クリスマスイブの夜、恋人の葉月が急な出張で甘い時間を過ごせなくなりやけっぱちになった土井垣に呼び出されて応じた東京スーパースターズのチームメイト数名とその中にいた三太郎から同様に声をかけられてやってきた不知火と葉月の親友でスターズのメンバーとも親しい弥生は、恋人と過ごせない寂しさとその根本的な『原因』による怒りで不機嫌になっている土井垣をからかいつつも基本的には宥めながらなるべく彼が気を紛らわせる事ができる様に、やけっぱちから始まったパーティとはいえ楽しく過ごせる様に盛り上げていた。そうして酒も料理もかなり進み、土井垣の気分も大分ほぐれ普段通りの談笑なども出てきた頃、他のメンバーから離れて差し入れられたシャンパンを飲みながら一息ついていた不知火にそのシャンパンの提供者である弥生が声を掛けてきた。
「不知火君」
「えっ?…ああ、朝霞さん。何ですか?」
「そんなしゃっちょこばらないでよ。いくら今日が初対面でも学年一緒なんだし、お互いはーちゃんと土井垣さん挟んで間接的にとはいえ縁はある訳だから」
「って言っても最初の牽制と今までの様子考えると、あんまり君と親しく話してたら土井垣さん抜いたあいつら…特に俺達を呼び出した三太郎辺りがうるさそうだからなぁ…」
「そういえばそうかもね」
 これまでここで交わされた会話や出来事を思い出したのか弥生はおかしそうにくすくすと笑い、そうした弥生の気さくな雰囲気につられて不知火も笑った。そうしてしばらく笑いあった後、弥生はふと表情を戻すと改めて口火を切る。
「…まあ、それは置いといて。実はね、確かにあたしは不知火君とは今日が初対面なんだけど、君の事は結構前から色々聞いて知ってたのよ。はーちゃんや土井垣さんやスターズの皆の話はもちろんだけど、それとは別枠の…『もっと直接的な縁』でね」
「朝霞さん、それは…?」
 彼女の言葉の意味が分からず問い返す不知火に、弥生は悪戯っぽい口調で更に言葉を重ねた。
「最初に簡単な自己紹介はしたけど、改めてもう少し詳しく自己紹介するわね。あたしのフルネームは朝霞弥生、内科と小児科のドクターをしてるわ…K区のY病院でね。…こう言えば分かるかしら?」
「それって、まさかいつも『彼女』が俺に話してる『やよい先生』って…」
 弥生の『自己紹介』に不知火は心底驚いた表情を見せ、その表情を見た弥生は彼が彼女の言葉を理解したと分かり、更に言葉を重ねる。
「そういう事。…あたしは自分とこの医大の附属病院が色々居心地悪かったからそこで研修したくなくって他の研修場所探してた時、偶然はーちゃんと会ってあそこの病院団体の医学対紹介してもらった身でね。同じ様に転職先の病院として紹介してもらった『彼女』とははーちゃん繋がりで仲良くなってプライベートではーちゃんも含めて時々ご飯食べたり遊んだりしてるから、君の話は『彼女』からのろけ話はもちろんだけど、それ以上のかなり突っ込んだところまで聞いてるのよ。…君達二人の『込み入った事情』も含めてね」
「…」
 意外な自分と弥生の『接点』に不知火は驚きながらも、『その話題』を弥生から出された事で、彼女の『意図』を察した彼はその『意図』を思いながら自分の気持ちを返す様に、しかし彼女から確実に出されるだろう『回答』も分かっているので、その『回答』に対する胸苦しさが耐えられず、絞り出す様な口調で『その事』について口にする。
「つまり…俺達二人の仲は普通に考えても絶対許してもらえないけれど、医者っていう朝霞さんの立場としてはもっと厳しく律しなければいけないから、尚更俺と『彼女』の仲は絶対に許せない、だから別れろ…こういう事かな」
 不知火の絞り出す様な言葉を聞いて弥生はしばらく何やら考えていたが、やがて悪戯っぽい口調だが、眼差しは裏腹に真摯な光を灯して彼に言葉を返す。
「…君は…あたしにそう言って欲しいし、もし本当にあたしがそう言ったら…それに従うの?」
 意外な彼女の言葉に彼は内心驚いたが、それでも自分が思っていたものとは全く違う物だったその言葉にある彼女の『真意』を受け取り、そのままの感情で真摯な自分の気持ちと答えを返す。
「いいや。…そりゃ、確かに言われても仕方がないとは思ってる。でも…どう言われようと、俺は『彼女』を離したくないし、諦めたくもない。それが俺のエゴだとしても、俺は『彼女』が心底好きだから。だから…今俺が感じている様に『彼女』も同じ様に俺の事を想ってくれているなら…俺はその気持ちを裏切らないで『彼女』と二人で…いいや、二人に関わる皆で幸せになってやる、って決めてる。俺達の関係が絶望に近い困難を抱えてるのは承知で、それでも…俺も彼女もお互いを好きになったんだから、その事でどんなに非難を受けたって…その困難を絶対に全部蹴散らして」
「そう」
 不知火の答えに弥生はふっと微笑んで頷くと、更に言葉を掛ける。
「…あたしは専門が専門だから中々OTの『彼女』には仕事で関わらないけど、小さい病院とはいえそんな職務上は関わりが少ないあたしにすら評判が聞こえてくる位『彼女』は腕も人柄も評判がいいわよ。君の方がその辺りは良く分かってるだろうけど。…『彼女』がそんないい子だからって事もあるけど、何より『彼女』は職種は違ってもあたしの大切な後輩で、友人だから…もし別れる事になるなら事情が事情だからそれは仕方ない事だって分かってるけど…それ以外で傷つけて泣かせる真似だけはしないって約束して欲しいのよ、話や相談ならはーちゃんも言ってたけどいくらでも乗るから。…あたしが言いたかったのはそういう事」
「…ありがとう、朝霞さん」
「どういたしまして。…じゃ、それ抜いてもこうして縁がつながったんだし改めて今後ともよろしく。で…あなた達が末永く幸せになる事を祈って…乾杯」
「ああ。…乾杯」
 そう言って二人は笑顔でグラスを合わせる。と、二人の様子に気付いたのか不意に三太郎が割って入り、彼女を不知火から離して連れて行く。
「…おい不知火、敵チームのお前はヒナさんにちょっかい出すなって言っただろ?ヒナさんもこいつにナンパされてないでこっち来て土井垣さんのごちそう食おうぜ?」
「ああうん、そうね微笑君。…じゃね、不知火君そういう事で。またね」
「ああ、またな」
 三太郎に肩を抱かれ連れて行かれながら恥ずかしげに顔を赤らめ彼の方に振り返りウィンクした弥生の様子に、状況は違えど彼女に対して自分と同じ『相手に対する想い』を感じ取り、自分もそれを応援するという事を伝える様に、不知火は彼女に向けてグラスを掲げながら笑顔でウィンクを返した。