東京スーパースターズは2007年のクライマックスシリーズを制し、監督の土井垣が日本シリーズに向けてその後の三日間は鋭気を養うためにも休養のためオフにする、と選手達に告げた。突然の『ご褒美』に選手達は喜びながら予定を話し合っていた。
「う~ん、何しようかな~…そうだ!疲れた身体には温泉がいいな!日帰りなら飛び込み大丈夫だろうし、行こうかな」
「俺は溜まった家事でもやるとするか」
「何だかシーズン頑張ったら疲れたから俺はゆっくり家にいよっと…あれ?どうしたんだよ義経、ずいぶんと機嫌がいいじゃん」
「そんなに休養が嬉しいのか?」
「もしかして女と何か約束があるとか」
「え?…ああ…いや…そうではない」
「何だよ~怪しいな~」
「まあ、義経はそういう意味じゃないけどあんまり女に興味もないからな。それはないか」
「そうか、何か趣味でもやろうと思ってるのか?」
「あ、まあ…そんな所だ」
「ふぅん…」
 それぞれ楽しげに予定をしゃべりあっている内に、三太郎にも話が振られてきた。
「三太郎はどうするつもりだ?」
 三太郎はこのオフが決まった時に既に予定を立てていたのだが、それがチームメイトにばれると厄介な事になるので、いつもの読めない笑みを見せて答える。
「そうだな~。久しぶりに一人で遊園地でも行って遊んで来るか」
「サンタ、お前空しい奴やな~一人で遊園地なんか行っておもろいんかい」
「だって誰にも気兼ねなく好きな物に乗れるんだぜ。こんな贅沢ないじゃん」
「…まあ本人が面白いならいいけどな」
「三太郎もいい加減彼女でも作れば?…あ、でもヒナさんは駄目だぜ」
 チームメイトの言葉に、三太郎は軽い口調で返す。
「その言葉、そっくりお前らに返すよ」
「ちぇ~、つまんねえの」
 そう言いながらもチームメイト達は笑っていた。

 三太郎はマンションに帰るとある女性にメールを送る。彼女は不規則な仕事で電話を直接すると困る事があるので、夜半に電話を掛ける時にはこうして確認を取ってから連絡を取り合うのが常になっている。そうして数分後、携帯のメロディーが鳴る。その音に彼は胸が高まるのを抑えながら電話を取る。電話口からはアルトの特徴的なしゃべり方の声が聞こえてきた。
『微笑君、メール来たからかけたんだけど、何か用があるの?』
「ああ、ちょっとね…ヒナさん、今大丈夫?」
『当直だからちょっとしか時間取れないけど何とか』
 電話の相手はヒナ――本名朝霞弥生――土井垣の恋人である宮田葉月の親友で、ひょんな事からチームメイトとも仲良くなっていて、チームメイトのアイドル的存在にもなっている女性である。チームイト同士では『ヒナさんへのアプローチは抜け駆け禁止』という協定が一応は結ばれているが、三太郎は彼女に一目惚れし、彼女も意気投合した事もあって、チームメイトには内緒でそれとなく何度もアプローチをして、彼女も控えめながら応えてくれる仲になっていた。そんなこんなで今回のオフももしできるなら彼女と過ごしたいという思いがあり、それを彼は口にする。
「あのさ…俺達クライマックスシリーズ一位通過できたんだ」
『ええ、知ってるわ。ちょっとだけ仮眠室のテレビで見たから。おめでとう』
「ありがとう。でさ…明日から三日間オフになったんだけど…ヒナさん、暇だったら俺と遊びに行かない?」
 三太郎は内心祈る様な気持ちで彼女に誘いをかける。しかし彼女からの返答は残念なものだった。
『ごめんね、もうはーちゃんとこの週末は実家に帰って、高校時代の親友の芝居を観に行くって予定を立てちゃったの。本当は微笑君も混ぜてあげたいけど、今回は女の友情を優先したいんだ…だから微笑君の誘いには乗れないの』
「そっか…残念だな。じゃあ今回は諦めるよ。でもまた時間ができたら会おうぜ」
『ええ…本当にごめんね、じゃあもう仕事に戻らなきゃだから』
「じゃあな。無理はしないようにしなよ」
『ありがとう…お休みなさい』
 三太郎は携帯を切ると、小さく溜息をつく。折角のオフを彼女と過ごせたら嬉しかったが、それは叶わない。代わりに何をしようかと考えて、彼は更に溜息をついた――

 そうしてまんじりともせず一晩を過ごし、朝起きると、メールが一通入っていた。その送り主に三太郎はまた鼓動が早くなるのを感じる。メールにはこう書かれていた。

――昨日言った芝居の話ですが、土井垣さんが行きたがって、私一人だと居心地が悪いので、迷惑かもしれませんが一緒に行ってもらえると嬉しいです。もしOKなら、当直明けは午後なので午後に連絡を下さい――

