そうして楽屋の片付けと掃除も終わり会場を出ると、関谷が若い男性と少し年かさの行った男性の二人と何やら話していて、義経と若菜に気づくと呼んだ。
「ああ、丁度良かった。おいで。…この人達が取材の記者さんとデスクさんだよ」
その二人を見た義経は驚きで一瞬目を白黒させて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「まさか、あなた達だったとは…取材の件、納得しました」
「そういう事。でも実際に公演を見て、裏付け現場でスクープにするって言ったらメンバー全員が全力で止めた理由がよく分かったよ。…こんないい芝居を特ダネありきで変なスクープにしてぶち壊すのは、俺も本意じゃないな」
「ありがとうございます」
「光さん、どういう事?」
状況が分からない若菜が不思議そうに義経に尋ねたので、彼は説明する様に答える。
「この方達は、スポーツ新聞の記者なんだ。で、若い方の方がうちのチームの番記者の方だ」
「ああ、そういう事だったんですか」
「とりあえずお嬢さんとは初対面だから、名刺を渡さなくてはね」
「はい、ありがとうございます。頂戴いたします。…って、このお名前…」
そう言って二人が名刺を渡し、若菜が受け取り名前を確認すると、年かさの男性の名前を見て彼女も驚いた表情を見せた。その表情に気付いた男性は問いかける。
「…おや、俺の名前を知っているのかい?」
男性の問いに若菜はにっこり微笑みながら返す。
「はい、以前親友が土井垣さんとのとんでもない嘘の報道を作られた時に、同じ報道という形で守って下さった方だとその『彼女』から聞いています。その時あなたが書いた記事も読みました」
「守ったっていうのは言い過ぎだと思うけど…そう『彼女』は思ってくれてるんだ」
「はい。親友を酷い報道から守って下さったあなたなら信用します。全て率直に話をさせて下さい」
「そうか、ありがとう。君達がそういう姿勢なら俺達もそれに返さないとな。じゃあ座長さん、お願いします」
「はい、じゃあ皆でとりあえず僕の家に」
一同は近所にある関谷の家で取材を受ける。義経も、若菜もこの件に関して全てをありのまま率直に語っていき、彼らも真剣に質問を返す。そうして全て話し終わった後、年かさの男性はふっと笑って言葉を紡ぐ。
「ありがとう。ここまで率直に話されたんだ。それにちゃんと応えなきゃな。…でも何というか、こうして話をすると君と『彼女』が親友だってよく分かるな。性格は全然違うけど、二人とも芯の所はよく似ているよ。自分のやるべき事に一生懸命で、好きな人に真摯なところがね」
「そうですか。親友ともども褒めてもらってありがとうございます」
男性の言葉に若菜は恥ずかしそうにお礼を言う。そうしてひと時一同で笑い合うと、今度は番記者の若い男性が笑顔で問い掛ける。
「ああそうだ、この言葉言いえて妙だし、語呂もよさそうな見出しができるな。見出しはこのフレーズ使わせてもらっていいかな」
男性の言葉に義経は少し照れくさそうに返す。
「何だか恥ずかしいですけど…でも確かにそうかもしれませんから、僕は構いません。いいかな、若菜さん」
「…はい、派手な見出しにならない程度なら」
「これはシンプルイズベストに使ってこそ重みが分かるから、派手にする気はないよ。それは約束する。じゃあ本当にありがとう。…よし、明日の朝刊に間に合う様にきりきり書くぞ!」
「二時間以上の芝居を見た上にインタビューして、これから朝までに記事を書くんですか…お仕事とはいえ大変ですね。とりあえずお大事に…なんでしょうか」
若菜の素直な気遣いの言葉に二人の記者は笑うとそれぞれ言葉を返す。
「取材に来た記者の身体を素直に気にした人は君が初めてかもな。でもその気持ちが嬉しいよ」
「確かにこの仕事は大変だけど、その分いい記事が書けるとそれも吹っ飛ぶんだ。彼が野球でいいプレーができたり、君がいい仕事や芝居ができた時みたいにね。でも俺も君の素直な気持ちは嬉しいから、その言葉受け取るよ」
「はい」
そうして記者達と義経達三人は分かれ、三人は打ち上げ会場へ足を運び、打ち上げに参加する。食事と酒を味わいながら昨日撮って現像された写真を回し見て欲しい写真の注文を取り、それぞれ一人づつ全体の感想を言い、歓談する。そうして割合賑やかに飲んでいる一同とは少し離れて義経と若菜がおとなしく酒や料理を口にしていると、後藤がお銚子を片手にやってきて二人に声を掛けてきた。
