翌日の朝から、三人は手掛かりを求めて部屋の中を探し回った。この部屋が開放されてから、ブロッケンJr.はあえて部屋のものを動かそうとはしなかったが、部屋の主である母親が幽霊となって彷徨っているとなれば話は別である。何とかして母親を天上に送り届けようと必死だった。しかし、手がかりになりそうなものは何も見つからない。
「おい、何かあったか?」
「ううん、特にこれってものは…」
「…まあただ漫然と探していても見つからないか。…とりあえず一息入れて、対策を練らないか?」
「そうだな」
 三人はエルンストのいれてくれた紅茶を飲み、休憩しながら額を突き合わせ話し合う。
「…とりあえず、母さんの行動を振り返ってみるぞ」
「…奥様はいつも泣きながらピアノを弾いてらっしゃるのよね」
「…しかもそれはどうやら、だんな様に逢えないかららしい…となるとキーワードは…」
「ピアノと親父か…しかしそれがどうつながるんだ」
 そこで行き詰まり三人はまた頭を抱え込む。と、何か気付いた様にルイーゼが顔を上げた。
「…ねえ、ちょっと待ってエルンスト」
「何だよ」
「奥様…いつも同じ曲を弾いてなかった?」
「そういえば…そうだ」
 ルイーゼの言葉にエルンストも同意する。ルイーゼは続けた。
「その曲が分かったら、何か分かるんじゃないかしら」
「確かに…鋭いな、ルイーゼ」
「うふふ」
 ルイーゼは少し胸を反らせて片目をつぶる。
「よし。…それじゃ手始めに、この部屋にある楽譜を調べてみるか」
「そうだな。…あ、でもルイーゼ、お前楽譜読めるか」
 エルンストの言葉に、ルイーゼは不満そうに声を上げる。
「悪かったわね、お察しの通り読めないわよ。まあリズムと音階位なら分かるから、それらしい曲を見つけたらあんたに見てもらうわ」
「よし、じゃあ始めるぞ」
 それから三人は部屋にある楽譜を手当たり次第に見ていった。しかし元々膨大な数の楽譜がある上、それらしい曲を見つけたら、ブロッケンJr.かエルンストが弾いて確かめるという地道な作業を行ったので、かなり作業は困難を極めた。しかし三人は文句も言わず黙々と作業を続ける。そして半分程見ていった時…
「ねえ、これじゃない?」
 ルイーゼがある手書きの楽譜を手にして口を開いた。エルンストは彼女から楽譜を受け取ると、ざっと見る。
「そうだな。…よし、弾いてみるか…」
 奏でられていく旋律に、三人は表情を固くする。
「…どうやら…当たりの様だな」
「ええ…」
 三人は楽譜を中心にして車座になり、今度はこれをどうするか話し始める。
「奥様の署名がしてあるって事は、これは奥様が作った曲なのか。…歌詞もある…って事は歌なんだな」
「そうだったのか…」
 ブロッケンJr.は楽譜をぼんやりと見詰めながら呟く。その様子に、エルンストが怪訝そうな表情で尋ねた。
「そういえばお前、この曲を聞いてから様子がおかしかったな…何か知ってるのか」
 エルンストの言葉が聞こえているのかいないのか、ブロッケンJr.はさらにぼんやりとした口調で呟く。
「この曲は、昔親父がよく歌っていた歌なんだ…」
「何だって、だんな様が…?」
「ああ、歌詞は違っていたが、遠くを見ながら何度か口ずさんでいたのを覚えている。…そうか…母さんが作った歌だったんだ…」
「そうか。…でも歌詞が違うっていうのは何なんだ?」
「さあ…俺にも分からねぇ」
「まあ、歌詞はあまり関係ないんじゃないかな。しかし、何でこの曲なんだ…?」
 色々と楽譜をいじっていると、中から黄ばんだ一枚の紙が落ちてきた。
「何だ、これは…ん?何か書いてあるな」
 そこにはかつての主人であった男の署名と、その筆跡でたった一つの言葉が書かれてあった。
「『Ich liebe dich』…これだけか…」
「親父のラブレターか。…しかし、これだけってのは、親父もデリカシーがねぇな」
「いいえ…奥様はこれで充分だったのよ」
 冷めた口調の二人に対して、ルイーゼは真剣な表情で呟く。
「『これで充分』って…どういう事だよ」
「同じ女だもの…何となく分かるわ。奥様はこの言葉が欲しかったんだわ…きっとこの曲は、この言葉に対する返事よ」
「ルイーゼ…」
「そうよ…多分、多分だけど、奥様はだからこの曲を弾いていたんだわ。この曲を弾けば、絶対だんな様は来てくれると思ったから…」
「…」
 二人は沈黙する。沈黙で彼女の言った事を肯定したのだ。そのまま三人に沈黙が訪れ、そしてどれ位時間が経ったであろうか。沈黙を破る様に、ブロッケンJr.が口を開く。
「…なあ、今夜母さんが出る位の時間に俺がこれを弾いてみていいか?」
「それは構わないが…でもどうして」
「いや…俺が弾いてどうなるって訳でもねぇんだろうが、何か俺が弾いたら何かが起こる…何となくそんな気がしたんだ」
 ブロッケンJr.の言葉に、ルイーゼが何かを感じたらしく、それをそのまま口に出す。
「親子の絆を頼りにするって訳かしら…?でもやってみる価値はあるんじゃない?」
「そうだな…だめもとでやってみるか」
「まあ…あんまり期待はしてねぇがな」