そしてコンサート当日、都内の某コンサートホール。席に座ったスターズの面々と弥生と若菜と柊司と文乃と美月と隆は、二人の音楽を実力を知っているので、その二人の協奏がどんな形になるのかと楽しみにしながら開演時間を待っていた。
「宮田さんと殿馬のタッグか~どっちも最強のミュージシャンじゃん。どんなんなるんだろうな~」
「でも演目見ただけでかなりはーちゃん本気出してるって分かるわ。楽しみね」
「しかし宮田さんの体調はどうなのだろう。歌はかなりの体力を使うはずだが」
「そうね、私も楽しみな反面、それが心配なの。一応昨日様子見の電話掛けてみて声の調子だと大丈夫そうだったけど…」
「土井垣さん、そこら辺の事知らないんですかってか…昨日とか会ってないんですか」
「会っていたら…こんな顔はしていない。こっちが心配して会って世話をしたいと言っても『気持ちを全部歌に持っていきたいから一人になりたい』とここ何日か一緒に過ごしたり顔を合わせるどころか、電話やメールすら拒否されているんだぞ」
「確かに、会ってたらそんな心配でハラハラしたツラはしねぇよな」
「そういう御館さんは余裕ですね。不安はないんですか。…もしかして御館さんは俺に隠れて会ったとか」
「俺も会っちゃいねぇよ。でもな、俺はずっと声楽家の卵時代のあいつも見てたんだ。お前と違って俺はあいつが歌に関しちゃやるって決めたら心身ともに万全の状態に持ってくって分かってるからな。俺はそれ信じるだけさ」
「こんなかっこいい事言ってるけどね、柊司さんは心配を表に出さないだけだよ」
「そうね~内心控室飛んできたくてしょうがないくせに、このムッツリ」
「むっち~」
「うっせえ、タカ、文、美月までマネしてからかうじゃねぇか」
 そんな事を話していると前方の招待席から会話が聞こえてくる。
「…いやしかし、今でも年一度とはいえ現役で活躍している殿馬君はともかく、この宮田と言う女性は、いくら中学や高校時代に高い実力を持っていたとはいえ、音楽から離れてもう何年ですか?骨董品として珍重される位しか価値はないのでは?」
「しかも素人合唱団を率いて殿馬君を伴奏に使うとは何と怖いもの知らずというか…」
「ここまで厚顔無恥だとこちらも呆れてものが言えませんね」
 音楽家らしい年配の人間達の言葉に土井垣が怒りに打ち震え立ち上がり抗議の声をあげそうになったその時、同じ招待席にいた一人年若い女性が静かに、しかし毅然とした口調で抗議する様に言葉を掛ける。
「古臭い骨董品か…素晴らしく輝くダイヤモンドかは…これから聴けば分かる事です。何も知らないのに今から勝手に評価するのは…傲慢ではないですか?」
「…」
 女性の毅然とした言葉に音楽家達は言葉を失い黙りこむ。女性はそれを見届け、静かに開演を待つ様に再びステージを見詰めた。土井垣達は女性に心の中で拍手喝采を上げながら同じ様に開演を待った――

 そうして開演時間になり、ブザーが鳴り、会場が暗くなると、まず殿馬が舞台に現れピアノを弾く。その曲は――
「これ、なんかの童謡だったよな」
「え~と何の曲だったっけ…」
 その曲とともに黒いロングスカートに白いブラウスの葉月が現れ、歌い出す。その澄んだ美しい歌声の見事さもそうだが、歌詞を聞いた途端、音楽家達の顔が青ざめ、葉月の身内達は胸がすく思いがした。

――唄を忘れた 金糸雀は
後の山に 棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた 金糸雀は
背戸の小藪に 埋けましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた 金糸雀は
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた唄を おもいだす――

