ホワイトデーも近くなったある日の東京ドーム。東京スーパースターズの一部の面々はロッカールームでお金を出し合っていた。そのお金を代表で緒方が集金して、口を開いた。
「よし、じゃあこれでヒナさん達にホワイトデーのお礼をするからな。これだけあればいいお菓子なり何なり買えそうだし」
「ああ、じゃあ任せた緒方。後は頼むな」
「ああ、任せとけ」
 そう言うと一同は笑った。が、テンションが下がっている一角に気付き、その『発信源』に三太郎が声を掛ける。
「…おい義経、どうしたんだよ」
「…え?…ああ、いや、別に…」
「お前、今から思うとバレンタインの時からおかしかったよな。俺達の話に乗りそうもないのに乗ったり、土井垣さんとおんなじ様に、どっか心ここにあらずって感じがしてさ」
「そういや去年から監督通して、宮田さんと妙に関わってたよな。やっぱり、宮田さんが好きになっちゃったのか?」
「駄目だぞ~?宮田さんは監督のなんだから」
「…いや、そうじゃないんだが…ちょっとな」
 チームメイト達はからかう様に口々に声を掛けていく。難しい顔をして応える義経を、更にチームメイト達はからかっていく。
「何だよ~気になるな~」
「ほらほら、お兄さん達に悩みを話してごらん」
「いや…これは自分で解決しなければならん事だ。試合には影響を出さんつもりだから、そっとしておいてくれないか」
 それぞれのからかいにも反応せず難しい表情とその表情そのままの義経の言葉に、面々は呆れた様に言葉を紡いでいく。
「…義経…」
「…お前真面目すぎ」
「でも、これだとここで岩鬼辺りがいたら『ツネ~!その葬式みたいな辛気臭い面とムードはやめんかい!』位言いそうだよな」
「話したくないなら話さなくてもいいし、試合に影響出してもお前なら致命的な事は無いだろうしいいから、もうちょっといつもの爽やかさを出しといてくれ」
「…ああ、努力する」
 何だかんだ言いつつも自分の心配をしてくれているのが分かるチームメイトの言葉に感謝しつつ、義経は多少無理があったがふっと微笑んだ。

 義経が考えていたのは、知り合ってからずっと手紙をやり取りしているある女性の事。彼女と出会って手紙のやり取りをし、そして彼女が趣味でやっている芝居の公演も幸運にも観られ、終了後に話したり花束を贈ったりと過ごすうちに、彼は彼女に対する想いが段々とはっきりしてくるのを感じていた。しかしそれとは裏腹に、彼女が自分の事をどう思ってくれているのかが掴めなくなっていた。彼女も自分に好感を持ってくれている事だけは分かる。しかし、恋愛感情となるとどうなのだろう。現に今年のキャンプもバレンタインも、自分に手紙やチョコが送れる様にそれとなく送り先を教えたのだが、キャンプ先にはバレンタインのチョコやプレゼントどころか手紙一通すら送られてこず、キャンプが終了してから『お疲れ様でした、今年も日本一目指して頑張って下さい』という手紙が東京のマンションに届いただけなのだ。彼女が自分を心から労わってくれているのは充分分かるのでそれも確かに嬉しくはあるのだが、このままこうして手紙をやり取りするだけではもう物足りなく感じ、二人の曖昧な関係をどうにかしたいという思いに彼は駆り立てられていた。しかし彼女にどうしたら自分の想いをきちんと伝えられるのか分からないという事も自覚している。それとなく彼女の気持ちを探るために彼女の親友である葉月に相談を何度か持ちかけているが、葉月は彼の反応を面白がっているのか、はっきりした回答は出してくれない。道場から出たとはいえ自分がこんな事で悩む日が来るとは思ってもいなかったと義経は日々を悶々と過ごしていた。

 そして3月14日、横浜とのオープン戦を無難にこなし、試合後のミーティングを終え、着替えていると、土井垣がロッカールームに入ってきて義経に声を掛けた。
「義経、お前は着替えたら選手通用口にいろ」
「は?」
「お前に葉月からちょっとした『プレゼント』があるそうだ」
「それは…?」
 ふっと笑って言葉を紡ぐ土井垣に、義経が問い返していると、チームメイト達がからかう様に騒ぎ始める。
「いいんですか~?土井垣さん、宮田さんに好き勝手させといて~」
「その内義経に盗られちゃいますよ~?」
「大丈夫さ、葉月は単に義経をおもちゃにして遊んでいるだけだ。もうすぐ飽きてちゃんと戻って来る…いや、場合によってはもっと遊びたがるかもしれんなぁ…どうしたものか」
「監督…それやばいんじゃ…」
 土井垣の言葉に、からかっていた面々はふと不安げな声を掛ける。それに気付いた土井垣は苦笑しながら更に言葉を重ねる。
「そういう意味の『おもちゃ』じゃないから俺も黙認してるんだ。むしろ、俺も遊びたい位だからな」
「え~?土井垣さんまで?」
「それどういう意味なんですか?」
「まあ、その内分かるぞ…さあ義経、行って来い」
「…はあ」
 土井垣の言葉の意味が分からず、着替え終わった義経はとりあえず選手通用口に行く。と、そこに長い髪を一つにまとめ、紺のスーツを着た女性が立っているのに気が付いた。その女性を見て、義経は驚く。何故ならその女性は――
