ホテルへ戻ると不知火が追加分の料金をホテルに支払った後瑛理は彼を促し部屋へ入れ、彼が眠れる様に瑛理にしては手早く片方のベッドを空ける。この二日は泊まりに帰ってきているだけの状態だったという事もあり、割合片付いている事もあって片付けはすぐ終わり、元々ツインという事もあってガウン等も余分にあり、泊まるにはそれ程支障はなかった。二人はそれぞれにユニットバスを使い、備え付けてある冷蔵庫から不知火はビール、瑛理はミネラルウォーターを取り出し、飲みながらしばらく二人は黙っていたが、やがて不意に不知火から瑛理に言葉を掛けた。
「…なあ、瑛理」
「何ですか?」
「この祭りで何かあったのか?」
不知火の問いに、瑛理はにっこり微笑んで答える。
「はい、色々ありましたよ。悪い事じゃないですけど」
「どういう事だ?」
更に問い返す不知火に、瑛理は微笑んだまま答えない。その様子にまた不思議そうな表情を見せている不知火を見詰めながら、瑛理は葉月に思いを馳せていた。今まで囚われていた世界から不知火によって解放された自分に、優しい笑顔で自分を包みながら更に別の世界を見せ、世界を広げてくれる葉月。そして彼女は自分の不知火へのある種あやふやな想いに、あやふやでもその想いが大切なもので、その大切な想いが自分の中一杯にあふれているという事も気付かせてくれる。そんな彼女なのに、自分の事になると自分が不知火に対するあやふやな想いに時折不安になる様に、気丈に振舞いながらも、土井垣に対するあふれる想いに戸惑ってしまう事もあるのだと何となく分かった。土井垣と彼女が陽だまりのような雰囲気で支え合っている事も嘘ではない。それでも自分の中にあふれる想いをどうしたらいいのか、途方に暮れてしまう事が彼女にもあるのだ。柊司は、自分と彼女が良く似ていると言っていた。もしかするとだが、だからこそ彼女は無意識かもしれないが自分の不知火に対する想いへの戸惑いを感じ取り、その想いを大切にできる様に助けてくれているのかもしれない。自分もそうできるようにとーそして彼女にとっては土井垣がその想いを受け止められる存在なのだ。自分にとって不知火がそうである様に―その思いにたどり着くと、今こうして傍にいる不知火が自分にとって大切な宝物の様に思えてきて、瑛理は不知火へ身体を預け、言葉を紡いだ。
「わたし…守さんに出会えて本当に良かった」
「どうしたんだ、いきなり」
唐突な瑛理の言葉に驚く不知火に、瑛理は穏やかな笑顔で更に続けた。
「守さんと出合って、守さんを好きになって、わたしはたくさんの温かい気持ちが受け取れる様になった気がします。守さんがいなかったら、多分今のわたしはこんなわたしにはならなかった…そう思うんです」
「瑛理…」
「だから…ありがとうございます。守さん」
瑛理の言葉に、不知火は彼女をしっかりと抱き締めると、その耳に囁いた。
「礼なんかいらない。瑛理がそうなったのは瑛理の力だ。俺は何もしていない。いや…瑛理を好きになった事…瑛理に俺が何かしたというなら、俺がした事はそれだけだ」
「だからです。…わたしを好きになってくれてありがとう、守さん」
「…ああ」
不知火は彼女を抱き締める腕に力を込める。そうして抱き締められながら、瑛理はもう一度葉月に思いを馳せた。自分の世界を広げ、不知火に対するあふれる想いを素直に伝えられる様にしてくれる葉月。土井垣は不知火と同じ様に、彼女の想いをきっと受け止めてくれる。だから、彼女も同じ様に世界を広げながら土井垣に対するあふれる想いをもっと伝えられるようになればいいー勝手な考えかもしれないが、瑛理には何故かそう思えた。
「わたしも、宮田さんも…本当に大切なものを得られて、きっと幸せなんですね」
「瑛理…?」
瑛理の言葉に、不知火はまた不思議そうな表情を見せる。その表情に、瑛理はまたにっこりと笑うと、ふと思い出した様に言葉を続けた。
「…そうだ、守さん。帰る前に見せたい場所があるんです」
「瑛理?」
「すごく綺麗な所で…明日ちょっと早起きしなくちゃいけませんけど、いいですか?」
「ああ、かまわないが…どこに行くんだ?」
「秘密です」
そう言うと瑛理はにっこり笑った。不知火と見たいと思ったあの景色。あの時は不知火がいなかったが、今ここにはその不知火がいる。だから、また別れてしまう前に、もう一度二人であの景色を見たかった。離れていても心は届く。しかしそれでも傍にいる時間は何よりも大切なもの。そしてその大切な時間をいつまでも大切にしていける様に瑛理は心から願って、もう一度不知火に身体を預けた。