そんなこんなでしゃべっている内に一時間程経っていて、柊司がキッチンから隆と美月を呼んだ。
「タカ~もう少しで料理出来上がるから、棚から食器出して用意頼むわ。美月も自分の食器持ってけ」
「分かった。美月~、じゃあお父さんと一緒にお支度しようね」
「うん!」
そう言うと隆はメンバーの食器を取りに美月とキッチンに行く。二人が来た所で柊司は美月に問いかけた。
「美月、イチゴと一緒にヨーグルトと牛乳、どっちが欲しいけ?」
美月は柊司の言葉に少し考えるそぶりを見せた後、元気に答える。
「にゅ~にゅ~!」
柊司は美月の言葉ににっと笑うと頭を撫でて頷いた後、リビングの面々にも声をかける。
「よし、じゃあデザートは決まり…としてぇが念のため確認っと。…お~い、お前ら、お前らの中で牛乳駄目な奴いるか~?」
「あ~俺は大丈夫です」
「俺も平気です」
「大丈夫づら」
「なら大丈夫か…じゃあデザートも決定。ってな訳でタカ、食器持ってってくれ。美月は自分の分な、ほら」
「これだね。人数分は…あるか。じゃあ持ってくよ。美月も美月のを持ってこうね~」
「あい!」
隆はメンバーの食器を持っていきそれぞれに渡し、美月はよちよちと美月用らしい子ども用の食器を運んでちょこんと座ると、目の前にある美月用に用意した台の上に食器を上手に並べてにっこり笑う。それを見た緒方が感心する。
「美月ちゃんって、まだ二歳半でしたよね。こんなちっちゃいのに、すごくしっかりしてますね」
緒方の言葉に文乃はにっこり笑って応える。
「そうね~保育園にいると集団生活身に着くし、年長さん達と一緒に給食とかおやつ食べてたりもしてるから、お兄ちゃんお姉ちゃんのまねっこで覚えたらしいわ。食べるのはまださすがに上手じゃないけど、用意とお片付けは上手よ」
「そうですか。それにここに美月ちゃん専用の食器があるって、独身男性の家にしては不思議な光景かも」
「それはまあ…必然性があってね。うちもお互い仕事が忙しくってね。申し訳ないけど柊に正式な依頼として、二人とも遅い時は保育園のお迎えから夕飯のお世話まで頼んでるのよ。柊、美月が生まれるって分かってから、『事業拡大のためだ~』とか何とか言いながら、何人かの社員の人と一緒に、保育士の資格も取ってくれちゃったし」
「とはいえ柊司さんが元々美月に甘くて自主的に美月が一番気に入った食器を買ってくれたし、美月も柊司さんが大好きで、何にもないのにしょっちゅうここに行くの~って騒ぐから、それはそれでいいのかな」
そう言って苦笑する二人の笑顔でこの親子と柊司の絆がよく分かり、一同は心が和む。それに葉月を加えた5人が一つの家族の様な雰囲気がして心が温まると同時に、それに嫉妬する土井垣の気持ちが分かる気がした。そんな事を思っていると、柊司と葉月の手によって大皿に盛られた料理が運ばれてくる。献立は彩りミニおにぎりとキャベツとハムのパスタと、葉月が持ってきたがんもどきの煮付けと、挽き肉とキャベツの重ねスープ煮込みと、新玉ねぎとトマトとおかかのサラダ。それにイチゴと牛乳が添えられ、いちごミルクができるようになっていた。
「…ま、手早くできるとなるとこんなとこかな。簡単だけど結構いけるぜ。あったけぇうちに食うか」
「…私が持ってきたがんもどき浮いちゃいましたけど、これでもおいしいと思いますから、食べてみて下さい」
葉月の言葉に、土井垣が柊司を牽制する様に優しく言葉を掛ける。
「そんな事ないさ。お前のがんもどきの煮付けはすごくうまいからな。それに美月ちゃんが食べたらまだ危ない餅入りのものは入ってないし、それだけじゃない、俺の大好物の今しか食えない季節物の筍入りのやつがあるじゃないか。ちゃんと美月ちゃんや俺の事を考えて選んでくれた、お前の思いやりが嬉しい」