「神保さん…何でここにいるんですか」
 そう、彼女の名前は神保若菜――彼女こそが義経の『想い人』であった。義経の問いに、若菜は恥ずかしげに微笑むと答える。
「あの…おようがチケットをくれて…年度末で忙しいんですけどどうしても来たくって…午後休をとって来たんです。そうしたらここに来てるって確認した土井垣さんが『ここで待っているといい、ちゃんと会いたい人を呼んできてやる』って電話をくれて…だから…」
 恥ずかしげに言葉を紡いでいる若菜を義経は衝動的に抱き締めていた。驚いて硬直した様に動かない彼女に、彼は囁く様に言葉を返していく。
「ありがとう…俺も…会いたかった」
「義経さん…」
 そうして二人はしばらく抱き合っていたが、やがて自分が今している行動に気づいた義経は慌てて身体を離し、申し訳なさそうに彼女に言葉を掛ける。
「すまない、会えた嬉しさで、つい…」
「いいえ…」
 そこで二人は顔を赤らめながら見詰め合って沈黙する。しばらくそうして沈黙した後、今度は若菜が口を開く。
「あの…バレンタインの事なんですけど…」
「ああ…」
 義経はあの時の落胆を思い出し、表情が暗くなる。しかし次に若菜が紡ぎ出した言葉に彼は鼓動が早くなるのを感じていた。
「本当は何かしたかったし、手紙も書きたかったんですけど…キャンプで一生懸命頑張っている義経さんをお邪魔したら悪い気がして…どうしても何もできなかったんです…」
「神保さん…」
 若菜の想いが充分伝わる言葉に、義経は鼓動が早くなり、言葉を一瞬失う。しかし、自分の想いも同時に伝えたくなり彼は深呼吸すると、ゆっくり言葉を紡ぎ出した。
「…神保さん」
「…はい」
「俺は、キャンプ中…ずっと待っていたんです。あなたから手紙が来るのを…バレンタインも。…でも、何も来なくて…それが寂しくて…どうしようもなかった」
「義経さん…」
「それで…分かりました。俺は…あなたが好きなんです。…でも…あなたはどうなのか分からなくて…でも、確かめるのが怖くて…俺も結局は情けない男の様です」
「…」
 義経の告白に、若菜は驚いた顔を見せたが、すぐに恥ずかしげに微笑んで、ゆっくりと言葉を零す。
「…お互い、同じ気持ちの様ですね」
「神保さん…それじゃあ…」
「私も…義経さんの事が…好きです。でも、私も確かめるのが怖かったんです。だから…今の義経さんの言葉…すごく嬉しかった」
 そう言うと若菜は義経の胸に身体を預けた。彼は驚きながらもしっかりと彼女を抱き締める。彼女を抱き締めながら、義経はまた囁く様に言葉を掛ける。
「これからは…『若菜さん』と呼んでも…いいですか」
「はい…私もその代わり『光さん』って…呼ばせてもらいます」
「そうですね…それがいい。それから…今度こそ携帯を買った方がいいですかね」
「いいえ。…光さんは携帯を持ったら逆にもったいないですから…このままでいいです。その代わり、光さんのマンションの電話番号、教えて下さいね。私も…携帯の番号を教えますから」
「ええ…教えます」
 と、急に拍手と歓声や口笛が沸きあがった。驚いて二人が身体を離して見回すと、スターズのチームメイトどころか、横浜の選手達まで揃って二人に笑顔で拍手を送っていた。
「いや~いい出し物だったよ~土井垣君」
「どえがきにしてはおもろい趣向やったな。ツネ、お前も人の子やったんやな~」
「義経~しっかりそういう人がいたんだな~知らなかったぜ」
「よっご両人!幸せになれよ!」
「…」
 あまりの展開に顔を真っ赤にして泣きそうな表情になる若菜を宥めながら、義経はにやにや笑っている土井垣に向かって静かながらも抗議の声をあげる。
「ああ、若菜さん、泣かないで下さい…監督!酷いじゃないですか」
 義経の抗議の声も土井垣はさらりとかわし、にやにや笑ったまましれっとした態度で応える。
「ここから離れる事もできただろう。こんな所で告白しているお前が悪い」
「~!」
 真っ赤になって絶句する義経を見て土井垣はにやりと笑いかけると、ギャラリーに向き直り、司会者の様に両腕を広げて声を上げる。
「さ~て、義経一世一代の告白シーン!堪能していただけましたか?」
 その言葉にそこにいたギャラリーは歓声を上げ、更に拍手を送る。二人は穴があったら入りたい心境で顔を真っ赤にして沈黙していた。そのうち、ギャラリーの一人が口を開く。
「じゃあ、祝い酒としゃれ込もうぜ!さあ、ご両人も!」
「…はあ」
 ギャラリーのからかってはいるがその中にある暖かい心遣いは分かるので、二人は頷くとギャラリーに連れられ近くの居酒屋へと連れて行かれる。その道すがら、義経は若菜に声を掛ける。
「すまない。…こんな風になってしまって…」
「いいえ。…恥ずかしいですけど、皆いい人達ですね。でも私、ちゃんと帰らないと父に怒られるんですが…」
「大丈夫です。ちゃんと、二人で帰れる様に…連れ出しますから」
「…ありがとうございます」
 そう言うと若菜は微笑む。その微笑みが嬉しくて、義経も微笑みを返しながら彼女の手を取った。