真夏のある日、キン肉マン達はある土地の夏祭りに来ていた。今となってはもう誰が言い出したのか分からないが、メンバーの誰かが『日本の縁日というものを見てみたい』と言い出して盛り上がり、何かと人脈の広いナツ子に頼んで、縁日があるという彼女の友人の故郷の祭りに皆で来ているのである。里帰りがてら案内を頼まれた杉野香苗というナツ子の友人である女性は、戸惑いながらも色々と案内しながら面々を誘導していた。
「うちの牧場のビーフが最高だが、こういうところで食べる焼き鳥というのも中々うまいな。キン肉マン」
「そうじゃな、テリー」
二人で楽しげに焼き鳥を頬張るキン肉マンとテリーマン。横ではそば屋の出店が出しているそばを見詰め、ラーメンマンが難しい表情を見せている。
「そばが売っているな。私のラーメンとどっちがおいしいか比べる為にも買って行くか」
「あ~!お豆腐屋さんで稲荷寿司が売ってるズラ!」
稲荷寿司に目を輝かせたジェロニモに、香苗は勧める様に声を掛ける。
「あ、そのお稲荷さんはこのお祭りでしか売らないレア物で、とってもおいしいんですよ」
「そうズラか~!ちっちゃいから3パック買うズラ!…うわ~!本当においしいズラ!」
「ありがとうな、兄ちゃん。香苗ちゃんもお勧めありがとう」
「いいえ~だっておじさんのとこの物って、何でもおいしくてあたし大好きですもん。そうだジェロニモさん、お稲荷さんが気に入ったらがんもどきとかもお勧めしますよ」
「そうするズラ♪」
ご機嫌のジェロニモを笑顔で眺める彼女に、今度はロビンマスクがある出店を指して問い掛ける。
「この人形の服は、ここでしか売っていないのかな。ミズ・スギノ」
「はい、この服はここの出店でだけですね。この手の人形を持ってらっしゃるなら、オリジナルでお勧めですよ。ないならないで人形もここで売ってますし」
「ふむ…アリサが喜びそうだな。買って行くか」
「奥様にですか?まあ羨ましい」
「いや…」
ロビンマスクは照れた様な様子を見せる。と、バッファローマンが不満げに声を上げた。
「ちぇ~!射的をやってみたが全然うまくいきゃぁしねぇ!」
「それがこういう所の醍醐味ですよ。私も何年もやってそうやって諦めたくちです」
「地元のあんたに言われちゃもう怒れねぇな。ちぇっ」
笑って宥める彼女に仕方ないという表情を見せるバッファローマン。と、今度は慌てた呼吸音が聞こえる。
「コーッ!ホーッ!」
「どうしたんですか?…あらら、金魚すくいやっちゃったんですね。で、取れなかったけど残念賞で一匹渡されちゃった…と」
「コー…」
困り果てるウォーズマンを見て彼女は苦笑すると、折衷案を口に出す。
「分かりました、うち実家が金魚飼ってますから私が引き取ります。後で実家に戻った時に一緒に放しますよ」
「コーッ」
「はい、どうしたしまして」
明るい香苗の案内も手伝って面々は縁日をそれぞれ満喫して、大方案内が終わったところで彼女が面々に声を掛ける。
「じゃあ後は自由にしますんで、皆さん楽しんだら適当にホテルに戻って下さいね。で、明日の朝集合して帰るって事で。…私は明日の集合まで皆さんとは離れますから、それぞれ自己判断で行動して下さい。できますよね」
「おお!」
「じゃあ解散って事で」
香苗が解散の挨拶をすると、面々はそれぞれに行きたい方向へ散って行った。香苗も久し振りの休みを堪能しようと踵を返そうとすると、不意に一人だけどこへも行かずに立ち尽くしているメンバーがいた。軍帽が特徴的なその男はブロッケンJr.だった。彼女は不思議に思い、彼に声を掛ける。
