スターズの面々と文乃達は感動と興奮のままに話を続ける。
「もう大満足だぜ!」
「殿馬だけでもすげぇのに宮田さんが付くとこんなに世界が広くなるのかよ!」
「やっぱりはーちゃんの歌はいいわね~」
「ほんとに。おようの歌はプロにもない特別仕様だもの」
「久しぶりに葉月の本気を聴いたわ~。あ~爽快!」
「は~ね~ぱちぱちなの~」
 そうして騒いでいる面々に柊司が悪戯っぽく、しかし柔らかな口調で誘いを掛ける。
「そうだお前ら。葉月が言ってたんだが、この後の打ち上げって名前の恒例『シークレット第三部』参加するけ?」
「え?いいんですか?俺らまで出て」
「狭くていいならいいってよ。どうせ土井垣は無条件参加だしな。お前らもこっちよりは大事な仲間だからむしろ飾りのない一番本当の自分の歌が出るここに来て欲しいって言ってたよ」
 その意外な誘いに驚いて問い返す一同に、柊司は悪戯っぽく柔らかな口調のまま葉月の本心を伝える様に続ける。
「そんな風に言ってくださるなら…喜んで参加します」
「あたし達もいいの?」
「美月に酒近づけなきゃ大丈夫だ。ジュースもおいしい飯もちゃんとあるからな」
「じゃあお邪魔しようか。美月~柊司お兄さんともうちょっといられるよ~」
「しゅ~とっちょ、うえし~の!」
 葉月の心遣いに一同は喜ぶ。そうして打ち上げ会場に行くのは葉月達と一緒だという事でホールのロビーに出ようとした時、不意に開演前に招待客を諫めていた年若い女性が遠慮がちに話しかけてきた。
「…あの」
「…はい、あなたは?」
「あの、私はT音大の渡辺陽子といいます。信じてもらえないかもしれませんが、ずっと前から宮田葉月さんのファンで…あの人の歌の姿勢を尊敬していて…で、今の会話を聞いていて宮田さんのお身内だと思って思い切って話しかけたんです…そうなんですか?」
 『渡辺陽子』と名乗った女性の目を見て、その言葉が嘘ではないと理解した柊司が代表して応える。
「ああ、こいつらみんな葉月の身内や友人だ。で、渡辺さん、何か葉月に用なのかい?」
 柊司に問い返されて陽子は逡巡していたが、やがて決意した様に頷くと、大きな声を出し頭を下げる。
「お願いです、私も打ち上げに連れて行って下さい!」
「え?」
「私、宮田さんと話したいんです。歌以外の趣味の話、仕事の話、勉強の話、恋の話…今の私は宮田さんを追い求めすぎて薄っぺらい声楽家になりかけてるって自覚していて…だから追い求めてる存在ときっぱり向き合って、しっかり乗り越えたいって…勝手だって分かってます…だから…駄目なら…」
「…」
 陽子の必死な言葉に土井垣を始めとしたスターズの面々は心を打たれた。柊司はしばらく考え込んでいたが、やがて、静かに頷いた。
「…よし、一緒に来い」
「柊!」
「いいのかい?柊司さん」
 理由を考えると複雑な文乃と隆は慌てたが、柊司はにっと笑うと言葉を紡ぐ。
「話すってぇか…打ち上げの葉月をしっかり見ろや。そうすりゃおのずとあんたの道は開けるぜ。その上であいつとちょいと話しゃいい」
「…柊」
「…そういう事か」
「ありがとうございます」
 柊司の意図を理解して文乃と隆も頷く。そうして陽子も含めた一同はロビーへ向かった――

 そうして面々がロビーに行くと、そこではもう一人初老の男性が人待ち顔で立っていた。その顔を見た陽子は慌ててその男性に駆け寄り、頭を下げてお礼の言葉を述べた。
「今日は…本当なら先生がつくはずの席を譲って頂いて、本当にありがとうございました。今まで聴いていた合唱だけじゃない、今の宮田さんの声楽を間近で聴けて…本当によかったです。あの人の歩いてきた人生が詰まった歌を聴いて…私のあるべき道が…ほんの少しでしたが…見えました。それで、これから無理やりですが許してもらったので…宮田さんと話してこようと思います。私が私らしく成長するためにも、そんな声楽と人生の先輩の言葉を…聞くために」
