そうしてしばらく武蔵坊や総師と話す内に夕刻となり、義経と若菜は彼の家に帰る。帰った途端二人は大勢の人間の大歓迎を受けた。
「いや~、めでたい!光坊が嫁っこば連れて帰って来ただか~!」
「いや~めごい娘っこだ~!」
「父さん、母さん…これは一体…?」
義経の問いに、義経の母は苦笑して説明する。
「昨日あなた道々で若菜さんの事を『俺の嫁だ』って言って来たんでしょう?それがもうご近所中に広がっちゃったの。で、お祝いだって言って皆若菜さんに会いに来ちゃったのよ」
「…そうだったのか」
義経は自分のした事を後悔したが、祝ってくれる近所の人達の気持ちは嬉しいので赤面しつつも受け入れる。若菜は訳が分からない様子で最初こそあたふたしていたが、段々と馴染んでいくと持ち前の舞台度胸で明るく、礼儀正しく近所の人達に挨拶していく。そうしてその後は義経と若菜を囲んでの宴会となり、若菜は酒を注いだり料理を運んだりと義経の母と甲斐甲斐しく働き、近所の人達はそうした彼女の人柄が気に入った様で、義経をからかいつつ暖かい雰囲気で祝いの言葉を述べていく。
「あのちっこかった光坊がもう嫁こばもらう歳になっだんだな~おらも老げる訳だぁ」
「若菜ちゃんと言っただか、失礼かもしんねえが、歳はいぐづだぁ?」
「はい…早生まれですが、その…31…に、なってしまいました」
「光坊と同じ学年っでごとかぁ!聞いどいて何だが、そんな歳を気にするでね。その多い歳の分、こんだけ下手に若いだけの娘っこよりしっかりしてるだからなぁ、こんな可愛くて気立ても良くてしっかりした娘っこ、光坊にはもっでぇねぇ!」
「あ、はあ…そうですか…褒めて頂いてありがとうございます」
「そいで、生まれはどごだぁ?」
「はい…小田原です」
「小田原ぁ!そりゃまた遠ぐから嫁いで来ただなぁ!」
「いや権爺さん、まだ彼女と俺はここに住むとは決まっていないし、第一今の俺は東京で仕事があるし、若菜さんも小田原で仕事を持っているから…」
「い~や、こんなめごくて気立てのいい娘っこだぁ、ここにおがねぇでどこにおぐだぁ!なあ、義経さんよぉ!」
「んだな、それがいい。…どうかな。冬は雪深くなるが、暮らしてみるといい所だよ、若菜さん」
「そうね。若菜さん、私もあなたが気に入っているのよ。光の事なんか放っておいて、ここに住まない?」
「え、ええと…」
「父さん、母さんまで、勝手な事言うなよ!」
「冗談よ。若菜さんも一人娘でご両親がいらっしゃるものね。でもいっその事、一家でこっちへ引っ越してくるって手もあるわ。考えておいてね、若菜さん」
「…はあ」
勝手な方向で無限に広がる計画に若菜は戸惑い、義経は頭を抱える。その内祝い歌なども披露され、若菜も覚えているどっこいの甚句を歌って客や義経の両親を喜ばせた。そうして賑々しいまま宴会は終わり、片付けをした後、ふと義経の母が若菜に問い掛ける。
「どうする?若菜さん。…今夜も客間で寝る?」
その言葉に若菜は義経の母の気遣いと心を感じ取り、想いのままに答えを出す。
「…光さんの部屋で」
「…そう」
義経の母は微笑むと、義経の部屋に布団を運び込んでくれた。彼も若菜の想いと決意を感じ取り、ずっと感じていた熱い想いが更に湧き上がって来る。そんな想いを抱いたまま風呂から出て部屋へ戻ると、先に風呂を使っていた彼女が寝支度を済ませて部屋にいた。静かに、清らかに部屋で彼を待っていた彼女を見詰めているうちに、熱い想いが段々と高まってくる。その思いのままに彼は彼女を抱き締め、その耳元に囁く。
「望んでいた事とはいえ…本当にいいんだろうか」
義経の言葉に、若菜は静かに応える。
「いいのか…悪いのか…私にも分かりません。でも…お互いにこうなる事を望んでいるのは…確かでしょう?」
「…そうだな」
「だからきっと…こうなるのが自然なんです。お互いを満たしあって、もっと…深く繋がりあうためにも」
「…若菜さん、それは…?」
義経の問いに、若菜は顔を赤らめながらもぽつり、ぽつりと答える。
「…あの別れ際のキスの時から…私の心の中に、満たされないものが生まれました。それはきっと…光さんとの恋が、自分の中で変化したからだと思います…きっと…愛という形に」
「若菜さん…」
若菜も自分と同じ気持ちだったのかと義経は喜びを感じると共に、自分の想いも伝えようと、途切れ途切れに囁く様に言葉を紡ぐ。
