ゴールデンウィークも近くなった4月末の夜、それぞれ首都圏でのデーゲームが終わった不知火と土井垣は、ツアーの合間に長めの帰国をしていた瑛理を交えて飲みがてら食事をしていた。三人は取りとめもなく話していたが、やがて瑛理が少々残念そうに口を開く。
「久し振りに守さんや土井垣さんと食事できたのは楽しいんですけど…ちょっと残念です」
「『残念』って何が残念なんだ?瑛理」
「どうしたんだ?瑛理ちゃん」
不知火と土井垣の口々の問いに、瑛理はやはり少々残念そうな口調で答える。
「いえ~こうやって久し振りに守さんだけじゃなくって土井垣さんとも食事ができたんですから、宮田さんにも会いたかったな~って思って」
瑛理の言葉に不知火が納得した様に口を開く。
「そうか。瑛理は宮田さんと仲良くなったみたいだからな。しばらく会ってないし、会いたくなったか」
「はい」
瑛理の言葉に、不知火は助け舟を出す様に土井垣に声を掛けた。
「そうだ、折角だから今からでも宮田さんを呼び出したらどうですか?ここから彼女の家、確かそう遠くないですよね。彼女の事だから、呼べば来てくれるでしょう?土井垣さん」
不知火の言葉に、土井垣は少々困った表情をして応える。
「ああ、あいつならそうするだろうし、瑛理ちゃんの為にもそうしたいが…今回は無理だな」
「どうしてですか?」
不知火の更なる問いに、土井垣は困った表情を見せたまま更に答える。
「あいつ、今は小田原の実家に帰っていて都内にいないんだよ」
土井垣の言葉に瑛理と不知火は口々に土井垣に問いかける。
「実家に帰ってるって…何かあったんですか?宮田さん」
「まさか、土井垣さんとケンカして怒って実家に帰っちゃったとか…」
「違う!…ああ、ごめんな瑛理ちゃん驚かせて」
不知火の冗談だとは分かっている言葉にも思わず反応して声を荒げた土井垣は、それに驚いた瑛理を宥める様に彼女に声を掛けると、静かに説明をした。
「いや、あいつの実家の土地はほぼ全地域でゴールデンウィークに地区の祭があるんだよ。で、あいつは毎年それに何かと関わっていてな、事前準備もあって今の時期は仕事の後にとんぼ返りで実家に戻ってその支度に追われるし、ゴールデンウィークはメンツとしてずっと実家にい続けるんだ。だから今呼んでも来れないんだよ」
「そうなんですか…でもそんなで勤務大丈夫なんですか?彼女の職場、今がシーズンで相当忙しいらしいじゃないですか」
不知火の問いに、土井垣はさらりと答える。
「ああ、そこは上手くできていてな。確かにこの時期あいつの職場は繁忙期なんだが、元々ゴールデンウィークは例年受診者の方が遊びたがって人が集まらないから仕事はほとんど入らないし、そうじゃなくても、年に数度言うか言わないかのあいつの我侭だ。上司も上手くスケジュールを調整して休みを作ってくれるらしい」
「そうなんですか。運がいいんですね、宮田さん」
「でも残念ですねぇ…あ、そうだ」
「どうした?瑛理ちゃん」
何かを思いついた様な様子を見せる瑛理に土井垣が問いかけると、瑛理は楽しそうな口調で言葉を続けた。
「私、珍しく折角ゴールデンウィークがオフですし、宮田さんの所のお祭り、行ってみようかなって。私、日本のお祭りって見た事ないから見たいですし、宮田さんがいるなら安心でしょう?」
瑛理の言葉に土井垣は少し考えていたが、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「…俺はあんまり勧めないな」
「え~?どうしてですか?土井垣さん」
瑛理の言葉に、土井垣は更に言葉を続ける。
「…まあ、ただ葉月と二人で祭を見に行くと言うならかまわんと思うが、今回は葉月自体が祭のメンツに入っているからな。瑛理ちゃんにずっと付いている訳にもいかんし。瑛理ちゃんは人見知りするだろう?そうなった時にすぐフォローできるとは限らんからな。それにな」
「それに?」
「前に葉月の合唱のメンバーと会わせた時も瑛理ちゃん最後には馴染んでいたが、慣れるのに相当苦労していたじゃないか。あそこのメンツはあれ以上に濃いからな。葉月自体も人が変わるし」
「土井垣さん、お祭りの時の彼女を知ってるんですか?」
不知火の問いに、土井垣は苦い表情になって答える。
「ああ。オフの時期に別の祭の手伝いにあいつが行った時同行した事が何度かあるが、あいつも周りに合わせて相当荒っぽくなるぞ。瑛理ちゃんがそれに耐えられるかだ。今の話を聞いたら、あいつも同じ心配をすると思う。折角の楽しい祭で嫌な思いをして欲しくないと思うだろうから」
「そうですか…」
「あいつの事だ。守が同行できれば心配なく歓迎すると思うが、守は試合があるからそれも無理だろう?瑛理ちゃん単独だと心配の方が先行すると思うぞ」
「土井垣さんの心配ももっともだな。瑛理、今回は諦めてまた会う機会を作ってもらえば…」
土井垣と不知火の言葉に瑛理はしばらく考え込んでいたが、やがて大きく頷くと、はっきりと自分の思いを言葉に出した。
「…それでもいいです。行ってみます」
「ええ?」
「大丈夫なのか?瑛理」
二人の言葉に、瑛理はにっこり笑って言葉を返す。
「もちろん不安はありますけど、海外拠点のわたしは日本のお祭りなんて滅多に見られないじゃないですか。だから行ってみます。それに、宮田さんにずっと付いてもらえないとしても、傍にいてくれるってだけでもちょっとは大丈夫って思える気がします。だから頑張って行って来ます」
「普通祭りって言うのは頑張って見に行くものじゃないんだけどなぁ…」
不知火は呆れた様に呟き、やがて土井垣も苦笑いしながら重い口を開く。
「…まあ、そこまで決心しているなら葉月に連絡を取ってみるか」
そう言うと土井垣は携帯を手にして葉月らしい相手に電話を掛けた。
「ああ、葉月か?俺だ。今大丈夫か?…ああ、実はな、瑛理ちゃんがお前の所の祭を見に行きたいと言っているんだが…お前もそう思うか。瑛理ちゃんは何とか頑張ってみると言っているが…そうか。お父さん達も出るなら、多少は安心できるかもな。分かった。じゃあ瑛理ちゃんの事、頼んでいいか?…ふむ、それが一番無難か…じゃあ頼むぞ。それからお前も無理しない様にな。…ああ、じゃあな。お休み」
土井垣は電話を切ると小さく溜息をつき、瑛理に声を掛ける。
「始終自分が付いていられないからと心配していたぞ。彼女の家族も参加するから協力を頼んで何とか気苦労を減らすが、それでも駄目ならすぐ帰る、という条件付きなら来てもいいそうだ」
「分かりました。そこまで気を遣ってもらったのなら多分大丈夫です。行って来ます」
「瑛理、折角の宮田さんの気遣いだ。駄目だと思ったらすぐに帰って来いよ」
「とにかく無理はしない事。祭は楽しむ事が第一だからな」
「は~い」
不知火と土井垣の言葉に、瑛理はにっこりと笑って応えた。