「びっくりしたわよ~。健診手伝ってたらボンちゃん…おっと、ボンベ先生がここに来いって言うから来てみたら、あなたが点滴打たれて寝てるんだもの。…まあ、ジェイド君がここに運ばれて来たって聞いてたから、幼馴染だって言うあなたも来るかもとは思ったけど、まさか患者として会うなんてね」
 処置室のベッドに寝ているマノンに彼女が看護師に渡した名刺の主――美山絵里香は、周囲に迷惑にならない様に小さな声ではあるが、明るく声を掛ける。
「すいません…ご迷惑をおかけして」
「いいのよ。あなたはあたしの友人で、今はうちの下宿人でしょ?そんな事は気にしないの。むしろ丁度良かったわ、あたしが来てる時で。いつもいる診療所から駆けつける手間が省けたしね。…でもそういえばこの場合、健康保険とかはどうなるのかしらね?」
「そうですね…」
 マノンに気を遣わせない様に明るく言い続ける絵里香の気遣いに、マノンはまだめまいがするため目の焦点は合わないが、精一杯の力で微笑んだ。微笑むマノンに絵里香はそっと口を開く。
「めまいは疲れから来たみたいだって先生が言うから、とりあえずここで寝かせといてもらうように頼んどいたわ…で?ジェイド君には会えたの?」
「はい…話す事もできました」
「そう、良かったわね」
 絵里香は心から祝福の言葉を掛けた。そしてふと気付いた様に続ける。
「で?言ったの?…今度こっち…って言っても東京だけど…に留学するって話」
「いえ…それは言いませんでした」
「何だ、言えば良かったのに。最近ジェイド君って日本にいる事多いみたいだから、言えば会う機会もできたんじゃないの?」
 絵里香の言葉にマノンは寂しげに首を振る。
「言ったところでジェイドは超人としての使命で精一杯ですもの…私と会うなんて考えもしませんよ。それに、私とジェイドはただ幼馴染ってだけで恋人でも何でもないんですから…」
 マノンの言葉に絵里香はじれったそうに声を出す。
「まったく、可愛いわよあなた。こんな純真な時期があたしにもあったかしら?…好きなんでしょ?ジェイド君の事」
絵里香の問いにマノンは少し考え込むと口を開く。
「…分かりません。…でも、ジェイドが頑張っていると私も頑張ろうとは思います…」
「そう…」
 絵里香はマノンの言葉に微笑ましさを感じ、にっこりと微笑んだ。
「…じゃ、あたしは仕事に戻るから、ゆっくり眠ってなさい。仕事が終わったら迎えに来るわ。その時一晩入院になるかどうかも分かると思うし」
「はい」
 絵里香は処置室から出て行った。マノンはまとまらない頭ではあったが、ゆっくりとジェイドに思いを馳せる。


――そう…ジェイドが頑張ってると、あたしも頑張らなくちゃっていつも思った――

 師匠の厳しい訓練に負けず頑張っている幼馴染の姿を見ていると、自分も何故か頑張らなくてはという思いに駆られてきた。そしてそれは『ブロッケン一族の執事』の使命とは別の意識で、幼馴染の役に立てる様な人間になりたい、という気持ちにいつしか変わっていっていた事も確かである。
「エリカさんはあたしがジェイドの事を好きなんだと思ってるみたいだけど…そうなのかな…」
 考えてみようとするが、考えている内に分からなくなってくる。しかも今はめまいのせいで頭が正常に働かない。しばらく考えようと努力はしてみたが、今の頭ではまとまらない事に気付き、考えるのを諦めた。


――今は取り合えず考えるのを止めよう。答えはゆっくり出せばいいんだ――

 マノンはゆっくりと目を閉じる。ジェイドが新しい日々を歩むのと同じ様に、自分も新しい道に入っていくのだ。たとえこれが恋だったとしても思いを届かせるにはまだ早い気がする。これからの日々で自分もジェイドも何かを得るだろう、恋に変わるのだったらきっとその時。何故だろう、そんな気がする――マノンはそんな思いを感じながら、ゆっくりと深い眠りに入っていった。