夕日に浮かぶ誰もいないグラウンドを、土井垣はじっと見詰めていた。明日が卒業式のため、部活は休止する事とされ、春のセンバツがある野球部も例外にはならず今日は休みとなっている。しかしそれが土井垣には幸いだった。今までの自分を振り返り、そしてこれからの道を進む一歩を踏み出すには――
一年生で明訓野球部に入った時、徳川監督の余りのめちゃくちゃさに、部長に『見かけで判断するな。徳川さんは素晴らしい人だ』と言われても分からず、幾度となく退部をしようと思ったか知れない。しかしそれが尊敬に変わったのはいつの事だったか――土井垣は思い返す。そう、あれは夏の地区予選を敗退し、夏休みの練習に入ったある夏の日。酷く暑かった。それでも容赦なく徳川監督の酔いどれノックは続く。その内、一人の部員が急に倒れた。その部員を誰よりも真っ先に介抱に向かい、病院へ連れて行けと命じたのが徳川監督。そしてその後一日は休みにして充分に休養をとらせた上で、その頃は厳禁だった練習中の水分補給を徹底させたのも徳川監督だった。野球に強くなるためには根性も必要だが、ある程度経ったら様々な経験を生かせる様にならなければいけない――土井垣はそれに気付き、徳川監督のめちゃくちゃな中にある素晴らしさを見出す事ができ、その命令に隠された意図も考える様になれた。そしてそんな徳川監督の下で野球が出来る事が喜びに変わっていったのだ。
そしてもう一つの喜びが、三年でやっと成し遂げる事ができた夏の甲子園出場、その上優勝する事までできた。捕手の座こそ一年の山田に奪われたが、不思議と悔しさはなかった。自分以上の実力をもった捕手が自分の後に来てくれた、それが嬉しかった。そして個性的だがそれぞれ素晴らしい実力を持った後輩達。自分はどれだけ人に恵まれていたのかその優勝で改めて実感した。そしてもっと彼らと野球がしたいと思った。しかし三年生は夏の甲子園が終わったら引退である。一抹の寂しさを覚えながらも、自分がプロに行ければ、今度はきっとプロで会える――何故かそう確信して引退した。
しかしそこから転機が訪れた。徳川監督から次期監督の打診をされたのだ。もう一度、彼らと野球ができる――土井垣は一も二もなく承諾した。選手として、そして学生としては卒業だが、青年監督として新たなる第一歩を踏み出す事になった自分。奇妙な流れだとは思ったが、不思議とその流れを受け止める準備が自分にはできていた。ドラフトで一位指名もプロ入りも彼らと野球ができる事に比べたら全く意味がなかった。個性的で、魅力と実力を持った彼らと共に野球で勝ち続ける事――それが自分にとって最高の喜びだと心から思った。だから勝って、勝って、勝ちまくって――自分の下で明訓と彼らの名を全国に轟かせるんだ――
そう決意を込め、彼は夕映えから夕闇が迫るグラウンドに一礼し、学校を後にした。
一年生で明訓野球部に入った時、徳川監督の余りのめちゃくちゃさに、部長に『見かけで判断するな。徳川さんは素晴らしい人だ』と言われても分からず、幾度となく退部をしようと思ったか知れない。しかしそれが尊敬に変わったのはいつの事だったか――土井垣は思い返す。そう、あれは夏の地区予選を敗退し、夏休みの練習に入ったある夏の日。酷く暑かった。それでも容赦なく徳川監督の酔いどれノックは続く。その内、一人の部員が急に倒れた。その部員を誰よりも真っ先に介抱に向かい、病院へ連れて行けと命じたのが徳川監督。そしてその後一日は休みにして充分に休養をとらせた上で、その頃は厳禁だった練習中の水分補給を徹底させたのも徳川監督だった。野球に強くなるためには根性も必要だが、ある程度経ったら様々な経験を生かせる様にならなければいけない――土井垣はそれに気付き、徳川監督のめちゃくちゃな中にある素晴らしさを見出す事ができ、その命令に隠された意図も考える様になれた。そしてそんな徳川監督の下で野球が出来る事が喜びに変わっていったのだ。
そしてもう一つの喜びが、三年でやっと成し遂げる事ができた夏の甲子園出場、その上優勝する事までできた。捕手の座こそ一年の山田に奪われたが、不思議と悔しさはなかった。自分以上の実力をもった捕手が自分の後に来てくれた、それが嬉しかった。そして個性的だがそれぞれ素晴らしい実力を持った後輩達。自分はどれだけ人に恵まれていたのかその優勝で改めて実感した。そしてもっと彼らと野球がしたいと思った。しかし三年生は夏の甲子園が終わったら引退である。一抹の寂しさを覚えながらも、自分がプロに行ければ、今度はきっとプロで会える――何故かそう確信して引退した。
しかしそこから転機が訪れた。徳川監督から次期監督の打診をされたのだ。もう一度、彼らと野球ができる――土井垣は一も二もなく承諾した。選手として、そして学生としては卒業だが、青年監督として新たなる第一歩を踏み出す事になった自分。奇妙な流れだとは思ったが、不思議とその流れを受け止める準備が自分にはできていた。ドラフトで一位指名もプロ入りも彼らと野球ができる事に比べたら全く意味がなかった。個性的で、魅力と実力を持った彼らと共に野球で勝ち続ける事――それが自分にとって最高の喜びだと心から思った。だから勝って、勝って、勝ちまくって――自分の下で明訓と彼らの名を全国に轟かせるんだ――
そう決意を込め、彼は夕映えから夕闇が迫るグラウンドに一礼し、学校を後にした。