駅へ戻ると、葉月は申し訳なさそうに口を開く。
「今日は無理矢理初詣に連れて行ってごめんなさいね」
「いえ~結構楽しかったです」
「俺も身体がなまってたんで、いい運動になったからいいさ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ…で、私と土井垣さんはこれから用があるんだけど、これから二人はどうする?」
葉月の言葉に、瑛理は残念そうに口を開く。
「え~?もうお別れなんですか?」
「こら瑛理、我侭を言うんじゃない」
瑛理と彼女を必死に宥めようとする不知火を葉月はしばらく見詰めていたが、やがて何か考える素振りを見せると、提案する様に口を開く。
「じゃあ…一緒に来る?用事っていうのはうちの親戚一同の新年会なの。私は台所に付いちゃって何かとゴタゴタするから、二人に悪いと思ったんだけど…それでもよければ来て」
「いいのか?」
「二人がよければ。うちの親戚一同は珍しいお客に大喜びだと思うし。それに隆兄や多分柊兄も来ますよ」
「秋山さんと御館さんも?うわぁ、行きたいです!」
「瑛理、あんまり我侭は…でもまあ宮田さんがよければ、お言葉に甘えさせてもらって…いいか?」
「ええ。じゃあ、午後も一緒って事で…土井垣さん、いいわよね」
「…まあ、お前の親戚の新年会だし…お前がいいと言うなら俺はかまわん」
「それじゃ決定…って事で行きますか」
そう言うと葉月はまた切符を買って配り、小田急線のホームへ案内し、箱根方面の電車に乗り、一駅乗って降りる。久し振りに来る葉月の地元に、瑛理は前に来た時の暖かい雰囲気をまた感じ取り、気持ちが弾んでくる。葉月の道案内で道々会う町内の人達に新年のあいさつをしながら5分程歩くと小さな二階建ての一軒家に着き、四人はそれぞれ声を掛けて家に入った。
「ただいま~。ちょっと遅かったかな」
「どうも…帰って来ました」
「こんにちは、お邪魔します」
「こんにちは。あけましておめでとうございます」
四人が玄関に入ると、エプロンを着け、漆黒の長い髪を一つにまとめた女性が出迎える。葉月の姉の文乃であった。
「お帰り二人とも…あら、盾野さんに不知火君よね、久し振り。あけましておめでとう」
「あ…はい、おめでとうございます」
「あけましておめでとうございます、文乃さん」
「いらっしゃい。葉月に誘われたの?よく来てくれたわね。じゃあ、二人はお客様だからそこの八畳に入って。将君は二人の相手を頼むわ。葉月は帰って来てすぐで悪いけど、料理の支度お願い。もう少しでおばあちゃんとかこっちの親戚連合来るから」
「オッケー。じゃあ悪いですけど、土井垣さん後頼みます」
「分かった。…じゃあ瑛理ちゃん、守、上がろう」
葉月は玄関を上り、文乃に続いて早足で廊下を進んで奥へ入って行く。土井垣も瑛理と不知火を促して玄関を上がり、上がってすぐにある和室に入れる。中へ入ると、葉月の父親である雅昭と母である六花子、そして文乃の夫である隆が小さな女の子の世話をしながら三人を迎え入れた。
「将君、お帰り。…ああ、盾野さんに…不知火君だね。ようこそ、あけましておめでとう」
「はい…こんにちは、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。こんにちは」
「いらっしゃい。盾野さんも、不知火君も固くならずにのんびりしてね」
「はい」
「ありがとうございます」
「あけましておめでとう、瑛理ちゃん。ほ~ら美月~、瑛理お姉さんと不知火お兄さんだよ~?」
「あけましておめでとうございます、秋山さん。この女の子が秋山さんの子供さんですか?前に見せてもらった写真も可愛かったですけど、やっぱり可愛いですね~」
