「…へぇ、じゃあこれが今回義経の出る芝居って事か」
ある都内の小さな飲み屋の座敷で、スーパースターズのチームメイトと葉月と弥生は、一足先に葉月と弥生が若菜からもらった(それと同時に義経が渋って土井垣にしか渡していない)芝居の公演のパンフレットを眺めつつ話していた。あるきっかけにより義経は義侠心から若菜の入っているアマチュア劇団の公演に役者として出演する事になり、今はシーズン中ではあるが少ない時間を縫って彼は稽古と野球を両立している。しかし彼は試合に影響を出す事はない。いや、万が一この事が露見した時に、頼んだ一人で公認の恋人である若菜がこのせいで自分が不調になったと責められない様に、いつも以上に冴えたプレーや打撃を見せる様になっていた。そんな彼を一同は表向きからかいつつも本心は気遣い、稽古のために出られない時のミーティングの内容をそれとなく教えたり、試合後のファンサービスがどうしても少なくなってしまう事をファンに気付かせない様にファンサービスをフォローして振る舞っていた。それを分かっているのか義経も芝居の事に関しては無愛想に必要最低限の事しか話さないが、気遣いに関しては心からの感謝を表す態度を示している。そんなこんなで公演日が近付いてきたので、当日の観劇人数の割り振りなどをどうするかなどを土井垣も含めて話しているのである。
「姫さんはこの『ゆき』っていう役なんだな。でも別名ゆきさんがほんとにゆきって役やるなんていい洒落だぜ」
「そうだな。でも義経はどの役なんだ?本名はあいつを客寄せにしないために出してないし、あいつは絶対に自分の役について口を割らないし…」
「あたしは大方予想付いてますけどね」
「あたしも。はーちゃんにヒントもらって分かったわ」
「え~?教えて下さいよヒナさん。自分達だけずるいじゃないですか~」
「だって確率は高くても予想は予想だもの。確約できない事を言えないわよ。ね、はーちゃん」
「そうそう」
「ちぇ~…」
そう色々と話しながらパンフレットの写真やタイトルなどをしげしげと眺めつつ、星王、緒方、飯島、小岩鬼がそれぞれぼそりと言葉を零す。
「…しっかし、甲冑着た騎馬武者の写真にタイトルが『又左衛門切腹』って…」
「しかも中の作者の言葉見ると『隠居老人の見つけた死に場所が切腹』って…どんな話だよ」
「…まあ義経さんにはある意味似合いそうな話っぽいですけどね」
「時代劇ですしね、でもタイトルに切腹ってあるだけに話暗そうだな~」
小岩鬼の言葉に、葉月が苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「うん、まあ後藤作品はシリアスな話が多いけど、でもちゃんと所々に笑いを入れてるし、話は今までの話どれもとってもいい話よ。それに後藤さんってタイトルは大体話のキーワードをそのままつけるから、確かに重要ではあるけどそれだけだと思わない方がいいわ、小岩鬼君」
「はあ、そんなもんなんですか…」
腑に落ちない表情を見せる小岩鬼に、弥生が言葉を更に重ねる。
「そうね。それにサブタイの『小田原藩望郷』って言うのも何か気になるわね。確かに舞台は小田原じゃないし、作者の言葉を見る限りだと実際にあった小田原藩藩主返り咲きの一件に関する創作みたいだし…そこを突き詰めるとそれと切腹とどうつながるのか、なかなかミステリーで面白そうじゃない」
「確かにそうですね、そう考えると面白そうです」
本領がその言葉に同意して頷く。その後を取ってわびすけが口を開く。
「…で?当の義経は今日何やってんだ?」
その言葉に里中が答える。
「ああ、一日オフを利用して若菜ちゃんに連れられて一緒に業者さんにかつら合わせに行って、その後座長の関谷のおじさんの家で役作りだってさ」
その言葉に山岡が言葉を続ける。
