2009年、スーパースターズは何と山田の故障により、土井垣が捕手復帰という緊急事態となり、マスコミもスターズも上を下への大騒ぎとなっていた。土井垣は里中から山田の怪我の事をそれとなく聞いていたため、自主トレの時から基本的な捕手復帰の練習はしてきてはいたが、ここで本格的に捕手復帰が現実化したという事で、開幕までに万全な状態に仕上げたいと練習を第一に置き、恋人である葉月にも連絡は一切しないと告げ、ただひたすらに練習に没頭する日を送っていた。葉月は土井垣から連絡を絶つことを告げられた時、ただ一言『身体に気をつけて、それから帰って来たらその時精一杯将さんをいたわれる様に準備してるから』と彼に返し、不満を言わず、帰りを待つ日々を送っていた。のだが――
「…で、何で俺んとこに料理習いに来るんだよ。文んとこでいいだろ」
ここは葉月の幼馴染である柊司のマンション。柊司はじゃがいもの皮をむきながらぶすっとした口調で言葉を紡ぐ。葉月は横で玉ねぎを切りながらばつが悪そうに言葉を返す。
「だって、将さん柊の料理を一番『おいしい』って言うんだもん。キャンプから疲れて帰ってきたら、一番口に合う料理を作ってあげたいの」
「…」
柊司は複雑な表情で葉月を見詰めると、呟く様に言葉を紡いだ。
「…ったく、難儀な男だぜ。惚れた女より恋敵の料理の方が口に合うってか…」
「どしたの?柊」
「あ?…いや、何でもねぇよ。それよりな、こうやって気軽にホイホイ男のマンションに上がり込むなよ。お前が料理習いに頻繁にここに来る様になって、俺がここの暇な奥様連中から陰で何て言われてるか知ってるか?『御館さんったら、全然女っ気ないからホモかと思ってたけど、通い妻ができたって事はノーマルだったのね』…お前の事、変な誤解されちまってるんだよ」
柊司のぶすっとした言葉に、葉月は心底申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「あ…ごめん…柊だからつい遠慮してなくって。…ここに来るのも控えてる柊の彼女に申し訳ないね」
葉月の言葉に、柊司は顔を掻くと、ぶすっとした態度のまま言葉を返す。
「悪かったな、俺にそういう女はいねぇよ。…じゃなくって!俺は何言われてもかまわねぇの。俺が心配してんのはお前の方だ。土井垣に今の話ばれたらどう思われる?俺とお前の仲だって、誤解される可能性大だぞ?たとえ俺だとしても、浮気してると思われたらお前だってやだろうが」
「まあ…そうだけどさ…」
葉月はふっと寂しげな表情になってふと呟いた。
「柊のとこにいると…不思議と寂しいのが我慢できるんだもん…」
「葉月…」
葉月の呟きに気づいた柊司はふっと優しい表情になって言葉を掛ける。
「まあ、いいさね。…さあ、あんまり喧嘩して作るとまずくなる。飯をうまくする一番の調味料は、飯食った奴まで伝染する様な楽しい気分なんだからな。ぐだぐだ考えないで楽しく作るぜ?」
「…うん」
柊司の言葉に葉月は複雑な微笑みを返す。それを見て彼は彼女を宥める様ににっと笑い、材料を彼女と一緒に切ると圧力鍋に入れた――
「…ってな訳で、今晩の飯はポトフな。これならあっさりしてるからキャンプから帰って来ての疲れた胃にもいいだろうよ。…ほら、食ってみろ」
夕食の配膳も終わり、テーブルに向かい合って座った柊司の言葉に、葉月はにっこりと笑顔を返して皿に盛り付けたポトフに口をつけると、目を輝かせて感嘆の声を上げる。
「うん、いただきま~す…あ、おいしい~!…うん、塊肉も脂が丁度良く落ちてるし、これなら胃にも優しそう」