「ああ、可愛いだろ~?でも葉月ちゃんに似たのか、まだ一歳と三ヶ月なのにかなりおてんばでね。結構危なっかしくて目が離せないよ」
「え?葉月さんに似てるのにおてんばなんですか?確かにお神輿担いだりしてますけど、どっちかって言うと葉月さんっておっとりしてません?」
「確かに…宮田さんはきびきびしている所もあるが、割合おっとりした部類のはずですよね」
瑛理と不知火は意外な隆の言葉に驚く。その二人の言葉に、土井垣を含めた隆達家族一同は顔を見合わせると、おかしそうに吹きだした。二人は訳が分からなくなり、瑛理が更に問い掛ける。
「え~っ?わたし達、何か変な事言いましたか?」
瑛理の言葉に一同は笑いながら、口々に応える。
「そうだよな~瑛理ちゃんは知らないんだよな。葉月ちゃんは今でこそそれなりにおとなしいけど、丈夫でない割に小さい頃はものすごくおてんばだったんだよ。屋根には上るし、洗濯機には入って遊ぶし、この先にある川に一人で勝手に行っちゃって遊んでたら落っこちて、偶然釣りに来てて気付いた柊司さん一家に助けられて連れ戻されたりとかもあったな」
「確か、今の美月ちゃん位の時には、哺乳瓶はもちろん、目を離したら陶器のお皿を投げようとしてた事もあるらしいですね」
「そうそう。それにここは無事だけど、奥の部屋はあの子が書いた落書きだらけよ。厳しかったお義父さんがよく怒らなかったものよね」
「ああ。悪意がないし、ちゃんと叱れば謝って二度としないから憎まれない子だったが、予測がつかない行動をしていたから、近所の人達にまでハラハラされながら見守られていたな。私も六花子さんも私の父も、よく預かってもらったお義父さんとお義母さんも、結構あの子の事で近所に挨拶回りをしたものだよ」
「はあ…宮田さんて、元気な女の子だったんですね」
「そうなんですか~意外ですね」
そう言って一同は笑う。瑛理は葉月が今の性格になった環境が分かった気がして、何となく楽しくなった。そうして和やかな雰囲気ができ、しばらく話していると、文乃と葉月の手でお茶と料理が運ばれてくる。文乃は不知火に気遣う様に声を掛けた。
「うちの親戚皆飲めないからお酒はないんだけど、いいかしら」
文乃の言葉に、不知火は気を遣わせない様に笑顔で応える。
「あ、はい。お構いなく」
「じゃあ料理だけは一杯あるから、ゆっくり食べてね」
「文乃、葉月、本当にいいの?お母さん何もしなくて」
「いいの。お母さんは昨日料理作ってくれたんだし、後はあたしとお姉ちゃんでやるから。こういう時位、お母さんはゆっくりして」
「じゃあ頼んじゃうわ。お願いね」
「うん」
そう言うと文乃と葉月はまた奥へ入って行った。一同は二人の言葉に甘えて料理に手を付ける。おせちと普通の料理が混ざってはいるが、どれもおいしく、瑛理と不知火は感嘆の声をあげる。
「おいしいです~」
「うまいですね…これ、宮田さんのお母さんが作ったんですか?」
「ええ、葉月や文乃と一緒にね。喜んでもらえて嬉しいわ」
「うらやましいな~葉月さん。こんなに上手にお料理ができるなんて」
「まあ、あの子自身は食にあまり頓着しないんだが…将君が料理上手で悔しかったのと、自分も将君においしいものを食べさせてあげたいっていう気持ちがあって、うまくなったんじゃないかな」
「確かに。『自分が料理下手で悔しいからうまくなりたい』って文乃さんに料理修行頼んでたし」
「…だとしたら嬉しいですけど、自分としては彼女の料理は今でも充分旨いと思っているので…複雑ですね」
そうやって和気あいあいと話しながら食べていると、玄関から『邪魔しま~す』という声が聞こえ、部屋に柊司が入ってきた。
