2月14日、今日はバレンタインデー。東京スーパースターズの面々にも球場で直渡しや、宅急便でチョコやプレゼントが贈られてきていた。面々はファンの気持ちに喜びながらも、独り者の侘びしさも同時に味わっていた。
「こうやってファンからチョコもらえるってのは嬉しいけどさ…彼女からのプレゼントっていうのも欲しいよな~」
「いいじゃん、独りもんは諦めつくから。監督なんか彼女の宮田さんから毎年チョコあげないって公言されて、毎年この時期不機嫌マックスじゃん」
「その監督だけどさぁ…」
「何だ?」
「今日、何となく変だよな」
「ああ、そういえばそわそわしてるって言うか…一歩間違うと挙動不審だよな」
「そう言われると…確かに。監督に一体何があったんだろう」
そうやってこそこそ話していると、不意に三太郎が思いついた様に口を開く。
「これはもう…あれだよ。宮田さんがとうとうチョコを土井垣さんにプレゼントするって事だよ」
三太郎の言葉に、こうした話にはある種無縁を通す義経も含んだチームメイトは、話に乗って言葉を紡いでいく。
「もしかして…キャンプ先に直接来るとか」
「ふむ…彼女の言動からして、仕事をおろそかにしてまで恋愛にかまける女性ではないと思うから、ここには来ないと思うが…何かをする約束をしたのは確かだろうな」
「まあ、不機嫌マックスよりはいいんじゃない?平和で」
「そうだな」
そう言うと一同は笑う。そうやって笑いながらも面々は悔しそうに口を開く。
「あ~でもそうだとすると監督羨ましいぜ!俺も早く彼女欲しいな~」
「俺も~」
「でもほら、ヒナさんが宮田さんと一緒に俺達全員にって手作りのお菓子くれるじゃん。それは嬉しいよな」
「今となってはそれだけが楽しみだよな」
「今年も来るかな~ヒナさん、お願いだから送って来てくれよ!」
面々は来てくれるはずのごほうびを思い、練習に力を注ぐ。そんな中、三太郎はふと青空を見上げて物思いにふける。
「ヒナさん…か」
ヒナ――本名朝霞弥生――は土井垣の恋人である宮田葉月の親友で、ひょんな事からチームメイトと親しくなっていた女性であり、ある種チームメイトのアイドル的存在になっていた女性であった。しかし三太郎は他のチームメイトとは違い、初めて会った時から一人の人間としてあっという間に意気投合して、何の躊躇もなく携帯番号とメアドを交換していた。平たく言えば一目惚れである。そうして何度かアプローチをして、彼女も控えめにだが応じてくれて、チームメイトには内緒で会っていく内に、その気風の良さに隠された優しさや暖かさにどんどん惹かれていった。そして彼女の趣味のモータースポーツの話ももちろん楽しかったが、医師としての使命感や、いつかは地元に帰って医師が高齢化した小児科を継ぎたい、と夢を語る時の彼女の輝く目があまりに眩しくて、彼女に頑張って 欲しいし、同時に自分も頑張らなければ、という気持ちにさせてくれる彼女が更に好きになっていた。しかし弥生にとってはどうなのだろう。確かに誘えば時々は会ってくれるし、お気に入りだという飲み屋に連れて行ってもくれた。とはいえそれはある種自分が強引に誘っているからで、彼女としては気の合う友人位にしか思っていないかもしれない。想いを告げてしまえば話は簡単だ。しかし、そうすると断られた時、土井垣と葉月の方まで影響が出てしまうだろう。それは悪い気がする。…いや、本当は自分が気まずくなるのが嫌なんだ。でも、もし同じ想いでいてくれたらどんなに嬉しいだろう――そんな事を思いつつ、彼も練習に戻っていった。
そうして練習が終わり、ホテルへ帰ると、どこから調べたのか球場と同じ様に多くのプレゼントが届けられており、里中に至っては誕生日プレゼントも数多く送られてきていた。里中は嬉しさ半分、げんなり半分の様子で口を開く。