「ブロッケンさん。どうしたんですか?」
香苗の問いにブロッケンJr.は困った様子で口を開く。
「いや、どっか行こうとは思うんだが、こういう所に俺は慣れてねぇから、どこから行ったらいいかと思ってつい考えちまってな」
困った様に苦笑するブロッケンJr.を香苗はしばらく見詰めていたが、やがて悪戯っぽく笑うと、彼に声を掛ける。
「…そうだ、じゃあブロッケンさん、しばらく私にお付き合いしてもらえます?」
香苗の言葉にブロッケンJr.は驚いた様に口を開く。
「えっ…かまわねぇのか?」
香苗はにっこり笑ってその言葉に応える
「はい、憧れのブロッケンJr.さんと一緒に歩けるなんて、こんなチャンスは滅多にないですもの。どうぞお付き合い下さいな」
にっこり、でも悪戯っぽく笑う香苗に、ブロッケンJr.は照れ臭そうに笑いながらも応えた。
「じゃあ…折角だから一緒させてくれ」
「はい」
香苗はゆっくり出店の説明をしながら、奥の方へ入って行く。ブロッケンJr.はそれについて歩いていた。やがて彼女は緩やかな石段のある所へ辿り着くと口を開いた。
「はい、ここがこのお祭りのメインです」
「そうなのか?」
「はい。ここのお祭りは出店ばっかりが有名になっちゃったんですけど、本当はこの上のお堂にお参りするのが本来の内容なんですよ」
「へぇ…で、どういう事をお参りするんだ?」
ブロッケンJr.の問いに香苗は少し考えると、ゆっくりと応える。
「簡単に言うと…鎮魂や供養のお参りですかね。この辺りで人が亡くなったら、3年は必ずこのお祭りの時にお参りしなくちゃいけないんです。それ以降も余裕があれば。大分その辺りは薄れちゃってますけど。私も祖母が亡くなった時3年のお参りはできなかったんですが、それからはお祭りの時に帰れたら必ずお参りしてますし」
「へぇ…」
香苗の説明にブロッケンJr.は感心して聞いていた。香苗は更に問いかける。
「私はお参りするつもりですけど…行ってみます?」
香苗の問いかけにブロッケンJr.は少し考え、話に乗る事にした。
「…そうだな、行ってみるか」
「じゃあ行きましょうか」
香苗はブロッケンJr.を案内しながら石段を登り、お参りの仕方を彼に説明しながらお堂に近付いていく。ここでのお参りの仕方はろうそく代を払ってお参りする人間の命日をお堂の人間に知らせ、ろうそくを奉ってもらうのが作法らしい。お堂の周辺にはお守り等の出店があるし、お堂には仏像が置かれたり線香や香の花が供せる様になっていたり極楽や地獄の絵図が飾られたりと多少華やかにはしてあるが、むしろ荘厳さの方が漂っていた。香苗はお金を払い、先刻言っていた祖母の命日らしい日にちをお堂の中の人間に教えると、お堂の人間はそれを復唱してろうそくに火をつける。香苗はそれを見て手を合わせていた。一見ばかばかしい様にも思えたのだが、それぞれの参拝者が思いを込めて命日を言って手を合わせているのを見ていると、何となく自分も何かしてみようと思い立ち、父と以前老執事に聞いていた母の命日を知らせ、ろうそく代を払った。お堂から出て来ると香苗は彼を待っていてくれたらしく、にっこり笑って口を開いた。
「もう大丈夫そうですか?」
彼女の問いにブロッケンJr.はずっと彼女を拘束しておくのも悪いと思い、笑って答える。
「ああ、もう大丈夫だ。後は適当にやるから、あんたも離れて大丈夫だぜ」
