「テオドール、ミサが始まりますよ。早く広間へ行きましょう」
「え?…ああ」
 この屋敷の執事であり、彼の親友でもあるクラウスがしんしんと雪の降る窓の外をぼんやり眺めているその男――テオドール――に声を掛けた。今日はクリスマス。世間ではクリスマスにはパーティーなどを行い、そのまま新年まで盛大に祝いを行うため賑やかだが、ここブロッケン邸では戦闘超人であり、現当主自身が『ドイツの鬼』と恐れられている超人である事もありそのイメージを崩さないため、また当主自身がそうした華やかな事を嫌う性分でもあるためそうした世間の喧騒から離れ、邸内の広間で屋敷の人間が揃ってささやかなミサを開く程度しか行わない。しかし『ドイツの鬼』と呼ばれる程の戦闘超人であるのに、いやそうであるからこそか、信心深く神に対する祈りを人知れず欠かさないこの当主やその周囲の人間にとって、このミサはとても大切なものとなっていた。その大切にしている筆頭である当主の参謀であるテオドールが、ミサの時間を忘れているかの様にぼんやりと外を眺める理由を知るクラウスは控えめに、しかしある種の心配を込めた口調で言葉を掛ける。
「…もしかして、『彼女』の事を考えていたんですか」
 その言葉にテオドールは一瞬クラウスを睨みつけたが、すぐに複雑な表情に変わり、応える。
「ああそうだよ…悪いか」
「いえ、考えるのは無理がないでしょう…」
 テオドールの言葉に、クラウスはいつものスパイスの効いた言葉ではなく心からの労わりを込めた言葉を続けると彼の傍に立ち、共に窓の外を眺めて呟く。
「でもあれからもう一年。…時が経つのは早いですね」
「ああ、そうだな」
 テオドールは窓の外の風景に、そしてそこから先の壁の向こうの町に思いを馳せていた。その町にいるのは彼の最愛の存在。しかし今は会う事すら許されない者達だった。
「無事に暮らしているそうだが…今年は約束が果たせずじまいだったな…」
テオドールはその最愛の存在が自分に最後に見せた微笑みを思い出す。気丈で美しく、自分に対しての限りない愛が込められた、しかしその反面、同じ位の哀しさが込められたあの日の微笑み。その微笑みを掛けた『彼女』に対する様々な想いは、この季節が近付く毎に重くなっていた。その心の重さのままに、彼は心の中でその最愛の存在に謝罪する。
『すまねぇ…』