屋敷に帰り自分の部屋へ直行すると、ブロッケンマンはポケットから封筒を出し、封を開ける。そこには流麗な字で書かれた短い文面の手紙と共に、3枚のチケットが入っていた。
――フランツ様
お久しぶりです。あなたがまだこのお店に来てくれていると信じてお手紙を書いています。おじ様から聞いたと思いますが、私は今、先生のところで子供達にピアノを教えながら自分のレッスンに励んでいます。毎日はとても大変ですがその分とても充実しています。
あれから私は少しだけ注意をして超人レスリングの事を見ています。あなたは今でも大変な思いで戦っていらっしゃる様ですね。苦しい時もあるかとは思いますが、あなたが戦う様に、私も私の場で戦います。お互いに頑張りましょう…なんてつい思い上がった事を書いてしまう私を許して下さい。
さて、これもおじ様から聞いたかと思いますが、今度私は小さいですがベルリンで行う公演に客演として出る事になりました。それで、よろしければあなたに聴きに来ていただけたらと思い、チケットを同封しました。お友達のお二方の分も入っています。もし予定が空いていらして、聴きに来ていただけるなら幸いです。では、お身体に気をつけて下さい。
アマーリエ――
ブロッケンマンは短い文面の手紙を読み終え同封されたチケットを見ると、小さく溜息をついた。と、背後から悪友二人の声が聞こえる。
「何だよ、溜息なんかついちまって。辛気臭ぇな」
「おやフランツ、何ですか?その手紙は」
「ああ…あの娘…アマーリエからの招待状だ。今度、ベルリンである公演に出るらしい。それで聴きに来てくれたら、という事らしいが…」
「そうですか。…で、あなたはどうしたいんですか?」
クラウスの問いに、ブロッケンマンは答えに詰まる。本当はものすごく行きたい、しかし今度は小さいとはいえ公演だ。自分を見知っている者に会うとも限らない。酒場の時は何とかなったが、その幸運がいつまでも続くとは限らない――迷っているブロッケンマンに、クラウスは柔らかな笑みを見せて口を開いた。
「…行って来るといいですよ。あの酒場に通う時の様に、自分の気持ちに素直になったらどうですか?」
「クラウス…」
「…それとも、『クラウス』として行くのが辛いんですか?」
「え?」
クラウスの意外な発言に、ブロッケンマンは驚いた様に彼を見詰める。クラウスは静かに微笑みながら一息つくと、更に続ける。
「それ位、私が分からないとでも思いましたか?あれはあなたのためでもあり、あそこの人達のためでもあるんですよ。あなたは胸を張っていればいいんです」
「そうだよ、『ドイツの鬼』が通い詰めてる酒場だってばれたらお前だけじゃねえ、あそこの連中だってただじゃ済まねえだろうしな」
口々に彼を励まそうとする言葉を口にする親友二人に内心感謝しながら、ブロッケンマンはゆっくりと口を開く。
「…その事はもう解決した」
「どういう事だよ」
「何かあったんですか?」
二人の問いに、ブロッケンマンは昨夜酒場であった事と、ほんの少しではあるがアマーリエと駅であった事を、二人に話す。二人は彼の話を聞いていたが、その内にテオドールが不満そうに声を上げた。
「えーっ!?じゃあ結局全部ばらしちまったのかよ?今までの苦労がパアじゃねぇか」
それに反してクラウスは静かに聞いていたが、少し考え込むとやがてゆっくりと口を開く。
「…でも、結局あの人達は受け入れてくれたのでしょう?それならきっとその方が良かったんですよ。…そういう事なら何の障害もないではないですか。行くといいですよ」
「ああ…そうだな」
ブロッケンマンは頷き、テオドールはブロッケンマンの持っている手紙を覗き込むと嬉しそうに声を上げる。
「…おっ?俺達の分もチケットがあるじゃねぇか。嬉しいねぇ、俺達の事まで気を遣ってくれるなんてさ…てっ!」
はしゃぐテオドールの頭をクラウスが殴る。
「何すんだよ、痛ぇじゃねぇか!」
「少しは『気を利かせる』という事が頭にないんですか、あなたには」
「はぁ?どういう事だよ」
「分からないのならそれで結構…とにかく私は今回遠慮します。テオドール、あなたも今回は無理ですよね?」
「えーっ?俺は絶対に行……う……い、いやぁ~俺もそういや用事があったな。やめとくわ」
「…?」
テオドールはクラウスの言葉に反論しようとしたが、ブロッケンマンからは見えない角度でクラウスに睨まれ、その無言の圧力に恐怖を感じ取り、彼の言葉に同意する。テオドールの不審な態度にブロッケンマンは怪訝そうな表情を見せたが、クラウスは彼に何でもないと言う感じで微笑むと、更に口を開いた。
「…というわけで、今回はあなた一人で行ってきて下さい。もし他の人間の目が気になるというなら大丈夫です。今までも充分騙せたんですからね」
そう言うとクラウスは悪戯っぽい表情で片目をつぶる。ブロッケンマンはそれを見て微笑んだ。
「しかし一族の者の目も気になるな…」
「それはおまかせ下さい。私が何とかします」
「そうか…ならば頼む」
「はい」
彼が『何とかする』と言うと、必ず今まで何とかなっていった現実を考え、ブロッケンマンが言うと、クラウスも微笑みながら一礼して応えた。ブロッケンマンはぼんやりと宙を見上げ、物思いにふける。
『…彼女の初舞台…か』