 その歌は『かなりや』だったのだ。十数年前高い評価を受けていた頃と変わらない、いやそれ以上の美しい歌声と表現力。しかも合唱用の質素な衣装だからこそ見かけでごまかせない確固たる実力で彼女は歌って普通の聴衆を感動させた上で、彼女を嘲笑っていた人間達に最大の皮肉を贈ったのだ。これは前評判を聞いたマドンナが殿馬と葉月に『そんな馬鹿にした評価をされたのなら、それを贈った方への意趣返しに、失敗しても冗談で済む皮肉を最初にやったらどうですか?』と提案し、二人も『面白いからやってみよう』と乗って殿馬が選んだ曲だった。つまり殿馬は十数年間『唄を忘れた金糸雀』状態だった葉月をぞんざいに扱うことなかれ、とこの曲である意味ストレートに釘を刺したのだ。そしてその『金糸雀』の葉月は決して『唄を忘れ』てはいない。今でも充分素晴らしい実力を持った声楽家だとこの曲で示したのだ――そして余計な雑音は消えて、コンサートは始まった。殿馬のピアノは冴えに冴え、葉月の歌を磨きあげる。葉月の歌もそれに返し、その歌声で殿馬のピアノを更に美しく磨いて響かせる。そして葉月は歌っていく。愛する夫をひたすら待つ蝶々夫人を、娘に宿敵への復讐を命ずる夜の女王を、運命の愛の予感に戸惑いながらも、今の享楽に身を任せようとする高級娼婦ヴィオレッタ、通称椿姫を、自分の恩返しが仇となり欲に目がくらみ始めていたとしても、自分を助けてくれた夫与ひょうをひたすらに愛する鶴の化身つうを、奔放に恋を探す蠱惑的なジプシー女カルメンを――音域も言語も雰囲気もバラバラの歌であるのに、葉月はまるで自分の言葉の様に、呼吸をする様に歌っていく。その技術はもちろんだが、聴衆はむしろその表現力に惹きつけられる。彼女は原語で歌っていてプログラムには日本語のもの以外は確かに訳が入っているが、そんな事は関係なしに彼女が何を歌っているのか、何を訴えたいのかがそれぞれの衣装すら見える程に心にきちんと伝わってくるのだ。彼女は手入れを怠られ古ぼけた骨董品ではなかった。充分に今も輝くダイヤモンドなのだ――そうして『カルメン』のハバネラが終わった所でふっと殿馬のピアノが途切れ、葉月が深呼吸をした後、二人が目を合わせて殿馬のピアノがもう一度静かに奏でられ、葉月が静かに、しかし切々と恋人に対する愛を歌い出す。それは『ランメルモールのルチア』の一番の山場である『狂乱の場』であり、川辺が葉月に出した『宿題』だった。しかしその歌唱は普通に歌われる『狂乱の場』とは違っていた。普通この場のルチアは狂乱しているか、または狂乱を装っているかの様に演じられるのだが、葉月のルチアはどちらでもなかったのだ。全く『正気』のまま何のためらいもなく騙されて結婚した相手を殺し、それは結果的に自分も騙されたとはいえ裏切ってしまった恋人との愛の試練だったのだと切々とその恋人に愛を訴えているのだ。しかし殿馬のピアノによって表現される周囲の『正気』によってそのルチア=葉月の『正気』は『狂気』となり、また、葉月の歌によるルチアの『正気』で殿馬の『正気』は揺らぎ、『狂気』となる。どちらも確かに『正気』ではあるが、どちらも確かに『狂気』なのだ。どちらが本当の正気で、どちらが本当は狂気なのか。聴衆はだんだん分からなくなってくる。そしてルチア=葉月はその正気と狂気の狭間に堕ち込み、恋人とこの世で結ばれる事も許されず、死へと向かうしかなくなってしまう。それでもルチアは恋人にその死そのものは不幸であってもその愛は消えず、その愛の中で死ぬのは幸福だとばかりに『私の骸に苦い涙を注いで下さい』と澄んだ美しい歌声で歌い、正気と狂気の狭間に魂を落とし、それでも恋人への愛の甘美な喜びに身を任せるかのごとく死んでいく。そして最後の一声とピアノの一音が響いた後、葉月は床に座ったままアカペラで『かなりや』の最後に残された一節を歌い出す。