「ファンの気持ちは嬉しいんだけど…こう量が多いと、処理が大変なんだよな~」
「まあそう言うなよ。皆里中の事を祝ってくれてるんだから」
「そうだけどさ…俺は山田が祝ってくれれば充分なんだぜ」
「里中…」
山田の言葉に、里中は頷きながらも照れ臭そうに口を開き、山田もその言葉に感動で言葉を失う。チームメイトは毎年の風景に慣れた様子を見せてそれぞれ自分に送られて来た品を受け取る。
「あ~はいはい、毎年ごちそう様…っと。俺達の分はこれだな」
「ヒナさんから今年も来てるぜ。とりあえず土井垣さん代表で『東京スーパースターズ一同様』って」
三太郎は『やっぱり皆一緒なんだな』と思い軽い胸の傷みを覚えながら、土井垣の荷物から勝手に弥生のプレゼントを取り出すと、チームメイトに見せる。
「ホントだ!ヒナさん律儀だよな~今開けちまおうぜ」
そう言って包みを開けると、チームメイトは感嘆の声を上げる。
「やりぃ!今年もうまそうなケーキだ!」
「カードもついてるぜ。何々…『ハッピーバレンタイン、今年はマーブルケーキと紅茶のケーキをまたはーちゃんと焼きました。皆さんでどうか召し上がって下さい』…だと。やったね!」
「早く誰かの部屋へ行って皆で食おうぜ!ほら監督も折角ですから一緒に」
「…ああ」
土井垣は一旦暗い表情でそれに応じたが、何やらフロントから荷物を受け取ると、不意に顔が明るくなり、『俺は先に部屋へ戻る。皆でそれは食っていいぞ』と声を掛けて、いそいそと部屋へ戻って行った。それを見て、チームメイトは恵心した様に顔を見合わせて笑うと、それぞれ口を開く。
「…どうやら、宮田さんから何か来たみたいだな」
「ああ、あの幸せそうな顔。ホント監督って三十路なのに下手な女の子より可愛いよな~」
「あんな可愛いと、その内ドッグスの犬飼監督辺りに襲われたりして」
「そりゃいいや、宮田さんピ~ンチ…っとそれより、これどこで食う?」
「そうだな…三太郎、お前んとこ結構広かったよな。お前んとこで食おうぜ」
「…ああ」
「じゃあ、皆それぞれ自分のプレゼント処理したら三太郎の部屋に集まるって事で」
「オッケー」
「じゃあ…俺は部屋を準備して待ってるから。飲み物は各自で持って来いよ」
三太郎は邪気のないチームメイトの言葉に応じながらも、胸の痛みが増していた。自分も皆と同じだと思い知らされながら食べるケーキ。彼女の優しさは本心から嬉しいのに、精一杯伝えている自分の想いが通じない事がどこか哀しい。そんな事を思いながら、自分に来たプレゼントの段ボール箱を抱え部屋へ戻り、とりあえずどこへ置こうかとおろした時、不意にダンボールの中身から何かが呼んでいる様な気がした。いぶかしく思い段ボール箱の中身を見ると、中の一つのプレゼントが光っている様な気がして、妙に気になる自分がいた。何故だろうと思い、その気になったプレゼントを取り出し宛名を見た時、三太郎は不意に鼓動が早くなるのを感じていた。はやる気持ちを抑えてラッピングを開けると、そこにはふわりとしておいしそうなチョコマフィンと、カードが入っていた。三太郎がカードを読むと、流麗な文字でただ一言だけ書いてあった。
――微笑君へ
もし14日にこのプレゼントに気付いたら連絡を下さい。
朝霞弥生――
たった一言のそっけないメッセージ。しかし三太郎はそれだけでも充分彼女の想いが伝わった気がした。それだけじゃない。彼女は自分をたくさんのプレゼントの中から呼び寄せてくれる程の想いを、自分に寄せてくれたのだ。その事が嬉しくて、不覚にも涙ぐみそうになる。しかし彼はそれをぐっと堪えると一口マフィンを口にする。程よい甘さが口の中に広がり、彼は涙の代わりに幸せな気持ちが胸に溢れてくる。彼は幸せを噛み締めながら一つだけマフィンを平らげ、後は皆が帰ってからゆっくり口にしよう、そして彼女に連絡をして、自分の想いを伝えようと決意を固めながら、こっそりマフィンをバッグに隠し、面々のためにテーブルを空けた。