「そうですか。ちょっと残念ですけど、私は実家に帰るって言っちゃってるんでこれで。…一応お祭りの時は一緒に親戚一同の宴会もするんで帰ったら実家に顔出さないと親戚がうるさいですし、この子もいるし」
そう言うと香苗は小さな金魚を指差す。それは先刻ウォーズマンがどうするか困っていた金魚だった。二人は顔を見合わせて笑うとそこで別れる。ブロッケンJr.はその後適当に出店を見て回っていたが、何となく退屈してしまう。やっぱり誰かと一緒に回った方が良かったかと思いつつ綿菓子などを食べていると、不意にどこかで見覚えのある男女とすれ違った。薄いピンクのワンピースを着た女性とシャツ姿の男性という外国人らしいその二人連れと、どこで会ったかは覚えていない。しかしどこかで確実に会っている。気になった彼はその二人連れに無意識に付いて行った。人をつけ回すなど正義超人としていいのかという思いもちらりとよぎったが、そんな思いよりも、この疑問の正体を知りたいという思いの方が勝ってしまう。付いて行く内に彼はある事に気が付いた。出店がある通りは人が一杯で、彼自身も人波を通り抜けるのが精一杯なのに、その男女は人などまるでいないかの様に歩いているのだ。その様子にも不思議を感じていると、不意に二人は出店の通りを抜け、奥の通りへ入って行った。外は大分夕闇が迫っていて、薄闇の中にそれ程まだ明るくは見えないが蛍が舞っているのが見える。二人は更に奥の方へ歩いて行き、広場とも草むらとも付かない場所へ三人は辿り着いた。そして男性はブロッケンJr.に向き直る。その男性の顔を見た時、ブロッケンJr.は思わず声を上げた。
「親父…って事はその女性は…母さん…」
ブロッケンマンはブロッケンJr.に向かってもふっと笑う。女性も今度はしっかりとブロッケンJr.の方を向いて微笑んだ。その笑顔は間違いなく、数少ない遺品に残った母の顔。闇が迫り、蛍の光が舞い踊る。以前一度似た様な事があったが、また同じ幸運に恵まれるとは思っておらず、ブロッケンJr.は二人に近付いた。二人もブロッケンJr.に微笑みかけながら、彼を抱き寄せる。ブロッケンJr.は不意に涙がこぼれてくる。
「ずりぃよ、親父も母さんも。好き勝手な時に出て来やがって…」
その言葉に呼応する様にブロッケンJr.の頭の中にブロッケンマンの声が聞こえて来た。
『しかしな、今回も道を作ったのはお前だぞ。それで、どうしてもこれがお前に会いたい、と言い出してな』
『ぼうやにもう一度会えるって分かったら、どうしても会いたくなって。…ごめんなさいね、ぼうや。あなたを悲しませてしまって…』
「いいや、悲しくはねぇよ。びっくりしたんだ、また親父や母さんとこうして会えると思ってなかったからさ…」
『…そうか』
そう言うと三人は沈黙した。蛍に彩られた暖かな親子三人の時間――そうして三人はしばらく立ち尽くしていたが、やがてブロッケンマンが口を開く。
『さあ、この道は正式な道ではないから、以前お前が作った道よりも維持する時間が短い。名残惜しいがもう去らなければな』
「ああ…そうなのか」
『ぼうや…また会えるといいわね』
「じゃあな、親父、母さん。本当にまた会えるといいな」
『…そうだな』
ブロッケンJr.のわざとらしい位の明るい声に、ブロッケンマンはふっと笑うと更に続ける。
『それでは…さらばだ』
そう言うと二人はふっと消えた。後には蛍が乱舞しているのみ。ブロッケンJr.はそこにしばらく立ち尽くした後、元来た道を戻って行くと、不意に香苗と出くわした。
「あれ?ブロッケンさんじゃないですか。どうして奥に引っ込んでるんですか?