――唄を忘れた 金糸雀は
柳の鞭で ぶちましょか
いえ いえ それはかわいそう――

 そして葉月の声が途切れると同時に殿馬のピアノが乱れ咲き、最後の一音が響いた所で一瞬の間の後、目が覚めた様に聴衆から怒涛の様な拍手が響き渡った。まず葉月がそれに応え立ち上がるとゆっくりと一礼し、舞台袖に消え、その後殿馬もその拍手に応え舞台袖に消え、休憩時間になると、前の招待席の面々は開演前の会話は何だったのか、掌を返した様に褒めそやす。
「いや~何と素晴らしい歌声だろう!」
「歌を選ばない音域、澄んだ美しい歌声、まさにミューズ!」
「やはり伝説は間違いではなかったという事ですわね」
「でもこれなら第二部は聴くまでもないでしょう。この二人に素人が関わるんですから散々な出来ですよ、絶対に」
そんな調子のいい掌返しをしている上に自分と親しい合唱団の面々を馬鹿にする面々に不快感で苦虫を噛み潰している土井垣の背中を不意に柊司が叩き、難しい顔で声をかける。
「…土井垣、舞台袖に行くぞ」
「え?御館さん、どうしたんですか」
 土井垣が首を傾げていると文乃がポンと手を叩いて口を開く。
「柊、やっぱ葉月『エネルギー切れ』起こしたと思う?」
「ああ、ラストの歌座ったまま歌ったのとあの礼の仕方だと多分な。まあ合唱団の人達なら歌った後の葉月腐る程見てるはずだから対応知ってるかもしれねぇが、念のため労わりに行っとくベ」
「じゃあ柊司さん、これ持ってってあげて。終わったらあげようと思ってた葉月ちゃんの大好物ののど飴。休憩時間じゃ舐められないかもだけど、あげれば喜ぶだろ」
「しゅ~、しょ~ちゃ、いったっちゃ~い」
「サンキュ、タカ。じゃあ行くぞ土井垣」
 そう言うと柊司は土井垣を連れて舞台袖に行く。すると葉月がそこには通行の邪魔にならない様にだが転がっていて、合唱団の面々が慌てた様子で右往左往していた。土井垣もその姿を見た途端顔面蒼白になり葉月に駆けより、抱き起こして必死に声をかける。
「葉月!おい、しっかりしろ!」
「しょう…さん…?」
「おい!大丈夫なのか!?」
「…ねむい…」
「え?」
 葉月の脈絡のない言葉に土井垣は唖然となる。柊司は全部分かっているのか右往左往していた合唱団の面々に指示がてらの頼み事をして、葉月にも声を掛けていく。
「葉月のバッグの中にマスクとブランケットと水筒が入っているはずです。開けていいですから持ってきてもらえませんか」
「あ、うん…」
「葉月、衣装はこのままだな」
「うん、このまま…」
「じゃあ身支度に5分あればいいな。休憩15分だから10分寝ていい。ただその前に第二部のエネルギーのために糖分の補給と喉保護するのにマスクはつけろ。いいな」
「うん…ありがと、柊」
「いいんだよ。久々の限界突破だったもんな…ああ、持ってきて下さいましたか。ありがとうございます…ほら、葉月。お前が作って来たはちみつ入りの甘いしょうが紅茶だ。まずこれ飲んでエネルギー補給だ…よし、飲んだな。ほら、マスクだ。それからこれ巻いて身体冷やしたり衣装汚さねぇ様にして、後は皆に頼んで時間まで寝かせてもらうからゆっくり寝てろや。ああそうだ、これタカから差し入れ。お前の大好きなのど飴だぞ」
「あ~ホントだ…隆兄にありがとって言っといてね柊…じゃあ寝る」
「お~じゃあ寝とけ…じゃあ皆さん、かなり目立つ死体ですけど後は開演5分前までこのまま寝かせといてやって下さい。5分前に起きろって言えば起きた時には復活しますから」
「ああ…そう言う事ならそうするよ」
「土井垣、これが葉月の全力で歌った後の対応の仕方だ。よく覚えとけ」
「…はい」
 そうして話しているとそこに殿馬がやって来て覗き込みながら葉月にふっと声をかける。
「…すまなかったづらな」
「はい…?」
「おめぇの事考えずにこんな風になる様な歌い方させちまったづら…俺はただおえれぇさんの鼻明かす事だけしか考えなかったづら、もっとおめぇの事考えてたら…」
「…いいんです」
「え?」
 葉月は眠そうな顔だがそれでも幸せな微笑みを見せて呟く様に言葉を紡ぐ。
「…久しぶりにこうやって舞台袖で寝つける位全力投球で歌えたのが…私…本当に嬉しいんです…本当ですよ。だから…謝らないで下さい。…じゃあ寝かせて下さい」
「そうだな。殿馬、謝る位だったらこいつの睡眠時間、一秒でも長くしてやってくれ」
「…そうづらか」
「…はい」
 そう言って二人は微笑み合うと、葉月はすうっと眠りに就いた。殿馬と土井垣と柊司はその傍にそのままつく。そうして短い睡眠時間の後合唱団員が5分前だから起きてくれと起こすと葉月は大きく伸びをしながらあくびをした後、元気で爽やかな笑顔を見せて起き上がり身支度にかかる。それを見た殿馬も身支度にかかり、土井垣と柊司は客席に戻った――

