「何だって!?神奈川の高校に進学する!?」
 不知火の言葉に驚いた進路担当の教師に彼は静かに答える。
「はい、俺の希望を叶えるには神奈川の高校に行くのが最善なんです。何か問題があるんでしょうか」
 不知火の言葉に、教師は困惑した口調でその答えを口にしていく。
「いや…神奈川以外だったら、君の成績ならどの高校も、越境入学だって楽勝だ。しかし…神奈川は県立高校に入る場合、独自の神奈川方式で県内のみが中二の時に行う、ア・テストの成績が何割か加味されるんだ。つまり県立高校へは県外の人間が入学するのは事実上無理なんだよ。かといってこう言っては悪いが、君のところは父子家庭だろう。私立高校の学費負担は厳しいぞ。場所、奨学金、特待生あるいは授業料免除制度、そういったものを加味して選ぶと相当範囲は狭まる。君の希望が100%叶えられる、とは正直保証できない」
「そうですか…ではとりあえず目標でいいですから…今言う高校の中で俺が入れそうな高校があるか調べてもらえませんか」
 そうして不知火は何校かの高校名を口にする。教師は頷いて応える。
「…うん、全部私立高だな。調べてみよう。不知火、君自身も入りたい高校を更に絞って調べてみてくれ」
「はい」

「…そうか、神奈川の私立高校か…それ程に山田太郎君は魅力的か」
「ああ。バッテリーを組むにしろ、投手対打者として対抗するにしろ、山田の方は家業の畳屋を継ぐって未だに言ってる位だから、神奈川から出るつもりは無いと思う。だとすると確実な線を確保するには俺が出向くしかないんだ。父さんにはこの目に足して金銭的な苦労をかける事になるけど…許してくれないかな」
 不知火は、父が自分の目を治すために角膜移植の資金をため、更に移植までにこれ以上悪化しない様に様々な治療を金銭に糸目をつけずしている事を知っているので、申し訳ない気持ちとともに自分の決意を口にする。不知火の父は静かに不知火が入れたお茶を口にすると、ふっと笑って応えた。
「…馬鹿野郎、親子の間に遠慮がいるか。うちは確かに親子二人だが、運がいい事に給料は割合いい仕事の上持ち家だ。生活費もそれほど掛かってない。それにな…母さんの事を思い出させたくないから黙っていたが、母さんが何かの時にとお前のために自分に生命保険を掛けていたんだ。お前の目の治療のために取っておいたが、こうなったとすると今がそれを使う時なんだろう。それを崩せばお前を大学まで行かせるくらいの資金はできる。だから金の事は気にするな。自分が行きたい所へ行け。その代わり約束しろ。野球と勉強に全力を尽くして、悔いのない学校生活にするんだ。きっと生きていたら…母さんもそう言うと思う」
 父と今は亡き母の想いを受け取り、不知火は胸が一杯になりながらも感謝と決意を述べる。
「父さん…ありがとう。約束する。勉強もちろんだけど、何より野球に全力を尽くして…甲子園に絶対父さんを…いや、母さんも一緒に連れていくよ」
「ああ、楽しみにしてるぞ」
 そう言って二人は笑った――

 そうして翌日から不知火は教師と一緒に選別し、いくつか目星をつけた高校を見学して回る。どの高校も確かに野球の実力はあるが、今一つ心に響くこれという決定打がない。しかも山田は未だに畳屋を継ぐと言っている――舞台は整い、後は役者を揃えるだけなのにその役者が決まらない様な状況をもどかしく思いながら彼は日々を過ごしていた――