そうしてホテルに帰り、食事時間になると、ホテルの粋な配慮で恵方巻が用意されていた。チームメイトは予期しなかった『ご馳走』にご機嫌になる。
「あ~恵方巻だ!」
「毎度節分はキャンプ中だから豆だけで我慢してたんだけどな。やっぱあると嬉しいよな」
「って言っても定着したの最近だけどな」
「だな」
そう言って一同は笑った。そう言いながらも皆は『今年の恵方どっちだ?』『願い事考えながら何にも言わないで食えばいいんだよな!』とはしゃいでいる。光も手にとって楽しそうにかぶりつこうとしたが、不意にその手を誰かに掴まれた。
「いただきま~す…ってえ?義経さん、どうしたんですか?」
そう、その手は義経だったのだ。義経は赤面して口元を押さえ、目を若干逸らしながら呟く様に光に言葉を掛ける。
「あ…いや…その…君は普通に切ってもらって食べた方がいい。縁を切る事になるから丸かぶりしなければならないというのは作り話らしいし、正直あまり巻きずしを丸かぶりする姿は公衆の面前でやるのは、その…男女問わず若い人間にとっては行儀が悪いと俺は思うから…その…やりたければ一人でひっそりやった方がいい」
「え~?いいじゃないですか。皆さんもやってるんですし。私だけ切って食べる方がおかしいですよ」
「いいからやめておけ!…分かったな」
「…は~い…」
光は不満そうだったが、義経の眼差しと怒声が余りに怖い上、さっさとホテルの従業員を呼んで来てしまったので渋々従業員に切ってもらって(それでも最後の抵抗でかなりぶつ切り状態だったが)食べ始める。怒った義経当人も自分の分は切ってもらって一口づつ上品に(ほぼ全員が丸かぶりしている中ではある意味逆に異様な光景なのだが)食べていた。それに目ざとく気づいた三太郎が自分の分を食べきった後、まあ一応義経の事も多少は気遣って、彼が自分の分の恵方巻を食べ終わった所で問いかける。
「義経~何お前一人だけ空気読まずにお上品に食ってんだよ」
「…別に。俺は俺の食べたい様に食べているだけだ」
「酷いんですよ三太郎さ~ん!自分だけならいいのに、私まで巻き添え食らって丸かぶりさせてもらえなかったんです~!」
「ふ~ん…?…」
三太郎の問いかけに、義経は無愛想な表情で言葉を返し、光がぶすっとした口調で言葉を続ける。その表情を見比べて三太郎はにやりと笑うと無邪気な(というか何も考えていない)光をうまく誘導尋問する様に問いかける。
「そっか~光も巻き添え食ったんだ~可哀想だな~?…で、品行方正で説教魔人な義経大先生のありがた~いお言葉は何だった?」
「何でも『若い人が人前で丸かぶりするのは行儀が悪い』って言ってました~若いっていっても若手の方とはそう歳変わらないし、皆やってるのに何で私だけ集中攻撃されたんですか~?」
「ほっほ~…?」
「…何だ、三太郎、その嫌らしい相槌は」
義経がぶすっとした口調で返すと、三太郎はにやにや笑いながらその表情のままの口調で言葉を紡ぐ。
「光を集中攻撃したって事は…さては女の子…もっと言えば姫さん絡んでるな?」
「やかましい!余計な勘繰りをするな!」
「『ひめさん』?…義経さんってどこかの国のお姫様に知り合いがいるんですか?」
三太郎のにやにや笑いながらの言葉に、義経は赤面して声を荒げる。二人のやり取りが分らない光が小首をかしげながら無邪気に問いかけたので、三太郎は更ににやにや笑いながら義経をからかう様に言葉を続ける。
「ああ、姫さんってのはあだ名。でもそのあだ名通り下手なお姫様よりずっと美人で上品な大和撫子でね。義経の彼女…ってか籍いれてないだけで周辺じゃ実質もう奥さんの扱いだったよな?」
「…放っておいてくれ」
「そうなんですか~。でもその奥さんと私と何の関係があるんですか?」
何も分かっていない無邪気な光の言葉に、三太郎は意味ありげな口調でまたにやりと笑って応える。
「光自身は男と同じって考えてるけどさ、義経大先生にとってはやっぱ君は『女の子』なの。だから奥さんの事思い出して、人前で丸かぶりする姿がはしたなくって見てらんなかったんだよ…まあおにぎりとかたくあんまで小さい口で一口づつ食べる様な姫さんのつつしまやかな性格じゃ絶対人前ですし丸かぶりはしないだろうけどな」
「三太郎っ…!はしたないとはどういう意味だ!」
「え?そりゃおにぎりとかならともかく、普通切って食うもんを丸っかぶりすりゃこういう事じゃない限りはしたないっちゃはしたないだろ?他に何か意味があるのか?」
「あ…ああいや、確かに…そう言う事だ」
「?」
「ほ~…」
一端声を荒げて、その様子にきょとんとした口調で返した三太郎の言葉に慌てて合わせる様に無愛想な表情で同調した義経を光は不思議そうに首を傾げて見詰め、三太郎は義経が不機嫌な表情と態度ながらも、その顔が心もち赤らんでいるのを見逃さず、にやにや笑いながらもうんうんと頷いていた――