「へぇ…でも俺時代劇好きだからよく観るんだけど、パンフに書いてある衣装とかつらの会社見ると、テレビでよく見る会社だぜ?ここ。そんなとこから衣装やらかつらやら借りる上に、サイズまで合わせるなんて…ずいぶん本式なんだな」
「まあツネごときがどんな猿芝居したってヘボい芝居しかできへんやろうからな、見た目くらいはかっこつけへんといかへんのやろ。わいやったらこのままだって一流の芝居を見せられるのに、見る目ないなぁ、神保は」
「おめぇにこういう正統派の芝居をやらせたら、どんなに台本が良くできてても破壊されるづら。義経を選んだのはある意味まっとうな意識づんづら」
「何やと~!とんま、言わせておけば~!」
「まあまあ…でもそれじゃあ相当金がかかるだろうに。それでチケット代が千円だろう?どれだけ大盤振る舞いなんだ」
賀間の言葉に葉月が応える。
「まあ永年の実績で集客がいいからやりくりできるのもあるんですが、そこで皆さんのご祝儀が救ってるんですよ。他にも色々補助をもらったり、倹約する所はしてますしね。そういう裏話聞きたかったらオフか、楽日は打ち上げあるから無理ですけど、初日の公演の後ご飯食べつつでも時間とってもらいますよ。だから早めに話聞きたい人は初日参加って事で」
「じゃあそういう事なら俺初日」
「俺も初日にします」
「俺は後でゆっくり話を聞かせてもらう事にして、楽日の方が面白そうだから楽日にするか」
「僕は子どもの事もあるし、早く帰れるお昼の公演の方がいいんで楽日に」
「わいは神保にとっくりわいの素晴らしさを教えたいから初日や」
「初日づら」
「俺と山田は俺が舞台の後若菜ちゃんの写真撮ってくれって頼まれてるから初日な」
「お願いね、智君。あたしいいデジカメ持ってないから」
「ああ、ばっちりいい写真撮ってやるよ」
「え~!?何だよ智その特別待遇!」
不満そうに声を上げる三太郎に葉月が説明する。
「ああ、お姫が言ってたんですけどね。舞台写真は大方ゲネの時に撮ってもらえるそうなんですが、お姫の役、ゲネの写真だと姿が完全じゃないそうなんですよ。で、公演中は基本フラッシュ駄目って時点でほぼ撮影禁止だし、舞台終わった時が一番いい写真になるみたいで。で、一枚でいいから写真撮って欲しいって頼まれたんですけど、あたしはデジカメ古いのしかなくて。そしたら智君から丁度最近いいデジカメ買ったって聞いて。それに智君だったらあたしと同じ様に座長さんや座の役者さんに知り合い多いから騒がれずにフリーパスで楽屋行けるんであたしが頼んだんです。とはいえ撤収もあるし撮影時間は初日の公演終了後五分って言うハードさですけどね」
「あ~だったら俺も義経の写真、記念と内輪に晒したいから写メールでいいから撮りたいな~」
「俺は格好は男っぽくしてるのに中身大和撫子なお姫さんの着物姿の写真が欲しい~」
「お前ら、自分達こそが騒がれるプロ野球選手だという事をすっかり忘れてるだろう…」
チームメイトの言葉に土井垣が呆れた様に呟く。葉月と弥生は苦笑すると、少し話した後、葉月が折衷案を出す。
「…じゃあ、智君以外に代表一名まで許しますよ。一応カメラ買いたての智君が失敗した時の保険が欲しいですし。デジタル写真なら写メールでも一人が撮ればフィルムよりは簡単に行き渡るでしょう?ただし、大騒ぎしたりしてあちらに迷惑かけないで下さいね。お姫の立場が悪くなりますから」
「オッケー。じゃあ写真撮るやつジャンケンで決めるぞ~!希望者挙手!」
そう言ってジャンケンを始めるチームメイトを苦い表情で見つめながら、土井垣は葉月に声をかける。
「…いいのか?あいつらの事だから、暴走する確率の方が高いぞ。もし暴走したら、神保さんの立場がなくなるだろう」
「だから…」
葉月はにっこり微笑んで土井垣にそっと耳打ちをする。
「…ね?」
「…そういう事なら何とかなりそうだな」
そう言うと、二人はにっこり笑う。そうして代表や当日どうするかもすべて決まり、一同は声を上げる。
