「お~い義経~」
「…何だ」
「今日珍しく監督と一緒にご出勤だったじゃん。しかもちょい遅刻ときた」
「帰りが一緒なのはいつもだけどさ、何があったんだよ」
「…別に」
「もしかして昨日監督の部屋に泊まって女呼び出してなんちゃら…とか?」
「え~っ?ダメじゃん姫さんいるのに浮気なんかし…っておい、どうしたんだよ!」
 チームメイト達は義経の反応を見て驚く。いつもならこの手のからかいに対して本気で怒り、下手をすると手まで出してくる彼が何もしないどころか、蒼白な顔色で額を押さえて深いため息をついたからである。いつにない彼の反応に、星王が代表して心配そうに声を掛ける。
「お、おい…そんな顔色で…体調大丈夫なのか?どっか悪いんじゃ…」
「いや…何でもない。ちょっと考え事をしてしまっただけだ。早めに試合に頭を切り替えて集中すれば大丈夫だから、気にしないでくれ」
「ああ…お前がそう言うなら、そう言う事にしとくが…」
「もしかして監督と遅刻して来たってその体調だったからか?」
「試合に影響出る様なら早めにスタメン回避してもらった方がいいんじゃね?」
「いや、心配はありがたいが俺は試合に出て結果を出さないといけない。試合には影響を絶対出さない…いや、出せないし、出すつもりもないからそこは心配しないでくれ」
「義経…」
 義経はチームメイトの心配を覆そうと翳りを完全には消せなかったが、それでもいつも見せる爽やかな笑みで応える。チームメイト達はその義経の言葉と表情に何かあると感じ取ったが、その表情から何も聞き出せない事も分かったので、ただ頷いた。彼は若菜の呼び名を出され一瞬今も苦しんでいるだろう彼女の事を思い出し、心配と万が一に対する恐れが心の中を荒れ狂ったが、気丈に送り出した彼女を思い、即座にその恐れを振り払う。大丈夫、彼女はちゃんと待っていてくれる。それに自らの身体の弱さと土井垣の体調をあれだけ上手に管理している葉月がついていてくれるのだから、何かあってもきっと救ってくれる。ならば自分がすべき事はきちんと自らの役目を果たし、結果も残して勝利し、それを手土産に彼女の所へ戻る。それだけだ。心配で心を乱して不調に陥ったら余計に彼女の負担が増えてしまう。そんな事になったらお互い辛いだけだ、自分を律せねば。そして試合で最高の働きを残さなければ――

 そうして義経は試合をこなしていく。いつにも増し冴えた神の守りと確実につなぐ打撃。その鬼気迫るプレイに敵味方関係なく圧倒される。その義経の迫力に押されてスターズは勢いを増し圧勝。ヒーローインタビューこそ回ってこなかったもののその功績はチームメイト全員から賞賛された。
「義経、どうしたんだよ今日は」
「まあ、いっつもあの位やってくれへんとわいらが苦労するんやけどな」
「試合前の顔色見た時はどうなるかって思ったけど、取り越し苦労だったな」
「…」
「どうしたんだよ。いいプレーしたのにそんな景気悪い顔して」
「いや…何でも」
「何だよ~少しはいつもみたいに笑えよ~」
「すまないが…今はあまり楽観的になれないんだ。周りの雰囲気を壊して悪いが、許してくれ」
「…仕方ないな」
 チームメイトに悪いと思ったが、彼は試合が終わった途端気持ちが切れ、若菜はどうなったかという心配が心をすでに占めてしまっていた。彼の態度に不満そうな顔を見せるチームメイトに心の中で詫びつつも早く帰って彼女の顔を見たいという気持ちが勝り、一番に帰り支度を終えると土井垣を促して帰りを急ぎつつ、途中にあった深夜営業のスーパーで彼女が食べたがっていたグレープフルーツを一つ一番おいしそうに見えたものを手に取り、買った。そうしてマンションに戻ると、葉月が出迎えて今日の経過を話す。
「熱はまだ下がってません。汗もかいてないんでまだ下がらないかもしれませんね。食事も何回かに分けて食べましたけどそれでも一食分食べたかどうか…でも吐いてはいませんし水分は大分とりましたし、欲しがるんで少しは元気が出て来たみたいです」
「そうか…ありがとう、宮田さん」
「それから…そんな状態だったんですけどね。お姫、『試合だけは起きて観る』って言い張って…ふらふらなのに何とか起きて…スターズの試合、テレビで観ましたよ。それで、義経さんがいいプレーしてるのを見て…幸せそうに笑ってました。その時に食べさせた食事の量が少ないなりに一番多かったですね。義経さんを見てお姫も頑張らないと…って思ったんだと思います」