「どうも、明けましておめでとうございます。新年早々ですが邪魔しに来ましたおじさん、おばさん…おっ、盾野に不知火じゃねぇか。久し振りだな。遊びに来たのか?」
「お久し振りです、御館さん」
「あ…どうも。ええと…確か宮田さんの友人の方でしたよね」
戸惑う不知火に、柊司は思い出した様に頭を掻くと、右手を差し出しながら口を開いた。
「ああそうか。不知火にはちゃんと挨拶してねぇな。俺は御館柊司、葉月の姉さんの悪友で葉月とも幼馴染だ。よろしくな」
「はあ…よろしくお願いします」
不知火も右手を出して握手をすると柊司はにっと笑い、土井垣の方へ振り返ると、彼に挨拶代わりのヘッドロックをする。
「ど~い~が~き~、お前はま~だうだうだしてんのか~?」
「うわっ!御館さん、やめて下さいよ」
「嫌だね。…そろそろ年貢納めねぇと、俺がかっさらっちまうぞ」
「…勘弁して下さい」
「まあ柊司、気持ちはおらも分かねぇでもねぇが、とりあえずは落ち着け、な」
「お父さん…本当にすいません」
「柊司さん、お義父さんもあんまり将さんいじめないで…ああ美月まで、駄目だって」
土井垣はヘッドロックを外されたが、更にきゃらきゃら笑いながらおぼつかない足取りで歩いてきた美月に全身を使ってタックルされ、思わず倒れ込んだ。柊司はそれを見て笑いながら美月に声を掛ける。
「よ~し、必殺技はちゃんとマスターしたな。さすが葉月の姪っ子だ、覚えが早いぜ。…っと、そうだ。ほ~ら美月、お年玉だぞ~?これで何かいいもん買ってもらえよ。タカ、渡しとくぜ」
そう言うと柊司はポチ袋を美月を捕まえに来た隆に渡す。隆は美月を抱き上げながらお礼を言い、美月にも声を掛ける。
「ありがとう、柊司さん。美月、柊司お兄さんにお礼を言おうね。ありがとう」
「に~、あ~、とっ」
隆に抱き上げられ柊司の目の前に顔を出した美月は、柊司ににっこり笑って何やら声を掛けると、右手を上げる。柊司はそれを見て満足そうに笑い、美月の頭をガシガシと撫でた。
「お~、どういたしまして。頭いいなお前」
その様子を見て瑛理と不知火は微笑ましくなり、顔を見合わせて笑う。土井垣も起き上がって微笑ましげに見詰めていた。やがてまたしばらくすると、親戚らしき人々が何人か訪れ、文乃と葉月も席に座り、賑やかな宴会が始まった。不知火と瑛理は以前の祭りで顔を合わせていたとはいえほとんど初めてに近い人々に緊張していたが、親戚達は土井垣でもう慣れているのか有名人がいても気にしなくなっているらしい上、元々も気さくで飾り気のない人々らしく、どんどん話しかけてくるため、二人はあっという間に巻き込まれてしまった。
「いや~将だけじゃなくて、不知火君まで来たのか~まあ酒はないが代わりに食って食って」
「そういえばこの二人で思い出したが、智はどうした?来ねぇのけあいつは」
「『さとる』?…俺達で思い出したって事は、もしかして里中の事ですか?」
「ああ。あいつも最近はまた年始に来てるんだがなぁ」
「智君は、明日山田さん連れて駅伝観がてら来るって言ってましたよ。今日会えなくて残念でしたね。哲伯父様」
「そうけ、ならいいさね。明日沿道で会えるかもしんねぇからな」
親戚達と、彼らに料理を勧める葉月の会話に不思議なものを感じ、不知火は彼女に問いかける。
「宮田さん…里中とも友人…っていうか、親戚の人も親しそうだが…」
「ああ、智君は私の幼馴染なんですよ。だから両親や親戚は智君をちっちゃい頃から知ってるんです。しばらく縁が途切れてたんですけど最近また縁が繋がったから、お年始はもちろん、時々ここに遊びにも来てますし」
「へぇ…」