「あ…ああ、ちょっとな。それよりあんたこそどうしてここに?」
「私は実家がこのすぐ傍なんです。で、夜店を堪能しようと思って宴会抜け出してきたんですけど…ってブロッケンさん、どうしたんですか?」
「どうしたって…どういう意味だ?」
「何かしんみりしてますよ。ちょっとですけど」
「あ、ああ…何でもねえ」
無意識に自分が親と会えて泣いていた事を隠す様に、彼はぶっきらぼうに答える。香苗は少し考える素振りを見せていたが、やがて、少しおどける様に口を開いた。
「もしかしてここの言い伝えが叶ったとかですか?」
「『言い伝え?』」
問い返す彼に彼女は明るい口調で話し始める。
「ここのお祭りはこんな言い伝えがあるんです。『ここにお参りした人間は、そのお参りした人間に似た人間に出会える』って。…私は一度も会った事ないんですけど」
「…ああ」
最後は少し寂しそうな表情を見せた彼女に、まさか似た人間どころか本人達に会えたとまでは言えなかったが、彼は複雑な表情で正直に起こった事を話した。その表情と答えに、彼女は取り成す様ににっこり笑うと口を開く。
「良かったですね、ちゃんと出会えて」
「そう…だな」
彼女の様子に彼は圧されてまた複雑な表情で答える。と、彼女は急に不満げに口を開いた。
「でもいいな~。初めてお参りしたブロッケンさんがこうやって似た人に会えて、あたしは一度も会わないんだもん。あたしにもその運分けて下さいよブロッケンさ~ん!」
「俺もできるならそうしてやりてぇけどよ、こればっかりはどうしようもねぇじゃねぇか」
おどける様な彼女の言葉に、彼は本気で困った口調で口を開く。それを見た彼女はくすりと笑い、悪戯っぽい口調で口を開いた。
「冗談ですよ…さあ、じゃあ私はこれで。ブロッケンさんも、もしだったらホテル帰る前に夜店を堪能して行くといいですよ」
「ああ、そうだな」
「じゃあ失礼します」
そう言うと彼女は笑顔で手を振りながら離れて行った。言い伝えとは少し違うものの亡き父と母にまた出会う事ができた自分。その幸運に感謝を込めてブロッケンJr.は軍帽を目深に被ると、夜店の喧騒へ入っていった。
「うちの牧場のビーフが最高だが、こういうところで食べる焼き鳥というのも中々うまいな。キン肉マン」
「そうじゃな、テリー」
二人で楽しげに焼き鳥を頬張るキン肉マンとテリーマン。横ではそば屋の出店が出しているそばを見詰め、ラーメンマンが難しい表情を見せている。
「そばが売っているな。私のラーメンとどっちがおいしいか比べる為にも買って行くか」
「あ~!お豆腐屋さんで稲荷寿司が売ってるズラ!」
稲荷寿司に目を輝かせたジェロニモに、香苗は勧める様に声を掛ける。
「あ、そのお稲荷さんはこのお祭りでしか売らないレア物で、とってもおいしいんですよ」
「そうズラか~!ちっちゃいから3パック買うズラ!…うわ~!本当においしいズラ!」
「ありがとうな、兄ちゃん。香苗ちゃんもお勧めありがとう」
「いいえ~だっておじさんのとこの物って、何でもおいしくてあたし大好きですもん。そうだジェロニモさん、お稲荷さんが気に入ったらがんもどきとかもお勧めしますよ」
「そうするズラ♪」
ご機嫌のジェロニモを笑顔で眺める彼女に、今度はロビンマスクがある出店を指して問い掛ける。
「この人形の服は、ここでしか売っていないのかな。ミズ・スギノ」
「はい、この服はここの出店でだけですね。この手の人形を持ってらっしゃるなら、オリジナルでお勧めですよ。ないならないで人形もここで売ってますし」
「ふむ…アリサが喜びそうだな。買って行くか」
