「アマーリエさん、花束が届いているわよ」
「え?」
演奏が終わって一息ついていたアマーリエに、係の女性が声をかける。
「ものすごいハンサムな男性からだったわ。あなたの恋人?けっこう隅におけないのね」
「もう、からかわないで下さい。私にはそんな人いませんよ」
「でもハンサムっていうのは本当よ。ただハンサムってだけじゃなくて、かなり印象的な人だったし。…あなたを名指しだったから早くあなたに渡そうと思って持ってきたわ」
「ありがとうございます」
ウインクをする係の女性に微笑んでお礼を言いながら、アマーリエは花束を受け取った。受け取った花束を見詰めアマーリエは物思いにふける。
――私に花束をくれる人なんて誰かしら。…おじ様じゃないとするともしかして…でも、まさか――
一つの期待に胸を膨らませる心と、それを打ち消す心。その二つの心に挟まれながら花束を見詰めていると、花束にカードが添えられている事に気付く。アマーリエは添えられたカードを読んだ途端、席から立ちあがる。
――今夜の演奏が素晴らしいものになるであろう事を確信している。第一歩を踏み出したあなたへ敬意を込めて――
「どうしたの?アマーリエ」
出演者の一人がアマーリエの様子に気付いて声をかける。しかしそれも聞こえていないのか、アマーリエは花束を抱えたまま控え室から会場の外に飛び出した。外を見回して帰っていく客達の中から『贈り主』の姿を探す。と、客達が途切れた後に一人立っている、懐かしい男の姿を見つけた。
「フランツさん…」
声をかけられたブロッケンマンは少し照れた素振りで口を開く。
「ここにいたら…もしかしたらもう一度姿を見られるような気がして、つい残ってしまった」
「まあ…」
彼の態度に、アマーリエも恥ずかしげな表情で微笑むと、口を開く。
「まさか本当に来て下さるなんて…嬉しいです」
「いや、私もあなたがどれだけ実力をつけたのか聞いてみたかったし…それにあなたに礼も言いたかったから」
「お礼…?」
不思議そうに小首を傾げるアマーリエに、ブロッケンマンは更に感謝の言葉を重ねる。
「酒場の人達に全てを話した。…そのきっかけを作ってくれたのはアマーリエ、あなただ。礼を言う」
「そんな、私がきっかけだなんて…からかわないで下さい」
困った様に微笑むアマーリエに、ブロッケンマンは真剣な眼差しで続ける。
「いや、あの時あなたがああ言ってくれなかったら私はあの人達を、何よりあなたを騙し続けただろう。…それはあまりにも罪深い…」
「…」
「あなたが私に全てを話す勇気をくれた…心から礼を言う。ありがとう…」
そう言って頭を下げるブロッケンマンを、アマーリエは慌てて押さえる。
「そんな、あの時の私はただ思っていた事を言っただけです。お礼なんてそんな…頭を上げて下さい」
「しかしそれが私の正直な気持ちだ。…あなたにはどれだけ感謝しても、し足りないと思っている」
そう続けるブロッケンマンに、アマーリエは微笑みを見せて言葉を返した。
「お礼なんていりません。あなたが全てを皆に話した…それだけでいいじゃないですか」
「それで…いいのか?」
「ええ」
そう言うとアマーリエは花束を見詰め、更に口を開いた。
「それにしても、こんなに豪華な花束。…何だか私にはもったいない様な気がします…でも、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだアマーリエを眩しげに見詰めながら、ブロッケンマンも言葉を返す。
「いや…でもまた白い花になってしまったな。…何だかあなたには白が似合う気がして、つい買ってしまったんだが…」
「いえ、私も白が好きですから嬉しいです。…でも…」
「でも?」
ブロッケンマンの問う様な眼差しに、アマーリエは少し迷う素振りを見せ、やがて今までで一番美しい微笑みを見せ、その『答え』を返した。
「あの駅でもらった花束が、私には何より嬉しかったです…」
「アマーリエ」
「他の誰からでもなく、あなたからもらった最初の花束、誰からもらったどんな豪華な花よりも、私は一番嬉しかった。…おかしいですね、まるであなたに恋をしているみたいだわ」
そう言うとアマーリエは恥ずかしそうに俯いた。その姿にブロッケンマンは愛しさがこみ上げてきて、花束をつぶさないように彼女の肩に手を置いて彼女に囁きかける。
「私もだ。…あの花を摘んだときも、この花を選んだ時も、私はあなたの事を考えて幸せだった…私もあなたに恋をしているのかもしれないな」
「フランツさん…」
「これが本当に恋の始まりなら…素晴らしい事だと思わないか?お互いが想い合う事ができる恋を…初めからできるのだから」
「そうですね…」
二人は顔を見合わせて微笑みあう。そして、彼女の手から花束が落ち、二つの影が一つになった――