「おう、二人とも飲めたよな。まあ一杯やれや」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
そうして酒を注いだ後、後藤はふっと笑って二人の手を握り、口を開く。
「…お疲れさん」
「…」
「…後藤さん」
その眼差しを見て二人が笑顔で手を握り返すと、後藤はもう一度ふっと笑って『じゃあな』と言ってまた別の人間の所へ去って行った。二人はそれだけで十分だった。その笑顔と握手で自分達の芝居の誠実さを認めてもらったと良く分かったから――そうして二人は微笑み合うと、後藤が酌んだ盃を飲み干した。そうして打ち上げが終わり、二次会は辞退して二人が家に戻ると、若菜の両親が笑顔で出迎えてくれる。そうしてまたひと時楽しく語り合った後二人は幸せな疲れの中、眠りに就いた。
そして翌朝。秋季キャンプに向けての強化ミーティングがあるので、義経は早めに彼女の家を辞してドームへ向かう。新幹線に乗る時駅の売店で昨日の新聞社の新聞を買うと、二人が話した事を本当に率直に受けてくれたのか、来季に向けたスターズのレギュラーとしての姿勢に絡めた形で彼の演劇出演の事が書かれていた。その記事を読みながら彼はふっと笑うと若菜が言った通り今度は野球という形で夢を見せ自分も見よう、そのために精一杯の力を尽くそうと気持ちを集中した――
「…さっすが。いい記事に仕上がってるな」
強化ミーティングと偽って義経を(祝うのと晒し上げるのと両方の意味で)迎えるために一足先にドームに集まったスターズの面々は、件の新聞記事を読みながら楽しげに話していた。
「『けが人が出て役者が足りなくなった縁あるアマチュア劇団の代役を義侠心から引き受けたスターズの義経は、芝居を通して自らの野球に対するあるべき姿を学び、試合に生かし、またそれを芝居に還元していった。そうして完成された芝居の公演は観客を感動の渦に巻き込み、大成功をおさめた。公演を直に観劇して義経の語る言葉を聞いた記者は、この経験を来季に必ず活かす事が出来るだろうと確信している』…うん、これなら姫さんも悪く言われないな」
「義経も『こうして別の形で自らの野球を省みる事で、改めて初心に立ち戻る事ができて、その事でそれぞれがやるべき役目を一生懸命果たす事が勝利への道だと分かって良かった。この役目を任せて下さった皆さんに感謝しています』なんて、味な事言うじゃんか」
「…で、見出しがそのインタビューの中で出た言葉を使った『義経、一瞬の夢にリリーフ』ってのもなかなかかっこいいですね~」
「づら」
「『芝居の本番が一瞬の夢の様に、自分達には試合一つ一つが一瞬の夢』…か。確かにな」
「でもさ、ありのまま書いてるのはこれ読めば充分分かるけどさ。…それでも端々深読みすると、どう見てもお互いの事のろけたいのがメインにしか思えないのは俺だけか…?」
「ああ、何となくですけどそれ分かります…」
「『役作りから試合との両立から全て一生懸命にサポートして、自らの芝居への姿勢を無意識に見せる事でこういう心境に辿り着かせてくれた彼女がいなかったら、同じ事をしてもこうはならなかった』とか素で言ってるんだもんな~。彼女は彼女で『自分ができる事をとにかく何でもいいから彼にしたいししなければと必死でした』って…」
「で、とどめはこういう話がまた来たらやるかって問いに『自分は野球の世界でこうした夢を見せる人間なので、もうないと思います。でも彼女と一緒なら』って…どこの結婚インタビューですか~?あ~ん?…って小一時間義経正座させて問い詰めたいよな」
「…ったく、土井垣さんも宮田さんとの事になると大概天然ボケだけどさ、それ×二倍…いや、二乗のダブル天然ボケバカップルだよ、この二人は」
「…という訳で、義経には多分これから来るだろう他の記者とは別枠で、俺達の特別インタビューを受けてもらう事にするぞ~」
「さんせ~い」
それと同時刻の東京日日スポーツ編集部。
「…俺にできる限りの範囲でありのままを書きましたけど…本当にあれでよかったのかって、未だにちょっと考えてるっす。…良かったんすか山井さん、あれで」
番記者の言葉に、山井は紫煙を吐き出すとふっと笑って応える。