「じゃあ当日は皆で盛り上げるぞ~!」
「…その話についてちょっと聞きたいんだけど」
「え?」
不意に座敷の入り口から聞こえてきた声に一同は声の主を見る。その主を見て一同は蒼白になった――
それと同時刻の小田原のある一軒家。義経と若菜と指導役である座長の関谷と宇佐美と今日は後藤も来ていて、お茶を飲みながら、義経と若菜二人で解釈した義経の役についてのまとめを叩き台にして、役作りとセリフの調整をしていた。義経の役はセリフがたった二つしかないが、そのセリフ自体が重要な上、他の役者が彼の心情や言葉を代弁する事が多く、そこからも心を読み取らなければいけない。しかも本質も読む毎に深く見えてくるので、義経も若菜も一週間経つと大分解釈が変わる事が少なくなかった。しかし二人の熱意とその解釈の鋭さが関谷達に磨きあげられ立稽古に乗せられると、彼の存在感とその演技は義経が出演する事を快く思っていなかった他の座員達の不満を抑えるのに十分な実力を発揮していた。
「…で、この宇佐美さんのセリフの藩主の言葉からすると、僕の意識としては彼女の扱いは先代の意識とはまた違っていると考えていいんでしょうか。何せ15年生き別れていた上に、その間町屋の娘として育ってきた彼女だからこそ、いくら代々積年の帰参の願いがあってもそう簡単に血のためだけに嫁がせようとはしないとこのセリフで見たんですが」
「…ほう、そう来たか。でも確かにそうとも取れるな。ゴンちゃん、その辺りはどうよ」
「義経の解釈は近いな。これはある意味榛名姫がこういう形で帰ってきたからこそ出る言葉だ」
「じゃあ、そういう意識で僕のセリフとなると…さっきの感じでいいんでしょうか」
「う~ん…8割がたオッケーなんだけど、何か一味足りないんだよね~。…その『何か』が僕も何とも言えないんだ」
そう言って考え込む関谷と宇佐美を見ていた若菜が、控えめに口を開く。
「…あの」
「神保君、何かあるのかい」
「はい、これは私の芝居の方法なので、光さんに押し付けるのはどうかと思っていたのですけど、初期の台本思い出したら今回はありかなって思って…」
そう言うと若菜は、自分が考えた彼の演技についての『一味』について口にする。それを聞いて三人は頷いた。
「ああ、確かに。そりゃ面白い。となると俺も芝居少し変えないとな」
「舞台に奥行きも出るしいいと思うよ」
「神保らしいやり方だな。ある種の『人海戦術』かよ」
「じゃあそれ意識してセリフもう一度言ってみて、義経君」
「はい」
そうしてまた一同は役作りに入って行った――
そうして夜半に役作りを終わらせ、義経は若菜の家に泊まる事になっているので、二人で帰り道を歩きつつ静かに話す。
「今日も付き合ってくれた上に、帰りが遅いとはいえ泊めてくれてありがとう。若菜さん」
「いえ、私達が無理を言っているのですから」
「でもかつら合わせはこう言ってはなんだが、面白かった。大きさや形がほんの少し違うだけなのに、頭の辛さがあんなに変わるとはな」
「根気よく頭に合うものを探して正解でしょう?」
「ああ」
「実際どうしても合うかつらがなくて、型を最初から作った人も昔はいたんですよ」
「そうなのか。しかしそこまでしてくれる業者さんもありがたいな」
「ある種毎年のお得意様ですし、皆が注意して借りたかつらを大切に扱ってきた信用があるからですけどね」
「そうか」
「はい」
そう言うと二人は笑う。そうしてしばらく歩いて、ふっとまた義経が呟く。
「…しかし、舞台を一つ造り上げるというのは本当に大変なんだな。役作りだけでもこれだけかかるのに、これに音楽や、道具や、装置や、照明も入るんだろう?正直ただ客として観ているだけでは想像もつかなかった。…おかしいな、俺だってプロ野球の世界にいて、チーム内や審判や球場の人が一試合一試合同じ様にそれぞれに働いていたのを見ているのだから、分かったはずなのに。何だかそういう意味でも、若菜さん達に大切な事を教えてもらっている気がする」