「そうか。良かったぜ。それからな、味を変えたかったら最初の味付けの塩を少なくして、圧力掛けて煮込んだら仕上げに少なくした塩の分しょうゆ入れると和風になるし、肉を鶏肉とか豆にして煮込むのをトマトスープにすりゃ、それもまたうまいぜ」
「へぇ…ポトフの作り方だけでも色々できるんだね」
「ああ、確かに組み合わせはお好みで…って感じだな。まっ、お前だって『にんたまじゃがにく』のネタは知ってるだろ?あっちは材料でこっちは作り方だが、考え方の基本はおんなじだぜ」
「あ、そっか。そういうことか」
「そうだ。…でもお前が圧力鍋使えて助かったぜ。…よし、今度圧力鍋料理のいい本買ってやるからな。料理の幅が広がるぜ~?圧力鍋は」
「いいのかな…でもうん、ありがと。でも柊、本当に料理うまいよね。羨ましいな」
葉月の心底羨ましそうな言葉に、柊司はさらりと言葉を返す。
「…ま、一人もんが外食飽きて毎日うまいもん食いたくなったら、誰か作ってくれる奴探さねぇ限りは、自力で作るしかねぇじゃねぇか」
「だったら誰かお嫁さんもらえば良かったんじゃない?柊だったらそうやって作ってくれる人、より取り見取りだったんじゃないの?昔から物凄くもててたじゃん」
葉月の素朴な言葉に、柊司は少し赤面しながら、ぼそりと呟く。
「残念だが、他人の味で俺の繊細な舌に合うやつは全然いねぇの。…お前以外はな」
「どういう事?」
柊司の言葉の意味が分からず問い返す葉月に、彼は自分の本当の心を隠しながら、わざとぶっきらぼうな言葉を返す。
「だから…その…な、葉月は本当に料理上手だって事だよ。…ったく、お前の料理が口に合わねぇって、どれだけ難儀な男だよ。土井垣はよ」
「口に合わないっては言ってないよ。ただあたしの料理と柊の料理を食べ比べると、柊の料理の方がおいしいって言ってるだけだよ」
葉月の言葉に、柊司は呆れる様に返す。
「だからそれが難儀だっての。お前もそれに合わせてばっかりじゃなくって、たまには文句の一つも言ってやれ。婚約者の料理だろ?結婚したら一生食ってく料理をそんな風に比べる男は最低だぞ?怒るのに充分な理由だぜ」
「でも…」
しゅんとした表情を見せた葉月を宥める様に、柊司はテーブル越しに頭を撫でると、優しく笑って更に言葉を重ねる。
「分かってるよ。お前は土井垣に惚れ抜いてるから、なるべく合わせてやりてぇし、我儘言ったり怒ったりして困らせるのが嫌なんだろ?だったらその分俺には当たっていいから、ここで好きなだけ愚痴言ったりヒステリー起こせばいいさね」
「…ううん、大丈夫…あたしは今充分幸せだし、山田さんが怪我なのは心配だけど、将さんがキャッチャーに戻れて、一生懸命頑張ってるのは本当に嬉しいし、そのサポートを将さんが望んでくれて、独占できるんだもん。何にも愚痴言う事なん…か…あれ?」
不意に葉月の目から涙が零れ落ちる。彼女は慌てて涙を止めようと何度も手の甲で拭うが、涙は止まらない。葉月は泣きながらも彼に心配をかけない様に、場を何とか笑いに持って行こうと精一杯おどける。
「あ…あはは…今頃になって玉ねぎが目にしみてきたかな~?…あは…あたしは大丈夫だ…か…」
精一杯おどける葉月を柊司はしばらく見詰めていたが、やがてすっと立ち上がると背中から椅子越しに抱き締める。彼の行動に驚く彼女を宥める様に彼はそのまま囁きかけた。
「柊?…え?…どしたの…?」
「無理すんな。愚痴言いたきゃ言いたいだけ言って、泣きたきゃ存分に泣け。…俺が全部受け止めてやっから」
