「ほら、こういう所だしこんな物しかないがとりあえず昼飯だ」
「ううん、こういうものはこういうところでこそでしょ?ありがとう」
恋人が差し出してきた売店の焼きそばをあたしは笑顔で受け取った。日曜出勤の振替休日で、あたしは今日こうしてやはりオフの恋人と動物園でデートをしている。ただし、傍から見たらおそらくあたし達は恋人同士には絶対に見えないだろう。何故なら――
「あら~可愛いお嬢ちゃんね~。お父さんと一緒で楽しいかな?」
食べ切れないので焼きそばを半分位恋人にあげて残りを食べていると、本日五回目位のお年寄りからの声が掛かった。…そう、実は今のあたしの姿は保育園か小学校に入った頃位の年恰好。何故だか分からないけれど、朝起きたらこうなっていたのだ。本当は20代も半ばを過ぎている女なのだけれど、姿がこれだと説得力は全くない。とはいえ精神年齢はそのままなので下手に話してお年寄りを不審がらせたり、嫌な思いをさせない様に、あたしは先刻からしている様に、恥ずかしがりやの振りをして恋人の背中に隠れた。恋人もあたしの行動をもう承知していてそんなあたしを見てにっこり笑うと、その笑顔のままお年寄りに応える。
「すいません、この子は人見知りが激しいんで…」
「あら、そうなの?ごめんなさいね」
「いえ。…ほら葉月、大丈夫だから挨拶しろ」
その言葉に応じて、あたしは恋人の背中から顔を出しにっこり笑いながらぺこりと頭を下げる。お年寄りはそれを見て微笑ましそうに笑った。
「あらあら、本当に可愛いわね。これじゃお父さんも可愛くて仕方がないでしょう」
その言葉にあたしはわざと頬を膨らませて首を振る。恋人はこのやり取りを見て一瞬苦笑すると、精一杯の愛想を見せてまた応えた。
「ええ。…でもこの子は自分の子じゃなくて、親戚の子で…ちょっと今日はこの子の親が忙しくて、懐いている自分が見ているんです」
これも何となく決まった言い訳。元々が恋人同士なので親子や兄妹の振りをするのはちょっと無理だとお互い思ったのと、見た目はどうあれ何となくデートをしている自覚があるせいか、お互いに示し合わせなくても自然とこんな言い訳が出る様になっていた。この言い訳にお年寄りは更におしゃべりを続ける。
「あらそうなの?でもいいわねぇ、こんなかっこいいおじちゃん…お兄ちゃんだわね…と一緒で。お兄ちゃんが大好きなのかな?」
その言葉にあたしはにっこり笑って頷く。これは嘘じゃないし、小さくなっているのは不本意だとしてもこうやって堂々と『大好き』という気持ちが出せるのはすごく嬉しいから、多分今のあたしは満面の笑顔になっていると思う。そんなあたしに恋人はまた苦笑して、お年寄りは益々微笑ましそうな表情を見せる。
「そう、それはいいわね…あら、ごめんなさいね。ご飯食べてるのにこんなにおしゃべりしちゃって。じゃあね、お嬢ちゃんバイバイ」
そう言って手を振ったお年寄りにあたしも恋人の背中から笑って小さく手を振って、お年寄りが離れていった後、恋人は小さく溜息をついてあたしに話し掛けてきた。
「…全く、俺が騒がれないのはいいが、今回は逆にお前が声を掛けられ続けるとはな」
「そうね…たしかにあたし、ちっちゃいころはよくおとなとかおとしよりからはなしかけられてたけど、まさかここまでだったとはおぼえてなかったわ。…それに、こえかけられるならむしろゆうめいじんの将にいさんのほうが、かくりつたかそうなんですけどねぇ」
そう、ここにいるあたしの恋人は実はプロ野球選手の土井垣将。いくら帽子を被っていて一見分からなくてもかなり活躍している選手だし、顔も知れ渡っている彼の方が声を掛けられたり騒がれてもいいはずなのに、今日は動物園に来て遊んでいても何故か彼の方は全く誰にも気付かれずに、逆にあたしの方が大人やお年寄りから声を掛けまくられ、場合によってはお菓子などまでもらってしまっている状態なのだ。
「まあ、さすがにおかたいとおもわれてるてんかの土井垣将が、こづれでどうぶつえんにどうどうときてるなんて、いがいすぎてだれもかんがえつかないのかもね」
「そうかもな」