「…ありがと」
土井垣の言葉に葉月は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑む。それを見た柊司もふっと笑うと隆と共に面々にビールとアルコールが駄目な葉月と文乃と美月には麦茶を注いで、乾杯の音頭を取る。
「じゃあ、今までの連敗はスカッと忘れろ。ここでがっちり飲み食いして気持ちを改めて再スタートしろよ、乾杯!」
「かんぱ~い!」
「ぱ~い、た~きます」
そう言って一緒に乾杯の挨拶をした後ちゃんと手を合わせてお辞儀といただきますの挨拶をする美月につられて、皆手を合わせて口々に『いただきます』と声を上げて頭を下げた事に気づき、一同は顔を見合わせて笑った。
そうして皿の下にレジャーシートを敷いた簡易宴会場で、皆葉月と柊司のおいしい手料理に舌鼓を打つ。
「このパスタ、シンプルなのにいけますね」
「新玉ねぎもこうやって食べるとまた違った感じがしてうまいです」
「づら」
「がんもどきもいろいろ種類があって、しかもスーパーのより数段おいしいです」
「だろう?ここの豆腐を食べたら普通のがんもどきや豆腐は食えなくなるぞ」
「それにこのキャベツのおかず、野菜も肉もたっぷり食えていいおかずですね。今度作り方教えて下さい」
「そうか、気に入ってくれて嬉しいな。美月はどうだ?」
柊司は満足げに笑いながら、時々文乃や隆に手伝ってもらいながらも、基本は一生懸命自分でフォークとスプーンを駆使して食べている美月に声を掛ける。美月は手や口の周りを汚しながらも、にっこり笑って応える。
「おいし~の」
「そうけ~おいしいけ~」
他人にはあまり見せない柊司の父親の様な甘い笑顔を見て葉月は笑うと、柊司に料理を盛って渡す。
「ほら、当人が食べなくてどうするのよ柊。皆結構食べるんだから柊も遠慮しないで食べなきゃ」
「葉月、お前こそ食っとけよ。食って元気でいて、土井垣に心配かけねぇ様にしなくちゃな」
「…ん」
柊司の想いが良く分かる言葉に葉月は恥ずかしそうに頷く。それを見た土井垣が不機嫌になり、葉月を何とか自分の方に寄せようとした時、不意に美月が怒った様に台をバンバンと叩いて足を踏み鳴らしながら立ち上がり、声を上げる。
「め~っ!しゅ~はみ~の!」
美月の言葉と態度に、葉月と文乃と隆はおかしそうに笑いながらそれぞれ言葉を紡ぐ。
「あ~、ごめんね、美月ちゃん。そうよね~?柊司お兄ちゃんは美月ちゃんのよね~」
「2歳半でいっちょ前に葉月含めて柊が他の女の人と仲良くしてるの見ると、やきもち妬いて怒るのよね~美月ってば。お父さんの隆君が女の人と仲良くしててもここまではならないのに」
「ま、柊司さんが美月の中で一番大好きなんだろうね。で、二番が山田君。俺は三番手なんだよ。…って訳でどう?柊司さん、美月が大きくなったらお嫁さんにもらってくれない?」
「ば…バカタレ!タカ、自分の娘差し出す様な真似して、お前それでも父親け!」
「柊司さんだったら美月を幸せにしてくれそうだしね~歳の差はこの際目をつぶるって事で」
「勘弁してくれよ~俺の気持ちはお前分かってんべ~?」
「ま、ね。そっちはそっちで面白いと思ってるから…将さんにも柊司さんにも悪いとは思うけどね~まあ俺は美月が幸せになってくれればそれが一番だから…さて、どうなるかな~?」
「…」