義経の言葉に、若菜は静かに応える。
「ありがとうございます…でも、そうですね…そう言われると野球の世界と、芝居の世界って似たところがあるかもしれませんね。…光さん達にとってチームの人や審判さんや球場の人がそれぞれの所で一生懸命働いて、そうして一試合一試合お客さんにそれぞれ一瞬の夢を見せるみたいに、芝居もこれだけ手間をかけて一生懸命作り上げても、綺麗な本番はたった一瞬です。その一瞬の夢を見せるためにそれぞれが力を尽くすのが舞台の本質だと私は思ってます。…今はそれを忘れてしまった人もいますけど」
そう言って寂しげに微笑む若菜を宥める様に引き寄せて、義経は言葉を紡ぐ。
「…なら、あなたがその事を忘れなければいい。そして精一杯力を尽くそう…一瞬の夢を観客に見せるために」
「…はい」
そうして二人は寄り添い合いながら家路へ向かった。
「…でもよ。義経のおかげで神保が本来の力どころか、潜在能力まで出せたとはな。あいつ、結構演出能力あるじゃねぇか。それにあいつ自身も大分伸び伸び芝居ができてるし、良かったぜ。あいつのいい面がこうやって出れば、またいい芝居ができるからな」
稽古後に関谷の家に残った後藤と宇佐美は関谷ともども飲みながら話し込んでいた。
「義経君もこっちの予想以上にいいものを持ってるし、俺らも負けていられねぇやな。演出も義経君が鋭い芝居してくるから気が抜けねぇってなってきたし、渋ってた役者連中も、素人の義経君があんな鋭い芝居するから負けてられねぇってなってるから、怪我の功名だな」
「そうだね。…ああ、電話?分かった。ごめん、ちょっと待ってて。…はい、お電話代わりました。…え?どうしてそれを…そうですか…しかしその件に関しては僕達としては取り上げられると…そうですか、皆さんがそんな事を…はい、そう言う事でしたら…」
ある都内の小さな飲み屋の座敷で、スーパースターズのチームメイトと葉月と弥生は、一足先に葉月と弥生が若菜からもらった(それと同時に義経が渋って土井垣にしか渡していない)芝居の公演のパンフレットを眺めつつ話していた。あるきっかけにより義経は義侠心から若菜の入っているアマチュア劇団の公演に役者として出演する事になり、今はシーズン中ではあるが少ない時間を縫って彼は稽古と野球を両立している。しかし彼は試合に影響を出す事はない。いや、万が一この事が露見した時に、頼んだ一人で公認の恋人である若菜がこのせいで自分が不調になったと責められない様に、いつも以上に冴えたプレーや打撃を見せる様になっていた。そんな彼を一同は表向きからかいつつも本心は気遣い、稽古のために出られない時のミーティングの内容をそれとなく教えたり、試合後のファンサービスがどうしても少なくなってしまう事をファンに気付かせない様にファンサービスをフォローして振る舞っていた。それを分かっているのか義経も芝居の事に関しては無愛想に必要最低限の事しか話さないが、気遣いに関しては心からの感謝を表す態度を示している。そんなこんなで公演日が近付いてきたので、当日の観劇人数の割り振りなどをどうするかなどを土井垣も含めて話しているのである。
「姫さんはこの『ゆき』っていう役なんだな。でも別名ゆきさんがほんとにゆきって役やるなんていい洒落だぜ」
「そうだな。でも義経はどの役なんだ?本名はあいつを客寄せにしないために出してないし、あいつは絶対に自分の役について口を割らないし…」
「あたしは大方予想付いてますけどね」
「あたしも。はーちゃんにヒントもらって分かったわ」
「え~?教えて下さいよヒナさん。自分達だけずるいじゃないですか~」
「だって確率は高くても予想は予想だもの。確約できない事を言えないわよ。ね、はーちゃん」
「そうそう」