「…あれ以上はどうしようもなかっただろう?二人とも真っ正直に、お互いがいるおかげで今回の結果につながったって何の疑いもなく発言してたし、実際あの芝居や今までの取材から改めて今シーズンの義経の成績を見ていくと、その言葉に嘘はないのが明らかだしな。まあ、無意識ののろけまくりをあそこまでで抑えた事で許してもらおう」
「でも今回の記事、確かにジャーナリストの端くれだと思ってる俺にはいい仕事でした。『事実をありのまま書く大切さ、その難しさをしっかり身につけろ』って山井さんが言った意味、受け取りましたよ。スポーツ新聞の記者でもメッツをずっと見てきて、そのままを報道してきた山井さんだからこその言葉ですよ」
「俺を持ち上げても何も出ないぞ」
「そんな意味で言ってないっすよ。俺だって本気です…まあ、来季の義経がどうなるか楽しみにして、とりあえず完徹して飯もろくに食ってない身ですし、何か食いましょう。ラーメンと牛丼、どっちがいいっすか」
「そば程度にしときたいな、年寄りの身としては」
「あの芝居観たからって、そんな自分を老けこませないで下さいよ。おんなじ老人でも『あの』岩田鉄五郎を追っかけてる山井さんらしくないっすよ。…でもまあ、確かに疲れた身体には優しいもんがいいっすね。じゃあ駅前のそば屋行きますか」
「そうだな」
そう言うと山井はまたふっと笑って窓の外を見ながら煙草の火を消した――
そうしてもちろん義経が翌シーズンも活躍したのは言うまでもないが、藩主の衣装を着た義経の写真が載ったこの日の東京日日スポーツの即時完売が続出して、シーズン中の5連敗で苦悩する土井垣のバストアップ写真が載った他紙と合わせてファンの間で伝説の紙面になったとかならないとか、以前からいくつかはあったが、この後義経に時代物のイベントやポスターのイメージキャラクターのオファーが更に殺到したとかしないとか、義経を仕立て上げた若菜の芝居の手腕に興味を持った演劇評論家が昔の公演の映像を観て、結果彼女自身の芝居も高評価を受け、彼女の演技が劇団内で再評価されたとかされないとか、記事から見え隠れする(どころか最低限に抑えたのにダダ漏れだった)二人のあまりの仲の良さに嫉妬の涙を流しながらも、彼女の容姿や記事から見える性格だとお似合いかもしれない…と納得のため息をついた女性ファンが多数いたとかいないとか様々な後日談があった事は、また別の機会に――
「ああ、丁度良かった。おいで。…この人達が取材の記者さんとデスクさんだよ」
その二人を見た義経は驚きで一瞬目を白黒させて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「まさか、あなた達だったとは…取材の件、納得しました」
「そういう事。でも実際に公演を見て、裏付け現場でスクープにするって言ったらメンバー全員が全力で止めた理由がよく分かったよ。…こんないい芝居を特ダネありきで変なスクープにしてぶち壊すのは、俺も本意じゃないな」
「ありがとうございます」
「光さん、どういう事?」
状況が分からない若菜が不思議そうに義経に尋ねたので、彼は説明する様に答える。
「この方達は、スポーツ新聞の記者なんだ。で、若い方の方がうちのチームの番記者の方だ」
「ああ、そういう事だったんですか」
「とりあえずお嬢さんとは初対面だから、名刺を渡さなくてはね」
「はい、ありがとうございます。頂戴いたします。…って、このお名前…」
そう言って二人が名刺を渡し、若菜が受け取り名前を確認すると、年かさの男性の名前を見て彼女も驚いた表情を見せた。その表情に気付いた男性は問いかける。
「…おや、俺の名前を知っているのかい?」
男性の問いに若菜はにっこり微笑みながら返す。
「はい、以前親友が土井垣さんとのとんでもない嘘の報道を作られた時に、同じ報道という形で守って下さった方だとその『彼女』から聞いています。その時あなたが書いた記事も読みました」
「守ったっていうのは言い過ぎだと思うけど…そう『彼女』は思ってくれてるんだ」
「はい。親友を酷い報道から守って下さったあなたなら信用します。全て率直に話をさせて下さい」
「そうか、ありがとう。君達がそういう姿勢なら俺達もそれに返さないとな。じゃあ座長さん、お願いします」
「はい、じゃあ皆でとりあえず僕の家に」
一同は近所にある関谷の家で取材を受ける。義経も、若菜もこの件に関して全てをありのまま率直に語っていき、彼らも真剣に質問を返す。そうして全て話し終わった後、年かさの男性はふっと笑って言葉を紡ぐ。