さらりと言葉を紡ぐ隆に狼狽していた柊司は言葉がなくなる。葉月も土井垣も隆の言葉にそれぞれ動揺が隠せなくなっていた。そんな様子を楽しみつつ一同はデザートのいちごミルクまで堪能し、楽しく話して皆で片付け帰っていく。土井垣も葉月を連れて帰ろうとした時、柊司がふと彼を呼び止めた。
「…土井垣、明日オフだろ?お前は泊って俺の酒の相手しろ」
柊司の口調こそ軽いがいつになく真剣な様子に土井垣は何かを感じ取るとともに、あの電話の一件から葉月の事で一度二人で話したいとも思っていたので、柊司の誘いを受ける事にした。
「…はい。…じゃあ葉月、そういう事だから今日は…すまんな。明日また連絡するから」
「いいえ…柊とゆっくり話して下さい」
「ああ。じゃあ文乃さん、夜も遅いので葉月をマンションまで送って行ってくれますか」
「オッケーよ。じゃあね、将君、柊」
本当ならこの後は葉月と過ごす予定だったので葉月に詫びを入れつつ文乃に彼女を託して残ると、柊司はリビングに置き直したローテーブルの所に土井垣を座らせ、その間に日本酒の瓶とコップを持って来て土井垣の前に座り、互いのコップに酒を注ぐ。
「コップ酒で悪ぃが…これは冷がいけるんだ。まあ飲め」
「ああ…はい」
そうして一口飲んで落ち着いたところで、土井垣は柊司に声を掛ける。
「…御館さん」
「おう」
「あの日の電話で言った事は…本気ですか」
土井垣の問いに、柊司も一口ちびりと酒を口にすると、静かに答える。
「…ああ、本気だ。俺はガキの頃から葉月にずっと惚れてた。中学の時の『あの事』から守れなかった事も心底後悔して…それからずっとあいつを影から守ってきた。…でもあいつはお前を選んだ。だから諦めようと思ったがな…お前のあいつに対する振る舞いがもう耐えらんねぇ。あいつもいい加減俺の気持ちには気づいてる。だから、正々堂々対抗させてもらうぜ…でもな」
「でも?」
「…今のお前とは勝負しねぇよ。今のあんまりにも情けねぇお前とはな」
「どういう事ですか」
柊司の言葉にむっとする土井垣に、柊司は更に鋭い眼差しで、その眼差しと同じ口調で言葉を続ける。
「あんだけ御大層な事言って葉月をおっぽらかして傷つけたくせに、退場までやらかしたこの情けねぇ三連敗は何だよ。結成してもう6年も経つ上に3度の日本一、その内V2一回もやってんのに、その実態は山田一人がいなくなっただけでこんなにガタガタになっちまうチームってのは、ちょっといただけねぇな」
「それは…その通りですが…じゃあどうしろって言うんですか」
柊司の言葉に痛い所を突かれたものの、土井垣は土井垣なりに精一杯やって来た自負があるので、その自負のままに言い返す。柊司は彼が持つその自負からくる反論に、その自負には根本的に足りないものがある事を指摘する様に更に厳しく返す。
「どうしろって…分かんだろ?お前一遍チーム編成と選手の育成方針、根本的に考え直せや。このままだと3回の日本一は全部山田一人のおかげってなっちまうぜ?それにな、本当にそうだったとしたら、人をまとめ上げて育てる存在なのに、そんな情けねぇまとめ方や育て方しかできねぇ男には、葉月を渡せねぇよ。そんな男に葉月を渡したら…葉月が不幸になっちまう」
「何故ですか」
訳が分からず、しかし批判には腹が立つので土井垣はむっとして酒を飲みつつ問いかける。柊司はそんな彼の態度に厳しい口調で続ける。
