「アイアンドッグス不知火、今日も完封勝利で終わりましたー!」
不知火は熱狂的なファンの声援に包まれつつも淡々とヒーローインタビューを受け、着替えてミーティングを済ませるとすっと挨拶もせずにロッカールームを出ていく。その様子をチームメイト達は複雑な表情で見送る。
「不知火さん、また『シーズン』が来ましたね」
「毎年この季節になると、妙に近寄りがたい不機嫌…というより哀しげな雰囲気を出してますわよね」
「土井垣はんにちらっと聞いたんやけど、あいつがプロ入りした時にはもうああで、一定期間経たへんと、誰が何やってもあの雰囲気は変わらんかったそうやで」
「何か訳があるんだろうが…その訳すら聞いてはいけない雰囲気だよな」
「まあ実害がないからいいですけど、見ていてちょっと寂しいですよね」
「俺達で力になれたらいいんだがな…見守るしかないっていうのは結構歯がゆいぜ」
チームメイト達が静かにそうして彼を見守る中、一人土門は誰かに連絡を取っていた――
「…この香り…また…一年過ぎたんだな」
街の中からほのかに香ってくる金木犀の香りを感じながら、不知火はある男を思い出していた。彼の歳は遠い昔にすでに追い越してしまい、もうすぐその人生の倍を生きようとする自分に、彼はある種の哀しみを感じていた。その男はキャッチャーだったが、ただ一球も自分の球を受けてもらった事はない。しかし球など受けてもらわずとも、誰よりも最高のバッテリーを組んだ男だと自負している。そして誰より野球人として生きたかったであろう…しかし秋のわずかなひと時香るとすっとその香りとともに散ってしまうこの金木犀の様に、病で短い命を散らさねばならなかった男――この香りがする度に彼はその出会いを思い出し、あの時まで時間を戻し、そのまま止めてしまいたくなり、そうできない事が分かっていてそう考える自分に自嘲していた。
『分かってるんですよ、無理だって事位…でも…』