「ちぇ~…」
そう色々と話しながらパンフレットの写真やタイトルなどをしげしげと眺めつつ、星王、緒方、飯島、小岩鬼がそれぞれぼそりと言葉を零す。
「…しっかし、甲冑着た騎馬武者の写真にタイトルが『又左衛門切腹』って…」
「しかも中の作者の言葉見ると『隠居老人の見つけた死に場所が切腹』って…どんな話だよ」
「…まあ義経さんにはある意味似合いそうな話っぽいですけどね」
「時代劇ですしね、でもタイトルに切腹ってあるだけに話暗そうだな~」
小岩鬼の言葉に、葉月が苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「うん、まあ後藤作品はシリアスな話が多いけど、でもちゃんと所々に笑いを入れてるし、話は今までの話どれもとってもいい話よ。それに後藤さんってタイトルは大体話のキーワードをそのままつけるから、確かに重要ではあるけどそれだけだと思わない方がいいわ、小岩鬼君」
「はあ、そんなもんなんですか…」
腑に落ちない表情を見せる小岩鬼に、弥生が言葉を更に重ねる。
「そうね。それにサブタイの『小田原藩望郷』って言うのも何か気になるわね。確かに舞台は小田原じゃないし、作者の言葉を見る限りだと実際にあった小田原藩藩主返り咲きの一件に関する創作みたいだし…そこを突き詰めるとそれと切腹とどうつながるのか、なかなかミステリーで面白そうじゃない」
「確かにそうですね、そう考えると面白そうです」
本領がその言葉に同意して頷く。その後を取ってわびすけが口を開く。
「…で?当の義経は今日何やってんだ?」
その言葉に里中が答える。
「ああ、一日オフを利用して若菜ちゃんに連れられて一緒に業者さんにかつら合わせに行って、その後座長の関谷のおじさんの家で役作りだってさ」
その言葉に山岡が言葉を続ける。
「へぇ…でも俺時代劇好きだからよく観るんだけど、パンフに書いてある衣装とかつらの会社見ると、テレビでよく見る会社だぜ?ここ。そんなとこから衣装やらかつらやら借りる上に、サイズまで合わせるなんて…ずいぶん本式なんだな」
「まあツネごときがどんな猿芝居したってヘボい芝居しかできへんやろうからな、見た目くらいはかっこつけへんといかへんのやろ。わいやったらこのままだって一流の芝居を見せられるのに、見る目ないなぁ、神保は」
「おめぇにこういう正統派の芝居をやらせたら、どんなに台本が良くできてても破壊されるづら。義経を選んだのはある意味まっとうな意識づんづら」
「何やと~!とんま、言わせておけば~!」
「まあまあ…でもそれじゃあ相当金がかかるだろうに。それでチケット代が千円だろう?どれだけ大盤振る舞いなんだ」
賀間の言葉に葉月が応える。
「まあ永年の実績で集客がいいからやりくりできるのもあるんですが、そこで皆さんのご祝儀が救ってるんですよ。他にも色々補助をもらったり、倹約する所はしてますしね。そういう裏話聞きたかったらオフか、楽日は打ち上げあるから無理ですけど、初日の公演の後ご飯食べつつでも時間とってもらいますよ。だから早めに話聞きたい人は初日参加って事で」
「じゃあそういう事なら俺初日」
「俺も初日にします」
「俺は後でゆっくり話を聞かせてもらう事にして、楽日の方が面白そうだから楽日にするか」
「僕は子どもの事もあるし、早く帰れるお昼の公演の方がいいんで楽日に」
「わいは神保にとっくりわいの素晴らしさを教えたいから初日や」
「初日づら」
「俺と山田は俺が舞台の後若菜ちゃんの写真撮ってくれって頼まれてるから初日な」
「お願いね、智君。あたしいいデジカメ持ってないから」
「ああ、ばっちりいい写真撮ってやるよ」
「え~!?何だよ智その特別待遇!」
不満そうに声を上げる三太郎に葉月が説明する。
