翌朝、彼はまた早朝に目を覚ますと、眠っている彼女を起こさない様に起き出し、彼女の食事と自分の朝食を作る。そうして食事ができた頃、彼女も目を覚ましたのか起き出して、キッチンにやって来た。昨日よりほんの少しだが顔色が良くなった様に見えて安心しつつも、身体は大丈夫だろうかと思い、優しく声を掛ける。
「おはよう、若菜さん」
「おはようございます、光さん」
「具合はどうだ?」
「はい…少し楽になりました。でも、やっぱりまだ重いです」
「そうか。じゃあ、とりあえず水を飲むか?」
「はい…そう思って来たんです」
「じゃあ、今汲むから。あなたは椅子に座って」
そう言うと義経はコップに水を汲み、椅子に座らせた若菜に渡す。若菜は静かに飲み干すとにっこり微笑んだ。
「…ありがとう、光さん」
「いや…じゃあ熱を測るか。そうしたら少し食事をとろう。それから、しばらくここに置く訳だし、診断書を役所に出してもらうためにもお父さん達に電話して取りに来てもらうから」
「…はい、ありがとう。そこまでしてもらって」
「当たり前だろう。あなたは俺の大切な、その…恋女房…なんだから」
「…」
彼の言葉に彼女は熱ではなく恥ずかしさで顔を赤らめた。それを見て彼も照れくさくなりながら笑いかけると、彼女をベッドへ戻し熱を測らせる。熱は38度5分まで下がっていた。
「少し…下がったみたいだな。でも解熱剤はどうしようか…39度より下がったら飲まなくてもいいそうだが、辛い様なら飲んだ方がいいと思うが」
「ううん…そこまでは辛くないからとりあえずはいいわ。辛くなったらその時飲むから」
「分かった。じゃあお父さんに電話を掛けたら食事を持ってくる」
「…ありがとう」
彼女の微笑みと気遣いが嬉しくて彼は額に軽くキスをすると、寝室から出てまず彼女の家に電話を掛ける。早朝の電話の非礼を詫びた後事の次第を全て話し、自分が面倒を見たいからここにしばらく置く事と、療養のための診断書が出されているので申し訳ないけれど取りに来て市役所に届けて欲しい旨を頼むと、彼女の両親は娘の病気も心配だが、それ以上に彼に迷惑を掛けてはいけないから連れ帰ろうかという提案をする。しかし彼は『お気遣いは嬉しいのですが、妻の病気を看病できない夫にはなりたくないので、どうか僕に世話をさせて下さい』ときっぱり返し、その口調から彼の決意を知った彼女の両親は、申し訳ない気持ちも残っているがそれでも彼の『夫』としての自覚を受け取り、手がいる時には呼ぶ事を条件として彼に娘を預ける事を許してくれた。そうしてあまり夜遅くに訪問も良くないし、彼がいない間葉月が看病してくれている事もあるので、彼がいない時間帯だが昼頃診断書を取りに行くと答え、彼はそれに感謝の言葉を返して電話を切り、自分の朝食と若菜の粥を持って寝室へ戻る。彼女は戻って来た彼の『朝食』を見て驚いた。
「光さん、お粥と卵と牛乳だけで…いいの?いつもみたいにしっかり食べないと、試合まで持たないわ」
彼女の心配を宥める様に、彼は笑顔と優しい言葉を返す。
「いや、試合前に軽食が出るからそれで適当に腹が膨れるし。それに…今日の粥をよく見るといい」
「え?…あ、このお粥…」
彼女は彼の言葉に粥を改めて見てまた驚く。その粥は昨日食べた卵粥ではなく、青菜や人参や葱や鶏肉が入った雑炊風の物だったのだ。彼は微笑んで言葉を重ねる。
「あなたがどうやら少しは食べられる様になったみたいだからな…栄養が補給できる様に少し具を増やした。無理はしなくていいが、これなら二人ともいい食事になるだろう?」
「…そうね。ありがとう、光さん。私の事まで考えてくれて」
「いや…俺もあなたと一緒の物が食べたいと思ったから。それから昨日のグレープフルーツの残りも、途中で食べたくなったら食べなさい。また何か土産を買ってくるから」
「…はい」
彼女はまた幸せそうににっこり微笑む。その笑顔に彼も優しい微笑みを返し、二人で食事をとっていく。そうして食事を終え、片づけると、昨日と同じ様に土井垣と葉月がやってきた。義経は葉月に若菜の今朝の状態を話した後診断書を渡し、昼頃に若菜の両親が取りに来るので渡してほしい旨を頼む。葉月は承知すると改めてスポーツドリンクと氷の量を確認し、今日一日で無くなりそうだから帰りに買い足して欲しいと彼に頼んだ。彼も承知してもう一度若菜の所へ行き、優しく声を掛ける。
「じゃあ…行ってくる。今日もなるべく早く帰って来るから」
「はい…行ってらっしゃい。頑張ってね」
「もちろんだ。絶対今日も勝って、結果も残すから…若菜さんも頑張ってくれ」
「はい。……ねえ、光さん」
「何だ?」
「……いいえ、やっぱりいいわ」
「?」
何かを言いかけて言葉を濁した若菜を不思議に思ったが、それでもその視線に離れる事の寂しさもあるが、同時に自分に対する愛や慈しみが込められている事に気づいて、義経は幸せな気持ちのままキスをすると『じゃあ…待っていてくれ』と言葉を残し土井垣と共に試合場所へ向かった。