「俺も一応経営者の端くれだから言わせてもらうがな、人をまとめるとか育てるってのはなぁ、その人間一人ひとりをちゃんと見られなきゃできねぇんだよ。それは恋愛や結婚にもつながる。相手をきちんと見られねぇ、見ようとしねぇ様な奴と一緒になったら、もう片方は辛い思いを背負う事になっちまうんだ。…俺はこれ以上葉月にそんな思いはもうさせたくねぇからな。今のお前はチームメイトも面倒ちゃんと見られてねぇ情けねぇ状態じゃねぇか。そんな状態のお前と葉月が一緒にいたら葉月は辛い思いをするだけだ。だからお前が俺と同じ土俵に上がれるまで、葉月は傷つかねぇ様に保護させてもらうぜ。正々堂々とな。その代わり」
「その代わり?」
「早く争奪戦を始めるために、お前が少しでも早く同じ土俵に上がれる様になる手助けは惜しまねぇつもりだ。…うちの社のデータ分析部門の社員の中に、怪我で競技生活は諦めたが、スポーツ科学とコーチングを学んだその道のエキスパートがいるんだよ。お前が依頼するなら、そいつにお前んとこの選手それぞれの運動能力の分析と、そこから必要な練習やトレーニングをお前やお前んとこのコーチやトレーナー達と連携して組み立てる事は可能だぜ。報酬は格安にしとくが…乗るか?」
「…商売上手ですね。御館さん。でもその『格安な報酬』は葉月なんでしょう?お断りします」
土井垣の皮肉にくるんだ嫉妬の言葉に対し、柊司は真剣な眼差しで応える。
「俺はビジネスにそういう私情は挟まねぇよ。それに何よりうちの社のモットーは『クライアントの一番大切なものを守る』だしな。お前の監督としての一番大切なものはスターズ、土井垣将個人としての一番大切なものは葉月だって俺は思ってるからな。両方守るのは、依頼されたら当然それが俺の仕事だ」
柊司の言葉と眼差しに彼が本心からそう言っていると分かり、土井垣は考える様に酒を飲み干すと、ぽつりと呟いた。
「…考えておきます」
「…そうか」
そういうと柊司は空になったコップに酒を注ぎ、更に呟く。
「話はそれだけだ。後はとりあえず今だけは全部忘れて…飲み明かそうや」
「そうですね」
そう言うと二人は長い間静かに酒を酌み交わした。
「タカ~もう少しで料理出来上がるから、棚から食器出して用意頼むわ。美月も自分の食器持ってけ」
「分かった。美月~、じゃあお父さんと一緒にお支度しようね」
「うん!」
そう言うと隆はメンバーの食器を取りに美月とキッチンに行く。二人が来た所で柊司は美月に問いかけた。
「美月、イチゴと一緒にヨーグルトと牛乳、どっちが欲しいけ?」
美月は柊司の言葉に少し考えるそぶりを見せた後、元気に答える。
「にゅ~にゅ~!」
柊司は美月の言葉ににっと笑うと頭を撫でて頷いた後、リビングの面々にも声をかける。
「よし、じゃあデザートは決まり…としてぇが念のため確認っと。…お~い、お前ら、お前らの中で牛乳駄目な奴いるか~?」
「あ~俺は大丈夫です」
「俺も平気です」
「大丈夫づら」
「なら大丈夫か…じゃあデザートも決定。ってな訳でタカ、食器持ってってくれ。美月は自分の分な、ほら」
「これだね。人数分は…あるか。じゃあ持ってくよ。美月も美月のを持ってこうね~」
「あい!」
隆はメンバーの食器を持っていきそれぞれに渡し、美月はよちよちと美月用らしい子ども用の食器を運んでちょこんと座ると、目の前にある美月用に用意した台の上に食器を上手に並べてにっこり笑う。それを見た緒方が感心する。
「美月ちゃんって、まだ二歳半でしたよね。こんなちっちゃいのに、すごくしっかりしてますね」
緒方の言葉に文乃はにっこり笑って応える。
「そうね~保育園にいると集団生活身に着くし、年長さん達と一緒に給食とかおやつ食べてたりもしてるから、お兄ちゃんお姉ちゃんのまねっこで覚えたらしいわ。食べるのはまださすがに上手じゃないけど、用意とお片付けは上手よ」