あたしの言葉に将兄さんは笑う。朝あたしが小さくなっているのに気付いた頃は少し困ったり難しい顔ばかりだったけれど、ここに来てからは将兄さんもあたしも段々こうして笑顔になってきていた。将兄さんが笑ってくれたのが嬉しくて、またあたしもにっこり笑う。将兄さんはそれを見てまた優しい顔で笑うと、表情のままの優しい口調であたしを促した。
「ほら、冷めたらまずくなるかも知れん。早く食おう」
「うん」
あたし達は焼きそばをまた食べ始めた。しゃべりながら食べ続けてしばらくして食べ終わり、あたしが持っていたハンカチで口を拭うと、将兄さんはまた笑ってあたしの持っていたハンカチを取り上げた。
「ほら、まだちゃんと取れてないぞ」
そう言うと将兄さんは取り上げたハンカチであたしの口を優しく拭う。いつもなら絶対こんな事はしない将兄さんの行動にどう対処したらいいか分からなくて、あたしは何だかドキドキしてきて思わず俯いてしまう。多分顔も赤くなっているだろう。そんなあたしの様子に将兄さんも自分のした行動に気が付いたのか、顔を赤くしてばつが悪そうな表情で口を開く。
「…すまん、どうもその姿だと俺も調子が狂うな」
その言葉にあたしは少し胸が痛んだ。将兄さんにとって今のあたしは恋人と言うよりやはり小さな妹位にしか見えていないのかもしれない。そう考えると何だか寂しくなって、あたしは俯いたまま言葉を零した。
「…そうよね、将にいさんにはいまのあたしはただのおこさまだよね…」
その言葉に将兄さんはばつの悪そうな症状を見せたまま鼻を掻くと、ぼそりと言葉を返す。
「そうじゃなくて、どう言ったらいいか…そのな、今のお前の姿なら何だか人前で今までやりたかった事が何でもできる気がして、つい調子に乗りたくなってしまってな。…卑怯だとは分かっているんだが…」
「え?」
「つまりな…ほら」
将兄さんの言葉の意味が分からず顔を上げると、将兄さんはあたしを抱き締めて頬にキスをした。訳が分からなくなりまたドキドキし始めるあたしを抱き締めたまま、将兄さんは耳元に囁く。
「…今ならこんな事をしても先刻言われた様に、仲のいい親子位にしか見られんからな。そう思うと、どうにもあれこれしたくなってしまってな…」
そう言ってあたしを抱き締めたまま顔を赤らめている将兄さんに、あたしもまだドキドキしながらも幸せな気持ちになって来る。将兄さんはこんなになってもあたしをあたしとして見てくれている。そしていつもの様に好きでいてくれる――その事が嬉しくて、あたしはそれをそのまま口に出す。
「ありがとう、将さん。こんなになってもちゃんとあたしをすきでいてくれて」
その言葉に将兄さんは更に顔を赤くして、いつも照れ隠しの時に見せる無愛想な表情で呟く。
「…当たり前だろう、どんな姿をしていてもお前はお前なんだから」
「うん」
あたしは嬉しくなってまたにっこり微笑むと、ちょっと悪戯がしたくなって、将兄さんに声を掛ける。
「そうか。…将にいさんとおなじで、いまだったらあたしがこんなことしてもだいじょうぶなわけよね」
あたしはそう言うと身体の方向を変えて、先刻将兄さんがしてくれた様に彼の頬にキスをした。いつもなら絶対しないあたしの行動に、将兄さんはびっくりした表情であたしを見詰める。その表情にあたしはまた笑顔を見せて、将兄さんに身体を預けると更に言葉を紡いだ。
「将さん、だぁいすき」
あたしの言葉に、将兄さんはまたびっくりした表情を見せたけれど、すぐにまた無愛想な表情に戻って沈黙する。しばらくの沈黙の後、将兄さんはぼそりと問いかけた。
「…今のはからかったのか、それとも本気なのか」
その問いにあたしは最高の笑顔を見せて答える。
「いまのながれであたしがこういうことをからかってやるとおもう?」
その言葉にまた将兄さんはむっつりと黙り込むと、しばらくしてふっと笑い、もう一度あたしをぎゅっと抱き締めて囁いた。
「…ならいい」
あたし達はしばらくそうしていた。小春日和ののどかなひと時、今抱えている問題は問題として、これはこれで幸せなのだろう。本当は元の姿でこうしなければいけない事位薄々は分かっているけれど、この幸せな気持ちは本物。だからせめて今だけは、何も考えずにこの幸せを楽しもう。そう、後もう少しだけ――