「こうやってファンからチョコもらえるってのは嬉しいけどさ…彼女からのプレゼントっていうのも欲しいよな~」
「いいじゃん、独りもんは諦めつくから。監督なんか彼女の宮田さんから毎年チョコあげないって公言されて、毎年この時期不機嫌マックスじゃん」
「その監督だけどさぁ…」
「何だ?」
「今日、何となく変だよな」
「ああ、そういえばそわそわしてるって言うか…一歩間違うと挙動不審だよな」
「そう言われると…確かに。監督に一体何があったんだろう」
そうやってこそこそ話していると、不意に三太郎が思いついた様に口を開く。
「これはもう…あれだよ。宮田さんがとうとうチョコを土井垣さんにプレゼントするって事だよ」
三太郎の言葉に、こうした話にはある種無縁を通す義経も含んだチームメイトは、話に乗って言葉を紡いでいく。
「もしかして…キャンプ先に直接来るとか」
「ふむ…彼女の言動からして、仕事をおろそかにしてまで恋愛にかまける女性ではないと思うから、ここには来ないと思うが…何かをする約束をしたのは確かだろうな」
「まあ、不機嫌マックスよりはいいんじゃない?平和で」
「そうだな」
そう言うと一同は笑う。そうやって笑いながらも面々は悔しそうに口を開く。
「あ~でもそうだとすると監督羨ましいぜ!俺も早く彼女欲しいな~」
「俺も~」
「でもほら、ヒナさんが宮田さんと一緒に俺達全員にって手作りのお菓子くれるじゃん。それは嬉しいよな」
「今となってはそれだけが楽しみだよな」
「今年も来るかな~ヒナさん、お願いだから送って来てくれよ!」
面々は来てくれるはずのごほうびを思い、練習に力を注ぐ。そんな中、三太郎はふと青空を見上げて物思いにふける。
「ヒナさん…か」
ヒナ――本名朝霞弥生――は土井垣の恋人である宮田葉月の親友で、ひょんな事からチームメイトと親しくなっていた女性であり、ある種チームメイトのアイドル的存在になっていた女性であった。しかし三太郎は他のチームメイトとは違い、初めて会った時から一人の人間としてあっという間に意気投合して、何の躊躇もなく携帯番号とメアドを交換していた。平たく言えば一目惚れである。そうして何度かアプローチをして、彼女も控えめにだが応じてくれて、チームメイトには内緒で会っていく内に、その気風の良さに隠された優しさや暖かさにどんどん惹かれていった。そして彼女の趣味のモータースポーツの話ももちろん楽しかったが、医師としての使命感や、いつかは地元に帰って医師が高齢化した小児科を継ぎたい、と夢を語る時の彼女の輝く目があまりに眩しくて、彼女に頑張って 欲しいし、同時に自分も頑張らなければ、という気持ちにさせてくれる彼女が更に好きになっていた。しかし弥生にとってはどうなのだろう。確かに誘えば時々は会ってくれるし、お気に入りだという飲み屋に連れて行ってもくれた。とはいえそれはある種自分が強引に誘っているからで、彼女としては気の合う友人位にしか思っていないかもしれない。想いを告げてしまえば話は簡単だ。しかし、そうすると断られた時、土井垣と葉月の方まで影響が出てしまうだろう。それは悪い気がする。…いや、本当は自分が気まずくなるのが嫌なんだ。でも、もし同じ想いでいてくれたらどんなに嬉しいだろう――そんな事を思いつつ、彼も練習に戻っていった。
そうして練習が終わり、ホテルへ帰ると、どこから調べたのか球場と同じ様に多くのプレゼントが届けられており、里中に至っては誕生日プレゼントも数多く送られてきていた。里中は嬉しさ半分、げんなり半分の様子で口を開く。
「ファンの気持ちは嬉しいんだけど…こう量が多いと、処理が大変なんだよな~」
「まあそう言うなよ。皆里中の事を祝ってくれてるんだから」