「ありがとう。ここまで率直に話されたんだ。それにちゃんと応えなきゃな。…でも何というか、こうして話をすると君と『彼女』が親友だってよく分かるな。性格は全然違うけど、二人とも芯の所はよく似ているよ。自分のやるべき事に一生懸命で、好きな人に真摯なところがね」
「そうですか。親友ともども褒めてもらってありがとうございます」
男性の言葉に若菜は恥ずかしそうにお礼を言う。そうしてひと時一同で笑い合うと、今度は番記者の若い男性が笑顔で問い掛ける。
「ああそうだ、この言葉言いえて妙だし、語呂もよさそうな見出しができるな。見出しはこのフレーズ使わせてもらっていいかな」
男性の言葉に義経は少し照れくさそうに返す。
「何だか恥ずかしいですけど…でも確かにそうかもしれませんから、僕は構いません。いいかな、若菜さん」
「…はい、派手な見出しにならない程度なら」
「これはシンプルイズベストに使ってこそ重みが分かるから、派手にする気はないよ。それは約束する。じゃあ本当にありがとう。…よし、明日の朝刊に間に合う様にきりきり書くぞ!」
「二時間以上の芝居を見た上にインタビューして、これから朝までに記事を書くんですか…お仕事とはいえ大変ですね。とりあえずお大事に…なんでしょうか」
若菜の素直な気遣いの言葉に二人の記者は笑うとそれぞれ言葉を返す。
「取材に来た記者の身体を素直に気にした人は君が初めてかもな。でもその気持ちが嬉しいよ」
「確かにこの仕事は大変だけど、その分いい記事が書けるとそれも吹っ飛ぶんだ。彼が野球でいいプレーができたり、君がいい仕事や芝居ができた時みたいにね。でも俺も君の素直な気持ちは嬉しいから、その言葉受け取るよ」
「はい」
そうして記者達と義経達三人は分かれ、三人は打ち上げ会場へ足を運び、打ち上げに参加する。食事と酒を味わいながら昨日撮って現像された写真を回し見て欲しい写真の注文を取り、それぞれ一人づつ全体の感想を言い、歓談する。そうして割合賑やかに飲んでいる一同とは少し離れて義経と若菜がおとなしく酒や料理を口にしていると、後藤がお銚子を片手にやってきて二人に声を掛けてきた。
「おう、二人とも飲めたよな。まあ一杯やれや」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
そうして酒を注いだ後、後藤はふっと笑って二人の手を握り、口を開く。
「…お疲れさん」
「…」
「…後藤さん」
その眼差しを見て二人が笑顔で手を握り返すと、後藤はもう一度ふっと笑って『じゃあな』と言ってまた別の人間の所へ去って行った。二人はそれだけで十分だった。その笑顔と握手で自分達の芝居の誠実さを認めてもらったと良く分かったから――そうして二人は微笑み合うと、後藤が酌んだ盃を飲み干した。そうして打ち上げが終わり、二次会は辞退して二人が家に戻ると、若菜の両親が笑顔で出迎えてくれる。そうしてまたひと時楽しく語り合った後二人は幸せな疲れの中、眠りに就いた。
そして翌朝。秋季キャンプに向けての強化ミーティングがあるので、義経は早めに彼女の家を辞してドームへ向かう。新幹線に乗る時駅の売店で昨日の新聞社の新聞を買うと、二人が話した事を本当に率直に受けてくれたのか、来季に向けたスターズのレギュラーとしての姿勢に絡めた形で彼の演劇出演の事が書かれていた。その記事を読みながら彼はふっと笑うと若菜が言った通り今度は野球という形で夢を見せ自分も見よう、そのために精一杯の力を尽くそうと気持ちを集中した――
「…さっすが。いい記事に仕上がってるな」
強化ミーティングと偽って義経を(祝うのと晒し上げるのと両方の意味で)迎えるために一足先にドームに集まったスターズの面々は、件の新聞記事を読みながら楽しげに話していた。
「『けが人が出て役者が足りなくなった縁あるアマチュア劇団の代役を義侠心から引き受けたスターズの義経は、芝居を通して自らの野球に対するあるべき姿を学び、試合に生かし、またそれを芝居に還元していった。そうして完成された芝居の公演は観客を感動の渦に巻き込み、大成功をおさめた。公演を直に観劇して義経の語る言葉を聞いた記者は、この経験を来季に必ず活かす事が出来るだろうと確信している』…うん、これなら姫さんも悪く言われないな」