「ううん、こういうものはこういうところでこそでしょ?ありがとう」
恋人が差し出してきた売店の焼きそばをあたしは笑顔で受け取った。日曜出勤の振替休日で、あたしは今日こうしてやはりオフの恋人と動物園でデートをしている。ただし、傍から見たらおそらくあたし達は恋人同士には絶対に見えないだろう。何故なら――
「あら~可愛いお嬢ちゃんね~。お父さんと一緒で楽しいかな?」
食べ切れないので焼きそばを半分位恋人にあげて残りを食べていると、本日五回目位のお年寄りからの声が掛かった。…そう、実は今のあたしの姿は保育園か小学校に入った頃位の年恰好。何故だか分からないけれど、朝起きたらこうなっていたのだ。本当は20代も半ばを過ぎている女なのだけれど、姿がこれだと説得力は全くない。とはいえ精神年齢はそのままなので下手に話してお年寄りを不審がらせたり、嫌な思いをさせない様に、あたしは先刻からしている様に、恥ずかしがりやの振りをして恋人の背中に隠れた。恋人もあたしの行動をもう承知していてそんなあたしを見てにっこり笑うと、その笑顔のままお年寄りに応える。
「すいません、この子は人見知りが激しいんで…」
「あら、そうなの?ごめんなさいね」
「いえ。…ほら葉月、大丈夫だから挨拶しろ」
その言葉に応じて、あたしは恋人の背中から顔を出しにっこり笑いながらぺこりと頭を下げる。お年寄りはそれを見て微笑ましそうに笑った。
「あらあら、本当に可愛いわね。これじゃお父さんも可愛くて仕方がないでしょう」
その言葉にあたしはわざと頬を膨らませて首を振る。恋人はこのやり取りを見て一瞬苦笑すると、精一杯の愛想を見せてまた応えた。
「ええ。…でもこの子は自分の子じゃなくて、親戚の子で…ちょっと今日はこの子の親が忙しくて、懐いている自分が見ているんです」
これも何となく決まった言い訳。元々が恋人同士なので親子や兄妹の振りをするのはちょっと無理だとお互い思ったのと、見た目はどうあれ何となくデートをしている自覚があるせいか、お互いに示し合わせなくても自然とこんな言い訳が出る様になっていた。この言い訳にお年寄りは更におしゃべりを続ける。
「あらそうなの?でもいいわねぇ、こんなかっこいいおじちゃん…お兄ちゃんだわね…と一緒で。お兄ちゃんが大好きなのかな?」
その言葉にあたしはにっこり笑って頷く。これは嘘じゃないし、小さくなっているのは不本意だとしてもこうやって堂々と『大好き』という気持ちが出せるのはすごく嬉しいから、多分今のあたしは満面の笑顔になっていると思う。そんなあたしに恋人はまた苦笑して、お年寄りは益々微笑ましそうな表情を見せる。
「そう、それはいいわね…あら、ごめんなさいね。ご飯食べてるのにこんなにおしゃべりしちゃって。じゃあね、お嬢ちゃんバイバイ」
そう言って手を振ったお年寄りにあたしも恋人の背中から笑って小さく手を振って、お年寄りが離れていった後、恋人は小さく溜息をついてあたしに話し掛けてきた。
「…全く、俺が騒がれないのはいいが、今回は逆にお前が声を掛けられ続けるとはな」
「そうね…たしかにあたし、ちっちゃいころはよくおとなとかおとしよりからはなしかけられてたけど、まさかここまでだったとはおぼえてなかったわ。…それに、こえかけられるならむしろゆうめいじんの将にいさんのほうが、かくりつたかそうなんですけどねぇ」
そう、ここにいるあたしの恋人は実はプロ野球選手の土井垣将。いくら帽子を被っていて一見分からなくてもかなり活躍している選手だし、顔も知れ渡っている彼の方が声を掛けられたり騒がれてもいいはずなのに、今日は動物園に来て遊んでいても何故か彼の方は全く誰にも気付かれずに、逆にあたしの方が大人やお年寄りから声を掛けまくられ、場合によってはお菓子などまでもらってしまっている状態なのだ。
「まあ、さすがにおかたいとおもわれてるてんかの土井垣将が、こづれでどうぶつえんにどうどうときてるなんて、いがいすぎてだれもかんがえつかないのかもね」
「そうかもな」
