の風雅で穏やかな心遣いと、相反するがどこか激しさすら感じる想いに、彼は自分の想いも満たされる気がした――

――翌日――
「…ん?義経、何か懐から甘い匂いがするんだが…」
 天然だが感覚は鋭い土井垣の問いに、義経はふっと爽やかに笑って答える。
「大切な香りを身に付けているんです」
「それは…?」
 首を傾げている土井垣とは裏腹に、他のチームメイト達ははやし立てる様に言葉を掛けていく。
「あ~そうか。姫さんからのプレゼントだな?」
「自分の香りで惚れた男を包もうなんて、清楚なのにどっか色っぽいよな、ゆきさん」
「義経もそれに乗ってるんだから、いい関係だよ~大分お前も『色気』ってのが分かってきたみたいだな~」
 皆のからかう言葉に義経は声を荒げる。
「やかましい!彼女の贈り物をそんな不埒な目で見るな!」
 そう言いつつも、彼女の選んだ香りに包まれている自分を感じ、彼は彼女自身に包まれている様な気がしてその事に喜びを感じつつ、そんな風に変わった自分に対してほんの少しの気恥ずかしさを覚えていた。