 陽子の言葉に、男性はにっこり笑って言葉を紡ぐ。
「ああ、話しておいで。それで…自分の道を見つけなさい」
「はい」
 二人の言葉に、柊司を抜いた葉月の身内の面々はこの男性の正体が誰だろうと考え込む。そうしているうちに片づけが終わった葉月を含めた合唱団の面々がロビーにやってきた。そして男性の姿を見たとたん、葉月も駆け寄って挨拶をする。
「川辺先生。今日は来て下さって…本当にありがとうございました」
「いや、『宿題』の答えを見たかったからね。しかし斬新な答えだった。ルチアの『狂気』は周りの慣習の結果で、ルチア自体はあくまで狂乱しても、狂乱を装ってもいないまったくの正常。…つまり正気と狂気はその時々の常識によって作られ、ルチアはその常識に翻弄された犠牲者だった…か。君がいい恋もしたけど、何より今までの人生で女性として苦労してきたのがよく分かる解釈だ。ちょっとお偉方には受け入れられるには時間かかりそうだけど…僕はいい答えだと思ったよ。宮田さん、苦労したけど…一生懸命…いい生き方や恋をしてきたんだね」
「そうですか…ありがとうございます、褒めて頂いて。でもこのルチアは殿馬さんのピアノだからできた事です。殿馬さんが確固たる自分の『正常』を貫いて下さったから…そういう人を選ぶ演出という意味では、まだこの『答え』は…不完全かもしれません」
「それでもこれはちゃんとした一つの答えだ。君の思い、確かに受け取ったよ」
「…ありがとうございます」
「ああそうだ、ここにいる彼女が前話した君のファン」
 川辺に紹介され、陽子は控えめに、しかし真摯に挨拶をする。
「はじめまして…川辺先生の教え子の渡辺陽子といいます。中学高校頃の宮田さんの歌を聴いて感動して…その後いったん声楽を止めた後趣味で合唱を始めたってこの川辺先生から聞いてその歌を聴いて…その趣味なのに変わらない…いいえ、もっと素晴らしくなった…何より楽しそうな歌を尊敬してるんです。でもそのせいで私自身の歌を見失いそうになっていて…それ吹っ切るために今日の公演も聴きに来て…色々話を横から聞いて…無理やりこの後の打ち上げにも乱入する事になりました。…見せてください、本当の宮田さんの歌」
 陽子のほめちぎる言葉に照れつつもその中の言葉の真剣さを受け取り、葉月は頷いた。
「そう…じゃあいらっしゃい。にぎやかっていうかやかましいけど…でも公演よりも合唱もそうだけど…何よりもそれが私の今の本当の歌よ。それ聴いて…一緒に歌って…あなたの歌を…取り戻すといいわ」
「…はい」
「じゃあ行きますか。皆も行くんですよね」
「もちろん」
「じゃあ場所は柊と土井垣さんが知ってるんでタクシーに分散して乗って来て下さい」
 そう言うと一同はタクシーに乗り、打ち上げ会場へ向かった――

 そして打ち上げ会場にたどり着いた時、その場所に三太郎が驚く。
「え~?打ち上げってここでやるの?」
「知ってるのか、三太郎」
 星王の問いに三太郎が更に返す。
「ここ、確か土井垣さんと宮田さんが行きつけにしてる飲み屋だよ。俺も弥生さんに何度か連れて来てもらってるから知ってるんだけどさ」
 三太郎の言葉に土井垣が補足説明をする。
「ああ、行きつけにしているのは確かだが、ここは合唱団の人達も行きつけにしている店で、その…そもそも葉月と俺が知り合いになった縁もこの店で俺と合唱団の人が知り合いになったのが縁だからな」
「ついでに言えばお料理美味しいしお酒豊富だしマスターがいい人で休店日でもお店開けてくれるから、打ち上げ会場っていうと大体ここなんですよね」