「おか~り~」
「おかえり、どうだった?」
「ああ、やっぱ『エネルギー切れ』だったぜ。そうだタカ、のど飴ありがとうってさ」
「了解。柊司さんが戻って来たんなら大丈夫だね」
「御館さん、文乃さん達も…葉月がああなるって…知ってたんですか」
「え?『ああなる』って…宮田さん、どうかなっていたんですか?」
「…舞台袖で…転がって寝ていた」
「うわ、そりゃまた大変な…」
 驚くスターズの面々とは裏腹に弥生と若菜は納得した様に頷いている。
「あ~、はーちゃん電池切れするとどこででも寝るからね~」
「演研でも公演の休憩の時、体力回復のために舞台裏で転がってたものね、よく…って事は完全に力出し切ったのね」
「…慣れてるんだな、皆」
 弥生と若菜の言葉に恨みがましげに言葉を紡いだ土井垣に、弥生がさらりと言葉を返す。
「あたしらはその手の付き合いもありますからね。まして文乃さんはもちろん、隆さんも御館さんも家族みたいな関係ですから。声楽の公演の時に裏ではーちゃんについてる時もありましたもん。そりゃ対応覚えてなきゃやってられませんって」
「そう言う事」
「…そうですか」
「だから、土井垣にも見せたんだぞ。これからおんなじ様な事あった時に対応できる様に覚えとけ」
「…はい」
 そうこう話しているとブザーがまた鳴り、第二部が始まる。まず殿馬が現れピアノに座り、その後白いシャツと黒ズボンや黒いロングスカートの男女の集団がステージに現れ、最後に全身黒のパンツスーツ姿の小柄な女性が舞台中央正面に立って客席に一礼して合唱団の方に向き直ると殿馬に向かって手を振り上げる。殿馬のピアノとともにバスの通りの良いソロの歌声が聞こえてきて、そのバスが一節朗々と歌い上げた所で一瞬の間の後、照明が急に明るくなり、怒涛の様な合唱と殿馬のピアノ伴奏の波が聴衆に覆いかぶさって来た。その曲は『今・今・今』。曲自体はとても短いし、歌詞やメロディーは一見単調の様に見えて、それぞれのパートが力強い波の様に重なり合うと重厚な大波になる、歌いこなせば歌いこなす程味が出る曲。その曲を一同は高レベルで歌いこなしていた。そしてその歌を殿馬の伴奏が更に膨らみを与えて押し出す。そして曲が終わった時、客席からは惜しみない拍手が降り注いだ。そして次の曲は男声のみの『威風堂々・まだ見ぬ明日に盃を』これも短い曲だが、歌詞とハーモニーの勇壮さが印象に残る曲だった。そして次の曲は男声が一時休んで女声のみの歌『いとし子よ』。歌詞の通りの子どもを見守る様な優しい歌声に、殿馬のピアノの音も心なしか優しい。葉月の歌声もソロの時とは打って変わって、周りと溶け込み柔らかいハーモニーを形作っていた。その変化の見事さもそうだが、そうしても遜色ない合唱団の歌声にスターズの面々はため息をついていた。そして彼らの歌声に馴染んできた所で彼らは大作を持ってきた。『アムール川の波』。ハーモニーも曲の長さも難易度が高いこの曲を面々は力強く歌いきった。そして次の『人間の歌』でスターズの面々は心を打たれる。