「…そうか。で…今、若菜さんは…」
「眠ってます。でもうつらうつらって感じですね。もしかしたら今は目が覚めてるかも」
「そうか。じゃあ様子を見させてもらう」
 そう言うと義経は寝室に入る。若菜はやはり熱で苦しそうだが寝息を立てていた。起こしてはいけないと思いつつそれでも心配で義経がその額を撫でると、ゆっくりと彼女は目を開け、そこにいる彼を認めると幸せそうな微笑みを見せ、やはり囁く様なか細い声だったが優しく言葉を彼に掛ける。
「お帰りなさい…今日、頑張っていたわね…勝てたし…良かった。お疲れ様」
「ああ。約束通り勝ったし、結果も残した。…若菜さんも頑張ってくれたな」
「はい。光さんが頑張っているのを見たら、早く元気にならなくちゃって思って…」
「…ありがとう。そうだ、希望通りグレープフルーツを買って来たが…食べるか?」
「…少しなら食べられそう」
「そうか。じゃあ俺もあなたの食事の残りで夜食の支度をするから、一緒に用意しよう。ちょっと待っていてくれ」
「…はい」
 そう言うと義経は寝室を出て葉月と土井垣にお礼の言葉を述べる。
「監督、宮田さん。今日は本当にありがとうございました」
「いいえ、親友の世話は私もしたいから。じゃあ明日はデーゲームでしたね。今日より早めの7時過ぎ頃に将さんと来ますから、今日と同じ様な段取りで」
「ああ、分かった。明日もよろしく。監督もよろしくお願いします」
「何、言っている通り監督として当たり前だし、そうでなくてもこいつの面倒を見るついでだ。気にするな。じゃあ俺達はこれで退散するから。後は義経、お前がしっかり世話をしろよ」
「はい」
 そう言って二人は部屋を出て行った。義経はそれを見送ると残っていた粥を温め直し、その間にグレープフルーツを半分房から出して小鉢に入れる。そうして彼女の所へ持っていくと、彼女はにっこり微笑んでゆっくりとふらつく身体だが起き上がった。彼は一生懸命起き上がっている彼女を少しでも楽にしようとベッドの端に座り自分に寄りかからせ、小鉢のグレープフルーツをスプーンで与える。彼女は少しづつ口にし、幸せそうに微笑む。そうしてしばらくグレープフルーツを与えていると、不意に彼女がスプーンを持った彼の手を取り、向きを変えて彼の口に運ぶ。彼が促されるままグレープフルーツを口にすると、彼女は微笑んで囁いた。
「今は…これ位でもういいわ。後は…光さん、どうぞ」
「そうか、でもかなり食べられたな。良かった」
「きっと…光さんが食べさせてくれたからだわ」
「そ…そうか…」
 彼は彼女の言葉に照れくささで狼狽しながらも彼女を横にして枕元に座ると、自分の粥と残りのグレープフルーツを口にしていく。それを幸せそうに見つめている彼女に気づいて、彼はふっと笑うと粥を一口、彼女の口に運んでみる。
「もう一口だけ…食べてみないか」
「…はい」
 彼女は少し起き上がって彼が差し出した粥を口にすると、彼の笑顔に返す様ににっこり微笑んだ。
「…おいしい。…お昼に食べた時よりおいしいって思えた」
「そうか。…少しづつ食欲も出て来たみたいだし、熱はともかく元気は出て来たみたいだな」
「そうね…良かった。早く良くなりそうで」
「でも無理はしないでゆっくり、段々と量を増やさないとな。急に一気に食べ過ぎて戻したりしたら辛いだろう?」
「…そうね、ありがとう。光さん」
 そう言って二人は辛いながらも同じ位の幸せを感じつつ微笑み合い、彼は残りの粥を食べきって片づけた後氷枕の状態などを確認して彼女を寝かせ、翌日の試合の支度をしてから風呂に入り、寝室へ戻る。いつもならベッドで共に眠るのだが、今の彼女は病人。自分がいたら邪魔だろうと思った彼は客用布団を出すと彼女のベッドに並べ、彼女の額をもう一度撫でると囁きかける。
「今夜はゆっくり一人でそのベッドを使いなさい。俺がいたら窮屈だろうからな」
「光さん…」
「横にいるから…何かあったらすぐ起こせばいい」
「…はい」
 彼女は少し寂しそうな表情を見せたが、彼の心遣いは分かっているのかすぐに微笑むと、彼に軽くキスをして囁き返す。
「…おやすみなさい」
「…お休み」
 そう言って彼もキスを返すと二人は眠りに就いた。