「あ…まあそう言う事だ」
「へ~そうなんですか~」
「ま…まあ入ろう」
「は~い」
 最後の言葉を赤面しながら口ごもりつつ紡いだ土井垣に更に弥生が補足する。それを一同はにやにや笑いながら頷いていた。その様子に更に赤面しながら土井垣が一同を店に招き入れる。店に入るとカウンターの中から初老の男性が面々に明るい声を掛けた。
「おっ、土井垣君にヒナちゃんに微笑君、御館君にそれにスターズの皆か。どうだったい、公演は」
「はい、お邪魔します。マスター、結果は聞くまでもないでしょう。大成功ですよ」
「だろうね。…おっ、ちっちゃなお客様まで来てくれて~こんばんは~お名前なんて言うのかな~」
「こばんあ~み~ちゃよ~」
 美月の幼いながらも可愛くしっかりした挨拶に、マスターと呼ばれた男性はにっこり笑うと更に美月に優しく声をかける。
「そうか~み~ちゃんか~。み~ちゃん、ジュースあるよ。飲むかい?」
「ん~ん、ぱ~いまれまつの」
「そうかい、いい子だね~じゃあその前にみ~ちゃん用のコップあげようね~」
 そう言うとマスターは奥さんらしい女性に言って、美月様に水割り用らしいが小さく軽くて持ちやすいコップを渡す。美月は自分用のコップがもらえて嬉しそうに女性に笑顔を見せてお礼を言う。
「あいと~!」
「どういたしまして」
 そうして話しているうちに続々と合唱団やスタッフの人間達が会場に入って来て小さな飲み屋は一杯になる。そして葉月と殿馬が入って来た所で会場内から大きな拍手が送られた。
「二人とも、今日はお疲れ様!」
「見事なピアノと歌、ありがとう!」
「僕達もいい勉強させてもらったよ!」
「…こちらこそ、ありがとうございました」
「みんなおつかれさんづら」
 二人ともそれぞれの性格が出た周りに対する感謝の言葉を述べた所で一同は二人を中央の席に着かせ、全員が席に落ち着いた所でビールやジュースをついでいく。そして全員に飲み物が回った所で司会役の桐山という男性が口を開く。
「今日は殿馬君と宮田さんの念願だったコラボコンサートの実現と、僕らも一緒に合唱で参加できて、無事成功で終了しました。これから後は沼さんがギターを、アコタツさんがアコを相変わらず持って来てくれたんでもう飲んで歌って楽しく打ち上げしましょう。じゃあまずは乾杯だけど、折角だから『乾杯の歌』歌って乾杯と行きましょう!分かんない人は適当に合わせといて!…さん、はい!」
 そう言うと分かる人間達は『乾杯の歌』を歌い始める。歌が分からないスターズの人間は面々と同じ様にグラスやジョッキを掲げて盛り上げ、美月は分からないなりにきゃらきゃら歌っていた。そして歌い終わった所で『かんぱ~い!』と全員が叫び、乾杯し、打ち上げが始まった。皆飲み食いしながらもギターとアコーディオンが歌謡曲からロシア民謡、更に今日は美月がいるため童謡まで幅広く奏でるのでその中歌い、その内に葉月も含め踊る者まで出てくる。美月も楽しそうに葉月と一緒に適当だが歌ったり踊っている様に身体を動かしている。美月のノリと動きの良さに、合唱団の人間や柊司は楽しそうに声をかける。
「み~ちゃん、すごいね~歌うの上手だし、一杯踊れるね~」
「み~、おうたとおろうのら~すき!」
「美月は文と葉月に似て音楽好きでダンス得意だからな、楽しいけ?」
「たのし~の!」
「そうけ、そりゃ良かった」
土井垣を除いたスターズの面々や陽子はそれを目を白黒させて見ていた。そうして打ち上げは進んでいったが、その内アコーディオンを弾いていた緒川龍男――通称アコタツが演奏の手を止め、殿馬に声をかける。
「殿馬君、ちょっといいかな」
「何づら」
「君、このアコ弾ける?」
「多分弾けるづらが…どうしたづら」