「ヒナさん…」
 たとえ緩衝材としての存在でもいい、三太郎は弥生と一緒に過ごしたかった。その思いのまま彼は気もそぞろで午前中を過ごし、午後一番に電話をかけた。数コール後、弥生の声が聞こえてくる。
『微笑君?』
「ああ、メール見たよ。でも本当に俺も一緒に行っていいの?」
『うん、土井垣さんとはーちゃんが一緒のとこにいるの一人だと居心地悪いし、皆で行った方がその娘も喜ぶから。…それに義経君も行くのよ』
「義経が?何でまた…」
『何かその芝居に出る娘が、前はーちゃんと買い物してた時に偶然会って知り合いになってたみたいでね。彼女から義経君にチケット贈ってたみたいなの。で、あたしに加えて…一緒っていう事じゃなかったんだけど…義経君も行くって分かったら、それ聞いた土井垣さんが不機嫌になっちゃって一緒に行くって言い出したんだって…だから、皆で一緒に行ったらその娘も喜ぶんじゃないかって事になってね。はーちゃんと話してツアー組む事にしたの』
「へぇ…義経にもそんな一面があったんだ…」
「そうみたいね。…で、どうする?乗る?」
 弥生の思ってもいなかった誘いに、三太郎は鼓動が早くなる。もちろんそういう気持ちで自分を誘ってくれている、と思い上がる程は自分もお目出度くはない。でも彼女から誘ってくれた事が心底嬉しかった。彼は自分の想いを隠しながらも、彼女に感謝の気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
「ありがとう、その話乗った」
『こっちこそありがとう。…ただね、一つだけ条件があるわ』
「条件?」
 弥生は悪戯っぽい口調で言葉を紡ぐ。
『ご祝儀、気持ちだけでいいから用意して』
「へ?」
 いきなりの現金請求に驚く三太郎に、弥生は苦笑した様に続ける。
『その娘ね、はーちゃん以上にチケット売りがすごく下手な娘なの。でもそこの劇団、大規模な芝居をやるからチケット相当売らなきゃ懐事情が結構大変らしくってね。チケットじゃなくてもご祝儀が入れば来年の芝居にも活用できるし、その娘もきっと喜ぶから』
「そっか…大変なんだな。じゃあ花とかは?」
『花は『荷物になるし、お父さんが贈り主をしつこく聞くからいらない』って言ってるから用意しなくても大丈夫』
「そっか…ヒナさんって優しいんだな。相手の事をちゃんと考えてあげてさ」
『微笑君たら…褒めても何も出ないわよ』
「じゃあ、当日は待ち合わせて一緒に行こうぜ」
『そうね。その方が迷わなくて済むし。とりあえずはーちゃんとの待ち合わせは明日の午後4時に小田原駅だから、それに間に合う様に時間決めなきゃね』
 楽しげに話している弥生が嬉しくて、三太郎は勇気付けられ、更に提案をする。
「そうだ…ヒナさん、明日は一日暇?」
 三太郎の問いに、弥生は素直に答える。
『ええ、当直明けで休暇ももらってるし、芝居以外は一日予定は開いてるわ』
「じゃあさ…東京から…確かヒナさんの地元って小田原に近いんだよね」
『そう、真鶴…小田原からちょっと静岡側に行った所よ』
「だったらさ…ヒナさんの地元見てみたいから…その地元でお昼一緒してから一緒に行かない?折角のお互いのオフなんだしさ。ちょっと贅沢もいいじゃん」
『…』
 三太郎の提案に弥生は少し考える様な沈黙の後、ゆっくり応える。
『そうね…微笑君が迷惑じゃなかったら…お昼一緒にするのも楽しいかも』
「迷惑じゃないよ、大歓迎さ。じゃあさ、普通に小田原に出るのは一時間半位かかるから…10時頃、東京駅っていうのはどう?その代わり、おいしいお店教えてよ」
『そうね、その時間だったらうちの最寄の駅に着く頃にはお昼だし』
「じゃあ決定!…じゃあ10時に東京駅の東海道線のホームでいいかな?」
『ええ、楽しみにしてるわ。いいお店も教えるわよ』
 弥生の言葉に、三太郎は更に胸が熱くなる。しかし根本的な問題を思い出してそれを口にした。
「あ…そうだ、思い出したけど、俺チケットないんだよなぁ…」
 三太郎の言葉に、弥生は明るく応える。
『大丈夫。当日その芝居する娘に取り置きしてもらう様に頼んでおくから』
「へぇ、そんな事もできるんだ…で、いくらなの?」
『千円ぴったり』
「えっ?そんなに安いの?」
 三太郎はあまりの値段の安さに驚いて、まるで通販番組の司会者の様な言葉を紡ぎ、その後考えた事を口に出す。
「じゃあ、若手が多い新進劇団なんだ」
 その言葉に、弥生は悪戯っぽく言葉を返す。
『ううん、神奈川一の歴史を誇る、ベテランの多い劇団よ』
「そんなとこなのに千円なのか?すげぇサービスじゃん」
『それがその劇団のポリシーなのよ。『安くて、気軽にいい芝居を観せる』って言うね。でも腕は確かよ。見たら微笑君もびっくりすると思うわ』
「そうなんだ」
『とにかく見てのお楽しみ…じゃあ、10時に東京駅ね。楽しみにしてるわ』
 そう言うと二人は電話を切る。彼女とオフが過ごせる――それだけで彼は幸せ一杯だった。そして義経の裏も見られそうだ、という事も彼の興味を誘う。とりあえずは弥生の地元の事を知ろうと、彼はパソコンへ向かった。