「…ったく、乗っちまった俺も俺だけどよ、宮田とのデートの身代りに、何で俺を選ぶんだよ。不知火でも呼べばいいじゃねぇか」
デーゲーム後の地下鉄の中で、土井垣に小次郎がぶすっとした口調で言葉を紡ぐ。実はゲームが始まる前に監督室へ行こうとする小次郎を土井垣が呼び止めて『実は葉月が用ができてしまって行けなくなったライブがあるんだが、キャンセルするのももったいないから一緒に行ってくれないか』と土井垣に頼み込まれ、今夜は自分も恋人が接待で会えないという事もあり、恋人に会えないわびしい二人で連れ立って飲みに行くというのも自虐的だがそれはそれで面白いと思った小次郎はうっかり『行く』と答えてしまったのだ。後々考えると大の男二人連れだっておそらくデートに使う位だからロマンチック系のしっとりしたライブに行くのだろうという事に気付き、その苦行に自分が耐えられるかという怖れと、つい受けてしまった自分の浅はかさに、小次郎は後悔の念を覚えていた。ぶすっとした態度の小次郎に申し訳なさそうに土井垣は言葉を返す。
「いや、守とでも良かったのかもしれんが、守は丁度大久保さんも一緒にこちらに出張に来ているから彼女と会うと聞いていて誘えなくてな。それに、そうでなくてもこれは葉月の頼みでもあるんだ。『あたしの代わりは犬飼さんにして下さいね』とな」
「宮田の…?そりゃまた何でだ」
「二つばかり心当たりがあるんだが…俺も確かではないからな。多分行けば分かると思う」
「…?」
そうして一度地下鉄を乗り換えオフィス街ひしめく駅で降り、そこから10分程歩いた古びたビルに着いた。そこにある小さな看板には良く見ると『ブラジリアンレストラン』と書いてあり、そこで開店を待っている客らしき人間は男性も数名いるが、ほとんどが女性である。その二つの光景に小次郎は思わずあんぐりと口を開け、土井垣に問いかける。
「…おい、俺はただライブってだけしか聞いてねぇぞ。何だよこの店と客層はよ」
小次郎の言葉に、土井垣は苦笑しながら説明する様に答える。
「…ああ、この店は普段はブラジル料理を出して、ラテン音楽を聴くレストランなんだ。でも安心してくれ。今日のライブの演奏者は唯一の例外で、邦楽のアーティストだからな。客層は…まあ俺も元々葉月に連れられて来たんだが、女性でも知る人ぞ知るで、男性は余程通でないと聴きに来ない人だし、最近はむしろゲストを聴きに来る女性ファンが多くてな。こんな感じなんだ」
「…つまり、百パー宮田の趣味って事か?」
呆れて小次郎が更に問いかけると、土井垣はふっと笑って言葉を返す。
「まあ…最初はそうだったが、今は俺もファンだ。お前も聴けばきっと気に入る」
「…俺、来なきゃ良かったかも知れねぇ…」
「まあそう言うな。料理も酒もうまいからそれだけでもいい所だぞ…ああ、そろそろ開店かな」
溜息をつく小次郎を宥める様に土井垣が声を掛けた所で、店らしき地下のドアが開き、階段を男性4人が階段の途中で待っている客に軽く挨拶しながら上ってくる。そして二人を見つけると、その中の一番小柄な男性が土井垣に声を掛けた。
「ちわっ…あれ?今日は彼女が一緒じゃないの?」
「ええ、彼女は今日用事ができてしまって…ピンチヒッターに彼女指名でこいつを連れてきました」
土井垣が小次郎を指すと、その男性は顔をパッと輝かせ、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「うわっ!彼女俺の言ってた事覚えててくれたんだ~!…あ、ごめん。俺飯行かなきゃいけないんで、また後で話そうぜ」
「ええ、また後で」
そう言うと先に進んでいる仲間を追いかける様に男性は去って行った。二人のやりとりが不思議に思え、小次郎は土井垣に問いかける。
「おい…随分と親しげだな。あれが今回の歌手だろ?」
「ああ。元々葉月が馴染みの客という事もあって親しくなっていて、俺も紹介されたからな。話すと長くなるから、店で酒を飲みがてら話そう」
そう言うと丁度開店になった店に二人は入って行った――