どんな人達が今日は来るのかなぁ、とあたしは受診者様が来るのを待っていた。どういうルートから取ってきたかは知らないけれど、今日の相手はプロ野球球団の東京スーパースターズ、しかも球団職員だけじゃなくて選手込み。プロ野球はあんまり詳しくないから分からないけど、よくこういうジャンルの健診をうちみたいな小さな所が取れたとは思う。まあ面白そうだからいいか、なんて考えているうちにまず一人受診者様らしき人が入って来た。大柄で葉っぱをくわえたいかついお兄さん。しかもすごく古そうな学帽まで被っている。
「おはようございます」
「おっ?わいが一番乗りか。やっぱりスーパースターは一番でないとな~」
…自分を『スーパースター』って言うなんてある意味すごい人だな~…って事は選手かなこの人。その人は受付を済ませて身長体重を測ろうとした時、計測の大野さんに何やら喚き始めた。傍に行って様子を伺うと、どうやら頭の学帽を脱ぐ、脱がないで問答になっているみたいだ。
「ですから、帽子を脱いで頂かないと身長が測れませんので…」
「何言ってるんや、これは男・岩鬼の身体の一部じゃい!」
…ああ、名前を言われたらあたしでも分かる。へぇ、この人が岩鬼さんか。ホントに葉っぱくわえてるのね。…そう言えば岩鬼さんって帽子絶対に脱がないってどっかで聞いた事あるなぁ…だとすると問答するだけ無駄か。リーダーの高岡さんに言ってこのまま測ってもらう様に応対…って受付なのに消えてる…どこ行ったリーダー!…あたしは小さく溜息をつくと、「失礼致します」と言って大野さんを影に連れて行き小声で話しかける。
「…大野さん、いいからこのまま測っちゃって下さい」
「…でもそれじゃ計測にならないですよ」
「しょうがないです、岩鬼さんって帽子絶対に脱がないらしいですから。…今は他の方いないし、受診者様を怒らせるよりはましですし…やっていいです」
「…じゃあ特別ですよ」
「お願いします」
あたし達は元の位置に戻ると岩鬼さんに一礼して声を掛ける。
「お待たせして失礼致しました。このまま測らせて頂きます」
「なんや、はじめからそうすればいいんじゃい」
「申し訳ありません」
二人で謝ると、岩鬼さんは少し機嫌を直したのか、素直に計測を受け始めてくれた。最初からこうだと後が思いやられるなぁ…誘導も心してやらなきゃ。気合を小さく入れると徐々に受診者様が入って来る。…っと、岩鬼さんが心電図の前でうろうろしてる。さてあたしも仕事仕事。
「お待たせしました。こちらの名簿に受診番号とお名前を書きましたら、1番にお入り下さい」
「受診番号ってどれじゃい」
「はい、こちらの番号になります」
「これやな。それからサインを書かせるんか…わいのサインは高いで」
「そうですね。大切にしますので書いて頂けますか?」
「OKや。ここに書けばいいんやな」
「はい、お願いします」
良く分からないけど笑って話を合わせると、岩鬼さんは機嫌よく名前を書いて、心電図の中に入って行った。何だかこうやって受診者様が機嫌よく受けてくれるのを見ていると、やっぱり気持ちがいい。このまま皆が無事に楽しく受けてくれれば嬉しいな、と思いつつあたしは誘導を始めた。
「心電図を受けられる方、名簿にお名前と番号頂けますか。名簿の順番にお呼び致しますので…」
今日のスタッフはベテランが多いだけあって回転が早い。心電図も江藤さんだから早いけど、岩鬼さんの後は一気に来たせいか大分人がたまって来たし、誘導ミスらないようにしなくちゃ。とはいえ誘導は自然と全体の対応をする事もあって、あたしは誘導をする時の癖で面白いのも手伝って、受診者様全員を観察していた。そういう癖もあって個性的な人には慣れているけど、それでも今回は目立って個性的な面々が多い。何とはなしに見ていると、そのうちの一人を見て思わず吹き出しそうになった。見た目は周囲に比べて少し小柄(とは言っても平均より長身ではある)で顔は多少女顔かもしれないけど端正な美形。…なんだけど…前髪を束ねて頭の上で必死にゴムで留めてる姿は突っ込みどころがありすぎる。まあ大体の傾向で男性は身長を、女性は体重を気にするし、多分この人もそれを気にした涙ぐましい努力なんだろうけど…傍から見ると笑いを取っている様にしか見えないのが可哀相だなぁ…これがまた似合ってて可愛いから尚更。まああの程度の底上げだと潰されるのがオチなんだけどね。…ああ、案の定潰されてるわ。笑っちゃいけないけど笑える…笑いを必死にこらえつつ、あたしは誘導を続けた。