「そうだけどさ…俺は山田が祝ってくれれば充分なんだぜ」
「里中…」
山田の言葉に、里中は頷きながらも照れ臭そうに口を開き、山田もその言葉に感動で言葉を失う。チームメイトは毎年の風景に慣れた様子を見せてそれぞれ自分に送られて来た品を受け取る。
「あ~はいはい、毎年ごちそう様…っと。俺達の分はこれだな」
「ヒナさんから今年も来てるぜ。とりあえず土井垣さん代表で『東京スーパースターズ一同様』って」
三太郎は『やっぱり皆一緒なんだな』と思い軽い胸の傷みを覚えながら、土井垣の荷物から勝手に弥生のプレゼントを取り出すと、チームメイトに見せる。
「ホントだ!ヒナさん律儀だよな~今開けちまおうぜ」
そう言って包みを開けると、チームメイトは感嘆の声を上げる。
「やりぃ!今年もうまそうなケーキだ!」
「カードもついてるぜ。何々…『ハッピーバレンタイン、今年はマーブルケーキと紅茶のケーキをまたはーちゃんと焼きました。皆さんでどうか召し上がって下さい』…だと。やったね!」
「早く誰かの部屋へ行って皆で食おうぜ!ほら監督も折角ですから一緒に」
「…ああ」
土井垣は一旦暗い表情でそれに応じたが、何やらフロントから荷物を受け取ると、不意に顔が明るくなり、『俺は先に部屋へ戻る。皆でそれは食っていいぞ』と声を掛けて、いそいそと部屋へ戻って行った。それを見て、チームメイトは恵心した様に顔を見合わせて笑うと、それぞれ口を開く。
「…どうやら、宮田さんから何か来たみたいだな」
「ああ、あの幸せそうな顔。ホント監督って三十路なのに下手な女の子より可愛いよな~」
「あんな可愛いと、その内ドッグスの犬飼監督辺りに襲われたりして」
「そりゃいいや、宮田さんピ~ンチ…っとそれより、これどこで食う?」
「そうだな…三太郎、お前んとこ結構広かったよな。お前んとこで食おうぜ」
「…ああ」
「じゃあ、皆それぞれ自分のプレゼント処理したら三太郎の部屋に集まるって事で」
「オッケー」
「じゃあ…俺は部屋を準備して待ってるから。飲み物は各自で持って来いよ」
三太郎は邪気のないチームメイトの言葉に応じながらも、胸の痛みが増していた。自分も皆と同じだと思い知らされながら食べるケーキ。彼女の優しさは本心から嬉しいのに、精一杯伝えている自分の想いが通じない事がどこか哀しい。そんな事を思いながら、自分に来たプレゼントの段ボール箱を抱え部屋へ戻り、とりあえずどこへ置こうかとおろした時、不意にダンボールの中身から何かが呼んでいる様な気がした。いぶかしく思い段ボール箱の中身を見ると、中の一つのプレゼントが光っている様な気がして、妙に気になる自分がいた。何故だろうと思い、その気になったプレゼントを取り出し宛名を見た時、三太郎は不意に鼓動が早くなるのを感じていた。はやる気持ちを抑えてラッピングを開けると、そこにはふわりとしておいしそうなチョコマフィンと、カードが入っていた。三太郎がカードを読むと、流麗な文字でただ一言だけ書いてあった。
――微笑君へ
もし14日にこのプレゼントに気付いたら連絡を下さい。
朝霞弥生――
たった一言のそっけないメッセージ。しかし三太郎はそれだけでも充分彼女の想いが伝わった気がした。それだけじゃない。彼女は自分をたくさんのプレゼントの中から呼び寄せてくれる程の想いを、自分に寄せてくれたのだ。その事が嬉しくて、不覚にも涙ぐみそうになる。しかし彼はそれをぐっと堪えると一口マフィンを口にする。程よい甘さが口の中に広がり、彼は涙の代わりに幸せな気持ちが胸に溢れてくる。彼は幸せを噛み締めながら一つだけマフィンを平らげ、後は皆が帰ってからゆっくり口にしよう、そして彼女に連絡をして、自分の想いを伝えようと決意を固めながら、こっそりマフィンをバッグに隠し、面々のためにテーブルを空けた。