――病み衰え、やつれているため一見は分らないが、確かに自分と同じ顔をした――しかし自分ではない青年が病の床に就いている。時折咳と共に真っ赤な血を吐いている事から、その青年が肺を病んでいる事は容易に察せられた。そしてその喀血量と衰弱具合からもう長くない事も――その青年は衰えてほとんど動かない腕を必死に伸ばし、その先にある枕元に置いた一通の封書と一冊の本をその力なき手で引き寄せ抱き締める様に抱えると、誰に対しての感情なのか、愛おしさと哀しさが混じった口調で呟く。
――結局…あなたとの約束は果たせませんでした。…でも、今となってはどうでもいい事。僕の作品を捧げたいあなたは、とうにこの世にいないのだから。…でも…だからこそ、この一冊…一番残したかった、あなたを想いながら…あなたのためだけに書いたこの作品を世に出せた事で…僕は満足です。僕が捧げたかったあなたへの愛は、こうして形として残せたのだから――
また青年は咳き込むと、最後の力を振り絞る様に、封筒から何度も読み返していたのであろうボロボロになった手紙を取り出し、その文章をまた読み返しながら、虚ろになってきた視線と意識をそれでも虚空にいる誰かを探す様に必死に彷徨わせ、涙を零して続ける。
――もうすぐ…僕もそちらへ行きます。あなたは、僕を迎えてくれますか…いや、あなたと違って…きっと僕は地獄行きですね。身分の差に負けて、あなたを幸せにどころか…共に逃げましょうと言う事すら、できなかった…それだけじゃない、そうしながらあなたに結局…自死という道を選ばせて…決して奪ってはいけなかったあなたの生命を奪う事で、あなたを自分のものにしてしまったのだから。…そんな罪深い僕は…天はもとより…あなたにも許されず…二度と会う事も叶わないでしょうね…でも…もし許されるなら、次の生で…今度…こそ…いっしょ……に――
そこで青年は手紙を手にしたままこと切れた――
『…?…』
義経は目を覚ますと今しがた見ていた夢をふと思い出し不可解な気持ちになる。全く脈絡のない夢だったはずなのに、何故か既視感と例え様もない寂しさと哀しさを覚えたのだ。まるで以前自分が体験した事の様に――何故だろうと思いつつ喉が渇いたので水を飲もうとキッチンへ行くと、キッチンに人がいた。…いや、人の形をしているが人ならぬものだとは山伏の直感で分かった。学生服に学帽にマントという明治か大正位の学生風に見えるその『人ならぬもの』は、義経の気配に気づいた様に振り返る。その顔は――あの夢と同じく、いや、病み衰えていない分更にはっきりと自覚できる程に――自分そっくりだった。こんな所にまで魑魅魍魎の類かと彼は払うための読誦をしようとしたが、何故か言葉が出てこない。そうして見つめ合っているとその『人ならぬもの』は不意に彼に近付いてきて、自分と重なると同時に溶け合う様に、姿はもとよりその気配も消えた。今の出来事は何だったのだろう――不可解に思いながらも不思議と怖れや不安は無かった。それどころかまるで自分の一部が戻って来た様な懐かしい感覚すら覚えている。そうした自分に対し更に不可解さを覚えながらも、物の怪はいなくなった事だしとにかく水だ、と思い直すと彼は水を汲み、飲み干した後もう一度眠りに就いた。