「国定様、1番にお入り下さい」
「はい」
「山岡様、2番が空きましたので2番にお入り下さい」
「こっちか」
「猿渡様、1番が空きましたので…」
「キッ」
…は?今猿の声が聞こえた様な気が…よく見ると1番の入口の前に猿…もとい、猿みたいな人が立っている。
「…ええと、猿渡様ですよね?」
「キッ」
「…どうぞお入り下さい」
「キ」
『キ』って…人間語しゃべってない。…でも人間よね?猿じゃないわよね?!一応人間用の健診なんですけどこれ!!
「あの~名簿書くんですよね」
「あ、はいっ!お願いしますっ!」
…いけないいけない。動揺しちゃダメ、どんと構えなきゃ。頭を振ってふと順番を待っている方の様子見に変えると…あ、やばげな方がいるわ。声掛けた方がよさそうね、あれは。青い顔で椅子に座っているその人にあたしはそれとなく近づいて声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
「…ああ、別に何ともない」
…いえ、その顔色からしてすでにやばそうなんですが…でも男の人って大方我慢するから、普通の対応って言えば普通か。でも危ないし、休ませる方向に持っていかなきゃ。
「もし気分が悪い様でしたら休む場所がありますけど」
「いや…気遣いはありがたいが本当に…」
きゃーっ!立たないでーっ!!…あ、やっぱり倒れた。…間一髪、潰される形でも支えてゆっくり横にできたのはあたしにしたら上出来だわ。ええと受診票でお名前確認して…
「…もしもし、土井垣様、土井垣将さん…大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ…」
「今ドクター呼びますからね」
「…ああ…」
…まあ、うわ言みたいだけど意識は何とかありそうね。…周りが騒いだのと、声を掛けるのと同時に手を振り回したので気付いてくれたのか、血圧を測っていた市川さんが血圧計を持って傍に来てくれた。さすがベテラン、こういう時心強い。
「大丈夫?草柳さん」
「私は平気です。すいませんけど石井先生呼んで…」
「来たよ。とりあえず診ようか」
…さすが健診畑ウン十年、呼ばなくてもあの騒ぎだけで来て下さるなんてお見事です。先生は手際よく診察を始めた。
「意識はどう?」
「とりあえず応答はしてますんで、落ちてはいますけどあるみたいです」
「血圧は?」
「85の…54ですね」
「かなり下がっちゃってるね。脈も少しゆっくりかな…でも呼吸は浅くても安定してるし、意識はある様なら多分貧血だろう。倒れた時頭打った?」
「いえ、何とか支えたんで頭は打ってないです」
「ならとりあえずの危険はないだろうし、様子見ながらしばらく休ませようか」
「はい…あ、すいません市川さん。奥に連れて行きたいんですけど私今動けそうにないんで、マット下ろしてもう一度来てくれませんか」
「ああ、それだとそうね。了解、ちょっと待ってて」
横にした時の体勢が悪かったせいで、今のあたしは膝枕状態。かと言ってここで下手に下ろしたら床に頭ぶつけちゃうかもだし…恥ずかしいけどこの体勢から持ち上げて運ぶのが一番危なくないかな…と考えていると、周りから茶化す様な声が聞こえて来る。
「監督~貧血なんて情けないですよ~」
…来たわ、この人達も不安だから茶化すんだろうけど、こういう外野がいるから我慢して倒れる人がいるのよね。倒れて大事故に繋がる事もあるの、頼むから静かにして外野!