「ああ、お姫が言ってたんですけどね。舞台写真は大方ゲネの時に撮ってもらえるそうなんですが、お姫の役、ゲネの写真だと姿が完全じゃないそうなんですよ。で、公演中は基本フラッシュ駄目って時点でほぼ撮影禁止だし、舞台終わった時が一番いい写真になるみたいで。で、一枚でいいから写真撮って欲しいって頼まれたんですけど、あたしはデジカメ古いのしかなくて。そしたら智君から丁度最近いいデジカメ買ったって聞いて。それに智君だったらあたしと同じ様に座長さんや座の役者さんに知り合い多いから騒がれずにフリーパスで楽屋行けるんであたしが頼んだんです。とはいえ撤収もあるし撮影時間は初日の公演終了後五分って言うハードさですけどね」
「あ~だったら俺も義経の写真、記念と内輪に晒したいから写メールでいいから撮りたいな~」
「俺は格好は男っぽくしてるのに中身大和撫子なお姫さんの着物姿の写真が欲しい~」
「お前ら、自分達こそが騒がれるプロ野球選手だという事をすっかり忘れてるだろう…」
チームメイトの言葉に土井垣が呆れた様に呟く。葉月と弥生は苦笑すると、少し話した後、葉月が折衷案を出す。
「…じゃあ、智君以外に代表一名まで許しますよ。一応カメラ買いたての智君が失敗した時の保険が欲しいですし。デジタル写真なら写メールでも一人が撮ればフィルムよりは簡単に行き渡るでしょう?ただし、大騒ぎしたりしてあちらに迷惑かけないで下さいね。お姫の立場が悪くなりますから」
「オッケー。じゃあ写真撮るやつジャンケンで決めるぞ~!希望者挙手!」
そう言ってジャンケンを始めるチームメイトを苦い表情で見つめながら、土井垣は葉月に声をかける。
「…いいのか?あいつらの事だから、暴走する確率の方が高いぞ。もし暴走したら、神保さんの立場がなくなるだろう」
「だから…」
葉月はにっこり微笑んで土井垣にそっと耳打ちをする。
「…ね?」
「…そういう事なら何とかなりそうだな」
そう言うと、二人はにっこり笑う。そうして代表や当日どうするかもすべて決まり、一同は声を上げる。
「じゃあ当日は皆で盛り上げるぞ~!」
「…その話についてちょっと聞きたいんだけど」
「え?」
不意に座敷の入り口から聞こえてきた声に一同は声の主を見る。その主を見て一同は蒼白になった――
それと同時刻の小田原のある一軒家。義経と若菜と指導役である座長の関谷と宇佐美と今日は後藤も来ていて、お茶を飲みながら、義経と若菜二人で解釈した義経の役についてのまとめを叩き台にして、役作りとセリフの調整をしていた。義経の役はセリフがたった二つしかないが、そのセリフ自体が重要な上、他の役者が彼の心情や言葉を代弁する事が多く、そこからも心を読み取らなければいけない。しかも本質も読む毎に深く見えてくるので、義経も若菜も一週間経つと大分解釈が変わる事が少なくなかった。しかし二人の熱意とその解釈の鋭さが関谷達に磨きあげられ立稽古に乗せられると、彼の存在感とその演技は義経が出演する事を快く思っていなかった他の座員達の不満を抑えるのに十分な実力を発揮していた。
「…で、この宇佐美さんのセリフの藩主の言葉からすると、僕の意識としては彼女の扱いは先代の意識とはまた違っていると考えていいんでしょうか。何せ15年生き別れていた上に、その間町屋の娘として育ってきた彼女だからこそ、いくら代々積年の帰参の願いがあってもそう簡単に血のためだけに嫁がせようとはしないとこのセリフで見たんですが」
「…ほう、そう来たか。でも確かにそうとも取れるな。ゴンちゃん、その辺りはどうよ」
「義経の解釈は近いな。これはある意味榛名姫がこういう形で帰ってきたからこそ出る言葉だ」
「じゃあ、そういう意識で僕のセリフとなると…さっきの感じでいいんでしょうか」
「う~ん…8割がたオッケーなんだけど、何か一味足りないんだよね~。…その『何か』が僕も何とも言えないんだ」
そう言って考え込む関谷と宇佐美を見ていた若菜が、控えめに口を開く。
「…あの」
「神保君、何かあるのかい」