「奥様にですか?まあ羨ましい」
「いや…」
ロビンマスクは照れた様な様子を見せる。と、バッファローマンが不満げに声を上げた。
「ちぇ~!射的をやってみたが全然うまくいきゃぁしねぇ!」
「それがこういう所の醍醐味ですよ。私も何年もやってそうやって諦めたくちです」
「地元のあんたに言われちゃもう怒れねぇな。ちぇっ」
笑って宥める彼女に仕方ないという表情を見せるバッファローマン。と、今度は慌てた呼吸音が聞こえる。
「コーッ!ホーッ!」
「どうしたんですか?…あらら、金魚すくいやっちゃったんですね。で、取れなかったけど残念賞で一匹渡されちゃった…と」
「コー…」
困り果てるウォーズマンを見て彼女は苦笑すると、折衷案を口に出す。
「分かりました、うち実家が金魚飼ってますから私が引き取ります。後で実家に戻った時に一緒に放しますよ」
「コーッ」
「はい、どうしたしまして」
明るい香苗の案内も手伝って面々は縁日をそれぞれ満喫して、大方案内が終わったところで彼女が面々に声を掛ける。
「じゃあ後は自由にしますんで、皆さん楽しんだら適当にホテルに戻って下さいね。で、明日の朝集合して帰るって事で。…私は明日の集合まで皆さんとは離れますから、それぞれ自己判断で行動して下さい。できますよね」
「おお!」
「じゃあ解散って事で」
香苗が解散の挨拶をすると、面々はそれぞれに行きたい方向へ散って行った。香苗も久し振りの休みを堪能しようと踵を返そうとすると、不意に一人だけどこへも行かずに立ち尽くしているメンバーがいた。軍帽が特徴的なその男はブロッケンJr.だった。彼女は不思議に思い、彼に声を掛ける。
「ブロッケンさん。どうしたんですか?」
香苗の問いにブロッケンJr.は困った様子で口を開く。
「いや、どっか行こうとは思うんだが、こういう所に俺は慣れてねぇから、どこから行ったらいいかと思ってつい考えちまってな」
困った様に苦笑するブロッケンJr.を香苗はしばらく見詰めていたが、やがて悪戯っぽく笑うと、彼に声を掛ける。
「…そうだ、じゃあブロッケンさん、しばらく私にお付き合いしてもらえます?」
香苗の言葉にブロッケンJr.は驚いた様に口を開く。
「えっ…かまわねぇのか?」
香苗はにっこり笑ってその言葉に応える
「はい、憧れのブロッケンJr.さんと一緒に歩けるなんて、こんなチャンスは滅多にないですもの。どうぞお付き合い下さいな」
にっこり、でも悪戯っぽく笑う香苗に、ブロッケンJr.は照れ臭そうに笑いながらも応えた。
「じゃあ…折角だから一緒させてくれ」
「はい」
香苗はゆっくり出店の説明をしながら、奥の方へ入って行く。ブロッケンJr.はそれについて歩いていた。やがて彼女は緩やかな石段のある所へ辿り着くと口を開いた。
「はい、ここがこのお祭りのメインです」
「そうなのか?」
「はい。ここのお祭りは出店ばっかりが有名になっちゃったんですけど、本当はこの上のお堂にお参りするのが本来の内容なんですよ」
「へぇ…で、どういう事をお参りするんだ?」
ブロッケンJr.の問いに香苗は少し考えると、ゆっくりと応える。
「簡単に言うと…鎮魂や供養のお参りですかね。この辺りで人が亡くなったら、3年は必ずこのお祭りの時にお参りしなくちゃいけないんです。それ以降も余裕があれば。大分その辺りは薄れちゃってますけど。私も祖母が亡くなった時3年のお参りはできなかったんですが、それからはお祭りの時に帰れたら必ずお参りしてますし」
「へぇ…」
香苗の説明にブロッケンJr.は感心して聞いていた。香苗は更に問いかける。