「そうですか。それにここに美月ちゃん専用の食器があるって、独身男性の家にしては不思議な光景かも」
「それはまあ…必然性があってね。うちもお互い仕事が忙しくってね。申し訳ないけど柊に正式な依頼として、二人とも遅い時は保育園のお迎えから夕飯のお世話まで頼んでるのよ。柊、美月が生まれるって分かってから、『事業拡大のためだ~』とか何とか言いながら、何人かの社員の人と一緒に、保育士の資格も取ってくれちゃったし」
「とはいえ柊司さんが元々美月に甘くて自主的に美月が一番気に入った食器を買ってくれたし、美月も柊司さんが大好きで、何にもないのにしょっちゅうここに行くの~って騒ぐから、それはそれでいいのかな」
そう言って苦笑する二人の笑顔でこの親子と柊司の絆がよく分かり、一同は心が和む。それに葉月を加えた5人が一つの家族の様な雰囲気がして心が温まると同時に、それに嫉妬する土井垣の気持ちが分かる気がした。そんな事を思っていると、柊司と葉月の手によって大皿に盛られた料理が運ばれてくる。献立は彩りミニおにぎりとキャベツとハムのパスタと、葉月が持ってきたがんもどきの煮付けと、挽き肉とキャベツの重ねスープ煮込みと、新玉ねぎとトマトとおかかのサラダ。それにイチゴと牛乳が添えられ、いちごミルクができるようになっていた。
「…ま、手早くできるとなるとこんなとこかな。簡単だけど結構いけるぜ。あったけぇうちに食うか」
「…私が持ってきたがんもどき浮いちゃいましたけど、これでもおいしいと思いますから、食べてみて下さい」
葉月の言葉に、土井垣が柊司を牽制する様に優しく言葉を掛ける。
「そんな事ないさ。お前のがんもどきの煮付けはすごくうまいからな。それに美月ちゃんが食べたらまだ危ない餅入りのものは入ってないし、それだけじゃない、俺の大好物の今しか食えない季節物の筍入りのやつがあるじゃないか。ちゃんと美月ちゃんや俺の事を考えて選んでくれた、お前の思いやりが嬉しい」
「…ありがと」
土井垣の言葉に葉月は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑む。それを見た柊司もふっと笑うと隆と共に面々にビールとアルコールが駄目な葉月と文乃と美月には麦茶を注いで、乾杯の音頭を取る。
「じゃあ、今までの連敗はスカッと忘れろ。ここでがっちり飲み食いして気持ちを改めて再スタートしろよ、乾杯!」
「かんぱ~い!」
「ぱ~い、た~きます」
そう言って一緒に乾杯の挨拶をした後ちゃんと手を合わせてお辞儀といただきますの挨拶をする美月につられて、皆手を合わせて口々に『いただきます』と声を上げて頭を下げた事に気づき、一同は顔を見合わせて笑った。
そうして皿の下にレジャーシートを敷いた簡易宴会場で、皆葉月と柊司のおいしい手料理に舌鼓を打つ。
「このパスタ、シンプルなのにいけますね」
「新玉ねぎもこうやって食べるとまた違った感じがしてうまいです」
「づら」
「がんもどきもいろいろ種類があって、しかもスーパーのより数段おいしいです」
「だろう?ここの豆腐を食べたら普通のがんもどきや豆腐は食えなくなるぞ」
「それにこのキャベツのおかず、野菜も肉もたっぷり食えていいおかずですね。今度作り方教えて下さい」
「そうか、気に入ってくれて嬉しいな。美月はどうだ?」
柊司は満足げに笑いながら、時々文乃や隆に手伝ってもらいながらも、基本は一生懸命自分でフォークとスプーンを駆使して食べている美月に声を掛ける。美月は手や口の周りを汚しながらも、にっこり笑って応える。
「おいし~の」
「そうけ~おいしいけ~」
