翌日義経は早朝に目を覚まし、朝食をとった後早めにチェックアウトして、近くに小田原城があるため、折角だからと足を運ぶ。城には時間が早過ぎたので入れなかったが、その城の重厚さに目を見張りつつ、城下にある小さな動物園を観て回る。サルと象以外は鳥ばかりだったが、本当に象がいると分かって義経は驚きながらも感心する。そうして城を見た後花屋が開いているのを確かめて、店に入る。店に入ると店員が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。花束ですか?」
「はい」
「どんな花にしましょうか」
「ええと…」
 彼女に似合う花束は――そう考えて店を見渡した時、不意に竜胆が目に入る。これだ――そう思って義経は注文を口にした。
「あれで…竜胆で…小さくていいですから花束を作って下さい」
「はい」
 花屋の店員は竜胆を主にした小さな花束を作って義経に渡す。義経は代金を払うと、ホールへ向かった。昨日の様子だと早めに行かないとまたいい席が取れなくなってしまうだろうと思っていたら、まだ10時半だというのにもう人が何人か並んでいる。確か開場は12時半で開演は1時。改めて根強いファンがいるのだと義経は感心した。そうしている内にまた人が集まってきて昨夜の様に長蛇の列ができ、開場時間にはまた大勢の人が集まっていた。そうしてまた開場し、義経は昨日とほぼ同じ席に座ると、開演を待つ。待っている間に今度は会場を見る余裕ができたので見回すと、改めてその広さが分かり、しかもその広さを一杯にする観客に目を見張った。そしてこの観客を前にして物怖じせずあれだけ一生懸命な演技をする若菜がふと愛らしく思え、彼は赤面する。そうしているうちに舞台が始まる。ストーリーは昨夜観て分かっているはずなのに昨日とはまた違った趣で観られる事に彼は感嘆しながら、同じ様に昨日とはまた違った暖かな思いで若菜の一生懸命な演技を観ていた。そしてラストでまた涙が出てくるのが止まらなかった。そんな感動のうちに芝居が終わりカーテンコールとなり、座長の挨拶が終わると、自分の想いが止められないままに彼は駆ける様に舞台へ寄って行く。そしてまた周りの役者達が花束をもらっているのを見ながら微笑んでいる若菜に声を掛けた。
「神保さん」
「義経さん…」
 眼の前にいる義経を若菜は目を丸くして見詰める。戯れだと思っていた昨夜の言葉通り彼が現れた事に心底驚いている様だ。そして周りの何人かの座員も彼の正体が分かり、ざわめくのが分かる。しかし彼はそれも気にせず、彼女に精一杯の想いを込めた笑顔で竜胆の花束を渡した。
「約束の…花束です」
「…ありがとうございます」
 若菜は半分泣きながらも一生懸命微笑んで受け取った。その泣き笑いの微笑みで義経は彼女の自分に対する感謝と喜びの気持ちが伝わった様な気がした。そうしてカーテンコールが終わり緞帳が下りる。何となく離れがたく思い会場に残っていると、何故か二分位するとすぐに緞帳が上った。どうやら記念写真を撮る様だ。竜胆の花束をそっと抱えた彼女は今度は心底幸せそうな微笑みを見せていて、それが彼も心底嬉しくてふっと微笑むと会場を後にし、小田原を発った。

 そうしてオフは終わり、日本シリーズに向けての練習が始まる。チームメイト達はそれぞれ着替えながらオフでの事を話していた。
「いや~いいオフだったな~。日帰り温泉巡りに行って来てさ~最高だったよ~」
「星王は何してたんだ?」
「ゆっくり昼寝。山岡さんは?」
「俺は溜まってた家事をやって終わったな。里中は?」
「俺は山田と映画を観たり、食事に行ったりしてました」
「ああ、聞かずともいい事を聞いたな俺…」
 里中の邪気の無い言葉に聞いた山岡は頭を抱える。
「義経は楽しみにしていた趣味ができたのか?」
 チームメイトは義経にも問い掛ける。彼はその問いに心底嬉しそうな微笑みを見せて答えた。
「ああ、最高に楽しめたよ」
「義経…?」
 何も知らないチームメイトは、その笑みの意味が分からず首を捻る。三太郎はばらしたいがそうすると自分の身が危ない事をしっかり義経に思い知らされ口止めされているので、苦笑い。そしてそんな一同を、土井垣が楽しげに見詰めていた。