「私はお参りするつもりですけど…行ってみます?」
香苗の問いかけにブロッケンJr.は少し考え、話に乗る事にした。
「…そうだな、行ってみるか」
「じゃあ行きましょうか」
香苗はブロッケンJr.を案内しながら石段を登り、お参りの仕方を彼に説明しながらお堂に近付いていく。ここでのお参りの仕方はろうそく代を払ってお参りする人間の命日をお堂の人間に知らせ、ろうそくを奉ってもらうのが作法らしい。お堂の周辺にはお守り等の出店があるし、お堂には仏像が置かれたり線香や香の花が供せる様になっていたり極楽や地獄の絵図が飾られたりと多少華やかにはしてあるが、むしろ荘厳さの方が漂っていた。香苗はお金を払い、先刻言っていた祖母の命日らしい日にちをお堂の中の人間に教えると、お堂の人間はそれを復唱してろうそくに火をつける。香苗はそれを見て手を合わせていた。一見ばかばかしい様にも思えたのだが、それぞれの参拝者が思いを込めて命日を言って手を合わせているのを見ていると、何となく自分も何かしてみようと思い立ち、父と以前老執事に聞いていた母の命日を知らせ、ろうそく代を払った。お堂から出て来ると香苗は彼を待っていてくれたらしく、にっこり笑って口を開いた。
「もう大丈夫そうですか?」
彼女の問いにブロッケンJr.はずっと彼女を拘束しておくのも悪いと思い、笑って答える。
「ああ、もう大丈夫だ。後は適当にやるから、あんたも離れて大丈夫だぜ」
「そうですか。ちょっと残念ですけど、私は実家に帰るって言っちゃってるんでこれで。…一応お祭りの時は一緒に親戚一同の宴会もするんで帰ったら実家に顔出さないと親戚がうるさいですし、この子もいるし」
そう言うと香苗は小さな金魚を指差す。それは先刻ウォーズマンがどうするか困っていた金魚だった。二人は顔を見合わせて笑うとそこで別れる。ブロッケンJr.はその後適当に出店を見て回っていたが、何となく退屈してしまう。やっぱり誰かと一緒に回った方が良かったかと思いつつ綿菓子などを食べていると、不意にどこかで見覚えのある男女とすれ違った。薄いピンクのワンピースを着た女性とシャツ姿の男性という外国人らしいその二人連れと、どこで会ったかは覚えていない。しかしどこかで確実に会っている。気になった彼はその二人連れに無意識に付いて行った。人をつけ回すなど正義超人としていいのかという思いもちらりとよぎったが、そんな思いよりも、この疑問の正体を知りたいという思いの方が勝ってしまう。付いて行く内に彼はある事に気が付いた。出店がある通りは人が一杯で、彼自身も人波を通り抜けるのが精一杯なのに、その男女は人などまるでいないかの様に歩いているのだ。その様子にも不思議を感じていると、不意に二人は出店の通りを抜け、奥の通りへ入って行った。外は大分夕闇が迫っていて、薄闇の中にそれ程まだ明るくは見えないが蛍が舞っているのが見える。二人は更に奥の方へ歩いて行き、広場とも草むらとも付かない場所へ三人は辿り着いた。そして男性はブロッケンJr.に向き直る。その男性の顔を見た時、ブロッケンJr.は思わず声を上げた。
「親父…って事はその女性は…母さん…」
ブロッケンマンはブロッケンJr.に向かってもふっと笑う。女性も今度はしっかりとブロッケンJr.の方を向いて微笑んだ。その笑顔は間違いなく、数少ない遺品に残った母の顔。闇が迫り、蛍の光が舞い踊る。以前一度似た様な事があったが、また同じ幸運に恵まれるとは思っておらず、ブロッケンJr.は二人に近付いた。二人もブロッケンJr.に微笑みかけながら、彼を抱き寄せる。ブロッケンJr.は不意に涙がこぼれてくる。