「でもまあ役得なのかな?若い女の子に膝枕されて」
「いいな~俺も倒れたいな~」
ああ、もう我慢できない。私の中で最後の糸が切れた。
「おはようございます」
「おっ?わいが一番乗りか。やっぱりスーパースターは一番でないとな~」
…自分を『スーパースター』って言うなんてある意味すごい人だな~…って事は選手かなこの人。その人は受付を済ませて身長体重を測ろうとした時、計測の大野さんに何やら喚き始めた。傍に行って様子を伺うと、どうやら頭の学帽を脱ぐ、脱がないで問答になっているみたいだ。
「ですから、帽子を脱いで頂かないと身長が測れませんので…」
「何言ってるんや、これは男・岩鬼の身体の一部じゃい!」
…ああ、名前を言われたらあたしでも分かる。へぇ、この人が岩鬼さんか。ホントに葉っぱくわえてるのね。…そう言えば岩鬼さんって帽子絶対に脱がないってどっかで聞いた事あるなぁ…だとすると問答するだけ無駄か。リーダーの高岡さんに言ってこのまま測ってもらう様に応対…って受付なのに消えてる…どこ行ったリーダー!…あたしは小さく溜息をつくと、「失礼致します」と言って大野さんを影に連れて行き小声で話しかける。
「…大野さん、いいからこのまま測っちゃって下さい」
「…でもそれじゃ計測にならないですよ」
「しょうがないです、岩鬼さんって帽子絶対に脱がないらしいですから。…今は他の方いないし、受診者様を怒らせるよりはましですし…やっていいです」
「…じゃあ特別ですよ」
「お願いします」
あたし達は元の位置に戻ると岩鬼さんに一礼して声を掛ける。
「お待たせして失礼致しました。このまま測らせて頂きます」
「なんや、はじめからそうすればいいんじゃい」
「申し訳ありません」
二人で謝ると、岩鬼さんは少し機嫌を直したのか、素直に計測を受け始めてくれた。最初からこうだと後が思いやられるなぁ…誘導も心してやらなきゃ。気合を小さく入れると徐々に受診者様が入って来る。…っと、岩鬼さんが心電図の前でうろうろしてる。さてあたしも仕事仕事。
「お待たせしました。こちらの名簿に受診番号とお名前を書きましたら、1番にお入り下さい」
「受診番号ってどれじゃい」
「はい、こちらの番号になります」
「これやな。それからサインを書かせるんか…わいのサインは高いで」
「そうですね。大切にしますので書いて頂けますか?」
「OKや。ここに書けばいいんやな」
「はい、お願いします」
良く分からないけど笑って話を合わせると、岩鬼さんは機嫌よく名前を書いて、心電図の中に入って行った。何だかこうやって受診者様が機嫌よく受けてくれるのを見ていると、やっぱり気持ちがいい。このまま皆が無事に楽しく受けてくれれば嬉しいな、と思いつつあたしは誘導を始めた。
「心電図を受けられる方、名簿にお名前と番号頂けますか。名簿の順番にお呼び致しますので…」
今日のスタッフはベテランが多いだけあって回転が早い。心電図も江藤さんだから早いけど、岩鬼さんの後は一気に来たせいか大分人がたまって来たし、誘導ミスらないようにしなくちゃ。とはいえ誘導は自然と全体の対応をする事もあって、あたしは誘導をする時の癖で面白いのも手伝って、受診者様全員を観察していた。そういう癖もあって個性的な人には慣れているけど、それでも今回は目立って個性的な面々が多い。何とはなしに見ていると、そのうちの一人を見て思わず吹き出しそうになった。見た目は周囲に比べて少し小柄(とは言っても平均より長身ではある)で顔は多少女顔かもしれないけど端正な美形。…なんだけど…前髪を束ねて頭の上で必死にゴムで留めてる姿は突っ込みどころがありすぎる。まあ大体の傾向で男性は身長を、女性は体重を気にするし、多分この人もそれを気にした涙ぐましい努力なんだろうけど…傍から見ると笑いを取っている様にしか見えないのが可哀相だなぁ…これがまた似合ってて可愛いから尚更。まああの程度の底上げだと潰されるのがオチなんだけどね。…ああ、案の定潰されてるわ。笑っちゃいけないけど笑える…笑いを必死にこらえつつ、あたしは誘導を続けた。
「国定様、1番にお入り下さい」
「はい」
「山岡様、2番が空きましたので2番にお入り下さい」
「こっちか」
「猿渡様、1番が空きましたので…」
「キッ」
…は?今猿の声が聞こえた様な気が…よく見ると1番の入口の前に猿…もとい、猿みたいな人が立っている。
「…ええと、猿渡様ですよね?」
「キッ」
「…どうぞお入り下さい」
「キ」
『キ』って…人間語しゃべってない。…でも人間よね?猿じゃないわよね?!一応人間用の健診なんですけどこれ!!