「智君もいいが、俺は将には悪いがドッグスのファンだから、不知火君をこんな間近で見られて嬉しいべ」
「ああ、はあ…そうですか」
意外な事実を知って驚きつつも、その間に口々に声を掛けられ、料理を勧められて、不知火は対応に追われる。一方では葉月と文乃の祖母である春日が、土井垣に言葉を掛けている。
「将さん、あけましておめでとう。…どうかしら?チームの出来具合は。まだ固まらない?」
「はあ…すいません。おばあさん」
「もうそろそろ私もお迎えが近いかもしれないから、葉月の花嫁姿と、できれば美月ちゃんと揃った曾孫の顔が見たいんだけれどねぇ…」
「…」
春日に追い詰められて言葉を失っている土井垣に気付いた葉月は、助け舟を出す。
「おばあちゃま、あんまり将さんをいじめないであげて。将さんだって一生懸命なんだから」
「優しいわね、葉月。でもあんまり待つのも嫌でしょう?」
「ん、まあ…そうだけど…」
助け舟を出したつもりが更に墓穴を掘った事に気付いて、二人とも言葉がなくなる。と、文乃が春日に声を掛けた。
「おばあちゃん、まあそんな堅苦しい話はやめて、葉月の料理食べてあげて。おいしいわよ」
そうやって文乃はうまく祖母の注意をばつが悪くなった土井垣と葉月から逸らす。また他方では、隆と雅昭と柊司がしゃべっている。
「お義父さん、今日の元旦マラソンはどうでしたか?」
「ああ、自己ベストとは言わねぇまでも、そこそこの速さで完走できたからまぁいいべな。柊司はどうだったけ?」
「はい、俺もいい走りができましたよ。あれだけ走れれば、神輿でも草野球でもばてる事はないと思います…タカ、仕事でも神輿担ぐのにもスタミナいるだろ。お前もそろそろ復帰しろや」
「そうだな~、もうちょっと美月が大きくなったら俺もまた走ろうかな」
「『元旦マラソン』…?何ですかそれ」
おとなしく料理を食べていた瑛理は、分からない言葉が出てきたので思わず問い掛ける。それに気付いた柊司が説明をする。
「ああ、小田原じゃ元旦の午前中に市の主催でお城の周りをマラソンするんだよ。健康マラソンだから好きな速さで3キロ、5キロ、7キロって三つの距離をその場で選んで走れるし、制限時間も厳しくねぇんだ。で、俺とおじさんは野球だけじゃなくて走るのも嫌いじゃねぇし、毎年体力を見極めるためにも走ってんだよ」
「そうなんですか~」
「確か葉月も昔は走ってたんですよね」
うまく春日から逃げ出して来て相槌を打つ土井垣に、柊司は更に応える。
「ああ、高校までな。葉月はあの通り丈夫じゃねぇんだが、通ってた小学校は年に何度もリレー大会があったし、中学は月一で山を一周マラソンさせられたからな。見学ばっかりもしてらんねぇし、歌うための体力をつける意味もあって、毎日自分でおじさんに決めてもらったコースを走ってたから、その効果を見るためにな。だから葉月は丈夫じゃねぇ割に持久力はかなりあるんだよ…それが悩みの種だがな。ですよね、おじさん」
「ああ、下手に持久力があるから、倒れるまで無理をしてしまう。…あの子のためにも、無理をさせない様にその辺りのコントロールは頼むよ、将君。それに、悪いができれば柊司も」
「はい、お父さん」
「任せて下さい、おじさん」
雅昭の言葉に、土井垣と柊司は頷く。そうした様子に心が温まるのを感じながら瑛理は土井垣と柊司を見詰めていた。と、ずっとあちこち親戚を渡り歩いていた美月が瑛理の所へよちよちとやって来て、隣に座っている不知火との間にちょこんと座ると、にっこり笑って二人を見上げる。瑛理と不知火はそれに気付くと思わず微笑ましくなって、それぞれ美月に笑いかけて頭を撫でた。それを見ていた隆は楽しそうに口を開く。