「俺も、若菜さんと同じだ…あの時から…満たされないものが生まれたんだ…それと同時に…何か熱いものが胸の中で渦巻いているんだ…きっと、これが俺の…若菜さんに対する…愛なんだな」
「光さん…」
若菜は一筋涙を零す。義経はそれを拭うとそっとキスをしてまた囁いた。
「泣かないでくれ。…俺達は同じ気持ちだってこれで分かったし…これから俺達は…どちらかが死ぬまで幸せになるんだから。涙なんか…いらないだろう?」
「…そう…そうよね」
若菜は義経の言葉に気を取り直した様に、ふわりと心からの微笑みを見せる。その微笑みに彼も微笑みかけるともう一度深くキスをして、彼女を抱き締める腕に力を込めた――
翌朝、満たされなかった部分が満ち、充実した感覚を覚えながら早朝に義経は目を覚ますと、自分の腕の中に若菜がいる事を確かめる。自分の腕の中で心地よさそうに眠っている彼女がやはり愛しくて髪をすいていると、やがて小さなあくびをして彼女が目を覚ます。
「…おはよう」
「…おはようございます」
「夢じゃ…ないんだな」
「そう…現実よ。何なら頬をつねってあげましょうか?」
「いや…いい。今感じている若菜さんの暖かさで…現実だって分かる」
「…」
義経の言葉に若菜は顔を赤らめて俯く。その顔を自分の方に向けさせキスをすると、彼は優しく言葉を掛ける。
「まだ朝早い。もう少し眠っていても大丈夫だ」
「でも…朝食の支度のお手伝いをしないと…」
「大丈夫だ。この部屋に入れた時点で母さんも今朝はそれは期待していないよ」
「…もう」
更に顔を赤らめて頬を膨らませる若菜が愛しくて、抱き締める腕に力を込め、その耳元に囁く。
「愛している…若菜さん」
「私も…愛しています。光さん」
二人は顔を見合わせて微笑み合う。しばらくそうして抱き合っていたが、やがて若菜が口を開く。
「やっぱり、朝食の支度のお手伝い…したいわ」
「大丈夫だって言ったろう?」
「違うの。今回だけじゃ無理なのは分かっているけど…早く光さんの家の味覚えたいから、なるべく沢山光さんの家のお料理に触れてみたいの。だって…全部同じにはできないけど、何にも知らないのと知っていてアレンジするのとじゃ、天と地の差でしょう?」
「…そうか」
「…そう」
「…ありがとう。みんなが言う通り、若菜さんは俺には過ぎた恋女房になりそうだな」
「…光さんたら」
二人はまた笑い合うと、若菜は義経の腕をすり抜け、身支度をして部屋を出て行く。義経も幸せに満ちた気分で身支度を済ませ、また台所を覗く。そこでは若菜と義経の母が和やかに笑い合いながら楽しそうに食事の支度をしていた。それを見て義経はふっと笑うと居間へと向かった。
朝食を済ませた後、二人は両親に挨拶をして義経の家を後にする。
「名残惜しいが…君はもうここの嫁だ。だからここもあなたの家だ。いつでも帰っておいで」
「はい、ありがとうございます。それから…これからどうかよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくね。ああそうだわ、今度来る時には若菜さんのお家の味を教えて頂戴。今回若菜さんのお料理を食べたら、とても私達の口に合うみたいだし。そうじゃなくても、こういうところはお互いに歩み寄らないとね」
「…母さん」
「…ありがとうございます。お母様」
義経の母の心遣いに義経も若菜も感謝の心を表す。義経の母は悪戯っぽく微笑むと続ける。
「オフに式を挙げるなら、本格的な式は小田原か東京でするのがいいわね。こっちだと雪が深くて若菜さんのご両親やお友達が大変だろうから。その代わり、雪解け頃か今位に、簡単でいいからこっちでもお披露目をする事。皆あの宴会位じゃ許してくれないわよ」
「…はい」
「…そうするよ」
義経の母の言葉に、二人は赤面する。それを見て両親は微笑ましげに笑うと、義経の父が優しい口調で声を掛ける。
「さあ、行きなさい。新しい…二人の生活が待っているだろう?」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「行って参ります。お義父様、お義母様」
二人は微笑んで両親に頭を下げると、踵を返して寄り添い合いながら帰途に付く。東京駅に着き、また離れ離れの生活が始まるが、二人はもうその生活に迷いを覚える事はなかった。後もう少し、時が来れば一緒に暮らす事ができる。それ以上にお互いの満たされない部分を満たし合い、お互いに離れていても繋がっている事を確かめられたから――
