それからあたしは日にちを掛けていくつか検査をして、色々治療をする事になった。休んで体力を戻しながらお医者さんと話したり、箱庭を作ったり。忘れちゃった記憶を戻すきっかけになる様な治療らしかった。それに加えてあたしはお医者さんに止められたけど、新聞を読む事にした。土井垣さんの試合がいつ放送するかのチェックをしたかったからもあるけど、何よりもしかしたら読んでいる事がきっかけで、何かを思い出せるかもしれないって思ったからだ。知っている世の中より随分変わってしまった世の中にびっくりしたり、何かを思い出しそうで頭が痛くなったりしながらも、あたしはそれを続けた。そんな中土井垣さんは『遠征まで間があって試合場所が近いから』ってほとんど毎日ちょっとだけでも来てくれて、あたしを元気付けていってくれた。その気持ちがあったかくて嬉しくて、土井垣さんが大好きになっていって、記憶が戻ったら土井垣さんと付き合えたらいいのになってちょっとだけ思う様になっていた。でもきっとこんなに優しくていい人だったら彼女だっているだろうし、あたしみたいな人間じゃ土井垣さんに悪いって思ってそんな風に考える自分がおかしくて、ちょっと悲しくも思えていた。そんな風に日々が過ぎて行って、土井垣さんのオフの日、あたし達はあたしの治療の後一緒に過ごしていた。土井垣さんは折角のオフなのにあたしに付き合ってくれて、あたしが聞きたがった試合とか野球の話を楽しく話してくれる。最初は楽しかったけれど折角のオフなのに彼女さんとも会わないであたしに付き合わせているのが申し訳ない気がして、それを言葉に出すと土井垣さんはふっと真面目な顔になって『あたしが土井垣さんの恋人だ』って話し始めた。いきなりの言葉とその内容に、あたしは胸が痛くなってくる。土井垣さんがあたしに優しかったのは、あたしが恋人だったから?それなのにあたしはその事まで忘れちゃったの?自分の酷さにあたしは泣きたくなってくる。自分の酷さを謝りたくて土井垣さんに『ごめんなさい』って言ったら、土井垣さんはふっと悪戯っぽい表情になって『冗談だ』ってネタばらしをする。からかった土井垣さんをちょっと意地悪だと思いながらも、本当にそうだったらいいのになってあたしはまた思っていた。本当にあたしが土井垣さんの恋人だったらいいのに――あたしはうっかりそれを口に出してしまった。と、また土井垣さんは真面目な顔になって急にあたしを抱き締めた。訳が分からなくてあたしが暴れると、土井垣さんは『あたしが自分の恋人になってくれたら嬉しい』って言ってくれた。でもあたしは困惑する。確かにあたしは土井垣さんが好き。だけど今のあたしは14歳までの記憶しかない。あたしはちゃんとした自分で、土井垣さんを好きになりたかった。あたしがそう言うと土井垣さんは『あたしがどんなでも好きだし、守る』って言って、それから『とりあえず、俺達は両想いって事でいいのかな』って言ってくれた。その気持ちが嬉しくて、あたしが『うん』って答えると、土井垣さんは『ならこれから君は俺の恋人だ…分かったな』って言った。あたしが真っ赤になりながら頷くと、土井垣さんはあたしにキスをした。恥ずかしくて更に真っ赤になるあたしを土井垣さんは嬉しそうにまた抱き締める。抱き締められて土井垣さんの胸の音が聞こえてくると、土井垣さんが今の言葉を本気で言ってくれているのが良く分かって、あたしは本当に幸せな気持ちになってきた。土井垣さんが明日から遠征に行っちゃうのは寂しかったけど、土井垣さんが好きって言ってくれただけで本当に嬉しくて、ちゃんとあたしは『行ってらっしゃい』が言えた。だって土井垣さんはまたここに戻って来てくれる。あたしの所に――だから早く記憶を取り戻したい。ちゃんと土井垣さんにふさわしくなりたい。そう心から思った。

 そんな幸せな気持ちで眠りに就くと、また夢を見た。あたしは逃げている。迫ってくるのは真っ黒い闇。必死に逃げても闇はどんどんスピードを上げて追い上げてきて、やがてあたしは闇に取り込まれてしまう――あまりの怖さにあたしは飛び起きた。頭がガンガン痛い。今の夢は何だろうって痛い頭であたしは考える。と、一つの情景が頭に浮かんだ、あたしは中学の制服を着ていて、誰かから逃げようとしている。でも手首を掴まれて――今の情景は何だろう。でも堪えられない吐き気を感じる。吐き気と頭痛を感じながらあたしは考える。そしてあたしは一つの記憶を思い出した。そうだ、あたしは卒業の挨拶にある先生のところへ行った時に――思い出した事で、さらにあたしは強い吐き気に襲われた。でも『あれ』は覆せない事実。そうしている内に様々な記憶がフラッシュの様に浮かび上がって来る。あたしは全てを思い出し、叫び声をあげていた――