「う~ん、美月は瑛理ちゃんと不知火君が気に入ったみたいだな…そうしてると、仲のいい親子みたいだよ」
「…もう。秋山さん、からかわないで下さい」
「自分の子供で遊んで、楽しいですか?」
隆の言葉に瑛理と不知火は狼狽して反論する。隆はそれも意に介さないかの様にしれっとした口調で更に続ける。
「いやぁ、素直な感想を言っただけだよ。二人とも、一緒にいるのが本当に自然に見えるからさ。そこに美月が入っても全然違和感ないよ。中々いいカップルじゃないか。瑛理ちゃん、いい男を見つけたね」
「おっ?やっぱりこの娘が不知火君のいい人け?」
「いいわねぇ、葉月ちゃんと将君もそうだけど、若い人達は初々しくって」
「…」
隆の言葉に親戚一同が反応してからかう様に声を掛ける。その言葉に瑛理達だけではなく、葉月達も赤面して沈黙する。そうして今まで美月の話で盛り上がっていたらしい親戚一同は、そこからは二組のカップル(と実際そうなのだがみなされてしまった)を肴に、結婚式の時はどうするやら、子供ができたらどっちに似るか等の話で盛り上がり、瑛理と不知火は何となく気恥ずかしくなる。土井垣も気恥ずかしいのか赤面しながら沈黙していて、葉月は『ごめんなさい』という様に瑛理達に対して片手を上げた。そうして賑々しいまま宴会は終わり、親戚一同は帰って行った。親戚が全員帰ったのを見計らって、居心地が悪そうにしている瑛理達に葉月が声を掛ける。
「ごめんなさいね。うちの親戚、お酒が駄目な分脳内麻薬で酔っ払える人達だから」
「いえ、大丈夫です…ああ、秋山さん。美月ちゃん寝ちゃってますよ」
「ああ、本当だ。すっかり寝込んでるよ」
見ると、美月が不知火の膝の上でぐっすり眠っていた。不知火は随分前から気付いていたのか、起こさない様にと硬直した様に動かないでいる。
「お客さん一杯だったし、はしゃいで疲れたのね、多分。ごめんなさいね、不知火君気付かなくて」
「ああ、いえ…」
「でも、そういう姿を見てると不知火君いいお父さんになりそうね…隆君の言葉、まんざら冗談にもならなさそうよ。盾野さん」
「…」
文乃は不知火に謝罪の言葉を掛けながらも、からかう様に更に言葉を紡ぐ。その言葉に不知火と瑛理は赤面した。文乃はそんな二人ににっこり笑いかけ、隆が美月を抱き上げる。
「さて、とりあえずしばらく寝かせて、起きてから隆君の家に帰りますか」
「そうだね…美月~あっちでねんこしようね~…よいしょっと」
文乃と隆は美月を連れて奥へ入って行った。それを見送った後、不知火は遠慮がちに口を開く。
「じゃあ、俺達もそろそろ遅いんでおいとまします。急に来たのに歓迎してもらった上に、ご馳走まで頂いて、ありがとうございました…じゃあ瑛理、帰るか」
「そうですね。お名残惜しいですけど、もうそろそろ帰らないと夜遅くになっちゃいますから。ありがとうございました」
口々にお礼の言葉を言う二人に、六花子と雅昭も声を掛ける。
「楽しかったわ。また機会があったらいらっしゃいね。二人とも」
「本当にまたいつでも葉月と一緒に遊びに来なさい。歓迎するよ…そうだ葉月、折角の友達だ、お土産持たせてやれ」
「うん、そうだね…でも、何にする?」
「おすそ分けで悪ぃが、『籠清』のかまぼこがあったべ。丁度名物だし、本当にうめぇから食ってもらうべ、それにしろ」
「そうだね。じゃあ今用意するから…ちょっと待ってて下さいね」
そう言うと葉月は奥へ行ってビニール袋を手に戻って来ると不知火に差し出して口を開く。
「これ、お歳暮のおすそ分けで悪いんですけど、小田原のかまぼこです。おいしいですから帰って食べてみて下さい」