「はい、これは私の芝居の方法なので、光さんに押し付けるのはどうかと思っていたのですけど、初期の台本思い出したら今回はありかなって思って…」
そう言うと若菜は、自分が考えた彼の演技についての『一味』について口にする。それを聞いて三人は頷いた。
「ああ、確かに。そりゃ面白い。となると俺も芝居少し変えないとな」
「舞台に奥行きも出るしいいと思うよ」
「神保らしいやり方だな。ある種の『人海戦術』かよ」
「じゃあそれ意識してセリフもう一度言ってみて、義経君」
「はい」
そうしてまた一同は役作りに入って行った――
そうして夜半に役作りを終わらせ、義経は若菜の家に泊まる事になっているので、二人で帰り道を歩きつつ静かに話す。
「今日も付き合ってくれた上に、帰りが遅いとはいえ泊めてくれてありがとう。若菜さん」
「いえ、私達が無理を言っているのですから」
「でもかつら合わせはこう言ってはなんだが、面白かった。大きさや形がほんの少し違うだけなのに、頭の辛さがあんなに変わるとはな」
「根気よく頭に合うものを探して正解でしょう?」
「ああ」
「実際どうしても合うかつらがなくて、型を最初から作った人も昔はいたんですよ」
「そうなのか。しかしそこまでしてくれる業者さんもありがたいな」
「ある種毎年のお得意様ですし、皆が注意して借りたかつらを大切に扱ってきた信用があるからですけどね」
「そうか」
「はい」
そう言うと二人は笑う。そうしてしばらく歩いて、ふっとまた義経が呟く。
「…しかし、舞台を一つ造り上げるというのは本当に大変なんだな。役作りだけでもこれだけかかるのに、これに音楽や、道具や、装置や、照明も入るんだろう?正直ただ客として観ているだけでは想像もつかなかった。…おかしいな、俺だってプロ野球の世界にいて、チーム内や審判や球場の人が一試合一試合同じ様にそれぞれに働いていたのを見ているのだから、分かったはずなのに。何だかそういう意味でも、若菜さん達に大切な事を教えてもらっている気がする」
義経の言葉に、若菜は静かに応える。
「ありがとうございます…でも、そうですね…そう言われると野球の世界と、芝居の世界って似たところがあるかもしれませんね。…光さん達にとってチームの人や審判さんや球場の人がそれぞれの所で一生懸命働いて、そうして一試合一試合お客さんにそれぞれ一瞬の夢を見せるみたいに、芝居もこれだけ手間をかけて一生懸命作り上げても、綺麗な本番はたった一瞬です。その一瞬の夢を見せるためにそれぞれが力を尽くすのが舞台の本質だと私は思ってます。…今はそれを忘れてしまった人もいますけど」
そう言って寂しげに微笑む若菜を宥める様に引き寄せて、義経は言葉を紡ぐ。
「…なら、あなたがその事を忘れなければいい。そして精一杯力を尽くそう…一瞬の夢を観客に見せるために」
「…はい」
そうして二人は寄り添い合いながら家路へ向かった。
「…でもよ。義経のおかげで神保が本来の力どころか、潜在能力まで出せたとはな。あいつ、結構演出能力あるじゃねぇか。それにあいつ自身も大分伸び伸び芝居ができてるし、良かったぜ。あいつのいい面がこうやって出れば、またいい芝居ができるからな」
稽古後に関谷の家に残った後藤と宇佐美は関谷ともども飲みながら話し込んでいた。
「義経君もこっちの予想以上にいいものを持ってるし、俺らも負けていられねぇやな。演出も義経君が鋭い芝居してくるから気が抜けねぇってなってきたし、渋ってた役者連中も、素人の義経君があんな鋭い芝居するから負けてられねぇってなってるから、怪我の功名だな」
「そうだね。…ああ、電話?分かった。ごめん、ちょっと待ってて。…はい、お電話代わりました。…え?どうしてそれを…そうですか…しかしその件に関しては僕達としては取り上げられると…そうですか、皆さんがそんな事を…はい、そう言う事でしたら…」