「ずりぃよ、親父も母さんも。好き勝手な時に出て来やがって…」
その言葉に呼応する様にブロッケンJr.の頭の中にブロッケンマンの声が聞こえて来た。
『しかしな、今回も道を作ったのはお前だぞ。それで、どうしてもこれがお前に会いたい、と言い出してな』
『ぼうやにもう一度会えるって分かったら、どうしても会いたくなって。…ごめんなさいね、ぼうや。あなたを悲しませてしまって…』
「いいや、悲しくはねぇよ。びっくりしたんだ、また親父や母さんとこうして会えると思ってなかったからさ…」
『…そうか』
そう言うと三人は沈黙した。蛍に彩られた暖かな親子三人の時間――そうして三人はしばらく立ち尽くしていたが、やがてブロッケンマンが口を開く。
『さあ、この道は正式な道ではないから、以前お前が作った道よりも維持する時間が短い。名残惜しいがもう去らなければな』
「ああ…そうなのか」
『ぼうや…また会えるといいわね』
「じゃあな、親父、母さん。本当にまた会えるといいな」
『…そうだな』
ブロッケンJr.のわざとらしい位の明るい声に、ブロッケンマンはふっと笑うと更に続ける。
『それでは…さらばだ』
そう言うと二人はふっと消えた。後には蛍が乱舞しているのみ。ブロッケンJr.はそこにしばらく立ち尽くした後、元来た道を戻って行くと、不意に香苗と出くわした。
「あれ?ブロッケンさんじゃないですか。どうして奥に引っ込んでるんですか?
「あ…ああ、ちょっとな。それよりあんたこそどうしてここに?」
「私は実家がこのすぐ傍なんです。で、夜店を堪能しようと思って宴会抜け出してきたんですけど…ってブロッケンさん、どうしたんですか?」
「どうしたって…どういう意味だ?」
「何かしんみりしてますよ。ちょっとですけど」
「あ、ああ…何でもねえ」
無意識に自分が親と会えて泣いていた事を隠す様に、彼はぶっきらぼうに答える。香苗は少し考える素振りを見せていたが、やがて、少しおどける様に口を開いた。
「もしかしてここの言い伝えが叶ったとかですか?」
「『言い伝え?』」
問い返す彼に彼女は明るい口調で話し始める。
「ここのお祭りはこんな言い伝えがあるんです。『ここにお参りした人間は、そのお参りした人間に似た人間に出会える』って。…私は一度も会った事ないんですけど」
「…ああ」
最後は少し寂しそうな表情を見せた彼女に、まさか似た人間どころか本人達に会えたとまでは言えなかったが、彼は複雑な表情で正直に起こった事を話した。その表情と答えに、彼女は取り成す様ににっこり笑うと口を開く。
「良かったですね、ちゃんと出会えて」
「そう…だな」
彼女の様子に彼は圧されてまた複雑な表情で答える。と、彼女は急に不満げに口を開いた。
「でもいいな~。初めてお参りしたブロッケンさんがこうやって似た人に会えて、あたしは一度も会わないんだもん。あたしにもその運分けて下さいよブロッケンさ~ん!」
「俺もできるならそうしてやりてぇけどよ、こればっかりはどうしようもねぇじゃねぇか」
おどける様な彼女の言葉に、彼は本気で困った口調で口を開く。それを見た彼女はくすりと笑い、悪戯っぽい口調で口を開いた。
「冗談ですよ…さあ、じゃあ私はこれで。ブロッケンさんも、もしだったらホテル帰る前に夜店を堪能して行くといいですよ」
「ああ、そうだな」
「じゃあ失礼します」
そう言うと彼女は笑顔で手を振りながら離れて行った。言い伝えとは少し違うものの亡き父と母にまた出会う事ができた自分。その幸運に感謝を込めてブロッケンJr.は軍帽を目深に被ると、夜店の喧騒へ入っていった。