「いや~、めでたい!光坊が嫁っこば連れて帰って来ただか~!」
「いや~めごい娘っこだ~!」
「父さん、母さん…これは一体…?」
義経の問いに、義経の母は苦笑して説明する。
「昨日あなた道々で若菜さんの事を『俺の嫁だ』って言って来たんでしょう?それがもうご近所中に広がっちゃったの。で、お祝いだって言って皆若菜さんに会いに来ちゃったのよ」
「…そうだったのか」
義経は自分のした事を後悔したが、祝ってくれる近所の人達の気持ちは嬉しいので赤面しつつも受け入れる。若菜は訳が分からない様子で最初こそあたふたしていたが、段々と馴染んでいくと持ち前の舞台度胸で明るく、礼儀正しく近所の人達に挨拶していく。そうしてその後は義経と若菜を囲んでの宴会となり、若菜は酒を注いだり料理を運んだりと義経の母と甲斐甲斐しく働き、近所の人達はそうした彼女の人柄が気に入った様で、義経をからかいつつ暖かい雰囲気で祝いの言葉を述べていく。
「あのちっこかった光坊がもう嫁こばもらう歳になっだんだな~おらも老げる訳だぁ」
「若菜ちゃんと言っただか、失礼かもしんねえが、歳はいぐづだぁ?」
「はい…早生まれですが、その…31…に、なってしまいました」
「光坊と同じ学年っでごとかぁ!聞いどいて何だが、そんな歳を気にするでね。その多い歳の分、こんだけ下手に若いだけの娘っこよりしっかりしてるだからなぁ、こんな可愛くて気立ても良くてしっかりした娘っこ、光坊にはもっでぇねぇ!」
「あ、はあ…そうですか…褒めて頂いてありがとうございます」
「そいで、生まれはどごだぁ?」
「はい…小田原です」
「小田原ぁ!そりゃまた遠ぐから嫁いで来ただなぁ!」
「いや権爺さん、まだ彼女と俺はここに住むとは決まっていないし、第一今の俺は東京で仕事があるし、若菜さんも小田原で仕事を持っているから…」
「い~や、こんなめごくて気立てのいい娘っこだぁ、ここにおがねぇでどこにおぐだぁ!なあ、義経さんよぉ!」
「んだな、それがいい。…どうかな。冬は雪深くなるが、暮らしてみるといい所だよ、若菜さん」
「そうね。若菜さん、私もあなたが気に入っているのよ。光の事なんか放っておいて、ここに住まない?」
「え、ええと…」
「父さん、母さんまで、勝手な事言うなよ!」
「冗談よ。若菜さんも一人娘でご両親がいらっしゃるものね。でもいっその事、一家でこっちへ引っ越してくるって手もあるわ。考えておいてね、若菜さん」
「…はあ」
勝手な方向で無限に広がる計画に若菜は戸惑い、義経は頭を抱える。その内祝い歌なども披露され、若菜も覚えているどっこいの甚句を歌って客や義経の両親を喜ばせた。そうして賑々しいまま宴会は終わり、片付けをした後、ふと義経の母が若菜に問い掛ける。
「どうする?若菜さん。…今夜も客間で寝る?」
その言葉に若菜は義経の母の気遣いと心を感じ取り、想いのままに答えを出す。
「…光さんの部屋で」
「…そう」
義経の母は微笑むと、義経の部屋に布団を運び込んでくれた。彼も若菜の想いと決意を感じ取り、ずっと感じていた熱い想いが更に湧き上がって来る。そんな想いを抱いたまま風呂から出て部屋へ戻ると、先に風呂を使っていた彼女が寝支度を済ませて部屋にいた。静かに、清らかに部屋で彼を待っていた彼女を見詰めているうちに、熱い想いが段々と高まってくる。その思いのままに彼は彼女を抱き締め、その耳元に囁く。
「望んでいた事とはいえ…本当にいいんだろうか」
義経の言葉に、若菜は静かに応える。
「いいのか…悪いのか…私にも分かりません。でも…お互いにこうなる事を望んでいるのは…確かでしょう?」
「…そうだな」
「だからきっと…こうなるのが自然なんです。お互いを満たしあって、もっと…深く繋がりあうためにも」
「…若菜さん、それは…?」
義経の問いに、若菜は顔を赤らめながらもぽつり、ぽつりと答える。
「…あの別れ際のキスの時から…私の心の中に、満たされないものが生まれました。それはきっと…光さんとの恋が、自分の中で変化したからだと思います…きっと…愛という形に」
「若菜さん…」
若菜も自分と同じ気持ちだったのかと義経は喜びを感じると共に、自分の想いも伝えようと、途切れ途切れに囁く様に言葉を紡ぐ。
