そして盛会のうちに飲み会は終わり、三太郎と弥生、葉月と土井垣はそれぞれチームメイトにからかわれながらもその場で別れ、葉月は荷物をコインロッカーから引き取ると翌日に日曜の振り替え休日取得を引き延ばして入れていたので事前に話し合っていた通り土井垣のマンションへ向かう。その道すがら、交流イベントの心遣いや飲み会の会話で多少は心が和んだものの、やはり今日の事は嫉妬があったので、土井垣は葉月に咎める様に言葉を掛ける。
「ドクターへの心遣いはいい事だし、光の事については感謝する。しかし…御館さんと来たのは、正直腹が立ったんだぞ。あの人のお前に対する気持ちはもうお前はよく分かってるだろう」
「うん、ごめんなさい…でもね。柊はその気持ち全部押し込めてあたしに付き合ってくれたの…あたしが将さんに…この浴衣姿見せたいって思ってたのを一番分かってたのは…誰でもない柊だったから」
「それはどういう事だ」
「ただ普通の浴衣デーってだけだったら、あたしはさっき言った高校時代に縫った手持ちの柄は一見華やかだけどあんまりいい品じゃない浴衣着てきたかもしれない。でもね…今日はあたしの誕生日。それだけじゃないわ。将さんには…一番あたしが綺麗になる姿…見せたかったの。それ柊痛い位分かってたから…全部気持ち押し込めて乗ってくれたの。で、帯とかもおばあちゃまと話し合って一番浴衣に似合っていいものをっておばあちゃまの持ってる帯から本気で選んでくれて…で、あたしだけいいものじゃ悪い意味で浮いちゃうからってネット通販で適当に仕立てた普段用のも持ってるのに、わざわざ自分も背が普通より高いからそれに見合ったしっかりしたいいものが欲しいって、おばあちゃまに頼んで宇都宮さんで特別に仕立ててもらった柊専用のここ一番に着る一番いい浴衣着てくれて…将さんに一番綺麗なあたしを見せられる様に…あたしをいい意味で引き立たせてくれたの」
「…」
 土井垣は柊司にはここがどうしても敵わない。柊司は自分の様な嫉妬があってもそれを乗り越えて、たとえどんなに自分が苦しくなっても葉月のためとなると何でも厭わずできてしまう。そこにある種の嫉妬と羨望を感じて沈黙した土井垣をしばらく葉月は見詰めていたが、やがて静かに口を開く。
「でもそれで将さんを傷つけちゃったのよね…ごめんなさい…でも…ねぇ…この浴衣…似合う?光さんじゃないけど…可愛い?」
 葉月の言葉に隠された自分への想いと不安を感じとり、土井垣は彼女を引き寄せて抱き締めると、悪戯っぽく囁く様に言葉を紡ぐ。
「いや…お前の場合は…可愛いじゃなくて…凛として美しい。それにあいつらも言っていた通り…その中に…何とも言えない色気がある」
「…将さん」
 土井垣の言葉に込められた愛を受け取って、葉月はほんの少し涙ぐみながらも嬉しそうに微笑む。その彼女の微笑を見て土井垣はその涙を指で拭うと彼女に軽く啄む様なキスをして意地悪っぽくその耳元に囁く。
「それで…まあ御館さんと来たとしても…その後はこうして俺の所に来たという事は…その浴衣を脱がせる権利は俺にある…という訳だな」
「…!」
 土井垣の意地悪な囁きに葉月は顔を真っ赤にして俯いたが、しばらくして黙ったままこくりと頷く。
「じゃあ…これからの時間は俺だけのお前だ。着替えはうちにもあるからいいな。それから…誕生日プレゼントは何を買うかで迷ってまだ買っていないから…今決めた。その浴衣に一番似合う簪でも何でもいいから…髪飾りを買おう…一緒に」
「…うん」
「…でもとりあえず今夜のお前は…俺が独占する」
「…ん…でもね」
「でも?」
「あたしのこの浴衣の下…襦袢と裾除けだけじゃなくて着物用の色気がないブラと体型補正でタオル巻いてるの…そんな色気がない姿見て…将さん…嫌にならないかしら」
 葉月の恥ずかしそうな呟きに、土井垣はふっと笑うとまた優しく抱き寄せ、耳元に囁く。
「ならないさ。俺のためにそこまでしてくれたお前の気持ちが…逆に嬉しいし…何より愛しい」
「…そう?」
「…ああ」
「…そう」
 そう言って嬉しそうに土井垣に身体を預ける葉月に、彼は更に嬉しそうな、でも同時に今日の意趣返しの様に意地悪っぽい口調で更にその耳元に囁く。
「凛として美しいお前がその浴衣一枚脱いだだけで…俺だけのためにそんな事を心配する程可愛らしくなるのか…何とも色気があって…愛おしい。やっぱりお前は俺だけの愛おしい『織姫』だ」
 そう言うと土井垣は葉月の唇を塞ぐ。それから後の事を言うのは野暮でしょう――