――ここなら直接俺に渡る。だから…絶対に送って来い――

 そう土井垣と約束した今年のバレンタインデー。葉月は彼が自分の想いを理解してくれた喜びを感じながらも、何を贈ればいいか考え込んでしまった。チョコだとありきたりで彼が自分にとって特別な存在だし、自分も彼にとって特別でいたいという気持ちが伝わらない気がするし、ケーキだと日持ちする種類のものは一人分の量が少し寂しい。手編みのセーターやマフラーは編むのは好きだが四国にいる彼に贈るにはあまり適切ではないし、荷物にもなってしまう。一体何を贈ったら自分の気持ちは届くのだろう――

「…はーちゃん、それは贅沢な悩みだよ」
「…ごめん、ヒナ」
「いいわよ。恋する乙女のエキスを少しでももらって、あたしも彼氏ゲットに頑張りたいから、こういう悩みは中々楽しいわ」
 一月半ばの都内の居酒屋。葉月は弥生とお互い忙しい間の合間を縫った夜に、今年のスーパースターズのメンバーに贈るバレンタインのケーキを作る日を決めるために会って、ケーキの種類などを決めながら、一緒に件の悩みも彼女に話した。弥生は彼女の悩みに呆れながらも微笑ましく思い、カクテルを口にしながら話を聞く。葉月はカクテルを飲みながら独り言の様に呟く。
「チョコじゃなくって、荷物にもならなくって、ちょっと特別なもので土井垣さんにも喜ばれそうなもの…あ~分かんない!」
「…はーちゃん、一つ聞くけど、誕生日とかのプレゼントはどうしてたの?」
 弥生の問いに、葉月は困った様に答える。
「えっとね…手編みのセーターとかは送った事あるけど…後は何贈れば喜んでもらえるか分かんなくって、だったら使えるものって思って手帳とか財布とか実用品ばっかり贈ってたの」
「そっか。無駄が嫌いなはーちゃんらしいといえばはーちゃんらしいけど…色気は確かにないわね」
「…返す言葉もございません」
 そう言って頭を下げる葉月を弥生は笑って見詰めていたが、やがてふと考え付いた様に口を開く。
「…ねぇ、はーちゃん。この際だから一回自分がもらって喜ぶ物も頭に入れて考えてみたら?どうせ恋愛なんて一方通行な面も一杯あるんだからさ」
「う~ん…それもありだと思うけど…何かいいものあるかなぁ…」
「これから先は頭ハゲにしてもいいから自分で考えなさい。…じゃあ、とりあえず演出も兼ねてブラフであんたも名前添えてケーキ贈るのは決定にしようね」
「ヒナ…あんたやっぱり年中無休で鬼畜よね」
「いいじゃない。ちょっと底に落とした分嬉しさ倍増になるんだから。だからその分土井垣さんには、最高のプレゼント贈りなさいよ」
 悪戯っぽい口調ながら、叱咤激励してくれる弥生の気持ちが嬉しくて、葉月はにっこり笑ってその言葉に応える。
「分かった、ありがとヒナ。頑張って考えてみる」
「頑張んなさい…あたしも頑張るから」
「ヒナ?…何かもしかしてヒナもあるの?」
「えっ?…ん~…何でも」
 弥生の言葉に何かを感じた葉月が彼女に問いかけると、弥生は話をはぐらかす。話をはぐらかそうとする弥生を葉月は冗談半分で問い詰める。
「こらヒナ、たまにはあたしにもあんたの色気ある話を聞かせなさい」
「ごめん、今回は勘弁して」
「…もう、あたしばっかりいつも話してずるいじゃん」
「だからごめんって…今はちょっと言えないんだ…」
「ヒナ…?」
 弥生ははぐらかす様な悪戯っぽい表情から、不意に寂しげな表情に変わる。葉月は弥生の寂しげな表情が不思議に思えたが、気落ちさせない様にとからかう様な、しかし励ます様な口調で言葉を重ねる。
「まあ、今回は勘弁してあげる…でも、あたしばっかり励ましてもらってるけど、ホントはあたしだってヒナを励ましたいのよ。だからヒナ、頑張って。あたし、ヒナを断然応援するから」
「…ありがと、はーちゃん」
「…どういたしまして。…その代わり、成功したら相手はあたしに一番に紹介してよ」
「オッケー。約束する」
 葉月の悪戯っぽい言葉に弥生は微笑む。葉月も笑うと、そこから二人は取り留めなく話をした。

 そうして葉月はもう一度、土井垣に贈る物を改めて考えてみる。基本的に彼は何を贈っても『ありがとう』と言って受け取るだけで、何を贈れば喜ぶのか今一つ分からない。とはいえ贈った物は次に会った時に、それとなくちゃんと使っているのを彼女に見せているのだが。それならば自分が受け取って喜ぶもの…と言うと、リボン、髪留め、千代紙、お香、ぬいぐるみ…どれも彼には心底いらないものか、荷物になってしまうものばかり。彼女は堂々巡りになってしまって溜息をつく。でもこうして好きな人にプレゼントを贈る、という事を一生懸命考えられる事は本当に幸せなんだろう、という気持ちも一方で感じていた。こんな幸せな苦労を作ってくれる彼に感謝半分、恨み半分を感じながら葉月は紅茶を一口飲む。ほのかな苦味が口に広がった時、彼女はふとこれだ、と思った。お茶、それもできるならキャンプで疲れているだろう彼のためにハーブティを贈ろう。チョコには合わないかもしれないけれど一緒にも飲めるし、自分の彼に対する特別な想いも伝えられる――不意に思いついたその考えに、彼女は何だか楽しくなっていた――

「…で、決まったの?」
「うん!この後買いに行くつもり」
 弥生のマンションでケーキを作りながら、葉月は幸せそうに笑う。弥生はその幸せそうな表情に苦笑しながらも、からかう様に口を開く。
「…全く、本当にお幸せな二人よね…あたしもあやかりたいわ」
「ヒナってば…でも誰だかは知らないけど、ヒナだったらきっとうまくいくって!あたしが保障するよ」
「恋愛恐怖症だった上、ニブニブのはーちゃんの保障は一番当てになんないんだけど」
「ひど~い!」
 弥生の突っ込みに葉月は頬を膨らませる。弥生はそれを宥める様に笑うと、力強く口を開く。
「ごめんごめん…でも保障はともかく、はーちゃんのその幸せそうな笑顔は励ましになるんだから。その笑顔があたしにも伝染って、うまくいくぞって気にはなれるんだよ」
「そっか…じゃああたしの笑顔でよかったら、いくらでも大サービスするよ。だからヒナも頑張ってよ」
「ありがと。…うん、あたしも頑張るぞ!」
「よし、その意気だ!…でもまずは皆の分を作らないとね」
「そうだね」
 そう言って二人は笑いながらケーキを作っていった。

――幸せなバレンタインのためには皆一生懸命――