「俺も、若菜さんと同じだ…あの時から…満たされないものが生まれたんだ…それと同時に…何か熱いものが胸の中で渦巻いているんだ…きっと、これが俺の…若菜さんに対する…愛なんだな」
「光さん…」
若菜は一筋涙を零す。義経はそれを拭うとそっとキスをしてまた囁いた。
「泣かないでくれ。…俺達は同じ気持ちだってこれで分かったし…これから俺達は…どちらかが死ぬまで幸せになるんだから。涙なんか…いらないだろう?」
「…そう…そうよね」
若菜は義経の言葉に気を取り直した様に、ふわりと心からの微笑みを見せる。その微笑みに彼も微笑みかけるともう一度深くキスをして、彼女を抱き締める腕に力を込めた――
翌朝、満たされなかった部分が満ち、充実した感覚を覚えながら早朝に義経は目を覚ますと、自分の腕の中に若菜がいる事を確かめる。自分の腕の中で心地よさそうに眠っている彼女がやはり愛しくて髪をすいていると、やがて小さなあくびをして彼女が目を覚ます。
「…おはよう」
「…おはようございます」
「夢じゃ…ないんだな」
「そう…現実よ。何なら頬をつねってあげましょうか?」
「いや…いい。今感じている若菜さんの暖かさで…現実だって分かる」
「…」
義経の言葉に若菜は顔を赤らめて俯く。その顔を自分の方に向けさせキスをすると、彼は優しく言葉を掛ける。
「まだ朝早い。もう少し眠っていても大丈夫だ」
「でも…朝食の支度のお手伝いをしないと…」
「大丈夫だ。この部屋に入れた時点で母さんも今朝はそれは期待していないよ」
「…もう」
更に顔を赤らめて頬を膨らませる若菜が愛しくて、抱き締める腕に力を込め、その耳元に囁く。
「愛している…若菜さん」
「私も…愛しています。光さん」
二人は顔を見合わせて微笑み合う。しばらくそうして抱き合っていたが、やがて若菜が口を開く。
「やっぱり、朝食の支度のお手伝い…したいわ」
「大丈夫だって言ったろう?」
「違うの。今回だけじゃ無理なのは分かっているけど…早く光さんの家の味覚えたいから、なるべく沢山光さんの家のお料理に触れてみたいの。だって…全部同じにはできないけど、何にも知らないのと知っていてアレンジするのとじゃ、天と地の差でしょう?」
「…そうか」
「…そう」
「…ありがとう。みんなが言う通り、若菜さんは俺には過ぎた恋女房になりそうだな」
「…光さんたら」
二人はまた笑い合うと、若菜は義経の腕をすり抜け、身支度をして部屋を出て行く。義経も幸せに満ちた気分で身支度を済ませ、また台所を覗く。そこでは若菜と義経の母が和やかに笑い合いながら楽しそうに食事の支度をしていた。それを見て義経はふっと笑うと居間へと向かった。
朝食を済ませた後、二人は両親に挨拶をして義経の家を後にする。
「名残惜しいが…君はもうここの嫁だ。だからここもあなたの家だ。いつでも帰っておいで」
「はい、ありがとうございます。それから…これからどうかよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくね。ああそうだわ、今度来る時には若菜さんのお家の味を教えて頂戴。今回若菜さんのお料理を食べたら、とても私達の口に合うみたいだし。そうじゃなくても、こういうところはお互いに歩み寄らないとね」
「…母さん」
「…ありがとうございます。お母様」
義経の母の心遣いに義経も若菜も感謝の心を表す。義経の母は悪戯っぽく微笑むと続ける。
「オフに式を挙げるなら、本格的な式は小田原か東京でするのがいいわね。こっちだと雪が深くて若菜さんのご両親やお友達が大変だろうから。その代わり、雪解け頃か今位に、簡単でいいからこっちでもお披露目をする事。皆あの宴会位じゃ許してくれないわよ」
「…はい」
「…そうするよ」
義経の母の言葉に、二人は赤面する。それを見て両親は微笑ましげに笑うと、義経の父が優しい口調で声を掛ける。
「さあ、行きなさい。新しい…二人の生活が待っているだろう?」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「行って参ります。お義父様、お義母様」
二人は微笑んで両親に頭を下げると、踵を返して寄り添い合いながら帰途に付く。東京駅に着き、また離れ離れの生活が始まるが、二人はもうその生活に迷いを覚える事はなかった。後もう少し、時が来れば一緒に暮らす事ができる。それ以上にお互いの満たされない部分を満たし合い、お互いに離れていても繋がっている事を確かめられたから――