試合場所に行くとスポーツ新聞の記者達が義経の周りに群がって来た。
「義経選手!女性と抱き合って病院にいたそうですね!」
「しかもその女性がかかった医師は産婦人科だとか!確か恋人がいらしたはずですがまた違う相手ですか?しかも産婦人科にかかったという事はその女性は妊娠しているんでしょう!?」
「それに加えて、もう一人その病院から付いてきた女性が今マンションにいるそうですね!表向きは友人だそうですが、実際の関係はどうなんですか!?」
「生真面目で女性には興味を示さないと有名ですが、実はとんだ遊び人だったんですね!」
「…」
義経は端々の情報だけでよくもここまで想像できるものだと半分呆れたが、これを機会に全て話すのが得策と考え、その決意を込め隣にいた土井垣と目を合わせる。土井垣も頷いたので義経は記者達に向き直り、静かに、しかし堂々とした態度ときっぱりとした口調で話し始める。
「病院で一緒にいた女性は以前話題に上がった僕の恋人で、お互い一人っ子なのでどちらがどちらの家に入るかの話し合いが済んでいなくてまだ籍が入れられていませんが、すでに互いの両親にも認められている事実上は妻です。それから、確かにあの医師は産婦人科医ですが同時に内科医でもあって夜具合が悪くなった彼女を病院に連れて行った時の当直医で、そのまま担当医になって下さっただけです。それに僕としては残念ですが、彼女は妊娠していません。まずの診断は過労に伴った衰弱と貧血の疑い、これだけです。ただ高熱があって動けないので僕の家で療養させています。最後に、『もう一人の女性』というのは看護師で、僕がいない間の看護を頼んだ妻の親友です」
義経の言葉に続けて、土井垣が記者達に皮肉を込めた口調と笑みで言葉を重ねる。
「ちなみにその女性ですが、義経は看護師と言いましたが本当は保健師で…自分の許嫁ですよ。あなた達が以前追い回した…あの『彼女』です。嘘だと思うなら義経のマンションに取材に行って下さってかまいませんよ?…また『あの時』の様に一喝されて追い返されるでしょうが」
「…」
そう言ってにやりと笑った土井垣に記者達は『過去の出来事』を思い出したのかたじろぐ。その様子を義経は怪訝に思ったが、最後の一押しで黙らせるために力強く言葉を紡ぐ。
「今言った事が全ての事実です。これ以上話す事はありませんのでお引き取り下さい」
その言葉に記者達は気圧されて去って行った。それを見て義経は安堵の溜息をつくと、土井垣に聞きたい事が出来たのでそれについて問いかける。
「監督、あの言葉と様子からすると宮田さんは記者達の間で…有名なんですか?」
義経の問いに土井垣は苦笑しながら言葉を返す。
「ああそうか、お前はあの時まだ道場にいたから詳しい事は知らなかったな。葉月と初めて会った時の鍋会やらその後のいろいろな会話で、他の奴らがあいつに関して『騒動』があったと言っているのはお前も知っているだろう」
「ええ、その程度は」
「実はな、お前が入る前年のシーズンに俺との事がスクープになって、その時スターズが最下位だった事もあって俺だけじゃなく葉月も相当バッシングされたし、色々でたらめな怪情報が流されてな。相当あいつらに追い掛け回されたんだよ。で、とどめに職場の病院まで押しかけられて、その時患者を守るために葉月はあいつらを一喝して追い返したんだ。結果あいつらには恨まれたが、職場の上司や院長は援護したし患者からは拍手喝采、昔から色々ある病院の語り草の一つになったそうだ。で、まあその後色々あって強力な『バック』もついたし、葉月はあいつらの間では恐れられているらしい」
「そうなんですか…」
「あそこまで言えばもうこれ以上騒ぎ立てる事はしないと思うが…もし今後もあいつらが神保さんに対して酷い事をするなら、その『バック』にも協力してもらう様頼むから、お前は何も心配しないで彼女の世話をしていろ」
「…はあ」
義経は狐につままれた様な表情で頷いた。そしてロッカールームに行くと、チームメイト達が口々に彼に声を掛けてくる。
「おい、姫さん病気だったのか?」
「ってかデキてたのかよ!」
「昨日の顔色って、ゆきさんと腹の子が心配だからだったんだな」
「水臭いやんけ、わいらに話さへんとは」
「づら」
「まあ『もう一人の女』ってのは監督と出勤してたって事で大体想像ついてるしお前がお姫さんにベタ惚れしてて他の女なんか全く目に入ってないから、100パー監督から何かしら依頼された監督の身内だってマスコミには釘刺しといたぜ」
「でもそんな状態なのに、若菜ちゃんほっといて大丈夫なのか?」
義経はチームメイトが自分だけではなく彼女も心配してくれるその心に感謝しながら、宥める様に彼らに事の次第を説明していく。
「黙っていてすまなかった。…しかし、俺も不安が募るばかりで試合に支障をきたしそうだったし、彼女がそんな腑抜けた俺を悲しむのも分かっていたから…ここではなるべく彼女の事を意識から外していたんだ。それから、マスコミが思い込みで勝手な事を言っているが…俺としては少し残念だが、彼女は身ごもっていない。過労と貧血で身体が弱って熱を出したんだ。とりあえず少しづつ元気にはなってきているし、マスコミ達が言っていたもう一人の女性は…想像通りだと思うが宮田さんで、監督にお願いして試合でいない間看護をしてもらっているんだ。だから心配はいらない。しかしそうやって皆が心配してくれたと聞いたら、彼女も喜ぶ。ありがとう。後は俺がしっかり結果を残して勝つだけだ」
「そうか…」
「ならいいが」
「ああ。…そうだ三太郎」
「何だ?」
「こうして皆にばれてしまったから頼むが…明日の夜、朝霞さんを連れて来てもらえないか」
「ああ、いいけど。…弥生さん指名って事は治療関係の話だよな。主治医いるんだろ?だったらその医者に任せりゃいいじゃん」
「いや、それはそうなんだが…明日血液検査の結果が出るんだが、多分診察時間内の一回の説明では分からんと思うんだ。宮田さんと朝霞さんに改めて分からなかった所について色々説明を聞きたいと思ってな」
「ああ、そう言う事ね。分かった、シフトの事もあるから弥生さんに予定空いてるか聞いて頼んでみるよ。オッケーなら俺もついて来ていいんだよな」
「その方が助かる。女性一人で俺の所へ来たらまた何を言われるか分からんから。ちなみに礼は説明後にうちで夕食御馳走ではどうだ」
「だな。んじゃその条件で。後は俺達も気を引き締めて今日もばっちり勝ちましょうかね」
「そうだな。お姫さん励ますためにも頑張ろうぜ」
「…ありがとう」
義経は心からチームメイト達に感謝をして、いつもの爽やかな笑みを見せた。