「あの~名簿書くんですよね」
「あ、はいっ!お願いしますっ!」
…いけないいけない。動揺しちゃダメ、どんと構えなきゃ。頭を振ってふと順番を待っている方の様子見に変えると…あ、やばげな方がいるわ。声掛けた方がよさそうね、あれは。青い顔で椅子に座っているその人にあたしはそれとなく近づいて声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
「…ああ、別に何ともない」
…いえ、その顔色からしてすでにやばそうなんですが…でも男の人って大方我慢するから、普通の対応って言えば普通か。でも危ないし、休ませる方向に持っていかなきゃ。
「もし気分が悪い様でしたら休む場所がありますけど」
「いや…気遣いはありがたいが本当に…」
きゃーっ!立たないでーっ!!…あ、やっぱり倒れた。…間一髪、潰される形でも支えてゆっくり横にできたのはあたしにしたら上出来だわ。ええと受診票でお名前確認して…
「…もしもし、土井垣様、土井垣将さん…大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ…」
「今ドクター呼びますからね」
「…ああ…」
…まあ、うわ言みたいだけど意識は何とかありそうね。…周りが騒いだのと、声を掛けるのと同時に手を振り回したので気付いてくれたのか、血圧を測っていた市川さんが血圧計を持って傍に来てくれた。さすがベテラン、こういう時心強い。
「大丈夫?草柳さん」
「私は平気です。すいませんけど石井先生呼んで…」
「来たよ。とりあえず診ようか」
…さすが健診畑ウン十年、呼ばなくてもあの騒ぎだけで来て下さるなんてお見事です。先生は手際よく診察を始めた。
「意識はどう?」
「とりあえず応答はしてますんで、落ちてはいますけどあるみたいです」
「血圧は?」
「85の…54ですね」
「かなり下がっちゃってるね。脈も少しゆっくりかな…でも呼吸は浅くても安定してるし、意識はある様なら多分貧血だろう。倒れた時頭打った?」
「いえ、何とか支えたんで頭は打ってないです」
「ならとりあえずの危険はないだろうし、様子見ながらしばらく休ませようか」
「はい…あ、すいません市川さん。奥に連れて行きたいんですけど私今動けそうにないんで、マット下ろしてもう一度来てくれませんか」
「ああ、それだとそうね。了解、ちょっと待ってて」
横にした時の体勢が悪かったせいで、今のあたしは膝枕状態。かと言ってここで下手に下ろしたら床に頭ぶつけちゃうかもだし…恥ずかしいけどこの体勢から持ち上げて運ぶのが一番危なくないかな…と考えていると、周りから茶化す様な声が聞こえて来る。
「監督~貧血なんて情けないですよ~」
…来たわ、この人達も不安だから茶化すんだろうけど、こういう外野がいるから我慢して倒れる人がいるのよね。倒れて大事故に繋がる事もあるの、頼むから静かにして外野!
「でもまあ役得なのかな?若い女の子に膝枕されて」
「いいな~俺も倒れたいな~」
ああ、もう我慢できない。私の中で最後の糸が切れた。