「義経も『こうして別の形で自らの野球を省みる事で、改めて初心に立ち戻る事ができて、その事でそれぞれがやるべき役目を一生懸命果たす事が勝利への道だと分かって良かった。この役目を任せて下さった皆さんに感謝しています』なんて、味な事言うじゃんか」
「…で、見出しがそのインタビューの中で出た言葉を使った『義経、一瞬の夢にリリーフ』ってのもなかなかかっこいいですね~」
「づら」
「『芝居の本番が一瞬の夢の様に、自分達には試合一つ一つが一瞬の夢』…か。確かにな」
「でもさ、ありのまま書いてるのはこれ読めば充分分かるけどさ。…それでも端々深読みすると、どう見てもお互いの事のろけたいのがメインにしか思えないのは俺だけか…?」
「ああ、何となくですけどそれ分かります…」
「『役作りから試合との両立から全て一生懸命にサポートして、自らの芝居への姿勢を無意識に見せる事でこういう心境に辿り着かせてくれた彼女がいなかったら、同じ事をしてもこうはならなかった』とか素で言ってるんだもんな~。彼女は彼女で『自分ができる事をとにかく何でもいいから彼にしたいししなければと必死でした』って…」
「で、とどめはこういう話がまた来たらやるかって問いに『自分は野球の世界でこうした夢を見せる人間なので、もうないと思います。でも彼女と一緒なら』って…どこの結婚インタビューですか~?あ~ん?…って小一時間義経正座させて問い詰めたいよな」
「…ったく、土井垣さんも宮田さんとの事になると大概天然ボケだけどさ、それ×二倍…いや、二乗のダブル天然ボケバカップルだよ、この二人は」
「…という訳で、義経には多分これから来るだろう他の記者とは別枠で、俺達の特別インタビューを受けてもらう事にするぞ~」
「さんせ~い」
それと同時刻の東京日日スポーツ編集部。
「…俺にできる限りの範囲でありのままを書きましたけど…本当にあれでよかったのかって、未だにちょっと考えてるっす。…良かったんすか山井さん、あれで」
番記者の言葉に、山井は紫煙を吐き出すとふっと笑って応える。
「…あれ以上はどうしようもなかっただろう?二人とも真っ正直に、お互いがいるおかげで今回の結果につながったって何の疑いもなく発言してたし、実際あの芝居や今までの取材から改めて今シーズンの義経の成績を見ていくと、その言葉に嘘はないのが明らかだしな。まあ、無意識ののろけまくりをあそこまでで抑えた事で許してもらおう」
「でも今回の記事、確かにジャーナリストの端くれだと思ってる俺にはいい仕事でした。『事実をありのまま書く大切さ、その難しさをしっかり身につけろ』って山井さんが言った意味、受け取りましたよ。スポーツ新聞の記者でもメッツをずっと見てきて、そのままを報道してきた山井さんだからこその言葉ですよ」
「俺を持ち上げても何も出ないぞ」
「そんな意味で言ってないっすよ。俺だって本気です…まあ、来季の義経がどうなるか楽しみにして、とりあえず完徹して飯もろくに食ってない身ですし、何か食いましょう。ラーメンと牛丼、どっちがいいっすか」
「そば程度にしときたいな、年寄りの身としては」
「あの芝居観たからって、そんな自分を老けこませないで下さいよ。おんなじ老人でも『あの』岩田鉄五郎を追っかけてる山井さんらしくないっすよ。…でもまあ、確かに疲れた身体には優しいもんがいいっすね。じゃあ駅前のそば屋行きますか」
「そうだな」
そう言うと山井はまたふっと笑って窓の外を見ながら煙草の火を消した――
そうしてもちろん義経が翌シーズンも活躍したのは言うまでもないが、藩主の衣装を着た義経の写真が載ったこの日の東京日日スポーツの即時完売が続出して、シーズン中の5連敗で苦悩する土井垣のバストアップ写真が載った他紙と合わせてファンの間で伝説の紙面になったとかならないとか、以前からいくつかはあったが、この後義経に時代物のイベントやポスターのイメージキャラクターのオファーが更に殺到したとかしないとか、義経を仕立て上げた若菜の芝居の手腕に興味を持った演劇評論家が昔の公演の映像を観て、結果彼女自身の芝居も高評価を受け、彼女の演技が劇団内で再評価されたとかされないとか、記事から見え隠れする(どころか最低限に抑えたのにダダ漏れだった)二人のあまりの仲の良さに嫉妬の涙を流しながらも、彼女の容姿や記事から見える性格だとお似合いかもしれない…と納得のため息をついた女性ファンが多数いたとかいないとか様々な後日談があった事は、また別の機会に――