「今日この席を作るために公演来られなかったマスターのために一曲…何か宮田ちゃんとやってあげてくれないかな。折角の君とのコラボ、ビデオだけってのはマスターに悪いと思ってね。嫌なら構わないけど…嫌じゃなかったらさ」
 緒川の言葉の真摯さを受け取り、殿馬は表面上は飄々とした態度ながらも頷き、彼からアコーディオンを受け取った。
「いいづら」
「んじゃ宮田ちゃん、一曲殿馬君と何かマスターに聴かせてやって」
 緒川の言葉で殿馬にアコーディオンを渡したのに気づいた合唱団の面々はありえない風景に驚いて口々に声を上げる。
「あのアコを大事にして離した事のないアコタツさんが!」
「アコのないアコタツさんはただのタツさんなのに!」
「こりゃ宮田ちゃん本気出さないとアコタツさんの面目潰れるよ!」
「そうですね…そうだ、渡辺さん」
「…え?」
 葉月は少し考える素振りを見せると控えめに飲んでいた陽子に近づき声をかける。
「折角だから…一緒に歌いましょう?…本当の私の歌を知りたいんでしょ?だったら…まずは私の歌と、合わせて欲しいわ」
「…はい!」
 陽子は嬉しさで満面の笑顔を見せて頷く。そして一時話し合って殿馬にも伝えて歌ったのは『三文オペラ』の中の『嫉妬の二重唱』。二人の女が一人の男を巡って恋の火花を散らすこの二重唱を葉月が影からそっと導く形ではあったが、それでも陽子も負けない位精一杯対抗する形で歌っていた。その二重奏を殿馬のアコーディオンが愉快に盛り上げる。そうして歌いきった所で打ち上げ会場から大きな拍手が上がった。
「いや~宮田ちゃんも、お嬢さんもお見事!」
「殿馬君もアコになっても演奏うまいよ!」
「みやちゃん、殿馬君、お嬢さんもありがとう。どんな公演か分かるいい演奏だったよ」
「…はい」
「づら」
 そうして殿馬は緒川にアコーディオンを返し、更に打ち上げは盛り上がりを見せる。そうして一休みした葉月が食事と飲み物を口にしていると、陽子が声を掛けてきた。
「…あの、宮田さん」
「何?」
 陽子はにっこり微笑んで口を開く。
「今日…無理矢理でもここに来て…良かったです。宮田さんの歌が今でも素晴らしい秘密…それはこうした仲間とか…恋とか…仕事とか…生活がちゃんとあって、それを大切にしてるからなんですね。私も…プロになるとしても…普通の生活や…そうした友人とか…恋とかを大切にしようと思います。そうしたら…宮田さんみたいな素敵な声楽家に…きっとなれるって…確信しました」
「…そう」
「…はい」
「…良かったわ。こんな私でもお役に立てて」
「それにこのお店いいですね。お料理美味しくて。私も行きつけにします」
「それも良かった。でもね、ここはお料理の量が多いから、なるべくならお友達か…彼氏と一緒にいらっしゃい」
「…はい」
「じゃあ一緒に歌いましょうか。踊りも教えるわよ」
「はい!」
 葉月の悪戯っぽい言葉に隠された優しさに陽子も悪戯っぽい笑顔で返す。そうして大きな盛り上がりを見せて、最後に皆で歌える歌をと『手のひらを太陽に』を歌って打ち上げは終わった――

 そうして殿馬と葉月のコンサートの成功が大々的に報道され、殿馬は当然の高評価だったが、葉月の歌の評価が爆発的に上がり、伝説の存在だった葉月の略歴が急浮上した中で、土井垣との付き合いが改めてピックアップされた事で葉月より土井垣にむしろその余波が行き、この過去を知っていて付き合ったのかとしつこく聞かれ、挙句の果てには『殿馬と葉月を音楽世界で繋げた縁結びの神』と一時呼ばれたとか呼ばれないとか。そして陽子がその後彼女が持つ美しい歌声と広い音域で『自他共に認める宮田葉月の後継者』『歌を選ばない声楽家』として高い評価を得ていく事になるのは更に先の話――