「ああ、悪いな宮田さん。遠慮なくもらうよ」
そう言うと不知火は袋を受け取った。それを見届けて、土井垣が今度は口を開く。
「じゃあ俺達は瑛理ちゃんと守を駅まで送って行こうか」
「そうですね」
「あれ?土井垣さんは帰らないんですか?」
不知火の言葉に、土井垣はばつが悪そうに答える。
「…ああ、俺は今日もここに泊まって、明日の夜葉月と一緒に俺の家に挨拶に行くんだ」
「そうなんですか~」
そう言ってにっこり笑う瑛理に、土井垣は更にばつが悪そうな表情を見せて、不意に話を変える様に柊司に話しかける。
「そうだ…御館さんは残るんですか?」
「ああ、もう少しおじさんと話してこうかと思ってる。どうせ家に帰っても、兄貴の子供の相手する以外は居場所ねぇしな。だったらおじさんと話したり、同じ子供の相手なら美月を世話してる方がいいさね」
「柊兄…自分で言ってて空しくならない?」
柊司の言葉に、葉月は思わず突っ込みをいれる。その様子を見つつ気を取り直して、土井垣は改めて口を開く。
「じゃあ、自分と葉月は駅まで二人を送ってきますので…御館さん、残るんだったら後で俺とも話しましょう」
「ああ、分かった。それじゃあな不知火、盾野。また会おうぜ」
「はい、また会いましょうね」
「じゃあ、失礼します」
そうして二人は土井垣と葉月と共に葉月の家を辞した。帰る道すがら、瑛理は口を開く。
「ちょっと恥ずかしかったですけど…楽しかったです。またその内遊びに来ていいですか?あの、午前中に言ってたお芝居も、スケジュールが合ったら、わたしも何だか観てみたいですし」
瑛理の言葉に、葉月は嬉しそうに笑って応える。
「あら、お姫が喜びそうな事を言ってくれてありがとう。でも本当にまた来てちょうだい。芝居だけじゃなくて、今度は市内の観光案内もするわね」
「ありがとうございます~」
喜ぶ瑛理に、不知火はたしなめる様に言葉を掛ける。
「瑛理、あんまり宮田さんに甘えちゃ駄目だろ」
たしなめる不知火の言葉も気にしないかの様に、葉月は楽しそうに口を開く。
「かまわないわよ。私が楽しいのもあるし、うちのお父さん達だって、私の友達が来るっていうのが嬉しいらしいから」
「お友達…さっき宮田さんのお父さんがそう言ってましたけど…宮田さんもそう思ってくれるんですか?」
「え?そうじゃなかったの?私はずっと瑛理さんの事、お友達って思ってたんだけど」
そう言ってにっこり笑う葉月に、瑛理は嬉しさで胸が一杯になる。そんな幸せな気持ちのまま駅に着き、名残惜しくなりながらも、不知火や葉月や土井垣からもらった暖かい気持ちを胸一杯に抱えて、電車に乗って不知火の家へ戻る。家では不知火の父が食事を作って待っていてくれた。二人はご馳走が少しお腹に残っていたが、瑛理はその気持ちも嬉しくて事もなく平らげる。そうして二人は父が晩酌をすると言うので付き合いつつ、酒のつまみに葉月が持たせてくれたかまぼこを切って出した。不知火の父は喜んでそのかまぼこを口にする。
「酒もうまいが…このかまぼこもうまいな。いいお土産をありがとう、瑛理さん」
「いえ…わたしももらっただけですし…」
「でも瑛理さんや守や土井垣君やその友達の気持ちがちゃんとこもっていて、本当にうまいよ」
「そうですか」
不知火の父の言葉に、瑛理はまた胸が温まる。こんなに自分の周りには暖かな人がいるんだという事が分かり、そしてそれ以上に愛しい不知火が側にいる事が嬉しくて瑛理はお銚子を傾けている不知火を見てにっこり笑う。不知火もそれに気付いて彼女に笑いかけた。暖かな気持ちが胸一杯に溢れてくるのを感じ、何だか今年はとてもいい年になる様な気がして、瑛理は自分の酒を幸せな気持ちと共に口にした。