他人にはあまり見せない柊司の父親の様な甘い笑顔を見て葉月は笑うと、柊司に料理を盛って渡す。
「ほら、当人が食べなくてどうするのよ柊。皆結構食べるんだから柊も遠慮しないで食べなきゃ」
「葉月、お前こそ食っとけよ。食って元気でいて、土井垣に心配かけねぇ様にしなくちゃな」
「…ん」
柊司の想いが良く分かる言葉に葉月は恥ずかしそうに頷く。それを見た土井垣が不機嫌になり、葉月を何とか自分の方に寄せようとした時、不意に美月が怒った様に台をバンバンと叩いて足を踏み鳴らしながら立ち上がり、声を上げる。
「め~っ!しゅ~はみ~の!」
美月の言葉と態度に、葉月と文乃と隆はおかしそうに笑いながらそれぞれ言葉を紡ぐ。
「あ~、ごめんね、美月ちゃん。そうよね~?柊司お兄ちゃんは美月ちゃんのよね~」
「2歳半でいっちょ前に葉月含めて柊が他の女の人と仲良くしてるの見ると、やきもち妬いて怒るのよね~美月ってば。お父さんの隆君が女の人と仲良くしててもここまではならないのに」
「ま、柊司さんが美月の中で一番大好きなんだろうね。で、二番が山田君。俺は三番手なんだよ。…って訳でどう?柊司さん、美月が大きくなったらお嫁さんにもらってくれない?」
「ば…バカタレ!タカ、自分の娘差し出す様な真似して、お前それでも父親け!」
「柊司さんだったら美月を幸せにしてくれそうだしね~歳の差はこの際目をつぶるって事で」
「勘弁してくれよ~俺の気持ちはお前分かってんべ~?」
「ま、ね。そっちはそっちで面白いと思ってるから…将さんにも柊司さんにも悪いとは思うけどね~まあ俺は美月が幸せになってくれればそれが一番だから…さて、どうなるかな~?」
「…」
さらりと言葉を紡ぐ隆に狼狽していた柊司は言葉がなくなる。葉月も土井垣も隆の言葉にそれぞれ動揺が隠せなくなっていた。そんな様子を楽しみつつ一同はデザートのいちごミルクまで堪能し、楽しく話して皆で片付け帰っていく。土井垣も葉月を連れて帰ろうとした時、柊司がふと彼を呼び止めた。
「…土井垣、明日オフだろ?お前は泊って俺の酒の相手しろ」
柊司の口調こそ軽いがいつになく真剣な様子に土井垣は何かを感じ取るとともに、あの電話の一件から葉月の事で一度二人で話したいとも思っていたので、柊司の誘いを受ける事にした。
「…はい。…じゃあ葉月、そういう事だから今日は…すまんな。明日また連絡するから」
「いいえ…柊とゆっくり話して下さい」
「ああ。じゃあ文乃さん、夜も遅いので葉月をマンションまで送って行ってくれますか」
「オッケーよ。じゃあね、将君、柊」
本当ならこの後は葉月と過ごす予定だったので葉月に詫びを入れつつ文乃に彼女を託して残ると、柊司はリビングに置き直したローテーブルの所に土井垣を座らせ、その間に日本酒の瓶とコップを持って来て土井垣の前に座り、互いのコップに酒を注ぐ。
「コップ酒で悪ぃが…これは冷がいけるんだ。まあ飲め」
「ああ…はい」
そうして一口飲んで落ち着いたところで、土井垣は柊司に声を掛ける。
「…御館さん」
「おう」
「あの日の電話で言った事は…本気ですか」
土井垣の問いに、柊司も一口ちびりと酒を口にすると、静かに答える。
「…ああ、本気だ。俺はガキの頃から葉月にずっと惚れてた。中学の時の『あの事』から守れなかった事も心底後悔して…それからずっとあいつを影から守ってきた。…でもあいつはお前を選んだ。だから諦めようと思ったがな…お前のあいつに対する振る舞いがもう耐えらんねぇ。あいつもいい加減俺の気持ちには気づいてる。だから、正々堂々対抗させてもらうぜ…でもな」
「でも?」
「…今のお前とは勝負しねぇよ。今のあんまりにも情けねぇお前とはな」