「でも…」
「いいんだ…お前が無理してんのを、俺は見たくねぇんだ。…その代わり、思いっきり泣いたら…後は笑えよ?…分かったな」
「…柊…うん、ごめんね…甘えちゃうね……ほんとは…将さんから連絡来ないの…寂しいの。…でも…将さんはこれが仕事だから…我儘言っちゃダメだって…ふぇ…」
葉月はしゃくりあげ始めると、子どもの様に泣きじゃくる。泣きじゃくる彼女を、柊司はただ静かに抱き締めていた。やがて泣き疲れたのか葉月は泣きやむと、手の甲で涙をもう一度拭って柊司に無理はあったがにっこりと笑いかけると、泣き疲れてかすれた小さな声で言葉を紡ぐ。
「ごめんね、甘えちゃって。…こんなじゃプロ野球選手の奥さんなんて、やってられないよね…もっと…強くならなきゃ…」
そう言って寂しそうに笑う葉月に、柊司は励ます様に、しかし少し怒った口調で言葉を掛ける。
「いいや…お前は強いよ。土井垣が薄情なだけだ」
「柊、将さんの事そんな風に言っちゃ…」
止めようとする葉月の言葉も聞かずに、柊司は怒った口調で言葉を紡いでいく。
「いいや、言わせてもらう。一生懸命寂しいのを我慢して、あいつを精一杯支えようとしてるお前は情が深いし、強いよ。でもあいつは薄情だ。お前をこんだけ泣かせてるなんて、あいつ思ってもいないだろうからな。プロの選手だ、確かに野球に精一杯になる事も大切だが、それを支えてくれる奴に心を配れねぇ様じゃ、人間として根本的に失格だぜ」
「柊!あんまり将さんの事悪く言うとあたしだって許さないからね!」
怒った葉月を見て、柊司はにっと笑うとウィンクして悪戯っぽく言葉を紡ぐ。
「…ほら、もう大丈夫だ」
「あ…」
柊司の心遣いに気づいて、葉月ははっとして柊司を見詰める。彼が優しい微笑みで自分を見詰めているのに気づいて、葉月はまたほろほろと涙を零す。
「ごめんね…柊…ほんとにごめん…」
「もういいから…ほら、ポトフ冷めちまったぞ。あっため直してやるから、一杯食って元気出して…そうだ、今夜は泊まってけ…安心しろ。手は出さねぇからよ」
「でも…」
ためらう葉月に、柊司は心配を表に出した口調で優しく言葉を紡ぐ。
「いいから。俺が何だか今夜はお前を一人にしたくねぇんだよ…一人にしたら…壊れちまいそうでよ。俺を安心させるためにも…泊まってけ…な?」
葉月はしばらくためらっていたが、やがて静かに頷いた。
「…ん」
「よっし、決まった!…そうだ、しばらく出張ないんだろ?折角だから気持ちが落ち着くまでしばらくここにいろ。その代わり、ここにいる間みっちり料理修業してやっから」
「さすがにそれは悪いよ…」
「悪くねぇよ。ホントの事言やぁ、俺も葉月がいてくれると料理作んのに張りが出て楽しいしな。手出されるのが心配だって言うなら、弥生ちゃんとか、文達一緒に泊まらせてもいいからよ」
柊司の優しさがよく分かる言葉に、葉月は何だか甘えたくなり、静かに頷いた。
「ありがと…じゃあ、甘えさせてもらうね」
「じゃあ、それもオッケーだな。明日仕事の帰りがけに当座の着替えと洗面用具だけ持ってこい。タオルは貸してやる。洗濯は乾燥機あるから自分でできるな」
「うん」
「寝床は…俺のベッド使えや。俺は客が来た時に使わせるソファベッドで寝るから。男臭ぇかもしれねぇが、ソファベッドより普通のベッドの方が安眠できるだろ?我慢してくれ」
「大丈夫。職場が男の人ばっかりで慣れてるし…そうじゃなくても、柊の匂いだったら安心できるもん」
「…あ?」
「あれ?…あたし今何て言った…?」