あたしの言葉に将兄さんは笑う。朝あたしが小さくなっているのに気付いた頃は少し困ったり難しい顔ばかりだったけれど、ここに来てからは将兄さんもあたしも段々こうして笑顔になってきていた。将兄さんが笑ってくれたのが嬉しくて、またあたしもにっこり笑う。将兄さんはそれを見てまた優しい顔で笑うと、表情のままの優しい口調であたしを促した。
「ほら、冷めたらまずくなるかも知れん。早く食おう」
「うん」
あたし達は焼きそばをまた食べ始めた。しゃべりながら食べ続けてしばらくして食べ終わり、あたしが持っていたハンカチで口を拭うと、将兄さんはまた笑ってあたしの持っていたハンカチを取り上げた。
「ほら、まだちゃんと取れてないぞ」
そう言うと将兄さんは取り上げたハンカチであたしの口を優しく拭う。いつもなら絶対こんな事はしない将兄さんの行動にどう対処したらいいか分からなくて、あたしは何だかドキドキしてきて思わず俯いてしまう。多分顔も赤くなっているだろう。そんなあたしの様子に将兄さんも自分のした行動に気が付いたのか、顔を赤くしてばつが悪そうな表情で口を開く。
「…すまん、どうもその姿だと俺も調子が狂うな」
その言葉にあたしは少し胸が痛んだ。将兄さんにとって今のあたしは恋人と言うよりやはり小さな妹位にしか見えていないのかもしれない。そう考えると何だか寂しくなって、あたしは俯いたまま言葉を零した。
「…そうよね、将にいさんにはいまのあたしはただのおこさまだよね…」
その言葉に将兄さんはばつの悪そうな症状を見せたまま鼻を掻くと、ぼそりと言葉を返す。
「そうじゃなくて、どう言ったらいいか…そのな、今のお前の姿なら何だか人前で今までやりたかった事が何でもできる気がして、つい調子に乗りたくなってしまってな。…卑怯だとは分かっているんだが…」
「え?」
「つまりな…ほら」
将兄さんの言葉の意味が分からず顔を上げると、将兄さんはあたしを抱き締めて頬にキスをした。訳が分からなくなりまたドキドキし始めるあたしを抱き締めたまま、将兄さんは耳元に囁く。
「…今ならこんな事をしても先刻言われた様に、仲のいい親子位にしか見られんからな。そう思うと、どうにもあれこれしたくなってしまってな…」
そう言ってあたしを抱き締めたまま顔を赤らめている将兄さんに、あたしもまだドキドキしながらも幸せな気持ちになって来る。将兄さんはこんなになってもあたしをあたしとして見てくれている。そしていつもの様に好きでいてくれる――その事が嬉しくて、あたしはそれをそのまま口に出す。
「ありがとう、将さん。こんなになってもちゃんとあたしをすきでいてくれて」
その言葉に将兄さんは更に顔を赤くして、いつも照れ隠しの時に見せる無愛想な表情で呟く。
「…当たり前だろう、どんな姿をしていてもお前はお前なんだから」
「うん」
あたしは嬉しくなってまたにっこり微笑むと、ちょっと悪戯がしたくなって、将兄さんに声を掛ける。
「そうか。…将にいさんとおなじで、いまだったらあたしがこんなことしてもだいじょうぶなわけよね」
あたしはそう言うと身体の方向を変えて、先刻将兄さんがしてくれた様に彼の頬にキスをした。いつもなら絶対しないあたしの行動に、将兄さんはびっくりした表情であたしを見詰める。その表情にあたしはまた笑顔を見せて、将兄さんに身体を預けると更に言葉を紡いだ。
「将さん、だぁいすき」
あたしの言葉に、将兄さんはまたびっくりした表情を見せたけれど、すぐにまた無愛想な表情に戻って沈黙する。しばらくの沈黙の後、将兄さんはぼそりと問いかけた。
「…今のはからかったのか、それとも本気なのか」
その問いにあたしは最高の笑顔を見せて答える。
「いまのながれであたしがこういうことをからかってやるとおもう?」
その言葉にまた将兄さんはむっつりと黙り込むと、しばらくしてふっと笑い、もう一度あたしをぎゅっと抱き締めて囁いた。
「…ならいい」
あたし達はしばらくそうしていた。小春日和ののどかなひと時、今抱えている問題は問題として、これはこれで幸せなのだろう。本当は元の姿でこうしなければいけない事位薄々は分かっているけれど、この幸せな気持ちは本物。だからせめて今だけは、何も考えずにこの幸せを楽しもう。そう、後もう少しだけ――