「あ、やっぱ一番乗りかぁ…」
 あたしは今日の仕事先を目の前に呟いた。今日の仕事先は家から電車一本、しかも駅から降りてすぐなのだから迷う事はまずないのだけれど、直行は不安だからといつも通り道に迷う分の時間を取っている辺りつくづく方向音痴が身にしみているなぁ…まあ遅れるよりは数倍マシよね。喉が渇いたし途中で買ったお茶でも飲みながら後は車が来るまで搬入口を捜しとくか…お茶を飲みながらふらふら周りを歩いていると今日のメンバーが少しづつ集まってくる。いつもの見慣れた面々にあたしは挨拶をした。
「おはようございます、横浜組は皆一緒ですね」
「うん、皆で来れば間違いないでしょ」
「そうですね」
「でも草柳さんが直行なんて珍しいじゃない」
「いえ、今日はあっちに行くより直行した方が楽だったんで」
「ああ、そういえばこの近所だったっけあなたのお家」
「はい。それにここなら迷い様がないですしね~」
「そうね~」
 あたしの方向音痴振りを分かっているので皆大笑いする。
「じゃあ今日のメンバーあと誰?技師は小沢さんと福井さんだって知ってるんだけど」
「えっとですね…後ドクターが石井先生で、計測に大野さん。うちの職員はリーダーに高岡さんとレントゲンで城崎さんですね」
「高岡さんが平日出るの珍しいわね…高島さんは?」
「日曜の代休です。で、初めての所だから取った自分が行くって高岡さんが」
「やっぱりここ取ったの高岡さんだったんだ。…球団の健診なんてこういとこには普通来ないわよねぇ。どこからこんな健診取って来るのかしら」
「高岡さんだけに四千年の謎ですあの人の営業ルートは…っと、おはようございます~福井さん」
「おはよ~今日は草柳さん来たんだ。じゃあ他の職員誰?」
「今聞いてたんだけど城崎・高岡だって」
「え~?その二人って事はリーダー高岡さんでしょ?相変わらず城崎さんレントゲンだろうから。大丈夫なの?」
 うわ、痛い所突いてくるな~…さすが長年うちで仕事してるだけあるわ福井さん…
「それ言わないで下さいよ。…でも城崎さん多分それ分かってるから私入れたんだと思いますよ。でなきゃ計測で大野さん雇ってますから、この規模なら私出る必要ないですもん」
「つまりあなたがフォロー役か…」
「いいえ、何かあった時の『説教係』です」
 この場合の『説教係』というのは説教を『する』んじゃなくて『される』係。それを分かっているこの方々はあたしを慰める様に肩を叩いた。
「相変わらず大変ねぇ草柳さん…」
「いいえ~ここは来たかったんでいいですよ、別に説教係でも」
 慰められるのも何か居心地が悪いし、あたし自身はここの仕事に来るのが楽しみだったからそれを素直に口に出すと、皆にっこり笑った。
「ならいいわ。じゃあ今日もがんばりましょ」
「はーい…あ、車来ましたよ」
 話しているうちにレントゲン車が到着して搬入口の前に止まり、中からセンター集合組のスタッフが降りてきた。
「おはようございます」
「おはよ、みな来てるかな」
「あ、はい。石井先生以外は来てますよ」
「そ、じゃ僕担当者に挨拶してくるから荷物出しといて」
「あ、は~い」
 うん、担当者に挨拶する様になっただけ高岡さんも成長はしてるのよね。入った頃はずかずか搬入しようとするのを何度止めた事か…って入職はあたしより後だったとはいえ上司にこんな感慨もってどうする自分!心で自分に突っ込みを入れていると、城崎さんが声を掛けてきた。
「とりあえず搬入の許可出るまでそこの隅に荷物置こうか。車定位置に止めたいし」
「そうですね。じゃあ皆さんお願いしま~す!」
 高岡さんが挨拶をしている間に残りのスタッフで荷物を降ろして、車に積んでいた白衣を着て待機する。戻って来た高岡さんから搬入のゴーサインが出ると、会場の場所を聞いていつもの様に手際よく荷物を運び込んだ。
「ここと、聴力は別室だから今案内するよ」
「高岡さん、今日の設営は?」
「いつもの通りでやってて」
「…」
 …出た、『いつもの通り』…ええ、大体は分かりますけどね…いつもって言ってもパターン三つくらいあるんですが…内心頭を抱えていると、技師の江藤さんが助け舟を出す様に声を掛けてくれた。
「草柳さん、どうする?いいわよ。あなたが決めちゃって」
「あ、ええと…じゃあ入口こっちですからここ受付にして時計回りで作りましょうか」
「OK、なら心電図にあそこもらっていい?」
「はい。後、今日の採血は血圧の次でお願いします。この部屋の使い方ならできますよね」
「了解」
「あ、そうだ小沢さん、机はどうですか?分からなかったんで一応ベッド持って来ましたけど」
「持ってきて正解。この机数が少ないのもそうだけど、ちょっとベッドには使えないわね」
「良かった~じゃあ後はお任せします」
 いつもながら皆さん尊敬。あんなアバウトな指示で全部設営できるんだから。まあ、私もそれに慣れちゃってるあたり駄目か…っと、とりあえず高岡さんこのまま設営終わるまで消えるだろうから診察と受付は作らないと。
「おはよう」
「おはようございま~す」
 診察の仕切りが作り終わった位で石井先生が入って来た。
「ステートはいつものところだね。白衣はもらったから…表示板と文房具は?」
「まだ出してないんで受付の荷物から持って行ってもらえますか?」
「了解。じゃあ診察の残りは僕がやりやすいように作るから草柳さんは他作っていいよ」
「はい、お願いします」
 さすが所長、状況良く分かってるな~。まあ、せっかちさんなせいもあるんだろうけど。大体周りが落ち着いた所で時計を見て、あたしは皆に声を掛けた。
「8時40分か…完了しました?」
「うん、いつでも大丈夫」
 全部中の設置が終了したのを確認すると同時に、高岡さんが戻ってきた。
「設営は?」
「終わりました。レントゲンはまだ行ってないんで分かりませんけど」
「オッケ。じゃ先にミーティングするよ」
 そう言うと高岡さんは今日の健診の説明と注意をして担当者とレントゲン車に開始の連絡に行った。ここまで来たら後は無事に終わらせるだけ。今日も無事に終わります様に、と心の中で祈りながらあたしは小さく溜息をついた。