不意に出た葉月の言葉に二人とも驚いたが、狼狽している葉月を安心させる様に、柊司はおどけて言葉を紡ぐ。
「…ああ、職場の男臭さで慣れてるから気にしねぇって言ってたぜ。なら大丈夫だな」
「…うん」
「…じゃあ、今夜は俺のパジャマ使え。ま、その前に飯あっため直して食おうぜ」
「うん」
そう言うと二人はポトフを温め直して食事を楽しんだ――
「…で、何で俺んとこに料理習いに来るんだよ。文んとこでいいだろ」
ここは葉月の幼馴染である柊司のマンション。柊司はじゃがいもの皮をむきながらぶすっとした口調で言葉を紡ぐ。葉月は横で玉ねぎを切りながらばつが悪そうに言葉を返す。
「だって、将さん柊の料理を一番『おいしい』って言うんだもん。キャンプから疲れて帰ってきたら、一番口に合う料理を作ってあげたいの」
「…」
柊司は複雑な表情で葉月を見詰めると、呟く様に言葉を紡いだ。
「…ったく、難儀な男だぜ。惚れた女より恋敵の料理の方が口に合うってか…」
「どしたの?柊」
「あ?…いや、何でもねぇよ。それよりな、こうやって気軽にホイホイ男のマンションに上がり込むなよ。お前が料理習いに頻繁にここに来る様になって、俺がここの暇な奥様連中から陰で何て言われてるか知ってるか?『御館さんったら、全然女っ気ないからホモかと思ってたけど、通い妻ができたって事はノーマルだったのね』…お前の事、変な誤解されちまってるんだよ」
柊司のぶすっとした言葉に、葉月は心底申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「あ…ごめん…柊だからつい遠慮してなくって。…ここに来るのも控えてる柊の彼女に申し訳ないね」
葉月の言葉に、柊司は顔を掻くと、ぶすっとした態度のまま言葉を返す。
「悪かったな、俺にそういう女はいねぇよ。…じゃなくって!俺は何言われてもかまわねぇの。俺が心配してんのはお前の方だ。土井垣に今の話ばれたらどう思われる?俺とお前の仲だって、誤解される可能性大だぞ?たとえ俺だとしても、浮気してると思われたらお前だってやだろうが」
「まあ…そうだけどさ…」
葉月はふっと寂しげな表情になってふと呟いた。
「柊のとこにいると…不思議と寂しいのが我慢できるんだもん…」
「葉月…」
葉月の呟きに気づいた柊司はふっと優しい表情になって言葉を掛ける。
「まあ、いいさね。…さあ、あんまり喧嘩して作るとまずくなる。飯をうまくする一番の調味料は、飯食った奴まで伝染する様な楽しい気分なんだからな。ぐだぐだ考えないで楽しく作るぜ?」
「…うん」
柊司の言葉に葉月は複雑な微笑みを返す。それを見て彼は彼女を宥める様ににっと笑い、材料を彼女と一緒に切ると圧力鍋に入れた――
「…ってな訳で、今晩の飯はポトフな。これならあっさりしてるからキャンプから帰って来ての疲れた胃にもいいだろうよ。…ほら、食ってみろ」
夕食の配膳も終わり、テーブルに向かい合って座った柊司の言葉に、葉月はにっこりと笑顔を返して皿に盛り付けたポトフに口をつけると、目を輝かせて感嘆の声を上げる。
「うん、いただきま~す…あ、おいしい~!…うん、塊肉も脂が丁度良く落ちてるし、これなら胃にも優しそう」
「そうか。良かったぜ。それからな、味を変えたかったら最初の味付けの塩を少なくして、圧力掛けて煮込んだら仕上げに少なくした塩の分しょうゆ入れると和風になるし、肉を鶏肉とか豆にして煮込むのをトマトスープにすりゃ、それもまたうまいぜ」
「へぇ…ポトフの作り方だけでも色々できるんだね」
