「…不知火と真理子さんの結婚式、良かったな」
「本当にね。最後のご両親への真理ちゃんの手紙で、真理ちゃんとご両親どころか事情を知ってる関係者全員泣き出しちゃって」
「でも原則二度と会っちゃ駄目な仲からの結婚だもんな。良く頑張ったよ、二人とも」
「…ええ、良かった。本当に」
 不知火と真理子の結婚式の帰り道、三太郎と弥生は話しながら歩いていた。様々な話をしていく内に、不意に三太郎が呆れた様に声を上げる。
「今年のオフは毎日が結婚式みたいで大変だよ。ご祝儀貧乏もここに極まれりって感じでさ」
 三太郎の言葉に、弥生も苦笑して同意する。
「ホントにね。あたしも参加する式ほぼ一緒だから良く分かるわ。まあ皆それぞれスケジュール考えて、休診少なくしてくれてるのは有難いけど」
 苦笑して同意する弥生に続けて更に呆れた様に三太郎は続ける。
「それにしても里中はサッちゃんと、式挙げてなかった岩鬼は夏子さんと、殿馬はマドンナと、それに大穴山田も彩子さんて人と合同で結婚式、っていうか披露宴だもんな~。結婚式は別々だけど同じ日に同じ式場を時間ずらしてだし、いくら参列者が一緒だからって、一気に済ませなくてもな~」
「いいんじゃない?合同で披露宴なんて面白くて。日にちが増えないからスケジュールも助かるし。三太郎君だって混ざりたかったんじゃなくって?」
 弥生の明るいながらもその心の痛みが分かる言葉に、三太郎は彼女の肩に腕を回すと、照れ臭そうに呟く。
「…俺はいいんだ。ゆっくり二人で式挙げたいから」
「…そう」
 三太郎の想いが伝わる言葉に、弥生はふと身体を寄せて呟く。二人はしばらくそうして寄り添い合っていたが、やがて何となく気恥ずかしくなって身体を離すと、話題を変える様に三太郎は明るく口を開く。
「それにしても土井垣さんと義経は新郎妊婦、しかも宮田さんは双子、姫さんは披露宴で倒れて、花嫁衣裳で医者に直行だもんな~一番ありえない事が一番ありえないカップルで起きるんだから、人生って分からないよな」
「そうね。御館さんなんて、はーちゃんがとうとう結婚しただけじゃなくって、妊娠にも土井垣さんより先に気付いてかなりショック受けてたけど、はーちゃんから『子どもの名付け親になって』って言われて大喜びで、今じゃ一生懸命名前考えてるみたい。それに、土井垣さんがいない時は父親代わりになって美月ちゃんと一緒にお世話する気満々よ」
「そっか…そういえばさ、姫さんが倒れて披露宴中断して医者に担ぎこんだ後の事宮田さんから聞いたけど、担ぎ込んだかかってるって言った産婦人科、花嫁姿の姫さんと、弥生さんと宮田さんにボコられながら一緒に付いて行った山伏装束の義経見て『前代未聞の妊婦と父親だ』って医者もそうだけど妊婦さんまで騒いで、皆で診察見物して、数日入院ってなったらもう大人気で一騒動だったんだろ?」
「ええ、そうだったわね。花嫁衣裳で担ぎ込まれる患者って、産婦人科じゃなくてもそうはいないから当たり前の反応といえば反応だけど」
「でもさ、丈夫じゃないから出産大丈夫かって宮田さんも心配されてるけど、それ以上に姫さんが倒れた時の姫さんと義経に対する弥生さんと宮田さんの怒り様、尋常じゃなかったよな」
 その時の事を思い出して苦笑する三太郎に、弥生はしれっとした態度と口調で応える。
「当たり前よ。安定期に入ってひとまず安心って言われたとはいえ、ちゃんと自分の身体考えて行動して、おゆきに頼まれてた神楽もかがむ姿勢を減らしたりしてたはーちゃんと違って、おゆきは責任感で式を挙げなきゃって、義経君にまで妊娠してる事隠して無理して、それが原因でストレス溜めて、一時的に自律神経崩して倒れたんだから。結婚式より子どもの方が大事でしょ?それ以上にもう4ヶ月になってるんだから、同居と式に向けてあれだけ会ってれば変化に気付くはずなのに、全然気付かないでいた義経君の鈍さに怒りたくもなるわよ」
「…で、そんな鈍い義経だったから少しは気を回せって宮田さんと二人でボコにした…と」
「そう言う事。当たり前でしょ?あの鈍さのままじゃおゆきを安心して義経君に渡せないじゃない」
「まぁな」
 親友三人の友情を知っている三太郎はそのある意味文言は恐ろしいがそこに込められた親友に対する気持ちを受け取って頷くと、ふっと真面目な顔になって弥生の方を向き、言葉を紡ぐ。
「…宮田さんと姫さんの二人は、俺に弥生さんを笑顔で渡してくれるかな」
「三太郎君、それって…」
 驚く弥生に、三太郎は告白した時の様に言葉に詰まりながらも、真剣な表情と口調で言葉を重ねていく。
「…今年はもう式とかは無理になっちまったけど…俺、弥生さんと結婚したい。俺は兄弟がいるから、長女の弥生さんの所に婿入りしてもオッケーだし、障害はないと思ってる。後は弥生さんの気持ち次第なんだ…どうかな」
「…」
 弥生はしばらく三太郎を見詰めていたが、やがて哀しげに視線を逸らし、ぽつりと呟く。
「…駄目」
「弥生さん?」
「三太郎君の気持ち…とっても嬉しい。それにあたしも、三太郎君と結婚したい。でも…もう駄目なの」
「どういう事だよ?『婿は医者じゃないと許さない』とか、俺との付き合い、ご両親が反対した?」
「違うわ…でも…どうしても駄目なの…ごめんなさい」
 そう言うと弥生は涙を零す。彼女の涙の意味が分からず三太郎が彼女を見詰めていると、不意に彼女は彼にキスをして、哀しげに言葉を紡いだ。
「今日は…もうここでお別れ…で、今度…クリスマスに会う時に本当のお別れよ。…寂しいけど…三太郎君と二人で過ごせる、最初で最後のクリスマスになるわね…」
「弥生さん、いきなり何だよそれって!訳分かんないよ!」
 声を荒げる三太郎にも動じず、弥生は哀しげに続ける。
「だから、そういう事よ…じゃあね…さよなら。『微笑君』」
「弥生さん待てよ、一体どういう…」
 引き止める間もなく弥生は駆け出す。それを三太郎は訳が分からないまま、呆然として見送った――