――傷つき倒れた友の背に
眼差し注ぐ女(ひと)はいるか
病み疲れた乙女のその手に
温もり添える男(ひと)はいるか
生きる悲しさ翼に変えて
人のよろこび歌に託して
私は歌う希望の歌
共に歌おう人間の歌――

 歌詞は所々労働歌の様な所もあるのだが、それ以上に生きていこうと言う心を歌っているこの歌に殿馬のピアノ伴奏が美しく寄り添い、心を打っていく。そして曲が進んでいくと一節美しいアカペラでこう歌われる。

――生きて生きて生き抜いて
生きて生きて生き通して
私は歌う自由の歌
共に歌おう人間の歌――

 その直後、祝福の鐘の様に殿馬のピアノが鳴り響き、そのピアノと共にもう一度こう繰り返される。

――生きて生きて生き抜いて
生きて生きて生き通して
私は歌う人生の歌
共に歌おう人間の歌

共に歌おう人間の歌――

 そして静かに殿馬のピアノで締めくくられ、最後の一音が響き、指揮者の指揮が止まると共に、怒涛の様な拍手が降り注ぐ。スターズの面々も惜しみない拍手を送り、中には『ちくしょ~歌で泣かされるなんて初めてだぜ!』と泣いている者もいた。そうして拍手が落ち着いた所ですっと葉月がアルトパートの集団から一歩出てくると、指揮者と目を合わせ、頷く。それに合わせて指揮者が手を振り上げると、葉月は日本語のアカペラで『アメイジング・グレイス』を歌い始めた。

――海に生まれ 旅を続けた
みどり深き 森を抜け
幾千万の月日 重ねて
我ら 人類(ひと)と成りぬ――

 元々はソプラノパートのソロだと明らかに高い音程で分かるが、今回はコンサートの趣旨もあり特別に音域が自由な葉月に回したのだとすぐに分かった。そして葉月は集団へ戻り、そこから殿馬の伴奏と合唱が始まる。スターズの面々はCM等で原曲をさわりしか聴いた事がなかったが、ここで聴いた訳詞も合唱用のハーモニーも伴奏もとても美しいと思った。そして黒人霊歌らしく最後は教会の鐘の様な殿馬のピアノの伴奏と一同のハーモニーで終わると、自然と拍手が零れていた。そしてとうとう最後の曲になってしまった。残念だと思いつつも最後の曲はどんな曲だろうと聴いて行く。最後の曲は『きずな』と言う曲だった。目には見えない大切なもの、ずっと前から繋がって来た奇跡に生かされている自分達、そんな絆に感謝をする曲だった。そして繰り返されるこんなフレーズが心に残る。

――ありがとう 生まれてきたこと
ありがとう きずなに感謝――

 葉月がこの曲を選んだのだと言う事は葉月を知る人間にはすぐ分かった。殿馬と出会い、再会できた事に、何より歌をもう一度歌いたいと思わせてくれた皆との絆に感謝をしているその気持ちを伝えたかったのだと――そして第一部と第二部をプロだとか素人だとかいう色付けをなしに聞いた人間は染みいる様に理解できた。この合唱団の人間達が仲間としているからこそ、葉月の歌は今でもその伝説の通りの素晴らしい響きを持っているのだという事が――そして一同の歌声と殿馬のピアノの最後の一音が鳴り響き、今までで一番大きな拍手が一同に降り注ぐ。面々は一礼すると舞台袖に消えていき、コンサートは終了した。