「ああ、確かに組み合わせはお好みで…って感じだな。まっ、お前だって『にんたまじゃがにく』のネタは知ってるだろ?あっちは材料でこっちは作り方だが、考え方の基本はおんなじだぜ」
「あ、そっか。そういうことか」
「そうだ。…でもお前が圧力鍋使えて助かったぜ。…よし、今度圧力鍋料理のいい本買ってやるからな。料理の幅が広がるぜ~?圧力鍋は」
「いいのかな…でもうん、ありがと。でも柊、本当に料理うまいよね。羨ましいな」
葉月の心底羨ましそうな言葉に、柊司はさらりと言葉を返す。
「…ま、一人もんが外食飽きて毎日うまいもん食いたくなったら、誰か作ってくれる奴探さねぇ限りは、自力で作るしかねぇじゃねぇか」
「だったら誰かお嫁さんもらえば良かったんじゃない?柊だったらそうやって作ってくれる人、より取り見取りだったんじゃないの?昔から物凄くもててたじゃん」
葉月の素朴な言葉に、柊司は少し赤面しながら、ぼそりと呟く。
「残念だが、他人の味で俺の繊細な舌に合うやつは全然いねぇの。…お前以外はな」
「どういう事?」
柊司の言葉の意味が分からず問い返す葉月に、彼は自分の本当の心を隠しながら、わざとぶっきらぼうな言葉を返す。
「だから…その…な、葉月は本当に料理上手だって事だよ。…ったく、お前の料理が口に合わねぇって、どれだけ難儀な男だよ。土井垣はよ」
「口に合わないっては言ってないよ。ただあたしの料理と柊の料理を食べ比べると、柊の料理の方がおいしいって言ってるだけだよ」
葉月の言葉に、柊司は呆れる様に返す。
「だからそれが難儀だっての。お前もそれに合わせてばっかりじゃなくって、たまには文句の一つも言ってやれ。婚約者の料理だろ?結婚したら一生食ってく料理をそんな風に比べる男は最低だぞ?怒るのに充分な理由だぜ」
「でも…」
しゅんとした表情を見せた葉月を宥める様に、柊司はテーブル越しに頭を撫でると、優しく笑って更に言葉を重ねる。
「分かってるよ。お前は土井垣に惚れ抜いてるから、なるべく合わせてやりてぇし、我儘言ったり怒ったりして困らせるのが嫌なんだろ?だったらその分俺には当たっていいから、ここで好きなだけ愚痴言ったりヒステリー起こせばいいさね」
「…ううん、大丈夫…あたしは今充分幸せだし、山田さんが怪我なのは心配だけど、将さんがキャッチャーに戻れて、一生懸命頑張ってるのは本当に嬉しいし、そのサポートを将さんが望んでくれて、独占できるんだもん。何にも愚痴言う事なん…か…あれ?」
不意に葉月の目から涙が零れ落ちる。彼女は慌てて涙を止めようと何度も手の甲で拭うが、涙は止まらない。葉月は泣きながらも彼に心配をかけない様に、場を何とか笑いに持って行こうと精一杯おどける。
「あ…あはは…今頃になって玉ねぎが目にしみてきたかな~?…あは…あたしは大丈夫だ…か…」
精一杯おどける葉月を柊司はしばらく見詰めていたが、やがてすっと立ち上がると背中から椅子越しに抱き締める。彼の行動に驚く彼女を宥める様に彼はそのまま囁きかけた。
「柊?…え?…どしたの…?」
「無理すんな。愚痴言いたきゃ言いたいだけ言って、泣きたきゃ存分に泣け。…俺が全部受け止めてやっから」
「でも…」
「いいんだ…お前が無理してんのを、俺は見たくねぇんだ。…その代わり、思いっきり泣いたら…後は笑えよ?…分かったな」
「…柊…うん、ごめんね…甘えちゃうね……ほんとは…将さんから連絡来ないの…寂しいの。…でも…将さんはこれが仕事だから…我儘言っちゃダメだって…ふぇ…」