「どういう事ですか」
柊司の言葉にむっとする土井垣に、柊司は更に鋭い眼差しで、その眼差しと同じ口調で言葉を続ける。
「あんだけ御大層な事言って葉月をおっぽらかして傷つけたくせに、退場までやらかしたこの情けねぇ三連敗は何だよ。結成してもう6年も経つ上に3度の日本一、その内V2一回もやってんのに、その実態は山田一人がいなくなっただけでこんなにガタガタになっちまうチームってのは、ちょっといただけねぇな」
「それは…その通りですが…じゃあどうしろって言うんですか」
柊司の言葉に痛い所を突かれたものの、土井垣は土井垣なりに精一杯やって来た自負があるので、その自負のままに言い返す。柊司は彼が持つその自負からくる反論に、その自負には根本的に足りないものがある事を指摘する様に更に厳しく返す。
「どうしろって…分かんだろ?お前一遍チーム編成と選手の育成方針、根本的に考え直せや。このままだと3回の日本一は全部山田一人のおかげってなっちまうぜ?それにな、本当にそうだったとしたら、人をまとめ上げて育てる存在なのに、そんな情けねぇまとめ方や育て方しかできねぇ男には、葉月を渡せねぇよ。そんな男に葉月を渡したら…葉月が不幸になっちまう」
「何故ですか」
訳が分からず、しかし批判には腹が立つので土井垣はむっとして酒を飲みつつ問いかける。柊司はそんな彼の態度に厳しい口調で続ける。
「俺も一応経営者の端くれだから言わせてもらうがな、人をまとめるとか育てるってのはなぁ、その人間一人ひとりをちゃんと見られなきゃできねぇんだよ。それは恋愛や結婚にもつながる。相手をきちんと見られねぇ、見ようとしねぇ様な奴と一緒になったら、もう片方は辛い思いを背負う事になっちまうんだ。…俺はこれ以上葉月にそんな思いはもうさせたくねぇからな。今のお前はチームメイトも面倒ちゃんと見られてねぇ情けねぇ状態じゃねぇか。そんな状態のお前と葉月が一緒にいたら葉月は辛い思いをするだけだ。だからお前が俺と同じ土俵に上がれるまで、葉月は傷つかねぇ様に保護させてもらうぜ。正々堂々とな。その代わり」
「その代わり?」
「早く争奪戦を始めるために、お前が少しでも早く同じ土俵に上がれる様になる手助けは惜しまねぇつもりだ。…うちの社のデータ分析部門の社員の中に、怪我で競技生活は諦めたが、スポーツ科学とコーチングを学んだその道のエキスパートがいるんだよ。お前が依頼するなら、そいつにお前んとこの選手それぞれの運動能力の分析と、そこから必要な練習やトレーニングをお前やお前んとこのコーチやトレーナー達と連携して組み立てる事は可能だぜ。報酬は格安にしとくが…乗るか?」
「…商売上手ですね。御館さん。でもその『格安な報酬』は葉月なんでしょう?お断りします」
土井垣の皮肉にくるんだ嫉妬の言葉に対し、柊司は真剣な眼差しで応える。
「俺はビジネスにそういう私情は挟まねぇよ。それに何よりうちの社のモットーは『クライアントの一番大切なものを守る』だしな。お前の監督としての一番大切なものはスターズ、土井垣将個人としての一番大切なものは葉月だって俺は思ってるからな。両方守るのは、依頼されたら当然それが俺の仕事だ」
柊司の言葉と眼差しに彼が本心からそう言っていると分かり、土井垣は考える様に酒を飲み干すと、ぽつりと呟いた。
「…考えておきます」
「…そうか」
そういうと柊司は空になったコップに酒を注ぎ、更に呟く。
「話はそれだけだ。後はとりあえず今だけは全部忘れて…飲み明かそうや」
「そうですね」
そう言うと二人は長い間静かに酒を酌み交わした。