葉月はしゃくりあげ始めると、子どもの様に泣きじゃくる。泣きじゃくる彼女を、柊司はただ静かに抱き締めていた。やがて泣き疲れたのか葉月は泣きやむと、手の甲で涙をもう一度拭って柊司に無理はあったがにっこりと笑いかけると、泣き疲れてかすれた小さな声で言葉を紡ぐ。
「ごめんね、甘えちゃって。…こんなじゃプロ野球選手の奥さんなんて、やってられないよね…もっと…強くならなきゃ…」
そう言って寂しそうに笑う葉月に、柊司は励ます様に、しかし少し怒った口調で言葉を掛ける。
「いいや…お前は強いよ。土井垣が薄情なだけだ」
「柊、将さんの事そんな風に言っちゃ…」
止めようとする葉月の言葉も聞かずに、柊司は怒った口調で言葉を紡いでいく。
「いいや、言わせてもらう。一生懸命寂しいのを我慢して、あいつを精一杯支えようとしてるお前は情が深いし、強いよ。でもあいつは薄情だ。お前をこんだけ泣かせてるなんて、あいつ思ってもいないだろうからな。プロの選手だ、確かに野球に精一杯になる事も大切だが、それを支えてくれる奴に心を配れねぇ様じゃ、人間として根本的に失格だぜ」
「柊!あんまり将さんの事悪く言うとあたしだって許さないからね!」
怒った葉月を見て、柊司はにっと笑うとウィンクして悪戯っぽく言葉を紡ぐ。
「…ほら、もう大丈夫だ」
「あ…」
柊司の心遣いに気づいて、葉月ははっとして柊司を見詰める。彼が優しい微笑みで自分を見詰めているのに気づいて、葉月はまたほろほろと涙を零す。
「ごめんね…柊…ほんとにごめん…」
「もういいから…ほら、ポトフ冷めちまったぞ。あっため直してやるから、一杯食って元気出して…そうだ、今夜は泊まってけ…安心しろ。手は出さねぇからよ」
「でも…」
ためらう葉月に、柊司は心配を表に出した口調で優しく言葉を紡ぐ。
「いいから。俺が何だか今夜はお前を一人にしたくねぇんだよ…一人にしたら…壊れちまいそうでよ。俺を安心させるためにも…泊まってけ…な?」
葉月はしばらくためらっていたが、やがて静かに頷いた。
「…ん」
「よっし、決まった!…そうだ、しばらく出張ないんだろ?折角だから気持ちが落ち着くまでしばらくここにいろ。その代わり、ここにいる間みっちり料理修業してやっから」
「さすがにそれは悪いよ…」
「悪くねぇよ。ホントの事言やぁ、俺も葉月がいてくれると料理作んのに張りが出て楽しいしな。手出されるのが心配だって言うなら、弥生ちゃんとか、文達一緒に泊まらせてもいいからよ」
柊司の優しさがよく分かる言葉に、葉月は何だか甘えたくなり、静かに頷いた。
「ありがと…じゃあ、甘えさせてもらうね」
「じゃあ、それもオッケーだな。明日仕事の帰りがけに当座の着替えと洗面用具だけ持ってこい。タオルは貸してやる。洗濯は乾燥機あるから自分でできるな」
「うん」
「寝床は…俺のベッド使えや。俺は客が来た時に使わせるソファベッドで寝るから。男臭ぇかもしれねぇが、ソファベッドより普通のベッドの方が安眠できるだろ?我慢してくれ」
「大丈夫。職場が男の人ばっかりで慣れてるし…そうじゃなくても、柊の匂いだったら安心できるもん」
「…あ?」
「あれ?…あたし今何て言った…?」
不意に出た葉月の言葉に二人とも驚いたが、狼狽している葉月を安心させる様に、柊司はおどけて言葉を紡ぐ。
「…ああ、職場の男臭さで慣れてるから気にしねぇって言ってたぜ。なら大丈夫だな」
「…うん」
「…じゃあ、今夜は俺のパジャマ使え。ま、その前に飯あっため直して食おうぜ」
「うん」
そう言うと二人はポトフを温め直して食事を楽しんだ――